己実の集合舎で、恵枇討伐を讃える凱旋隊の祝宴が
津の奥で待っていたタルシは日没直後に着くとは、想定していたより早く着くので安堵し、歓迎準備を急がねばと集合舎へ走る。
日が西の山頂に掛かり、夕暮れと共に寒さが勢いを増してきた。
三丁ばかり山手から、己実の人々の歓声に包まれて凱旋隊が近付いて来る。
五十騎がゆっくりした足取りで津に到着すると、馬舎の作業人が集合舎前に集まり、次々に馬を馬舎へ引く。
到着を待っていた己実のタルシ当代とタクラ船長、兎農のマセラ当代が、先頭のコウス、マイヤ、火良村のシウリに駆け寄って迎える。
「お待ちしておりました、皆様お揃いでの御到着を、心より御慶び申し上げます。」
「お疲れになった事と存じますので、ひとまず温かい集合舎に入られて、茶でも啜りながらご休憩下され。」
歓迎挨拶を受けて、全員が笑顔で応礼しながら集合舎へ向かう。
三日前の朝、火良村への出発を予め準備して、手際よく送り出してくれたタルシ首長に、コウスは感謝の意を伝えた。
「タルシ首長のお陰で、倭台市訪問のあいだ留守を担った皆とも、早々に再会でき嬉しかった。今晩は厄介になるが、明日の昼前には未羽津へ出発しようと考えておる。船の都合だが、如何であろうか。」
集合舎へ歩きながら、コウスは明日の出立準備と、船の都合をタルシに確認した。
「左様で御座いますか。積もる話もあります故、明日も一日お休みになられ、夕刻の御出立と思っておりましたのに、寂しい限りです。コウス皇子様の御計画がお有りでしょうから、昼前に滞りなく御出立が出来ますよう準備致します。」
三
日はとっぷり暮れて山あいの鳥たちも、海上を飛び回っていた鳥たちも巣へ帰り、津は静かになった。
集合舎は凱旋の祝宴席が整っていた。
色鮮やかで豪華な料理に茶を添えて、来賓の凱旋隊には卓上に、凱旋隊の前の座には座布団と短い脚付きの膳六十が四列で並び、役人や招待者を待つ。
奥の壁には纏向と倭台、兎農の軍旗が天井から垂れ下がり、荘厳な祝宴の雰囲気が漂う。
すでに来賓の凱旋隊は最奥で、卓を前にして二列で座っている。
前列は中央のコウスを挟んで纏向の十一人と、右に伊勢と高尾の七人、左に針間の四人が。後列は右に兎農の十三人と、左に針間の十一人。
凱旋隊四十六士は、恵枇の国主討伐隊とは思えないほど少人数だ。
招待席は、奥の右側前列からタルシ当代とタクラ船長、左側前列からマセラ当代とシウリ当代が座ると、そこへ交易船の漕手十人と調理人二人が入って来て、船長の隣へ座った。
「倭台津の往復で苦労をかけた漕手だ。交易でもないのに相乗りして、世話になったなあ。」
感慨深げにコウスがひとり言をつぶやくと、隣のシモンも何度もうなずきながら、誰にともなくつぶやく。
「同感です。市中散策の二日間、ずっと船で待っていたのでしょうか。」
続いて己実の役人や旅人の案内人、豪農の民二十八人が入って来て、左側の二列に座った。さらに兎農の役人や側近十五人も入り、右側後列へ。
宴席が埋まると女人を含めて百四十人になり、旅人の集合舎としては過密状態だ。
配膳を済ませた女人三十人は、全員が酒壷を携えて出入り口で座り、待機している。笛を腰に差している女人もいる。
己実のタルシ当代が立ち上がって凱旋隊に一礼し、恵枇の国主討伐を祝う、宴の開始を宣言する。
「倭南州に侵攻した恵枇の国主討伐のため、倭都の纏向から景行天皇の代理として遠征されたコウス皇子、並びに警護隊の皆様。見事な勝利と倭南州の再興、誠に御目出度く存じます。些やかでは御座いますが、御祝いの宴を始めます。」
招待席に拍手と歓声が沸き起こった。待機していた女人が一斉に立ち来賓席へ六人、招待席へ二十四人が酒の酌をして回る。
宣言を終えたタルシが座ると、代わって兎農のマセラが立ち上がる。
「酒は届きましたかな。拙者は国主討伐の日に、万一でも応援の要請があればと、兵百人を連れて坊主山の麓で戦いの行方を見守っておりました。結果は拙者が思った通り大勝利で、その後のコウス皇子の事後処理と申し付けが、また素晴らしく御立派で、我々は感激の涙を流しながら坊主山を後にした次第です。誠に御見事で御座いました。」
戦いの現場を思い出すように、視線を天井に向けて振り返るマセラ。ここまで話すと視線を落として周囲を見回す。
「それでは、コウス皇子の恵枇国主討伐を祝して、座ったままで乾杯と行きましょう。……乾杯。」
感無量でマセラの発声を聞いていた、招待席の人々。大きな声で乾杯と叫び、手に持った酒杯をひと息で飲み干し、来賓席に拍手を送る。
あの恐ろしくも激しかった恵枇の砦潜入と戦いが、つい十五日前だったことに小さな驚きを感じたコウス。
そこに兎農の兵も倭台兵と同じく、密かに応援に駆けつけていたのだ。初めて知った征西隊は胸が熱くなるのを抑えきれない。
拍手を受けてコウスが立つと、凱旋隊全員が立ち上がり、深く礼をして応えた。
「さ、料理が冷めないうちにお召し上がりくだされ。酒はたんまり御用意しておりますので、手をお上げになれば、酌に参じます。」