己実津を出て、従臣に出雲へ入る理由や経過を決める
「よく出来た彫物だ。これはアメイ家の、大事な宝ではないのか。」
「当家で大切に仕舞っておりました置物です。倅の命が救われましたので、次は皇子様の御守護にと、出過ぎた真似とは存じつつ、恥ずかしながらお持ち致しました。」
---小さな置物だが立派な代物だ。また出雲への貢物が加わったぞ。
「そんなに大切な物を、良いのか。」
密かに喜んだが顔には出さず、気遣う素振りをして受け取り、懐に入れる。
八
桟橋で手を振って見送る己実の人たちに、甲板から手を振り応える凱旋隊。津が遠ざかるにつれ、海面から吹き上げる冷たい風が身に沁みる。
全員が屋形に駈け込むと、マイヤが八部屋の振り分けを六人三部屋、七人三部屋にし、ひと部屋は女人四人にした。もうひと部屋は、自由に使える会合室に空けてある。
これから未羽津までを船中で過ごす。追い潮のせいか、三十櫓の船は思いのほか早い。
何もない船中の四日間は長く、退屈だ。この間に、コウスは出雲討伐を話そうと考えた。
未羽津で混乱なく出立するためにも、この四日間を無駄にできない。
さっそくコウスは、出雲へ同道するケイシ、マナキ、マヤムを会合室に呼び、船員に誰も入れないよう、見張りを命じた。
「未羽で二日の滞在をテスラ代表に知らせているが、津の滞在中に出雲王討伐を打ち明け、我々四人は出雲へ向かうので、他の者は尾道、針間、難波へ立ち寄って帰還せよと告げ、納得するだろうか。」
苦虫を噛んだ顔をして、ケイシが大混乱になると進言する。
「針間王の御下命とはいえ未羽津で突然、出雲王討伐組と帰還組に分かれると告げられ、コウス皇子は出雲王の討伐に向かうと聞かされて、驚かない者がいるでしょうか。腰を抜かすかもしれません。」
なぜ針間王の命令が帰還後の遠征ではないのか、なぜ討伐組はわずか四人なのか……から始まって、様々な疑念の声が上がり、滞在の二日では収まらないとも告げる。
鳴きそうな表情のマナキが、こんな一大事は誰ひとり納得しないと言う。
「この大きな問題をなぜ、寝食を共にして来た同志に、今まで隠し通していたのか、我々三人は当初から聞いていたのだろうと、厳しく尋問されるでしょう。」
倭台市の散策中や焼物の土産の仕分け、羽経の光る砂で、三人はずっとコウスに付いていた。
勘の鋭いマイヤやニコル、シモンは気付いていたのではとマヤムに不安があったと告げる。
「胸の内に秘めているのは苦しかったです。皆に事情を明らかにして、疑念から後々の行程まで、船中で解決しておくべきと存じます。」
とんでもない秘密の下命を、よく今まで守って来たと、コウスは心の中で手を合わせた。
「よし分かった。もうすぐ昼食だ。その後で会合室にマイヤ、ニコル、シモンを呼び、針間王から出雲王討伐の下命があった事を告げ、その反応を見て後々を考える。その前に出雲へ潜り込む方法、疑われずに動く方法、国王に近付く方法、国王を討つ方法があったを聞きたい。」
思った通り、三人は首をうな垂れてしまった。何の手掛かりもなく考えよと言っても、所詮無理なことは分かっている。
出雲に疑われないよう、筋が通った手掛かりを作らねばとコウスは倭台市、於訳、羽経であった事柄や現象を繋いで、出雲王へ近付く方法を考えてきた。
九
「国王に近付くための貢物は手に入れた。倭台で焼物、羽経で光る砂、己実でもらった虎の彫物……これは倭都で誰も見たことのない、珍重物ばかりだ。これは於訳の集会場で馬韓の交易人が胸の病いで死んだ男の物で、死ぬ間際に吾の手を握って言った。この貢物を何としても、出雲の国王様に届けて下さいと。その約束を果たすために、命懸けで貢物を守りながら参上した、と言うのはどうだ。」
三人はうなずきながら聞き、目を輝かした。
「おお素晴らしいです、さすが皇子様。拙者どもには想像もつかない妙案で恐れ入りました。それで皇子様は於訳の兵で、我々は従臣ですか。」
「いいや。馬韓の交易人は羽経という小さな漁村に、船の転覆で流れ着いたのだ。羽経の山には山賊が多く棲み付いているので、羽経は五十人の自衛兵を作って漁村を護っている。吾は隊長の倅で其方ら三人は、吾を警護する兵だ。」
「羽経ですか、海からは見えにくい小さな漁村です。それで良いのでしょうか。」
「何処にあるかさえ分からない漁村だから、話の真偽を探る術がない。吾らが場所を教えなければ好都合だ。しかし羽経は実在するので、嘘ではない。」
「なるほど。於訳からの兵なら嗅助が走って、すぐさま作り話が露見するでしょう。そこまで考えておられたとは……。」