何も残らなかった(前)――実籠美沙
続きます
私がユーイチと付き合いだした切っ掛けは、たぶん高校生時代の部活動。
私たちは美術部に居て、彼は絵とか上手じゃなかったけどすごく独創的で。
そして、話していてすごくすっきりとして。だから惹かれていって。
――――宇宙を描くんだ。
――――僕を一つの宇宙と見立てて。実籠さんも、やってもたら?
不思議な魅力があった。絵にも、考え方にも。
――――雪が解けて、川に流れて、また海に沈むって。そういう当たり前のことを、教えられる人になりたい。
先生になりたい、と彼は言っていた。
いいんじゃない、と私は微笑んでいた。
なんだかよくわからないけど、彼と一緒ならいけそうな気がした。
――――春が来てほしい。冬はいつか過ぎ去るから、僕と、付き合ってくれませんか?
そんな変な告白に笑っちゃって。それこそなんでも、いけそうな気がしていた。
私の家庭は、別にそんなに恵まれていない。
親は家に居ないし、お金が沢山あるわけでもない。
何も、とくに私は手をかけてもらった覚えはなかった。
中学時代、それが原因で荒れて。
それでも、二人の両親は私を気に駆けなかった。
世間体を守るために色々手は尽くしたみたいだけど、それだけ。
だから、私が純潔を散らすのにもそう時間はかからなかった。
適当な相手――――顔形は良かったからか、クラスで一番人気な、バスケが得意な男子がいた。
ニッシーって、苗字から呼ばれてる彼は、どこか「欠けていた」。
私と違って全然恵まれた家庭環境だっていうのに、いっそ行動が本能的っていうか。
それが、いっそ暴力的で、でもだから当時の私には格好良く見えていた。
顔形は格好良いのは確かで。
そして、その異様な行動力は、中学生の私にとっては自分の不条理を打ち砕いてくれる何かに見えて。
そして、どん欲に私を求めてくれたのも、私の中にあった寂しさとか、そういうのを満たしてくれて。
特におっぱいばっかり好きなのが分かって、嗚呼やっぱりニッシーは本能的だな
高校に上がって、ニッシーとは別な学校に通ってたけど。
その求められる関係だけは続いてた。
肉体関係を維持したまま、私はユーイチと出会った。
ユーイチはいっそ不思議な人だった。時々何ってるかわかんなかったけど、不思議な感じがして。
話していてちゃんと「私を見てくれていて」、それで胸の内が、温かかった。
ニッシーに求められてる苛烈なそれとは違って、ユーイチのそれはただただ柔らかかった。
初めての体験だった。
だから、私は両方とも一緒にもっていたかった。
それこそニッシーの親と顔を合わせて、彼女扱いされるのも適当に返したり。
逆にユーイチのお兄さん(学校的に先輩)にいつもお世話になってるとか言われて。
まだ高校入って半年もたってなかったけど、私にとってその日々は何より大事で、楽しくって。
今までなかったものが満たされるような、そんな幸せな生活で。
――――そういうの止めたほうがいいんじゃない?
クラスメイトのシンドーちゃんがある日。私が友達とダべってるときに、そんなことを言ってきた。
ちょうど彼氏について話してた時のことで、私も何言ったか覚えてないんだけど、まぁ心と体は別だけど、みたいな、そんなことを友達に自慢するように言ってたはず。
シンドーちゃんは、そんな私に少し引きつった顔をしていってきた。
シンドーちゃん……、確か親が離婚したってことで、入学してからすぐ苗字が変わった子。
中学が一緒だけど三年間クラスが違って、あんまり接点もなくって。
勉強は出来るっぽい感じだったけど、休み時間は基本的に耳を塞いだり、うつぶせになったりして一人っきりでいることが多いの。
その子が唐突にそんなこと言ってきたものだから、何? と思った。
――――言ってほしい? ホントに? 何を止めた方がいいって。
――――読解力あればわかると思うけどさ、その話って。
意味わかんなかったし。でも、シンドーちゃんを私は睨めなかった。
シンドーちゃん、髪染めてたしスカート短かったし、私より全然ギャルっぽかったし。
――――あのね? 普通はそういうの、ダメだと思うよ。片方が切れた上でだったらまだあり得る話だけどさ。
――――普通の人がそれ聞いたら、エンガチョーだと思うけど。
――――特に男の人なんて、まともだったらまともなほど、そういうのは潔癖だし。
エンガチョ、がよくわからなかったけど。でもなんか馬鹿にされてるのはわかったので、そのまま軽く口喧嘩になった。
でもびっくりするくらい、簡単に負けた。
まるでこっちが何言おうとしてるか全部予測してるみたいに、言ってること全部つぶしてきて。
――――あれだけ大声で話してたら、次何言うかくらい予想つくよ。私、耳いいし。
言われたことは意味わかんなかった。
でもそれから、私と友達たちはシンドーちゃんを苦手とした。……基本しゃべんないシンドーちゃんだったから、そんなシンドーちゃんとケンカするのに「不気味な」恐怖を覚えた。
ホント、アレは今思い返してもマジ私冴えてた。
シンドーちゃんとケンカなんてするもんじゃないっていうのは――――あとでしっかり思い知らされた。
思い知らされるまで、すっかり忘れてたけど。それは、思い知るのがあまりに遅すぎたんだけど。
そのまま大学に入って、ユーイチと私は同棲するようになった。
ユーイチの家族も不思議な人たちだった。あれよあれよって間に、私とユーイチは結婚を前提にって流れになっていた。
でも、私は当然のようにニッシーとの関係も続けていて。
浮かれた私は、全然大丈夫。私にとってこの日常オールオッケーって感じで。
でも、なんとなく恐怖があったからか、私はかなり必死に隠して生活を続けていた。
嗚呼、今だから言える。愛とか、好きとか、そういう感情よりも気持ち良いって、そっちの方が大きかったんだ。
そりゃ、普通バレるよね。
大学卒業間近ってところで、ユーイチから別れを切り出された。
ユーイチとも、まぁ、してはいたんだけど。でもユーイチは、ちゃんと違和感を感じてたみたい。
そりゃ、ユーイチはちゃんと「つけて」くれてたもんね。ニッシーはそんなこと、全然考えなかったもの。
ユーイチは、私の体のことを第一に考えてくれていたんだもの。
時々、本当に安全な日だけは、ちょっとだけって流れもあったけど。それでもユーイチは、私を大事にしてくれていた。
ユーイチなりに大事にしてたってことは、わかるくらいには付き合ってた。
だから、私の体が「気遣われていない」痕を、ユーイチが見つけるのも不自然じゃなかったんだよね。
こっそりお兄さんとか、知り合いに調べてもらっても。ユーイチが私のスマホ見ても、全然不思議じゃなかったんだよね。
――――また春が来るから、別れよう。
――――海はまた雨になって、雪になるから。
別れの時の言葉は、やっぱりユーイチらしくって不思議な感じだった。
いっそ詩的すぎる世界に生きてるあたり、ユーイチはある種の天才だった。
私は……、あっさり別れた。別れてしまった。
心の葛藤もなかった――葛藤さえさせてもらえなかった。
ユーイチは、意外と頑固だった。ユーイチの世界からはじかれたら、もう、どうやっても戻れないってことを、思い知らされた。
ユーイチと同棲を解消して、私はますますニッシーにおぼれた。
ニッシーは、飽きることなく、無尽蔵に私を求めた。
そして――――。
そして七年が過ぎた。
(どさくさ紛れに放り込まれるセブン要素)