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誰が為のスロウニン  作者: コテヤマ ツト
1/1

出逢い

はじめての投稿になります。かなり長い物語になると思います。拙い文章ではございますが、楽しんでもらえたら幸いです。

         プロローグ


 男にはこれが夢であることが理解できていた。目の前には二人の人物が対峙している。顔はわからない。男か女かさえわからないが体格からおそらく、二人とも男だろうという想像はできた。辺りは崩れ、炎が二人を包むように燃えている。二人は何か言い合っているようだが男には全く聞こえない。自分の周りも燃えているはずだが、全く熱くないことからもこれが夢であることは間違いなかった。片方の人物が剣の柄に手をかけると素早く剣を抜き、剣先を対峙している人物へと向けた。微かに声が聞こえる。


「本当に…ザザ…お前が…ザ…やっ…ザザ…」


 ノイズが混じったような聞きづらい声だった。男にはどちらの声なのかわからなかったが、おそらく剣を抜いた方であろうと推測していた。同時に夢の終わりが近いことも感じていた。世界が歪み。視界が暗闇に包まれると、今度はハッキリとした声が聞こえる。


 リヤン!リヤン!


 誰かが名前を呼んでいる。男はどこかで聞き覚えのある名前だと思ったが、思い出すことは出来なかった。


 辺りに光が溢れてくる。


 男は今まさに夢から覚めるのだと悟った。



        1章 出逢い


 「あんたねぇ!いつまで寝てんの!!」


 女の声が響く。


 「んぁあぁ リースか おはよう。」


 寝ぼけ眼を擦りながらリヤン・バーンストルはカウンターに突っ伏していた頭をあげた。


 「おはよう じゃないわよ!!今何時だと思ってんの!」


 リヤンは時計を見た。長い針と短い針はちょうど12時を指している。


 「なんだよ。まだ12時じゃないか。そんなにギャーギャー言わなくても。」


 「あんた絶対昼の12時だと思ってるでしょ?外見てみな。」


 当然だと思っていた窓から差しているはずの日の光はなく、窓の外には暗闇しか見えない。


 「12時じゃなくて0時だったか。」


 リヤンはたいした違いじゃないと言いたそうな様子で言った。


 「あのね~。ここはあんたの部屋じゃないの!注文もしないで寝てるだけなら邪魔だから帰って!!」


 そうだったとリヤンは寝ぼけた頭で思い出す。ここは酒場兼宿屋のネリネという店だ。とある理由でリヤンはこの店に入り浸っている。というかいつもカウンターで寝ている。そしてリヤンを怒鳴り散らしている女性はウェイトレスのリリナ・アイリス。仲間内ではリースと呼ばれていてリヤンとは幼なじみである。


