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第1話 派遣

 初冬、どこまでも雲に覆われた重く暗い曇天を見上げて、ユート・サングレイスは溜息をついた。いつもはもう冬だというのに容赦なく照りつけてくる太陽も、今は空を覆い尽くす厚い雲に隠れて全く見えない。その様子がまるでこれから先の困難を予見するようで、ユートは更にげんなりとした気分になった。


 先程降りた列車の汽笛がユートを笑うように重く鳴り響き、そのまま彼を見放すようにゆっくりと進み出すと、列車は曇天の中へと消えていった。


「どうしてこんなことに...」


 お人好しというのはこうも困難に巻き込まれやすいものなのか。まぁ、頼み事は断れないし困っているなら進んで助けてあげたくなってしまうのは子供の頃から変わっていないし、これからも変わることは無いのだろう。こんな面倒な人間性にしてくれやがって。もし神なんてものが本当に存在するのなら、今すぐにでも殴りに行きたい。



 駅のホームから改札へと向かい手早く交通結晶(こうつうけっしょう)をかざす。呼び出しベルのような聞きなれた受理通知音を聞いた後、開いたゲートを通って駅から出た。


 最初に目に入ってきたのは針山のように乱立した煙突の数々だった。遠くから見ると蜂の巣のような独特の地形をしたこの国は、鉱山などの資源に恵まれ、独自の発展を遂げてきた。そしていつからかその豊富な資源を狙う「国盗(くにとり)」と呼ばれる(やから)から国を守る為、強固な防壁を何重にも重ねた結果、この何層にも重なったミルフィーユの様な不思議な地形を作り出していた。乱立した煙突の下には住居があり、その下にまた住居がある。各住居から伸ばされた地盤が集まるようにして、階層を作り出し、国の中央に位置している場所にある、人々が「セントラル・ガイア」と呼ぶその「旧世界の遺物(きゅうせかいのいぶつ)」だと伝えられた巨大な球体が、生命の維持に必要なエネルギーを創り出している。"神秘と無限回廊の国"ディスラヴィア連邦国。その名に恥じぬ街並みをユートは食い入るように見つめていた。


「・・・・・さてと、そろそろ行くとするかな」


 たっぷり15分ほど景色を堪能した後、軍服のポケットに入った懐中時計を見る。任務開始まではあと30分ほどだ。

 ユートは年季の入った革製の旅行鞄を持つと歩き始めた。



 それにしても寒い、寒すぎる。街ゆく人は皆暖かそうなコート着ていたりマフラーをしていたりして、それに比べてユートの装備の貧弱さといったら。任務移動前日までばたばたと準備に忙しかった上、十分な睡眠時間も確保できなかったのにあれこれと優先準備を考えた結果、最低限のものだけ用意して直ぐにベットに飛び込んだせいだ。それに今日、案の定寝坊をしたせいで暖かいコートも準備する暇がなく、こんな雪の中馬鹿みたいに軍服で向かう羽目になってしまっているこの状況に、彼は今更のように後悔し始めていた。


 最初にこの国に訪れた時はまだ友好的な市民が多くいて、それなりに外交関係も良好だっため、この国の人たちも丁寧に道を教えてくれたりと何かと親切にしてくれたので、いつかまた訪れたいとは思っていたし、理不尽なこの任務も目的地がディスラヴィア連邦国なのでなんとか受け入れられた。


 しかし、敵対国となってしまった今ではほとんどの市民たちから向けられる視線は冷たい。そりゃそうだ、敵なんだから。敵意を隠そうともせず、むしろ剥き出しにした視線に晒され、ユートはほんの少し寂しさを覚えた。



 

「・・・・・・(ひさ)しいな、何年ぶりだ少佐」


「はい、ご無沙汰しておりました。准将(じゅんしょう)


 背筋を正し機械的にユートは敬礼をする。ここはモルトピリア帝国大使館。敵対国となった今ではここにたとえ一秒でも居たくもないが、軍隊という統率された組織の中では命令は絶対だ。異端者はすべからず排除される。ならば目立たぬように身を潜め、様子をうかがって行動するのが最善だ。


