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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第九章
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出発が遅れ、夕刻の到着を目指し己実へ騎馬で駆ける

第九章

 倭南の政務舎と神社の検分によって、出発が遅くなった。

七里先の己実津までは、騎馬でも一日近くの行程で、再び寒さと暗闇に耐えながらの夜行となる。


「今からでは、急いでも到着は夜半前になります。朝の暗いうちに出発すれば、日が沈んだ時分に着くので一日遅れますが、引き返した方が良いのでは。」


 寒さに耐える夜行より、出発を明朝に変更すればどうかと、マイヤが相談してくる。コウスは今さら火良村へ引き返せないので、馬を走らせようと言った。


「出発は遅れたが、馬を二里走らせて少し休み、二里歩いて一里走らせ、一里歩くと夕刻に着くのではないか。纏向では川内への早駆けが日課で、クララは人を乗せて走るのが好きだった。」


 シウリ首長が、後続の者にも聞いて回る。すると全員が走る方が良いと言うので、二列になって少しずつ間隔を空けた。


「此処より全員で、二里の早駆けだ。よし、行くぞー。」


 コウスとマイヤを先頭にして、一斉に馬に鞭を入れる。

 ちょうど日が天頂に掛かった時分で暖かく、西からの追い風も都合が良い。馬は喜々として走り出した。右側の山が途切れた辺りが二里先だ。


 馬は本来、走るのが好きだ。前の馬を抜こうとする馬もいて、手綱を締めたり緩めたりしながら、街道の土を蹴って走る。


「これこれ、そう急ぐな。競争じゃないのだ、落ち着け。」


 想像以上に早く、二里先の地点に到達した。難和川に下りて馬に水を飲ませ、草を与えて川原の石に腰を掛け、昼食の握り飯を頬張った。


 ニコルと世話人が、休んでいる者の竹筒に茶を注いで回る。


「坂や道のぬかるみがなく、明るいので早く着きましたね。ひと息入れて二里歩くのですか。お馬さんは走りたいように見えますが。」


 この馬は荷役や農耕用で足が太く、戦闘馬のように駆けまわる機会がない。長く走らせて一頭でも足に怪我をすれば、逆に己実津へ着くのが遅れる。


「馬は足が疲れておるだろうから、騎馬で二里歩く。あと五里だ、夕刻には着ける。」


 しばしの休憩を終え、馬を街道に導いた。走り足りない様子で、乗馬すると激しく首を振る馬もいるが、なだめて歩かせる。


 難和川を挟んだ両側の高い山の中腹に、数本の煙が立ち上っているのが見える。


「あの煙は山賊のものか。我々を襲うために集結する合図だろうか。」


 シモンがシウリに問うが、これから襲うには遠すぎて、間に合わないと答えた。


「この地域に人は住んでおらず、冬が近いのでこの街道を通る旅人は、ほとんど見ません。山賊の巣は沢山ありますので、おそらく暖を取っている煙でしょう。」


 征西の途中、ニコルはこの辺りで山賊に襲われ、身包みぐるみを剥がれそうになった。

 また倭台の農村でも山賊襲来に遭ったが、捕らえられた賊のひとりが腹を空かせた子供と、病いの女房が帰りを待っていると、助けを求めた。


 ニコルは、なぜ山賊になって旅人の物品や、農民の食べ物を奪うのか、それで生活ができるのか不思議に思っている。


「旅人を襲うあの人たち、冬はどう過ごすのでしょう。兎農(とのう)や、倭南、高千たかちなどの君主に仕えれば、暮らしが良くなるのに。」


 マイヤは、ニコルの疑問につぶやく。


「もっともです。山賊に生まれた者は、強奪を生業なりわいとして育つので、君主に仕えるなど考えも及ばないのでしょう。」


 それだけでは納得できない表情のニコルに、豪族も元々は山賊の出身が多く、運よく富を築いた賊首が権力を持ち、地域を治めている事例を話してみる。


「各地で権力を誇る豪族も、ひと握りだが山賊から出世しています。目の付け所に長けた賊首が、規模の小さな山賊を集めて勢力を強化します。だが仲間が増えると強奪だけで腹を満たせないので、周隣の農村や工職村に取り入り、民の命や収穫物を外敵から護る代償として、食糧を提供させるという具合です。」


 山賊のまま生涯を終える者と、豪族に成り上がって権力者や下臣になる者に、枝分かれしたことは理解したニコル。


「生まれた場所や親の育て方で、人生が定められるのですね。人間って悲しい。」


「そうですが、人間には知恵がありますぞニコル様。馬として生まれたら、どう足掻あがいても人間にはなれません。だが人間に生まれたら幸せですよ。考え方や目の付け所次第で、身分を変えることができるのですから。」


 五十騎もの隊列では、山賊も警戒して襲うことはなかった。

 

 馬に疲労も異常もなく、左右の山が開けた二里先に着いた。まだ日は西の山頂に掛かる前だ。

馬に水を飲ませてひと息付き、一里走れば己実の集落が見えてくる。


「もう少しだ。左に集落が見える所まで、一気に走るぞ。」


 コウスの号令で、馬に鞭を入れる。


 己実津で凱旋隊の到着を待っているタルシ当代に、伝助の報が入った。


「コウス皇子様の凱旋隊が、三里ほど先まで来られております。火良村のシウリ当代も加わっておられ、四十七人と荷役馬三騎です。あと一時半ほどで、津に御到着と思われます。」


「ご苦労であった。では、タクラ船長と漕手の頭、料理長も集合舎へ来るよう伝えてくれ。」

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