 「マスター何とか言ってよ~」


 リリナはカウンターの向こうで料理を作っている男性に向かって、うんざりした様子で言った。


 「まぁまぁリリナちゃん。そんなに怒らなくても………」


 「マスターはリヤンに甘過ぎるんです!!だから調子に乗るんですよ!」


 マスターと呼ばれた男性は優しい笑顔のまま


 「そう言われてもねぇ。」


 と困っているのかどうなのかわからない調子で答えている。


 「ところでリヤンくん。」


 マスターは出来上がった料理を皿に盛り付けながら変わらない笑顔のまま、しかし声は真剣さを含めてリヤンに声をかけた。


 「また仕事ですか?」


 リヤンはまだ眠いのか欠伸をしながら答えた。


 「ちょっとリヤン!仕事の話は!」


 リリナが声を荒らげる。


 「わかってるよ。そんなに大きい声出したらそれこそ目立つだろ?ほら料理できてるよ?」


 リリナはわかってるわよ。と言いながら鼻息荒く料理を持つと、奥のテーブルへと運んでいった。


 「店が終わったらいつもの場所にお願いします。」


 マスターはそれだけを言うと忙しいのだろう。リヤンの返事を待たずに次の料理の作成にとりかかるために後ろを向いてしまった。


 話す人がいなくなってしまい、リヤンは時間までもう一眠りできるな~と思いながらまたカウンターに突っ伏して寝始めるのだった。







 気付けば世界は真っ暗だった。


 なんてことはない。


 ただ酒場の営業が終わってランプの光が消されているだけだった。


 それでもリヤンはここがどこだったのか思い出すのに数秒の時間を有した。


 「誰か起こせよ。」


 そう独り言を言ったところで誰かが聞いているわけもなく、ただただ暗闇に吸い込まれるだけだった。


 ふと思い出した。どこかに行かなければならなかった気がする。


 そうだ。マスターと仕事の話をするんだったな。


 思い出したリヤンは指定された【いつもの場所】に向かった。


 向かった場所はネリネの地下にある酒蔵だった。多くの酒樽が保管されている。


 酒蔵が指定されたいつもの場所。


 ではない。


 実はさらにこの下に秘密の空間があるのだ。


 入口から最も奥に置かれている酒樽の取っ手を捻ると、そのすぐ足元の床からカチッと音がなった。


 鍵の外れた音である。


 これでさらに下へと続く階段の蓋が開くわけである。床と同じ材質で作られている蓋を持ち上げるとリヤンは階段を下りていった。


 階段を下りきると目の前に木製のドアが現れた。この先が【いつもの場所】である。ドアを開け中に入ると、そこまで広くない薄暗い空間に3人の人間が椅子に座っていた。


 1人は酒場でウェイトレスをしていたリリナ・アイリス。リヤンの幼なじみだ。ものすごい形相でリヤンを睨んでいる。


 もう1人はリヤンをここに呼んだ人物であるマスター。いつもの笑顔でリヤンを迎えてくれている。


 そして最後の1人は落ち着きなくリリナとリヤンを見比べてはおどおどしていた。顔は中性的で見た目では男か女かわからないほど整っているが、リヤンはこの人物が男であることを知っている。風呂で裸を見たことがあるので間違いない。名前はカイト・メーク。リリナと同じく幼なじみだ。昔からいつも自信がなさそうでリヤンとリリナのあとをくっついてきては、なにかあれば後ろに隠れる。怖がりで大人しい性格の男の子だ。


 「遅くなりました。」


 リヤンは、ばつが悪そうに頭をかきながら3人の座っている方へと進んでいく。


 「あんたはいつになったら時間が守れるの?」


 リリナが睨みながら悪態をつく。


 文句言うなら起こしてくれればいいのにと思ったが、口に出したら倍返しをもらうのでリヤンは黙っていた。


 「リヤンも悪気があったわけじゃないと思うし……そんなに怒らなくても……」


 カイトが聞こえるか聞こえないかわからない音量でぼそぼそと助け船を出した。


 「カイトはどっちの味方なわけ?まさか私と敵対するつもり?」


 しかし結果はカイトが倍返しをもらっただけだった。


 「そんなつもりは……ないよ……」


 末尾はほとんど聞き取ることができずにカイトはそのまま黙ってしまった。


 「まぁまぁリリナちゃん。それくらいにして、そろそろ本題を話してもいいでしょうか?ほらリヤンくんも立ってないでどこかに座るといいですよ。」


 マスターの一声でリリナはなんとか怒りをおさめたようだ。リヤンは椅子ではなくテーブルに腕組みをしながら腰掛けた。


 「じゃあ仕事の話をしましょうか。今回の仕事は簡単に言えば護衛をしてもらいたいのです。」




 ここで1つ説明しておきたい。


 マスターの裏の顔は情報屋と何でも屋の元締めである。リヤン達はマスターから仕事紹介され、それをこなすことでお金を貰っている。もちろんその仕事は真っ当なものではない。主に危険であることは当たり前で、犯罪まがいの仕事も多い。捕まれば立派な犯罪者である。しかしだからこそ報酬は大きい。リヤン達のようにまだ若いが働く場所がなく、貧困に喘ぐ人間にとってはこうでもしないと稼げないのだ。これがこの国の現状であると言える。




