倭都マキム天皇が、西国平定と熊曽の討伐に出立
第一章
一 《はじめに 倭都纏向の宮廷と、都のあらまし》
舞台は第十二代景行天皇が開いた倭都纏向の都です。
ここは現在の奈良盆地で、南の山々を背にして北に広がる平野を望む地に、幅と奥行き三丁、高さ一丈の土塀に囲まれた宮廷があります。
土塀の内側には兵舎や工職人の作業所が多数並び、最奥中央に萱と木の皮葺きで、間口一丁半ある二層の本殿が鎮座しています。
本殿の右に大きな食糧貯蔵倉と調理場、左に兵の武具倉庫、土塀の四隅には周囲が見渡せる高い櫓が設けられ、土塀の中は様々な政事・行事を行う、広い中庭です。
北側中央に白い四本柱の正門を構え、中庭の中央を貫く幅三丈の石畳みが敷かれて、中庭を左右に分け、連日早朝に兵の鍛錬が繰り広げられています。
宮廷本殿の要所や貯蔵倉、武具倉庫は敵の矢や投石を防ぐために、壁は太い木を割って張り上げたり石を積み上げたり、藁を混ぜた分厚い土壁も用いています。
宮廷を取り巻く集落の民家は、民が材料や労力を出し合って建てる自作です。
一般的な民家の構造は、地面に家骨となる十数本の木柱を立て、下部に土を盛って浸水や衝撃、強風による傾きを防ぐ構造です。
木柱には裂いた竹を縄で縛って横梁を巡らし、屋根になる頂部も木柱を三角状に組み、裂いた竹や細木で細かく塞いでいます。
仕上げに風雨を凌ぐ葦や稲の藁を外側全体に張り付けて覆い、屋根には暖をとったり、屋内で食べ物を焼いたりして出る、煙の逃がし穴が付いています。
集落を繋ぐ往来道が、広大な田畑の間を縫って縦横へ伸び、荷を背負ったり荷ぞりを引いたりする農民や、元気に遊ぶ童子・娘子たちが見えます。
耕作中の人、狩りの獲物を担いで歩く人もいて、活気に満ちた光景が広がる纏向の都です。
二
景行天皇は三十六年前、第十一代垂仁天皇の第三子として、畿の北にある高巴宮廷で生まれました。
この時代は周辺の豪族が強大化し、権力者が領地を広げるために潰し合う、戦乱にまみれていました。
おりしも海を隔てた西の大陸でも、強大な魏・呉・蜀の三国が長い年月をかけて、国盗り戦争に明け暮れていました。
このため政治や理念は崩壊し、飢えた豪族が自らの領地を捨てて、遠く東にある大きな島を目指し、大挙して海に出たのです。
倭都に上陸した渡来人は、領地拡大に奔走する豪族の首長に近付き、武器や農耕具、工作具を提供するなどして、上手く取り入りました。
だが倭都国は途上民族とはいえ、高貴で権力をもつ天皇や国主が存在していたため、独自の伝統や文化、倭都の言語を学ぶことで共存共栄を図ったのです。
ある日、高巴宮廷で嫡子サホツが渡来人の入れ知恵に乗り、父の垂仁天皇暗殺を画策したのです。
激怒した天皇は、サホツの官舎を取り囲んで火を放ち、共犯であった正妃サホマヒメともども、焼殺するという事変が勃発。
この事変で治政に歪と乱れが生じ、周隣豪族の侵攻を助長し、民を震撼させる事態になりました。
そこで垂仁天皇は世の立て直しと平穏を願い、祭祀の振興に力を注いで側妃ヒワスヒメの皇女に神祈女を託しました。皇女は伊勢に神宮を建立したヤマトヒメです。
第二子ハリマは、すでに畿の西方を広く治める権力者になっていたので、垂仁天皇は次代天皇継承を持ち掛けました。
だがハリマは弟のマキムこそ、戦乱を鎮める適任者だと、皇位継承を譲ったのです。
二十六歳の若さで、天皇職を引き継いだマキムは、箕輪山の北西麓に宮廷を移して地名を纏向とし、第十二代目の景行天皇として即位しました。
今から十一年前、垂仁天皇の意を継いだマキムは、繰り返される豪族や権力者の潰し合いをなくし、兵も民も問わず人命を尊重する、新しい倭都国の礎作りに踏み出したのです。
三 《ここより 小説の本文です》
倭都纏向の宮廷。いつものように中庭で、兵四百人の早朝鍛錬が行われている。
弓隊、槍隊、剣隊に分かれて掛け声勇ましく、四列縦隊で足並み揃えて中庭を行進し、その後申し合いに精を出す体錬が始まった。
正門付近では景行天皇の嫡子、オウスが騎馬弓術で槍士と申し合いをし、中庭の本殿寄りでは、第二皇子のコウスと軍師のイ・リサネが、木剣で申し合いをしていた。
その時、思いもよらない異変が起こった。コウスの目の前で木剣が弾けた鋭い音がして、右手の木剣が額に激突したのだ。
コウスはその衝撃で、後方の地面に尻から落ちた。頭の後部へ痛みが貫き、目が開けられない。
「コウス、コウス皇子。おう、息はある。そのまま動くでないぞ。すぐラ・ウネを呼んで手当てするでな。」
イ・リサネ軍師の悲鳴に似た声が近付き、吾の頭に手を当てて喚いている。
---吾は軍師と申し合いの最中に、頭を打たれたのだ。うー、頭が痛い。
起き上がろうとするが、手足に力が入らない。何だか意識も薄れてきた。
「そこの三人、縁の下にある運び板をここへ。急げ。」
後頭部と腰に、イ・リサネ軍曹の太い腕を感じる。吾を抱き起こそうとしているようだ。三人の兵が取りに走った運び板が着いたのか、その上に両足を伸ばし、仰向けに乗せられた。
「コウス皇子、気を楽にしろ。つい力が入ってしまったのだ、すまん。」