あり得てはいけない相関図
よくテレビ雑誌などで見る、ドラマの登場人物の相関図。
誰と誰がどう繋がり、どう物語が進むのかを示した図。
物語はその相関図通りに進んでいく。
そして最終的にどうなるのか、そこを読み手に予想させ、その後の展開を実際にドラマで見て、納得したり予想外で面白かったりするのだが…。
俺は転移先で早々に、悪の大魔王を倒すべく結成されたパーティーに、あり得てはいけない相関図を見せられた。
そこに示されていたのは、賢者と魔法使いの禁断の師弟愛関係や、剣士と魔物の闇の売買関係、そして勇者である俺と魔王のどうすればそうなるのか分からない恋人関係。
「この関係性で、どうしろと?」
俺は俺をこの世界に転移させた女神を前に呟いた。
「この相関図通りに進めば、世界は救われます。救われたなら、あなたを元の世界に戻すことが出来るのです。」
目映い光をまとった、美しい女神は透明感のある声でそう言った。
「でも…。」
俺は全く自信がなかった。
こんなめちゃくちゃな相関図でこの世界を生き抜けるのだろうかと…そして、元の世界に戻れるのだろうかと…。
まず最初に戸惑ったのは、賢者と魔法使いの師弟愛。
賢者はおんとし60歳のお爺ちゃん。
そして魔法使いは見た目もキラキラとした、二十歳の若い女の子。
二人は常に寄り添い、微笑み合っている。
相関図で「師弟愛」なんて文字を読んだものたから、二人が近付いていると、変にドキドキしたりした。
しかしよく見ると、二人の関係性はそんなに艶かしいものではなかった。
魔法使いは足の悪い賢者を魔法で歩かせたり、賢者は持てる知識を使い、魔法使いに生きる術を伝授している。
分かりやすく言えば、お爺ちゃんと孫のよう。
ある時、俺達パーティーは魔物に襲われた。
魔物のレベルは5000。
しかし俺達は勇者、賢者、魔法使い、剣士のレベルを合計しても、500ほどにしかならなかった。
力に差がありすぎて、魔物に全く歯が立たない。
俺達パーティーは絶望を感じていた。
その時、賢者が立ち上がった。
賢者は知識を持って魔物の弱点を俺達に伝えてくれたり、魔物に勝つ方法を必死で探ってくれた。
しかし、俺達の力が足りなさすぎて、賢者の努力も水の泡だった。
そして、傷ついて倒れていく俺達を見て、賢者は魔物と俺達の間に立ったのだ。
「私の中にある、全ての知識をお前に吸収させよう。そうすればお前に使えない魔法はなくなる。」
そう言って賢者は魔法使いの頭に手を乗せた。
「だめです!そんな事をしたら、あなたが消滅してしまう!」
魔法使いは必死になって止めようとした。
しかし、賢者の決意は硬く、そして、傷を負った魔法使いには老人である賢者の力にさえ抗えなかった。
そして二人を清らかな光りが包み込んだ。
数秒ほどすると、魔法使いは知性を兼ね備えた美貌へと変わり、幾つのも攻撃魔法を繰り出した。
それは、辺り一面が炎に揺れるほどの強い力で、魔物は一瞬にして消えてなくなった。
静まり返ったその場所に、賢者の姿はなくなっていた。
全てを魔法使いに託し、賢者は消滅の道を選んだのだ。
その事に魔法使いはひどくうちひしがれた。
しかし、自分の中に宿った賢者の知識が、それを悲しい事ではないのだと教えてくれた。
「私は恩師から、全てを譲り受けました。この知識と力を後世に伝えていきます。」
魔法使いの後悔の涙は、未来を切り開く力に変わった。
相関図で厄介だと思ったのは、剣士と魔物の売買関係。
剣士は夜になると、俺達の休んでいる宿を度々抜け出して、どこかへ行っていた。
そして朝になるとどこで稼いできたのか、コインをたくさん持って現れる。
俺は剣士が何か怪しい組織に関係していて、俺達パーティーを混乱させるのではないかと心配した。
ところがコインは信頼できる知人から譲り受けていると剣士は言う。
そこで俺は剣士に話をして、その知人に会わせてもらうことにした。
剣士が向かったのは、森の奥にある湿気を漂わせた洞窟の中。
辺りは何かが腐ったような匂いに包まれ、体に纏わりつくような嫌な湿度が感じられた。
俺は直感で、この場所は危険だと感じた。
すると洞窟の奥の方から、ベタベタと粘着質な音を立てながら、何かが這い出てきた。
「ひぃ!」
俺はその物体の異形な体を見て、思わず息を飲んだ。
その物体は見るに耐えない姿で存在し、直視出来ない程だった。
しかし、剣士は躊躇いもなくその物体の体を撫でた。
そして、剣士が語った。
「こいつは俺の昔からの馴染みなんだ。こんな姿をしているけど、元は人間だ。この世界の魔王の攻撃を受けて、こんな姿になってしまったんだ。」
元人間と言うその物体は、異形の魔物となり知性を奪われた。
