表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第二章
12/108

討伐隊が凱旋、纏向の民も周辺豪族も総出で準備

第二章

 工職人風の伝助が二人、纏向まきむ宮廷の伝助詰所に入り、にわかに廷内が騒がしくなった。十日前に天皇が熊曽討伐を果たし、己実津を十隻の船で出港したとの報を受けたためだ。


 翌日の朝早く、さらに伝助一人が入り、凱旋総数千二百人のうち九百人は海路、三百人は陸路を使っていると言う。

 さらに天皇は未羽みわ針間はりまへ立ち寄るので、難波なんば津に着く日は定かでないことも付け加えた。


 宮廷の会合広間に、纏向の政治を任された政務官ヒサラ、軍人のイ・リサネ、民の暮らしを管理するリ・シオラ、医師のラ・ウネ、勇輪ゆうわ神社の住職リス・コウと役人たちが集まって、会議を始めた。

 五年をかけた熊曽討伐の成就を喜び合い、凱旋を迎える準備と、五年間の施政報告をまとめるために。


「お集りの諸君、五年前に天皇自らが西国に親征され、蛮族・熊曽の討伐を果たされたことを報告する。親征に伴い、己実と兎農を平定され、さらに西国の玄関口として栄える混台の市も、傘下に加えられた。誠に見事な政治力であり、幾重にも喜ばしいことである。十日前に己実津を出航され、まもなくお戻りなされるので、纏向の都を挙げて盛大に御迎えしたい。」


 政務官ヒサラの発声で、広間に集まった百人の役人や兵からどよめきが沸き、歓喜の拍手が飛び交う。


「いやはや実に目出度い。当方も天皇親征中に、那張なばり木須きずから侵攻を受けたが撃退しており、大きな災害や飢饉にも遭わず、無事に施政が行えた。三人のご子息もご立派になられたので、凱旋の宴で、良い報告ができる。きっと目を細められるだろう。」


 イ・リサネ軍師が喜色満面で、ヒサラの発声に纏向の安泰を加えた。五人が中心となって、凱旋する天皇を迎える準備に掛かる。

 王の妻イナビヒメは、まるで幼子のようにはしゃぎ、さっそく嫡子のオウス、次男のコウス、三男のチヒコを寝殿に上がるよう指示した。


「三人ともイ・リサネ軍師直伝の武術はもちろん、リ・シオラ先生から教わっている呉の文字の、読み書きも達者になっておる。景行様が成長した息子の姿をご覧になって、安堵なさるのは間違いない。お戻りまでに、粗相なく御迎えできるよう支度を整えようぞ。」


 イナビヒメは側室に息子の衣装の仕立てを、リス・コウ僧侶には迎えの作法を伝授するよう伝えた。またオウスが十六歳になったので、元服儀式の準備も計画するよう下命した。


 オウス、コウス、チヒコが寝殿の廊に並んで正座している。

 天皇の快挙は武術鍛錬の最中に側近から耳打ちされていたが、朗報は母から聞き、一緒に喜びたいと、あえて神妙な素振りで上がったのだ。


「来なさったか。さあ、こちらに入りなさい。」

 

 手招きに従い、同行した従臣を廊で待機させた三人は、黙って面会の間に入った。


「聞いたか。父上が見事、熊曽の討伐を果たしたことを。今頃は針間に立ち寄って、ご両親に報告しているところでしょう。」


「え、そうですか。それは目出度いことですが、父上の御身に大事はなかったのでしょうか。かねがね軍師から熊曽は猛々しく、西の国を武力で制圧していると聞いておりましたので。無事な御戻りを願っております。」


「我が軍は圧倒的な強さで、周隣の民や田畑を護りながら、わずか一日で壊滅したと聞き及んでおる。我が軍の犠牲は少なく、父上はご無事じゃ。ひと月後には御戻りなさるので、三人の衣装を準備させたぞ。神社の住職に御祝いの作法を教えてもらえ。武術にも読み書きにも精進して、しっかり御迎えしようのう。」


 纏向の都は、凱旋準備に色めき立っている。井來山から宮廷まで続く街道の造成は、近隣の豪族、由埜よしの高尾たかお、井來山から西は鷹居たかい阿藤あどに任命した。

 勇輪ゆうわ神社の改修は磐紀いわきが引き受け、凱旋隊を迎える昇り旗は川内の豪族、川皺かしわが手配すると進言して来た。


 ひと月はあっという間だが、これほど多くの豪族や周隣集落の民が、我先に進んで整備に加勢してくれるとは意外だった。ヒサラとイ・リサネは天皇の政治力・求心力を改めて感じ入った。


 宮廷の櫓で腕を組み、青く澄んだ空を見上げ、眩しそうな目でヒサラが感慨深げにつぶやく。横でイ・リサネ軍師は何度もうなずく。


「実に喜ばしい。どれほど立派な凱旋街道ができるのか、ひと月後が楽しみだなあ。」


「天皇が留守の間、都の平穏に尽くされたヒサラ様のご人徳も、大きいのです。」


 天皇の船が難波津へ入ったと、伝助の報告が舞い込んだ。予測はひと月後だったが、意外に早い寄港だ。このまま纏向へ進めば五日で到着するが、上陸後にひと息入れるだろうから、十日後の御帰還になる。


 ヒサラは随臣二人を連れ立ち、騎馬で街道と勇輪ゆうわ神社の視察に出た。行く手には大勢の荷ぞり引き、土固め人夫が黙々と働いている。働く人たちも騎馬の指揮者も、日に焼けて真っ黒になっているが、誰も彼も楽しげな表情に見てとれる。

 

「おお、きれいに出来上がっておる。立派な街道だ。」


 道幅は二丈で、土を固めて均した街道に見惚れていると、兵が騎馬を降り、黙って片膝をついた。遠くにいた歩兵も片膝をつくと、人夫もそれに気付いて地面に正座した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