 「護衛……ですか?」


 いつもの仕事よりも真っ当な仕事な気がしたリヤンは拍子抜けした様子で思わず聞き返していた。


 「これから細かく説明します。」


 珍しくマスターの顔から穏やかな笑顔が消えた。


 「ヒュースの館をご存知ですね?」


 知らないはずはない。この国で唯一国が直轄している奴隷商の館の通称だ。ヒュースというのはこの館を管理している最高責任者の名前でよく公に出て来るので有名人だ。国直轄の事業の責任者になるのだから能力のある人間なのだろうが、はっきり言って人気はない。奴隷商という、人を人として扱わない仕事をしているだけあって、その滲み出る人を見下した態度は一度会ったら忘れられるものではない。


 「その館から助け出された人達を国外まで護衛し、亡命させるのが今回の仕事となります。」


 は?


 リヤンとリリナは同時に頭から?が出ている。もちろん本当に?が出ているわけではないが、これが漫画やアニメなら出てもおかしくない様子である。一方カイトはそもそも理解ができていないようで、2人の様子を見て?を出していた。


 「マスター待ってくれ。聞きたいことが山ほどあるんだが・・・」


 そう切り出したリヤンにマスターは顔をいつもの穏やかな笑顔に戻しながら


 「今回の仕事を簡潔にわかりやすくしたつもりなのですが……」


 と話した。おそらく確信犯だろう。


 「いやいやさっき細かく話すって言ったじゃないですか!全然細かくないし!そもそも助け出されたって、あそこから奴隷を助けるってことですか?」


 リリナもマスターの言葉の不可解さに気付いているのだろう、珍しく抗議の声をあげた。 


 「そう言っていますね。」


 マスターは当然という顔だ。


 「ねぇねぇ。2人は何をそんなに慌ててるの?」


 カイトが2人に訪ねた。


 「よく考えてみろカイト。ヒュースの館っていったら国管轄の奴隷商の館だぞ?当然そこの警備をしてるのはこの国ご自慢のゾディアック騎士団ってことになる。そんな精鋭揃いのガチガチな警備の中からどうやって助ける?カイト、お前できるか?」


 カイトは、ハッとしてからブンブンと顔を振った。


 「そんなことできる人間なんていないわよ?おそらくだけどゾディアック騎士団の団長クラスだって簡単じゃないと思う。まぁ団長クラスがどれだけ凄いか見たことなんてないけど。」


 「リリナちゃんの考察は間違ってません。確かにいくら団長クラスといえども容易な事ではありませんね。それほどあそこの警備はそれほど厳重です。」


 じゃあどうやって?誰が?とリヤンが訪ねようとしたときマスターは続けて


 「なので私がやります。」


 と相変わらず穏やかな笑顔でそう言った。


 「マスターが!!」

 「マスターが!!」

 「マスターが。」


 3人の声が同時に響き渡る。


 「マスターが強いのは知ってるけどさすがに無理よ!それとも何か作戦でもあるんですか?こっそり見つからないように助けられるようなすっごい作戦が!」


 「そんな都合のいい作戦はありませんよ。」


 リリナの問いにさも当然という顔だ。


 「しかし私1人ではさすがに無理です。それくらいわかっていますよ。なのでもう1人助っ人がいます。」


 「もう1人だけですか?まさか2人だけで?」


 恐る恐るリヤンが尋ねた。


 「そうなりますね。心配でしょうが問題ありませんよ。むしろ大人数になればそれだけ気付かれ易くなります。騎士団本隊、それこそ団長クラスになんて来られたら困りますからね。」


