#8 罰ゲームタイム!
そういや、ヘーラーとか元気してるかな。
あ、いやいや、こっちの話!
「それじゃあ、あっちの部屋でヒカルと「罰ゲーム」をしてくるから、あなたたちはトランプでもしていてね」
「はーい」
コトミに、神殿の奥の薄暗い部屋に連れて行かれた。
「とりあえず、召喚とか、何かを変えるみたいな魔法は危険だから、もっと簡単なものからにしましょうか」
ほとんどの魔法が使える「絶対神」なのに、初歩的な魔法の練習をするとは、なんとも皮肉な話だ。
「じゃあ、これにしましょう」
そういった瞬間、何の音も立てずに、急にテーブルの上に、受け皿に乗ったティーカップが現れた。
そして彼女は何もないところからポットを取り出すと、ティーカップからこぼれそうになるくらい、なみなみと紅茶を注いだ。
このくらいなら詠唱もいらないのか……
「このアップルティーがいっぱいに入ったカップを、離れたところから少し浮かせてみてね。一滴もこぼさないように、ね」
「一滴も、か、なかなかハードだな……とりあえず、浮くように念じればいいのかな?」
「うーん、ちょっと待ってね」
そういうと、彼女はテーブルから僕の方まで歩いて、背後に回ってきた。
「心配だから、最初はついていてあげる」
彼女は僕の背中に密着すると、彼女の腕を僕の腕に沿わせて、そのまま手首をささえるようにした。
さすがにドキドキして、脈拍が上がるのを感じた。
「そのまま、ゆっくり、腕を前の方に伸ばすの、そう……」
彼女にささやかれるまま、腕をティーカップの方に向ける。
「そうしたら、上に引っ張るようなイメージで、手を少し上にあげてみて。そう……一滴もこぼさないように、ね……」
イメージが鮮明になってきた。
自分の手が、あのティーカップに触れている感じがする。
こういうことか。
そのまま、手を上に持ち上げた。
ティーカップが浮いた。
「ふふっ、魔法入門、完了ね」
「なんだか、はじめて自分で魔法を使えた気がしたよ」
「あなたが今までやってたのは、結局ゼウスの借り物だからね」
そう言われてみると、確かにそうだな。
「でも、紅茶、こぼれちゃったね」
ああ、ほんとだ。
どうやら、彼女に密着されていたせいで、集中力が切れてしまったらしい。
僕から離れたコトミは、ティーカップの下の受け皿を取り出すと、それをゆっくりと持ち上げて、彼女の唇につけて溢れた紅茶を飲み干した。
受け皿とティーカップをテーブルに置くと、満面の笑みでこう言った。
「今度やるときは、こぼしちゃダメだからね、ふふっ」
——あれから数日。
「罰ゲーム」は続いた。
期限を設けるべきだったかもしれないな。
しかし、物を動かすような魔法はもちろん、召喚魔法も安定して使えるようにはなってきた。
林檎とか花、ティーカップといった、手に持てるくらいのちょっとしたものであれば、だいたい召喚できるようになった。
「ふふっ、ヒカル、なんだかんだでゼウスより、魔法の才能あるかもね」
「え、僕が……?」
意外な言葉だった。
「そう。ゼウス、ムダな破壊ばっかりしてたからね」
「へー、そうなんだ」
「そのたびに私が長い長いヘスペリデスの林檎を使わないといけなくて、大変だったのよ」
「そうか、僕もコトミに迷惑かけちゃってるし、なんだか他人事じゃないけど」
「ふふっ、そういう素直なとこ、好きよ」
思わず照れて顔が赤くなった。
こういうとこ、向こうの世界のコトミにちょっと似てるんだよな。
あの世界にちょっと思いを馳せた。
「——ゼウスに選ばれたの、なんで僕だったんだろうな」
「そんなの、ゼウスの気まぐれよ」
そういうものなのかな。
ただ、向こうの世界にいたときよりも「コトミ」との距離が近くて、そういった意味では幸せだし、ゼウスには感謝しないとな。でも———
「ねえ、コトミ」
彼女が振り向いた。
「やっぱり、いまでもゼウスのこと、好きなの?」
「ふふ、どうかな」
コトミは少しだけ寂しそうな顔をしたけれど、やがてこっちを見て微笑んだ。
「ごめん、急にこんなこと聞いちゃって」
「いいのよ。今日は遅くなっちゃったし、そろそろ魔法の練習は終わりにしましょう」
魔法の練習に使った道具をしまいながら、彼女はそういった。
薄暗い部屋に、ほんのりとオレンジ色の明かりが差し込んでいることに気づいた。
「そういえば、ここから夕焼け、見えるんだね」
「そうね、ここの窓はちょっと小さいけど、でも———」
「こうやって見る夕焼けって、綺麗だよね」
「うん、そうだね」
小さい窓に顔を近づけた僕たちは、軽く手を結んで、空と街並みを鮮やかに照らすオレンジを見つめていた。