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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第九章
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息子の無礼を詫びに親が参上、虎の置物を差し出す

「もしもあの男が、恵枇から送り込まれた間者だったら、今頃どうなっていたか。タルシ首長とマセラ首長が臼拇うすぼへ確認に行かれましたが、アメイの息子であれば良いのですが。」


 マイヤが不審そうな顔をして、目に余る罪を許した真意を、コウスに訪ねた。


「コウス皇子は、工職人が祝いの座を盛り上げようとした戯事と仰いましたが、いくら酔っていても軍旗を壁飾りと勘違いするなんて、変ではないですか。」


「男の声と仕草に嘘はなかった。それと祝宴をぐ騒動を長引かせたくなかった。だから臼拇まで二人の首長が、剣を腰に差して付いて出たのだ。間者なら途中で逃げ出すか、隠し持った武器で刃向かうだろうから。」


 そこまで読んでいたことを聞き、マイヤは納得した。ニコルも流石さすがだと思った。


「こっそりではなく、衆目の面前で一都二州の軍旗を引き落とすなんて、その場で捕まって否応なく斬られます。たとえ恨みの強い間者で酔っ払っていても、あのような行動は馬鹿げています。」


 凱旋隊は来賓席に座っていても仕方がないので、席を立って廊に出た。


 しばらくして招待者の見送りを終えたシウリが、手を擦りながら集合舎に戻って来た。今夜は冷たい風が出て、寒くなりそうだ。


「廊は寒いので、調理場の横にある暖かい部屋へ御案内致します。」


 一時ほどしてタルシとマセラが戻り、暖を取っている凱旋隊の前に並んで平伏した。


「失礼な祝宴になりましたこと、深くお詫び申し上げます。クロマは、アメイの息子に間違いありませんでした。両親に騒動の経緯を話しますと、泣きながら息子をほうきで激しく叩き、今すぐ詫びに走り、お許し戴いたコウス皇子様に御礼を述べたいと申しました。夜半ですので、気持ちは受け取ったと言って引き返しました。」


 コウスは、それで十分だ。楽しい想い出がひとつ増えたと告げて、二人を労った。


 準備している宿舎へ凱旋の一行をタルシが案内し、マセラとシウリも泊まることになったので、コウスは二人を宿舎に呼んだ。


「ちょうど良かった。己実を出立する前に、マセラ首長に頼み事を伝えようとしたが、あの騒動で頼めず仕舞いになるところだった。シウリ首長も一緒に聞くように。」


 頼み事と言うが、果たしてどんな命令が下されるのか。二人は身を固くしてコウスの発声を待つ。


「頼みとは、再興した倭南州に兎農からひとり、政務の目付け役を派遣するように。コルノ当代は統制や政務に不慣れで、州安定のための指導が必要だ。倭台市訪問中にハル・サイマ帝にも、派遣者をひとり願ったので、協力して育てて貰いたい。期間はコルノが慣れるまでの半年ほどと考える。」

 

「御下命、確かに承りました。政務、行事、軍備などに長けた者を選んで向かわせます。」


 倭台市と兎農から指導者が来ることを、シウリは喜んだ。

 コルノに目付け役を付ければ、恵枇は手を出せない。コウスの手配で、倭南州の内乱が未然に防げて、火良村も安全だ。


 翌朝、旅支度を終えた凱旋隊はタルシの先導で、揃って津の桟橋へ出た。

 すでに出航準備が整った未羽みわ津行きの船は、他の数組の旅人と相乗りになるが、互いに干渉できないよう屋形を区切っているそうだ。


 日は高く昇っているが、見送りは首長と役人二十人ほどと、集合舎の女人や宿舎の世話人で、民は出ていないので静かだ。

 己実の山々を眺めて、感傷に浸るマイヤ。


「いよいよ西国ともお別れか。多くの人に出会い、多くを見聞した貴重な日々だった。」


 船の渡り板が下り、二列で乗船に向かおうとした時、家族連れだろう老夫婦と若い男女が、桟橋の奥から慌ただしく駈けて来るのが見えた。


 己実の役人が、遅れた旅人だろうと言いながら駈け寄ると、臼拇うすぼのアメイ一家だった。

 役人がタルシに耳打ちし、タルシがコウスの前に連れて来た。


「コウス皇子様、臼拇のアメイが昨夜の無礼を御詫び申し上げたいと、駈けて参りました。御乗船の邪魔とは存じますがひと言、お聞き留め願いたくお願い致します。」


 臼拇から駈けて来たのかと尋ねると、集合舎まで騎馬で、そこから走ったとのこと。家族四人がコウスの足元に正座し、クロマの騒動を詫びる。


「クロマの父親でアメイと申します。昨夜はせがれのクロマが、只ならぬご無礼を仕出かし、誠に申し訳け御座いませんでした。斬り捨てられても止む無しのところ、皇子様が戯言と仰られてお許し下さったこと誠に、誠に有難く御礼申し上げます。」


「朝早くに、臼拇から詫びに来たのか。もう十分だ、ご苦労であった。」


 コウスが労い、船に向かおうとするとアメイは懐から、丁寧に綿に包んだ固まりを、頭の上で拝むように差し出す。


「お詫びとしまして、御旅のお邪魔でなければお受け頂きたく持参致しました。皇子様にはせん無い物と存じますが、辰韓の皇族より賜った、邪を払う霊力を持つ虎の彫物であります。」


 受け取って綿を開いて見ると、両手に乗る石の彫物だ。白に黄色が混ざった石の固まりを、見事なまでに細かく彫り上げている。


 虎を見たことはないが、太い四本脚と鋭い目、大きく口を開けて吠える姿は、凄みと迫力がみなぎる。

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