 マスターの表情は変わらない。しかしそこには絶対的な自信が見てとれた。


 「その……もう1人ってだれ……なんですか?」


 おそらく3人が一番疑問に思ったであろうことを今まで黙って聞いていたカイトが聞いた。


 「誰であるかを言うことはできません。ですが私より強いことは確かですね。」


 「マスターよりも強い・・・」


 リヤンはマスターがここまで言う人物に興味を覚えた。リヤンが知る中でも一番強い人物はマスターであったし、マスターのように強くなりたいと憧れてもいたのだ。そのマスターより強いとはいったいどれ程なのか。リヤンはそのことが気になり、この後に説明された自分たちが当日どのように動くのか、などの細かな話をほとんど上の空で聞いていた。


 後にリリナから聞き直した話を要約する。館から救出された人々を外で待機しているリヤンたちが先導し、この国の外まで護衛するというものだ。なんでも館の近くの森には国の外へと続く地下道が掘られているらしい。なぜそんなものが都合よく近くにあるのかは教えてくれなかった。さらに国の外では別の人物が馬車で待っている手筈になっており、その人物に助けた人々を引き渡せば仕事完了。ということだ。結局2人でどのように助けるつもりなのかをマスターが語ることはなかったらしい。私が外まで連れてくる。とだけ伝えただけだったそうだ。


 この説明の後、地下での会合はお開きとなった。そのまま3人は館近くの森に本当に秘密の地下道あるのかの確認と当日の動き、待機場所の確認のためにヒュースの館へと向かった。


 「当日はここから1人が館を確認、残り2人は周囲を警戒しつつ待機ってことでいいわね。」


 リリナが現在自分達のいる場所を指差しながら言った。2人は頷き、あらためて3人でヒュースの館を眺めた。


 「おっきい……ね。」


 カイトがぼそぼそと呟いた。


 「この時間でも門番がいるな。やっぱり警備は24時間体制か。」


 ちなみにもうすぐ夜が明けようとしている。


 「そうね。マスターってば本当にどうするつもりなのかしら?」


 館の中に何人いるのかわかったものではないのだ。見つからずに潜入するだけならまだしも、何人いるか分からない救出者を連れて外にでてくるなど不可能に思える。


 「その助っ人って人がよっぽどなのかしらね?」


 「でも……マスターより強いなんて……想像もできないよ……」


 「私は強さよりもその人が何者なのかの方が気になるわ。」


 2人は館を眺めながらあーでもないこーでもないと考えを話している。一方リヤンは黙って考え事をしていた。マスターよりも強いというその強さについて。リヤンでは本気にすらさせることのできないマスターのさらにその上の強さをこの眼で見てみたいと。


 それから数日後、マスターから決行日の知らせが届いた。明日の深夜0時決行。


 リヤンはあることを心に決めていた。リースとカイトには申し訳ないが、どうしてもマスターよりも強いというその人物の強さを実際に見たいのだ。2人には秘密で自分も館に行く決意を固めたのだった。


 そして決行当日。


 3人は前もって決めていた位置へと身を潜めた。リリナが常に館を監視し、カイトとリヤンが辺りの警戒をしつつ、リリナとは別の角度から館を監視する。リヤンは決行前に姿くらいは見ておきたかったと思ったが、マスターと謎の人物とは最初から別行動だ。2人の動きについては何1つ知らされていないので、とにかく動きがあるまで待つしかない。


 リヤンは辺りの警戒をしている振りをして、ゆっくりと館へと近づいていった。そろそろ決行の時間が近いはずである。ある程度近づいてふと違和感に気付いた。門番や館周囲を警戒している騎士兵がいないのである。


 「まさか。」


 リヤンは思わず声が出ていた。まだ予定の時間には早いはずだ。ちょうど交代の時間なのかと思い、近くに隠れて様子を伺ったが、一向に誰かが出てくる様子はなかった。さらにリヤンはもうひとつ奇妙なことに気が付いた。


