討伐隊が凱旋、纏向の民も周辺豪族も総出で準備
第二章
一
工職人風の伝助が二人、纏向宮廷の伝助詰所に入り、にわかに廷内が騒がしくなった。十日前に天皇が熊曽討伐を果たし、己実津を十隻の船で出港したとの報を受けたためだ。
翌日の朝早く、さらに伝助一人が入り、凱旋総数千二百人のうち九百人は海路、三百人は陸路を使っていると言う。
さらに天皇は未羽と針間へ立ち寄るので、難波津に着く日は定かでないことも付け加えた。
宮廷の会合広間に、纏向の政治を任された政務官ヒサラ、軍人のイ・リサネ、民の暮らしを管理するリ・シオラ、医師のラ・ウネ、勇輪神社の住職リス・コウと役人たちが集まって、会議を始めた。
五年をかけた熊曽討伐の成就を喜び合い、凱旋を迎える準備と、五年間の施政報告をまとめるために。
「お集りの諸君、五年前に天皇自らが西国に親征され、蛮族・熊曽の討伐を果たされたことを報告する。親征に伴い、己実と兎農を平定され、さらに西国の玄関口として栄える混台の市も、傘下に加えられた。誠に見事な政治力であり、幾重にも喜ばしいことである。十日前に己実津を出航され、まもなくお戻りなされるので、纏向の都を挙げて盛大に御迎えしたい。」
政務官ヒサラの発声で、広間に集まった百人の役人や兵からどよめきが沸き、歓喜の拍手が飛び交う。
「いやはや実に目出度い。当方も天皇親征中に、那張と木須から侵攻を受けたが撃退しており、大きな災害や飢饉にも遭わず、無事に施政が行えた。三人のご子息もご立派になられたので、凱旋の宴で、良い報告ができる。きっと目を細められるだろう。」
イ・リサネ軍師が喜色満面で、ヒサラの発声に纏向の安泰を加えた。五人が中心となって、凱旋する天皇を迎える準備に掛かる。
王の妻イナビヒメは、まるで幼子のようにはしゃぎ、さっそく嫡子のオウス、次男のコウス、三男のチヒコを寝殿に上がるよう指示した。
「三人ともイ・リサネ軍師直伝の武術はもちろん、リ・シオラ先生から教わっている呉の文字の、読み書きも達者になっておる。景行様が成長した息子の姿をご覧になって、安堵なさるのは間違いない。お戻りまでに、粗相なく御迎えできるよう支度を整えようぞ。」
イナビヒメは側室に息子の衣装の仕立てを、リス・コウ僧侶には迎えの作法を伝授するよう伝えた。またオウスが十六歳になったので、元服儀式の準備も計画するよう下命した。
オウス、コウス、チヒコが寝殿の廊に並んで正座している。
天皇の快挙は武術鍛錬の最中に側近から耳打ちされていたが、朗報は母から聞き、一緒に喜びたいと、あえて神妙な素振りで上がったのだ。
「来なさったか。さあ、こちらに入りなさい。」
手招きに従い、同行した従臣を廊で待機させた三人は、黙って面会の間に入った。
「聞いたか。父上が見事、熊曽の討伐を果たしたことを。今頃は針間に立ち寄って、ご両親に報告しているところでしょう。」
「え、そうですか。それは目出度いことですが、父上の御身に大事はなかったのでしょうか。かねがね軍師から熊曽は猛々しく、西の国を武力で制圧していると聞いておりましたので。無事な御戻りを願っております。」
「我が軍は圧倒的な強さで、周隣の民や田畑を護りながら、わずか一日で壊滅したと聞き及んでおる。我が軍の犠牲は少なく、父上はご無事じゃ。ひと月後には御戻りなさるので、三人の衣装を準備させたぞ。神社の住職に御祝いの作法を教えてもらえ。武術にも読み書きにも精進して、しっかり御迎えしようのう。」
二
纏向の都は、凱旋準備に色めき立っている。井來山から宮廷まで続く街道の造成は、近隣の豪族、由埜と高尾、井來山から西は鷹居と阿藤に任命した。
勇輪神社の改修は磐紀が引き受け、凱旋隊を迎える昇り旗は川内の豪族、川皺が手配すると進言して来た。
ひと月はあっという間だが、これほど多くの豪族や周隣集落の民が、我先に進んで整備に加勢してくれるとは意外だった。ヒサラとイ・リサネは天皇の政治力・求心力を改めて感じ入った。
宮廷の櫓で腕を組み、青く澄んだ空を見上げ、眩しそうな目でヒサラが感慨深げにつぶやく。横でイ・リサネ軍師は何度もうなずく。
「実に喜ばしい。どれほど立派な凱旋街道ができるのか、ひと月後が楽しみだなあ。」
「天皇が留守の間、都の平穏に尽くされたヒサラ様のご人徳も、大きいのです。」
天皇の船が難波津へ入ったと、伝助の報告が舞い込んだ。予測はひと月後だったが、意外に早い寄港だ。このまま纏向へ進めば五日で到着するが、上陸後にひと息入れるだろうから、十日後の御帰還になる。
ヒサラは随臣二人を連れ立ち、騎馬で街道と勇輪神社の視察に出た。行く手には大勢の荷ぞり引き、土固め人夫が黙々と働いている。働く人たちも騎馬の指揮者も、日に焼けて真っ黒になっているが、誰も彼も楽しげな表情に見てとれる。
「おお、きれいに出来上がっておる。立派な街道だ。」
道幅は二丈で、土を固めて均した街道に見惚れていると、兵が騎馬を降り、黙って片膝をついた。遠くにいた歩兵も片膝をつくと、人夫もそれに気付いて地面に正座した。