鏡
私は大手不動産会社に勤務する専務取締役。
バブルが始まる少し前に都内の中堅不動産会社だった我社に入社。
入社してから30年以上営業畑を歩んで来た。
入社した頃我社の社長だった現会長や入社した私を指導してくれた先輩で現社長等と共に、中堅不動産会社を業界屈指の会社に成長させた事を自負している。
「専務、相談したい物件があるのですが」
そんな私に相談事が持ちこまれた。
「何だね?」
「都内の1等地に所有している高級賃貸マンションの1室で住人が失踪したのです」
「家賃を滞納しての失踪か?」
「違います、在宅中に失踪したのです!
それも、今回で2回目なのです」
「どういう事だ?」
「前回は建築されたばかりの5年前、最初の入居者でした。
警察の調べでは仕事の事で悩んでいた事からの失踪とされたのですが、不思議な事に高級マンションで最高のセキュリティがあり通路に多数の防犯カメラが設置されていたにも係わらず、どのカメラにも失踪者が映ってませんでした。
今回の失踪者も同じなのです。
外出した形跡が無く、部屋の中で失踪したとしか思えない」
「2人に共通している事はあるのか?」
「何方の方も専務のように第一線でバリバリ働いていて、昇進も間近だったとの事です」
「フーム。
部屋はどういう状況だ?」
「二人目の失踪者が出た時のままです」
「失踪者の家族に許可をもらい、私がその部屋で数日過ごしてみよう」
「え!?
そんなのは若手の社員にやらせれば?」
「失踪者と同じような立場で年齢も近い方が良いだろう。
それにこんな事、事故物件に泊まりこむ事は若い時何度も経験しているからな」
「もう〜いいかい?」
「ま〜だだよ」
部屋に泊まりこんで2日目の深夜、フト目覚めた私は何処からとも無く子供の声が聞こえる事に気がつく。
何処から聞こえるのだろうと部屋の中を彷徨く事数分、洗面所の鏡の中から声が聞こえる事に気がついた。
鏡の前に立っているにも係わらず鏡に私の姿は映っておらず、鏡の中で沢山の子供たちが追いかけっこをしたりかくれんぼをしたりして遊んでいる。
子供たちに混じって失踪者らしい男性が2人無邪気に遊んでいた。
彼等の姿を見て私は遠い昔、幼かった小学生低学年だった頃までの事を思いだしていた。
近所の友達と連れだって行った公園で、友達や同じように公園に遊びに来ていた知らない子等と一緒に、追いかけっこやかくれんぼをして遊んだ事を。
その後は中学受験、高校受験、大学受験と勉学に励み遊ぶ事は無くなる。
気がつくと私は鏡の中に入り込み、かくれんぼをしている子供たちに近寄り声を掛けていた。
「僕も混ぜて」