 静かすぎる。


 始まっているにしろいないにしろ、いくらなんでも静かすぎた。まるでこの館に人がいないような・・・・


 リヤンはゆっくりと周囲を警戒しながら館に近づくとそのまま入り口の前まで進み、目の前にある扉をゆっくりと押し開けた。


 「うっ!!」


 ものすごい臭いだった。むせかえるほどの血の臭い。灯りが消えていて暗いので正確に何人この玄関で死んでいるのか確認できないが相当な人数の死体があることだけは理解できた。明るかったら叫び声くらいあげていたかもしれない。それでもリヤンは意を決して館の中へと歩を進めた。


 目がなれてしまったこともあり玄関の惨状がなんとなく把握できてしまっていた。この場所には2種類の死体しかない。首のない死体と、首の繋がっている死体。繋がっているといってもかろうじて繋がっているだけで首がぱっくりと裂けている死体だらけだ。あとはもうどの首と胴体がペアであるのか、まるで分からない。なるべく下を見ないように、意識しないようにリヤンは奥へと進んでいった。


 とりあえず館の1階を調べたが生きている人間に会うことはなかった。会うのは玄関と同じく2種類の死体だけだ。上がり階段を見つけたがこの静かさからいって上の階も同様だろうと想像がついたことと、はじめから地下に監禁されているのだろうと目星をつけていたこともあり階段は上がらず、とにかく地下への階段を探した。しかしすべての部屋を探したが1階には下へと降りる階段など、どこにもなかった。


 「おかしいな。」


 思わず口から出たその言葉に反応する人物は誰もいない。リヤンは考えていた。階段がどこかに隠されていたとしても、マスターと謎の人物が1階にいない以上、2人は上か下に進んでいるはずである。騎士兵をここまで皆殺しにしているのだから挟み撃ちを考慮してまた階段を隠した、とも考えにくい。2階以上の階にいることも考えたが、やっぱり静かすぎる。さすがに何かしらの音が聞こえるはずだとは思ったが、ここまででかい館なら聞こえないこともあるかも知れない、と思い直してとりあえず行動することに決めた。このままここで考えていてもはじまらない。そう思ったのだ。


 階段を上がり、2階を調べたが結果は1階と同じだった。出会うのは死体だけだ。さすがにすべての階を隅から隅まで調べることは到底無理な話だった。どれだけの時間がかかるかわかったものではない。それでもリヤンは調べることしかできなかった。2階も調べ終えたので次は3階に上がろうとしたときたときだ。


 ドンッ!


 階段近くの部屋から物音がした。なにかが落ちたような音だった。あの部屋は一度調べたがなにもなかったはずだ。それこそ隠れる物さえなかった空き部屋だった、とリヤンは記憶していた。ゆっくりとドアに近づき少しだけ隙間を開けて中の様子を伺った。


 誰か倒れている。


 一瞬死体かと思ったが首は繋がっているし、血だまりもできていない。この館に入って初めての生きた人間だった。よく見ると胸当てが上下に動いている。騎士兵であることは鎧を着ていることからすぐにわかったが、中に入って話し掛けることはためらわれた。リヤンはどう見ても侵入者だ。素直に話をしてくれるはずもない。そんなことを考えていると。


