農民を護り戦いも勝利に、だがカカミ国主は逃亡 二
さらに安定した施政を行うため、兎農・倭台に軍備と交易を学び、農耕・工職・通商で栄えある州になるよう促す。これは政務官となるシイラ、マスカ、カマチに向かっての期待だ。
「今後は兎農・倭台諸市の優れた知識や技術・軍備を頼んで交易と発展に尽力し、火良、笠台と周隣集落の民で力を合わせ、農耕・工職・通商で、栄えある州づくりに励まれよ。忠誠を誓った熊曽兵八十人と三人の僧、そして施政の人選は三人の政務官に預ける。」
王の所信の弁を、身動きせず聞き入っていたハル・サイマ帝。目も頬も涙で濡れ、行灯の光を反射している。
「大王の心根である民を思い、平和で豊かな暮らしを築く政を拝聴し、恥ずかしながら感涙にむせんでおります。」
伝助の手配などで連隊長として奔走したマスカが膝を乗り出し、倭南の政務官に指名して戴いたことを涙声で感謝する。
「手前は託された役目に一徹して励み、大王がいつ参られても得心していただける、立派な州にいたしまする。なあ、シイラ副将。」
シイラも泣いていた。口を固く結び、何度も何度もうなずいている。連座する側近や要兵の中にも、むせび泣く姿がある。
王は兎農・倭台の協力と、火良の当代シウリが後ろ盾にあれば、任命した三人の政務官が安定して州作りに励めると信じ、永きにわたる倭南の平和を心の中で祈った。
十八
もう夜はとっぷり暮れ、ちぎれた雲間から数多くの星が煌めいている。
火良の兵舎に戻ると、迎えてくれた婦人や男衆に混ざって、目が大きく鼻筋の通った色白の女人が目に留まった。歳は二十過ぎだろうか、王は手を口に当ててシウリにそっと聞いてみた。
「あの白に藍の模様が入った着物を着て、髪を上げて結んでおる女人は、誰の娘か。際立って美しいが。」
シウリは首だけで後方を振り向き、微笑んだ。熊曽から火良を救ってくれた倭都軍に、何も礼ができない貧しい集落。マキム王が当地の女人を見染めてくれたとは、誠にありがたい。
「あの女人でございますか。レミアと申すもので、地御山の麓で芋を作っているアムアの娘でございます。レミアは病弱の母を看病しながら、父親の畑を手伝っている働き者で、二十五歳ですが未だに独り身です。大王は実にお目が高い、今宵の宴で酌などさせてみましょう。」