ところが剣士にだけは懐いていると言う。
それを証拠に剣士が姿を現すと、魔物は自分の体を引き裂き、体の中に埋め込まれたコインを出す。
魔物と言えど体を引き裂けば体液が流れるし、痛みに声を上げる。
それでも魔物は剣士に差し出すためのコインを自身から引き出す。
そして剣士は魔物の体に付いているヘドロを洗い流してやる。
どんなに綺麗にしてもすぐにヘドロは魔物を捕らえてしまうが、剣士は気にせずに世話を焼いていた。
その姿を目の当たりにして俺は、剣士と魔物の関係性は、揺るぎないものなのではないかと感じた。
「俺はこいつの仇を打ちたいんだ。だから、お前と共に魔王を倒す。」
剣士の強い意思は、俺にも勇気をくれた。
そして、一番理解できなかったのが、俺と魔王の恋人関係。
俺は常に警戒していた。
恋人関係と言うことは、どこかで出会い、恋に落ちるかもしれない。
しかし俺は男だ。
男が男を好きになるのは、俺にはレベルが高すぎる。
そんな事を想像もしたことがない。
しかし魔王と俺の恋人関係は、意外な方向からやってきた。
俺はある村に立ち寄った時に、一人の少女と出会った。
その子は青い瞳に、綺麗な金髪で、質素な村の中で、とても目立っていた。
だからなのか、俺はその子を目で追うようになった。
綺麗な顔立ちと品のある仕草が俺の男心をくすぐった。
俺は頻繁に彼女に話し掛け、彼女の仕事である神殿の清掃や管理を手伝った。
それが功を奏したのか、彼女も俺に心を開いてくれた。
時には一緒に食事を作り、一緒に食べ、近くの草原に散歩に行ったりもして、お互いの話をたくさんした。
ある時彼女が寂しそうに俺に言った。
「こんなに一緒にいて、心が安らぐのに、あなたはいつか元の世界に戻ってしまうのね。」
「全てが上手くいけばの話だよ。それに今すぐじゃない。」
そうは言っても、相関図通りに進めば結果は見えている。
この幸せは今だけのものだ。
そう感じながらも、お互いに離れられないでいた。
「あんた、あの娘に夢中みたいだけど、やめときな。」
村の長老のところに泊めてもらっていた俺は、ある夜、そう警告された。
「なぜですか?」
酒が入っていたこともあり、俺は少しムッとした言い方をした。
それが長老に伝わったのか、俺を落ち着かせるために俺の空のコップに、村の自慢のラム酒を注いで長老は言った。
「この村には古くからの言い伝えに寄って、毎年神殿に生け贄を捧げなければいけない。」
俺は長老の言葉に、喉を通っていくラム酒の味が分からなくなった。
しかしアルコールは感じられた。
喉が焼け付くように熱い。
その熱さはやがて俺の腹に落ちていった。
そしてマグマの様に煮えたぎっていく。
「まさか、その生け贄…。」
俺が嫌な予感と共に吐き出した言葉に、長老は頷いた。
「あんたがご執心の、あの子だよ。あの子の瞳と髪の色は、魔王の大好物だ。彼女を捧げることによって、この村は守られる。そして、今頃彼女は、儀式の最中さ。」
「ふざけるな!」
俺の腹のマグマは、怒りの言葉となって吹き出した。
「あの子を捧げるくらいなら、俺が魔王を倒してやるよ!」
俺はそう啖呵を切って、長老の家を飛び出した。
満月が俺の背中を追ってくる。
儀式が行われている神殿に俺は急いだ。
神殿に着くと、彼女が大理石の上に寝ていた。
その周りには村人が白い服を着て、彼女に手を合わせて祈りを捧げていた。
「やめろ!」
俺は叫んだ。
「そんな事をしなくても、俺が、俺達パーティーが魔王を倒してやるよ!」
「もし失敗したら、魔王の怒りに触れ、この村は終わる!」
一人の青年が立ち上がり、俺にそう言った。
「失敗しない!絶対に!」
しかし俺の考えは甘かった。
魔王は体を巨大化させ、使えない魔法などないはずの魔法使いの攻撃を全て吸収し、友の仇に燃える剣士の技を全てかわした。
それだけでは収まらず、俺達全員をなぎ倒した。
身体中を痛め付けられ、動けなくなった俺達の目の前で、彼女の村は明々と燃え盛った。
そして、魔王は彼女を飲み込んだ。
「やめろ!!!」
俺の悲痛な叫びだけが、辺りに響き渡った。
あれから10年。
俺達は再び、魔王の前に立った。
それぞれの想いを胸にしながら…。
魔王との戦いは、やはり激戦となった。
しかし10年前と違うのは、俺達のレベルだ。
俺達は10年の間に、更に力を付けるため、必死で自分達を鍛えた。
もう二度と同じ過ちを繰り返さないためにも、俺達は命がけだった。
そんな俺達の努力がどこまで魔王に対抗できるのか分からない中、必死に戦うしかなかった。
魔法使いの魔法が魔王を惑わせ、剣士の力強い剣裁きが魔王の固い外皮を剥がしていく。
「よし!ダメージを与えられているぞ!」