 「だ・・だれ・・か。たす・・け・・て。」


 中の騎士兵がすすり泣きながら助けを求めた。リヤンは反射的に部屋に入りその騎士兵を抱き起こしていた。


 「おい!大丈夫か!」


 「み・・みん・・な・・しん・・だ。ころ・ころされ・・た。」


 顔はもう涙やらなんやらでぐちゃぐちゃだった。しかしとりあえず外傷はないらしい。


 「いったいなにがあった?」


 「わか・・らない。急に・・みんな・・しん・・だ。あいつは・・ばけ・・ものだ。


 「その化け物はどこに行った?」


 「わから・・ない。でも・・おそらく・・ち・・ちか・・だ。」


 「地下にはどうやったら行ける?」


 「お・・おく・・おく・・じょう」


 なるほど。盲点だった。地下に行くのだから当然1階に地下行きの階段があると思っていたがどうやら屋上から行けるらしい。いくら1階を探しても何もなかったわけである。


 聞きたいことが聞けたので抱き抱えている肩をそっと寝かせ、部屋を出ようとすると。


 「ひ・・ひとりにしないでくれ!!!たのむ!!いっ・・いっしょに・・いてくれ!!」


 悲痛な叫びが部屋に響いた。


 「すまない。」


 そう言葉を残し、罪悪感に苛まれながらも部屋をあとにした。急いで屋上へ向かいながらリヤンは考えた。やはりあの部屋に隠れるような場所はなかった。あの騎士兵はいったいどこに隠れていたのだろうか?あの怯えきっている様子とあいつは化け物だ。と話していたことから仲間が殺された様子を隠れて見ていたと考えられる。しかし何処かに隠れていたとして、ここまで皆殺しにしている彼ら(片方は彼女かもしれないが)が殺しもらすなんてことがあるのだろうか?わざと殺さなかったのか?いくら考えてもあの騎士兵がどこに隠れていて、なぜ彼だけ死んでいなかったのか理由はわからなかった。


 そんなことを考えながら屋上に着くとすぐに地下へと続く階段を見つけることができた。隠し階段になっていたようだが入り口は開いたままになっていたいたため、容易に見つけることができたのだ。終着点の見えない地下への階段を降りようとしたとき、リヤンは背筋が凍る気配を感じて動きを止めた。


 死ぬ。殺される。


 本能がそう訴えていた。入り口から殺意の塊が見えた気がするほどの気配が溢れ出ていた。この先に間違いなくマスターと謎の人物はいるのだろう。そしておそらくこの気配を出しているのは謎の人物の方であることは容易に想像できた。このまま立ち去るという選択肢が一瞬脳裏に浮かんだが、ここまで来て引き返す訳にはいかない。とリヤンは先に進む決意をして先の見えない地下への闇へと足を踏み出した。





 「元騎士団長お二人が揃ってわざわざ何のご用意ですか?」


 脂の浮いた顔から冷や汗を垂らしながら、館の主ヒュースはどのようにこの窮地から脱け出すか考えていた。目の前にはよく知った人物二人が静かに佇んでいる。騎士団の精鋭で構成された護衛は一瞬にして首がかろうじて繋がっている死体と首の無くなった死体の二種類に分けられた。絶対的な死が目の前に迫っているが、それでもヒュースは取り乱すことはなかった。


 「私に何か聞きたいことがおありなのでしょう?だから今すぐにでも殺したいがしない。いや、できない。ならば口を開いたらどうですか?このまま無駄に時間が経過するのは、あなた達の方が困るはずだ。」


 「相変わらず人の神経を逆撫でする話し方が上手ですね。私達が何をしに来たかはあなたが一番よくご存知でしょう?」


 マスターは表情にこそ変化はないが、そのセリフから嫌悪感を隠すことはない。


 「あなたに聞きたいことはただ一つです。」


 「黒幕は誰ですか?」


 ゆっくり、しかしはっきりとした口調でそう聞いた。


 「ふむ。ありきたりな質問で拍子抜けですね。その答えを私が言うと思いますか?例え殺されることがわかっていようと言えないこともあるのですよ。まぁこの場合は言えないのではなく、言わないのですが。」


 ヒュースは気持ち悪い笑みを浮かべながらヒッヒッヒと笑った。


 「大丈夫です。最初から答えが聞けるとは思っていません。先ほどあなたも言った通りあまり時間もありませんので終わりにしましょうか。私の感情はどうあれ、共に戦った元同志を殺すのは少しだけ気が引けますが・・・」


 そう言ってマスターは手に持ったナイフを構えた。


 「あなた達二人を前にして足掻くような真似はしませんよ。ですがあなた達の求める答えを差し上げないことをせめてもの足掻きとさせてください。そして私を元同志と呼ぶならせめてもの情けでここか、ここを一突きしてもらえますか?」


