#1「絶対神」になった日
あ! そこのキミさ、たぶん会うの、はじめてだよね?
オレ、ゼウスっていうんだけど、ちょっと小説読んでいかない?
「いや〜ごめんごめん。スマホ見てたらさ。あ、そうだ、もしかしてキミ、神になりたいと思ったことない?」
は? 急にぶつかってきて何言ってんだ、この兄ちゃん。
ていうか、布はだけてて半裸じゃん。ちゃんと服着ろよ。
確かにそりゃ思うけど。学校じゃモテないし、授業も退屈だし。
そりゃあ神にでもなったほうがおもしろい。たぶん。
「まあ、神になりたいと思うことはありますけど」
「だよね〜〜〜、よし決まり! じゃあキミ、神になって!」
は? 今なんて?
「いや、何言ってるんですか?」
「あ〜ごめん、もう詠唱始めちゃったから。もうすぐキミ、死ぬよ」
急に空が暗くなり、ゴロゴロと雷の音が鳴り始めた。
「じゃ、頑張ってね!」
雷が落ちてきた。
即死だった。
うーん、変な兄ちゃんから絡まれたのが最期とは、納得いかないなあ……
あれ、生きている?
重厚な少し硬いベッドで目を覚ました。
一人のやや幼い感じの少女が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「あ、ゼウス……起きた……」
ゼウス? え?
もう1人の女性の声がする。
知らない言語で書かれた本を読んでいたメガネの彼女は、それをパタリと閉じて、僕のほうにやってきてつぶやいた。
「そうですか。それは何よりです。3021年と39日も寝てたから、寝坊としてはちょっと長すぎますね」
いやいや、誰?
てか、3021年って何?
その少し奥には、ワイワイとおしゃべりをしている2人の女性がいた。
2人はこちらに気づくと、ダッシュで駆けてきた。
「お、ようやく起きたんだ! 今日は遅かったね!」
「今日っていうか、もう3000年経っちゃってるじゃん! アハハ!」
こいつら何いってんの?
そして、扉の開く音がした。
「あ、ヘーラー、おかえりー」
「ただいま。あ、ゼウス、起きてたのね! ちょっとあなたたち、私のゼウスから離れなさい!」
「はーい」
4人が道を開けた。
僕に向かって歩いてくるその女性は、ストレートの黒髪でスラッとした体型で胸がほどよく大きかった。
そしてなにより——僕と少しだけ仲のよかった、学校で成績優秀だったクラスメイトによく似ていた。
「3000年前から起きないから、心配したんだから……」
彼女は少し目に涙を溜めながらそういうと、僕に顔を近づけて、僕の頬にキスをした。
えっ……何が起きているんだ……?
「あー! ヘーラーずるい!」
「まあ、彼女が婚約者ですから、仕方ありませんね」
婚約者?
状況がまったく理解できない。
「ちょっと、外の空気を吸ってくる」
「そう、いってらっしゃい」
「100年後までには帰るんだぞー!」
ガヤガヤとした女性たちの声を後にして、扉を開けて外に出た。
なんと、目の前には、大きな人工の泉があった。
ここはどこだ?
どうやら日本ではないらしい。
先の方の風景を見渡す。細々とした石畳の路地が続いている。
石材で建築された家が、しっとりとした色合いで続いている様子はどこか見覚えがある。
近代的な西洋の町並みだろうか。
ふと、自分が扉から出てきた、後ろのその建物を確認した。
このバロック様式の荘厳な建築物を、僕は知っている。
ローマにあるポーリ宮殿だ。その壁面には神々の彫刻が刻まれている。
宮殿というよりも、むしろこの場合「神殿」と呼ぶほうがふさわしいだろうか。
そして、「神殿」の目の前の泉。これはトレビの泉だ。
少しめまいがしたが、状況を整理する。
学校帰りに、スマホを見ながら歩く半裸の変な兄ちゃんがぶつかってきた。
直後、「じゃあ神になって」などとわけのわからないことを言われた。
急に空が曇って、僕は雷で死んだ。
しかし、起きたらローマの「神殿」の中で、女性たちに囲まれていた。
少なくとも数万年は生きているという、そんな感じの会話だった。
彼女たちは僕のことを「ゼウス」と呼んでいた。「絶対神」の名前だ。
え、「絶対神」になったってこと? まさか。
実感がわかなかった。
そのとき、スマホの着信音が鳴った。
あれ、スマホはどこだ?
