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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第九章
104/108

己実と兎農の首長が主催する、盛大な祝宴が始まる。

 立ち上がったタルシが、両手で煽るようにして料理を勧める。

 座の招待者は討伐の情報や、巷の流言話でおおよその戦い振りを聞いていたが、勝利後のコウスの事後処理と申し付けは初耳で、誰もが食することを忘れていた。


 料理に箸を付けながら、コウスは応礼に何を話そうか考え、まずコウスは主催された己実と兎農の両首長に、感謝の言葉を送る。


「このような華々しい祝宴を催して下さったタルシ首長、マセラ首長に厚く御礼申し上げる。」


 続いて戦いのあらましを話すことにした。


「討伐は達成できたが、手前は様々な意味で幸運であった。まず戦いの場が祝宴で、運よく恵枇の国主の傍に導かれたことが一番。そして兵が祝い酒に酔っていたため、槍や剣をかわすことが出来たことが二番。次に戦いの中で、絶体絶命の窮地に幾度も遭ったが、後方警護隊が的確に敵の矢や槍、剣を防いでくれたことだ。これが何より大きかった。」


 食事の箸を止め、口を強く結んで聞き入る招待者。

 コウスは様々な幸運に助けられたと話しているが、言外げんがいに戦いの凄まじさが伝わるのか、誰ひとり身動みじろぎしない。


 コウスはさらに、シウリ首長の貢献と、討伐した国主の人物像にも触れた。


「もうひとつ幸運だったのは、火良村のシウリ首長が身を挺して、狩り出された村の娘子を無事に帰すよう直談判したこと。国主は荒くれ者で、短気な男と恐れられていたが、シウリ首長の情熱に応えたため、これが我々の勝利に繋がった。」


 人を見る目が深く鋭い、コウスの一面を垣間見ることになった招待者。


 だが参列した多くの兵の中に、恵枇国の侵攻を阻むため纏向まきむの景行天皇が、まだ十六歳の童子に国主討伐を下命したことに疑念が残った。

 

 幼い命を懸けたコウスの心の内を覗くが、答えは見えない。華やかな祝宴の座が、重々しい空気に押し付けられている。

 この空気を取り払わねばと、コウスは酒杯を高く掲げ、叫んだ。


「そこにられる、シウリ首長に乾杯。」


 唐突に発せられたコウスの乾杯の音頭に、皆は思わず噴き出し、笑って大きな声で乾杯し、シウリ首長に拍手を送る。

 シウリが恥ずかしそうに頭を掻いて、席が一気に和んだ。


 銘々が席を離れて凱旋隊の座に、酒の酌をして回る人集だかりができた。

 兎農のマセラ首長が酒壷を手にし、群がる者を押しけてコウスの横に座った。


「コウス皇子、拙者の酌を受けて下され。お若いのに一国のあるじを成敗するとは、その勇気は見上げたものです。」


 酒を注いだ後、恵枇の国主は立派な人格者だったのかと聞いてきた。


「お話を伺って耳を疑ったのですが、恵枇の国主は山賊の成り上がり者ではなく、シウリ首長の情熱に応えた器の大きい人物とおっしゃいました。あの御言葉は、倒した者への弔いだったのでしょうか。」


 酌を受けたコウスは兎農軍が万一に備え、支援の兵を出していたことに触れ、感謝を伝える。


「兵百人もの援軍を出されておったこと、シウリ首長からは何も聞かなかったので、初めて知り面目なく存じます。御配慮、誠に有難う御座いました。」


「勝つと信じておりましたので、勝利の後の片付けでもと思って。我が軍の微力では差し出がましいと存じ、シウリ様には口外無用を願ったのです。ところで、恵枇の国主は……。」


 マセラは、コウスが話した国主の人格が、余程気になるようだ。


「手前が思うに人を繰る圧力や威風を備えながら、人の努力や情熱には応える包容力があり、殺すには惜しい器の大きな人物だった。斬られる間際にも、この者たちを宜しく頼むと言い残した。」


 余計なことを言ってしまったかと、後悔したコウス。正面から神剣を振り下した瞬間に、笑みを見せた国主の顔が脳裏に焼き付いている。


 その瞬間は誰も見ていない。帰還してイ・リサネ軍師に打ち明けようと思っていたが、出雲から帰還できる保証はない。

 それなら興味を示すマセラ首長に、話しておこうと決めた。


「恵枇の国主が、器の大きな人物だったと話したが、あれは手前の本心だ。祝宴の砦へ潜入できたが宴が始まる前に国主は、村の娘子に手を出すなと兵に厳命した。宴が始まって間者であることが見つかり、大勢の兵に囲まれ建造中の王宮で戦った。手前ひとりで戦ったのではなく、後方警護の弓隊やニコルの援護に助けられ、勝負は決しなかった。それを見た国主は攻撃を止め、剣や槍を地面に捨てさせた。」


 器が大きい人物と感じたのは、戦いが始まる三日前のシウリに対する言動と、一介の村人であるシウリとの約束を守った時からだった。

 それを確信したのは、死ぬ直前にあった箔名の下賜と部下の将来を、眼の前の敵に委ねたことだと話を続ける。


「手前が正面に立つと国主は〝おいに増して勇敢で猛々しい男が倭都にいたのだ。おいをしのぐ其方にタケルの箔名を献上しよう。今より其方は倭都やまとタケルと名乗るがよいぞ。そして、この者たちを頼む〟と、周りの者にも聞こえるよう声を振り絞って宣言した。手前が〝承知した〟と答えて剣を上段に振り上げると、笑みを見せた。あの笑みは手前を信じ、部下の将来を委ねた安堵にも見える表情だった。」

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