 対話の相手は初老ではあるもののその体は筋肉に覆われていて、いかにも軍人といった体つきをしている。人でありながらまるで猛獣を相手にしているかのような錯覚を覚える。彼はれっきとした名の通った魔術師であり、ユートの師匠でもあるアガレス・レーディライクだ。


「つもる話もあるだろうが、まぁ座れ」


 アガレスに席を促され、ユートはゆっくりと席に腰を下ろす。何年も会っていなかったせいだろうか、それともただ単にこのアガレスという人物が苦手なだけなのだろうか、ユートはアガレスを前にして冷や汗をかいていた。


 まるで人と話しているとは思えない。破城槌の前に顔を置いているような、重厚な威圧感が六畳半程の空間を支配していた。


「・・・あまり時間がないので早速本題に入るが、少佐。今回の任務については覚えているな?」


 アガレスに問われる。白銀の双眸がユートを射抜く。


「はい。例の"(あか)の魔術師"の護送ですよね」


 

——(あか)の魔術師。今や魔術は世界中に知れ渡った常識だが、魔術を用いて戦い、研究し世界の神秘を解き明かそうとする・・・・俗に言う魔術師はかなり少ない。魔術を用いるという上で、その研究漬けになり研究所から出てこない、ただでさえ中々お目にかかれない魔術師だがそんな魔術師の中でも皇帝陛下直々に任命された、いわゆる称号(しょうごう)を持つ程の実力者はそういない。なので"彼女"の事はある程度は知っている。 


「その"(あか)の魔術師"なんだが、運の悪いことにどうやら"シティ・グレイ"にいるらしい」


 それを聞いてユートは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。"シティ・グレイ"その場所は確か、このディスラヴィア連邦国の中でも治安の悪い六地区を総称した呼び名だ。ユートが今いるこの中心街から溢れ出した黒煙は、気流に流されそこに流れ着く。割れ窓理論と同じように、少し先ですら見えないほど濃い煙に包まれたその区画にはルールなど存在しない。窃盗、密売、人身売買、闇取引に殺人まで、この世のあらゆるタブーが集うその場所は言わば、実在する"闇"そのものだ。


 ユートの本心に気づいたのか、アガレスはさも申し訳なさそうな顔をした。


「嫌な事は重々承知だ少佐。俺としても行かせたくはないが、かの魔術師はそこにいるんだ。分かってくれ」


「えぇ、分かっています。必ずかの魔術師を帝国に護送して見せます」


 本心としては全く行きたくは無いが、ただでさえお人好しのユートに、大恩あるアガレスの頼みを断ることができるわけもなかった。それに断ったら自分がどうなるのかは容易に想像できるし、そうはなりたくない。


「それに僕には魔術があります。何が起きたとしても必ず連れ帰るので、ご安心を」


 アガレスに教え込まれた魔術はまだまだ未熟で一人前には程遠いが、一般人とのいざこざならユートの未熟な魔術でも十分何とかなる。


「これでも僕は軍人です。こんな任務くらい、朝飯前でしゅよ」


「…若干噛んだ所が少し不安だが、今回の任務は極秘だぞ。それを忘れるなよ」


「はい。それでは、失礼いたします」


 そう言ってユートは席を立ち、足早に大使館を後にすると、黒煙の覆うシティ・グレイへと向かって行った。


「言い忘れたが少佐、もし例の魔術師を見つけたとして、女だからといって気を抜くなよ。殺されるぞ」


 向かう途中、聞こえたアガレスの声は周囲の雑音にも負けず、ユートの耳には、やけにはっきりと聞こえた。なんとなく不安になった。なんでこれから行かなくてはならない部下にそんな縁起でもないことを言うんだ。ユートは今すぐにでも戻ろうと訴えてくる自身の危機管理能力を気合いで黙らせると、黙って足早に向かって行った。

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