うわ、自分半裸じゃん。
あの兄ちゃんと同じ格好だ。そういえば、あの5人も、そうだったな……
スマホは布と布の間にあった。こんなところに入れていたのか。
思ったより布の間にキツく挟まっているスマホを取り出して、電話に出た。
「もしもし」
「あ〜、さっきのキミ? ゼウスだけど、急にごめんね!」
あの兄ちゃんの声だ。やっぱりお前ゼウスだったんかい。
「あ、はい。というか、状況がわからないんですが」
「あ〜、そうだよね。結論言っちゃうとさ、キミは転生して『絶対神』になったんだよね」
「なんとなくそんな気はしましたが、まったく実感がわかないです」
「あれー、そう? あー、そっか、まだ魔法使ってないのか。まー使えばだいたいわかるからさ!」
魔法。
「でも変な魔法使うと、そっちの世界もこっちの世界も消えちゃうからさ、いい感じの魔法だけにしといてね。それだけ言っときたかったんだ!」
いい感じの魔法。
「じゃあそんなわけだから、あとはよろしく!」
電話が切れた。
いや、無責任すぎない?
はあ、とため息をついた。
いい感じの魔法か。
どのくらいの魔法が使えるのか想像がつかない。
とりあえず、目の前にあるトレビの泉の澄み切った水を、夕焼けが反射したようなオレンジに変えることくらいは可能だろうか。
思いついた呪文を口にしてみた。
「美しい風景よ、オレンジに染まれ」
ゴゴゴゴと、大きな地響きの音が始まった。
何かヤバい。
次の瞬間、泉の向こうの建物が爆発した。
その後も、ドカン! バァーン! と、至るところで爆発音が聞こえた。
建物が燃えて、崩れている。
人々が泣き叫んでいる。
この街を崩壊させてしまった。
僕は呆然とした。
その音に驚いた、さっきの女性たちが「神殿」の扉から出てきた。
「なんの音〜? あっ!」
「ゼウス……また、やらかした……」
「そのようですね」
「いやー! さすがの私でもここまではやらないぞー」
最後に、あの黒髪のクラスメイトに似た女性が歩いてきた。
「まあ、あなた、何か嫌な夢でも見たのかしらね……」
その表情は慈愛に満ちていたように見えた。
「もとに戻しとくから、あなたは少し休んでいて。ヘスペリデスの林檎……」
彼女がそうつぶやくと、崩壊したローマの建造物の破片が浮いてゆっくりと動き出し、それらがもともとあった場所へと収束していった。
倒れてしまった人々もさっきいた場所に戻り、怪我も治っていく。
何事もなかったかのように日常が動き出した。
僕は安堵すると同時に、とてつもない恐怖感にも襲われていた。
自分がちょっとした気持ちのうつろいで世界を変えてしまう、そんな存在になったことがわかった。
街を元に直した彼女はこちらを振り向いて、僕を抱きしめた。
柔らかい彼女の胸元から、温かさを感じた。
髪からはちょうど食べ頃の林檎のような、甘い香りがした。
「あなた、あまり無理はしないでね……」
その彼女の目は綺麗だった。
彼女は、自分が実は元々の神ゼウスと入れ替わっていることを知っているのだろうか。
知っていてもなお、僕のことを気遣ってくれているのだろうか。
そんな疑問を抱えてはいたものの、結局僕はそのとき、彼女に惚れてしまったのだった。
ま、こんな感じで続くからさ!
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