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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第九章
103/108

己実の集合舎で、恵枇討伐を讃える凱旋隊の祝宴が

 津の奥で待っていたタルシは日没直後に着くとは、想定していたより早く着くので安堵し、歓迎準備を急がねばと集合舎へ走る。


 日が西の山頂に掛かり、夕暮れと共に寒さが勢いを増してきた。

 三丁ばかり山手から、己実の人々の歓声に包まれて凱旋隊が近付いて来る。


 五十騎がゆっくりした足取りで津に到着すると、馬舎の作業人が集合舎前に集まり、次々に馬を馬舎へ引く。

 到着を待っていた己実のタルシ当代とタクラ船長、兎農(とのう)のマセラ当代が、先頭のコウス、マイヤ、火良村のシウリに駆け寄って迎える。


「お待ちしておりました、皆様お揃いでの御到着を、心より御慶び申し上げます。」


「お疲れになった事と存じますので、ひとまず温かい集合舎に入られて、茶でも啜りながらご休憩下され。」


 歓迎挨拶を受けて、全員が笑顔で応礼しながら集合舎へ向かう。

 三日前の朝、火良村への出発を予め準備して、手際よく送り出してくれたタルシ首長に、コウスは感謝の意を伝えた。


「タルシ首長のお陰で、倭台市訪問のあいだ留守を担った皆とも、早々に再会でき嬉しかった。今晩は厄介になるが、明日の昼前には未羽みわ津へ出発しようと考えておる。船の都合だが、如何であろうか。」


 集合舎へ歩きながら、コウスは明日の出立準備と、船の都合をタルシに確認した。


「左様で御座いますか。積もる話もあります故、明日も一日お休みになられ、夕刻の御出立と思っておりましたのに、寂しい限りです。コウス皇子様の御計画がお有りでしょうから、昼前に滞りなく御出立が出来ますよう準備致します。」


 日はとっぷり暮れて山あいの鳥たちも、海上を飛び回っていた鳥たちも巣へ帰り、津は静かになった。


 集合舎は凱旋の祝宴席が整っていた。

 色鮮やかで豪華な料理に茶を添えて、来賓の凱旋隊には卓上に、凱旋隊の前の座には座布団と短い脚付きの膳六十が四列で並び、役人や招待者を待つ。

 

 奥の壁には纏向と倭台、兎農の軍旗が天井から垂れ下がり、荘厳な祝宴の雰囲気が漂う。


 すでに来賓の凱旋隊は最奥で、卓を前にして二列で座っている。

 前列は中央のコウスを挟んで纏向の十一人と、右に伊勢と高尾の七人、左に針間の四人が。後列は右に兎農の十三人と、左に針間の十一人。

 

 凱旋隊四十六士は、恵枇の国主討伐隊とは思えないほど少人数だ。


 招待席は、奥の右側前列からタルシ当代とタクラ船長、左側前列からマセラ当代とシウリ当代が座ると、そこへ交易船の漕手十人と調理人二人が入って来て、船長の隣へ座った。


「倭台津の往復で苦労をかけた漕手だ。交易でもないのに相乗りして、世話になったなあ。」


 感慨深げにコウスがひとり言をつぶやくと、隣のシモンも何度もうなずきながら、誰にともなくつぶやく。


「同感です。市中散策の二日間、ずっと船で待っていたのでしょうか。」


 続いて己実の役人や旅人の案内人、豪農の民二十八人が入って来て、左側の二列に座った。さらに兎農とのうの役人や側近十五人も入り、右側後列へ。

 宴席が埋まると女人を含めて百四十人になり、旅人の集合舎としては過密状態だ。


 配膳を済ませた女人三十人は、全員が酒壷を携えて出入り口で座り、待機している。笛を腰に差している女人もいる。


 己実のタルシ当代が立ち上がって凱旋隊に一礼し、恵枇の国主討伐を祝う、宴の開始を宣言する。


「倭南州に侵攻した恵枇の国主討伐のため、倭都の纏向から景行天皇の代理として遠征されたコウス皇子、並びに警護隊の皆様。見事な勝利と倭南州の再興、誠に御目出度く存じます。ささやかでは御座いますが、御祝いの宴を始めます。」


 招待席に拍手と歓声が沸き起こった。待機していた女人が一斉に立ち来賓席へ六人、招待席へ二十四人が酒の酌をして回る。

 宣言を終えたタルシが座ると、代わって兎農のマセラが立ち上がる。


「酒は届きましたかな。拙者は国主討伐の日に、万一でも応援の要請があればと、兵百人を連れて坊主ぼうず山の麓で戦いの行方を見守っておりました。結果は拙者が思った通り大勝利で、その後のコウス皇子の事後処理と申し付けが、また素晴らしく御立派で、我々は感激の涙を流しながら坊主山を後にした次第です。誠に御見事で御座いました。」


 戦いの現場を思い出すように、視線を天井に向けて振り返るマセラ。ここまで話すと視線を落として周囲を見回す。


「それでは、コウス皇子の恵枇国主討伐を祝して、座ったままで乾杯と行きましょう。……乾杯。」


 感無量でマセラの発声を聞いていた、招待席の人々。大きな声で乾杯と叫び、手に持った酒杯をひと息で飲み干し、来賓席に拍手を送る。


 あの恐ろしくも激しかった恵枇のとりで潜入と戦いが、つい十五日前だったことに小さな驚きを感じたコウス。

 そこに兎農の兵も倭台兵と同じく、密かに応援に駆けつけていたのだ。初めて知った征西隊は胸が熱くなるのを抑えきれない。


 拍手を受けてコウスが立つと、凱旋隊全員が立ち上がり、深く礼をして応えた。


「さ、料理が冷めないうちにお召し上がりくだされ。酒はたんまり御用意しておりますので、手をお上げになれば、酌に参じます。」

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