俺達は歓喜した。
10年前には全く歯が立たなかった魔王を今、追い詰めている。
魔王は苦戦を強いられ、卑怯な手を使いだした。
魔王の心臓部分が薄く透けて見え始め、よく見るとそこには、10年前に魔王が吸収した青い瞳と金髪の彼女が姿を現していた。
彼女は生気のない顔で俺を見た。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
差し出された手のひらから光の玉が生まれたかと思うと、秒速で光の玉が飛び出した。
そして、魔法使いと剣士の体を吹き飛ばした。
二人は岩に激突し、口から血を吐き出しながら、倒れた。
魔王に吸収された彼女の力は、最強だった。
「もう、どうすることも出来ないのか。」
俺は悔しさに嘆いた。
そして、ひとつの決断をした。
このまま死んでいくなら、いっそのこと…。
俺は倒れた魔法使いに、目をやった。
指先が動くのを見た。
魔法使いはまだ生きてる。
「俺を瞬間移動させてくれ!」
俺が叫ぶと、魔法使いは持てる力全てを振り絞って、俺の体に魔法をかけた。
すると、光の速さで俺の体が魔王の心臓部分に移動した。
「これが最後だ!」
立ち上がった剣士が、魔王の片腕を切り落とし、そのまま崖へと転落していく。
片腕を失った魔王の力が一瞬弱まった。
俺はその隙に、魔王の心臓部分にしがみついた。
透明なガラスのような物が、俺と彼女の間を遮っていた。
彼女が俺を見つめた。
俺は叫んだ。
「愛してる!」
彼女が再び手を差し出した。
その手のひらには、さっきと同じ光の玉が生まれた。
俺は構わず叫び続けた。
「守れなくてごめん!一緒に行こう!」
俺は隠し持っていた聖水の瓶を掲げた。
その聖水は俺の命と引き換えとなる。
聖水を使えば、勇者の俺は息耐える。
しかし俺にはもう、その手段しか残されていなかった。
俺は彼女と共に、消滅する覚悟を決めた。
俺は迷いなく、その聖水を魔王の心臓に振りかける。
すると、魔王が苦しそうに悲鳴を上げた。
彼女と俺の間にあったガラスのような物が、聖水によって、溶かされる。
魔王の心臓の中では、彼女も体を反らせて、目を白黒させている。
魔王が瀕死ならば、同化してしまった彼女も瀕死になる。
俺は彼女に手を伸ばして、抱き締めた。
そして、彼女に告げた。
「永遠に、一緒だよ。」
俺の体が彼女ごと、赤い炎に包まれた。
体が焼ける。
息が出来なくなる。
しかし胸のなかには、彼女がいる。
俺は絶望の中に一筋の幸福を感じながら、消滅していった。
魔王と同化した、彼女と共に…。
「それで、その後どうなったの?」
俺の話を聞いていたマドカが俺の顔を覗き込んだ。
相変わらず、可愛い顔をしている。
そんなマドカに思わず見とれていると、彼女から拳骨を落とされた。
「話聞いてる?!」
俺は頭を押さえながら、続けた。
「世界は救われたよ。だって、魔王は倒されたんだから。」
「勇者と彼女はどうなったの?」
マドカは母親譲りの綺麗な青い瞳を輝かせながら、聞いてくる。
俺は、変わらない彼女の美しさに見とれながら続きを話した。
「俺はこの現代に戻ってこれた。本当は、あの時に魔王と消滅して終わったんだけど、女神様が俺をまた、転移させてくれたんだ。」
「なんで?」
「そうりゃあ、命がけで戦ったからだろう?」
「ふぁーん。」
彼女はなんだか、納得していない様子で、俺に背中を向けた。
本当は消滅しかけたあのときに、女神が言ったんだ。
「素晴らしい物語を紡いでくれて、ありがとう。あの相関図からこんなに素敵なドラマが生まれたことに感謝して、貴方達を転移させます。」
「あなた…達…?」
女神が慈悲の眼差しで頷いた。
その時の俺の腕の中には、気を失った彼女がいた。
実際に転移してみると、そこは俺が元々生きていた世界で、気を失った彼女は転移ではなく、転生していた。
俺はその理由を、女神の計らいだと思った。
勇者と出会った彼女の記憶を失くして転生させることで、もう一度恋をするチャンスを与えてくれたのだと。
この平和な世界で…。
「俺は幸せだけど。生きて、大好きなお前と一緒にいられるんだから。」
俺はマドカをバックバグしながら、囁いた。
「またそんなこと言って。本当に異世界転移なんてあるわけないじゃん。」
そう言ってマドカは笑うけど、俺はそれでもいいよ。
例えあの時の記憶がなくても、俺はまたお前に出会えたんだから…。
俺が体験した、あり得ない相関図は、想像以上にドラマを生み出したんだ。
だけど、これからは相関図通りじゃなくて、自分の力で切り開いたドラマを生み出したい…俺はそう思ったんだ。
読んで頂き、ありがとうございました。