 頭と心臓を指差しながらヒュースは目を瞑った。


 瞑った瞬間にヒュースの額と胸からは血が吹き出し、ヒュースはそのまま仰向けに倒れた。


 「ご希望通りに。」


 その一言だけ呟くと、二人は奥へと続く通路へと消えていった。





 「あれがマスターの本気・・・」


 リヤンからは遠すぎて何を話していたのか、まではわからなかったが事の一部始終を二人が消えた通路とは逆の入り口側通路の物陰から見ていた。リヤンにはマスターが消えてヒュースの背後に現れた。と思った瞬間にヒュースから血が吹き出し倒れた。という認識しかできなかった。あまりにも次元の違いすぎるマスターの力に少しの間、呆然としていたがヒュースの死体に違和感を感じて我を取り戻した。よく見てみると。


 動いてる?


 動いている気がした。そんなはずがないことはわかっていたが、微かに動いている気がしたのだ。もう少し近くで見ようと物陰から出ようとした瞬間。


 がばっ


 とヒュースの死体の上半身が跳ね起きた。


 とっさに再び物陰に隠れ、様子を伺うと上半身を起こしたヒュースの死体が笑っていた。


 「ヒッヒッヒ。」


 「あーーーーーハッはッっハっっは!!」


 「相も変わらず詰めの甘い方達だ。よくあんなあまちゃんが騎士団長など務めていたものだ。最終的に勝つのは力ではない!頭脳なのだよ!!はーーーーはっはっはっはっは!」


 生き返った!


 どう考えてもあり得なかった。頭と胸を貫かれたのだ。(リヤンには見えなかったのでおそらく)あれで死なない人間などいないはずだ。リヤンには今、目の前で起きている現状が全く理解できていなかった。


 「さて。さっさとこの場所から逃げますか。【あれ】があちらの手に渡ったのは芳しくありませんが、命には代えられませんからね。」


 そう言いながら起き上がると首を左右にコキコキ鳴らしながらリヤンの方へと歩き出した。



 「ドコニイク?」



 ゾワゾワゾワと背筋が凍る気配が辺りを包んだ。あの気配だ。本能が死を覚悟するあの気配。いつの間にかマスターではないもう一人の人物がヒュースの背後に立っていた。ヒュースは直立不動のまま動けなくなり、死ぬ前でさえ余裕そうであった表情は一瞬で蒼白になり脂汗が滲んでいる。


 「ドウシタ?ニゲナイノカ?。」


 その声は男なのか女なのかさえわからない、全く感情の感じられない声だった。


 「まっまっ待ってください!黒幕の正体を教えます!それでどうか命だけは!」


 「ヒツヨウナイ。ワタシガクロマクナラオマエノヨウナニンゲンニオシエハシナイ。」


 「私とあなたの仲ではありませんか!どうか慈悲を!!!」


 「ワタシノイミョウヲワスレタカ?」


 「フェ、フェルミ、フェルミオンの」


 「ソウダ」


 「死神だ」


 最後の言葉だけはっきりと聞こえた。ヒュースが最後に見た光景は首のない自分の体の後ろで、フードを目深に被った骸骨の仮面をした人物が立っている。そんな光景だった。


 リヤンはヒュースの首が飛んだのを見た瞬間に目の前が真っ暗になり意識は深い闇へと落ちていった。




 目を覚ますとそこには知らない天井があった。


 「目が覚めましたか?」


 隣から女性の静かな優しい声が聞こえる。


 「あなたにも特別な力があるのですね。」


 何かをしゃべろうと思ったが声を出すことはできなかった。体を動かすこともできない。どうやらベッドの上に寝かされていることだけは

わかった。


 「この件にこれ以上関わってはいけません。あなたに大切なものがあり、それを失いたくないのなら。」


 「願わくば、あなたの力が目覚めることなく、平穏に生きていけますように。」


 なんとか頭を動かすことができた。隣に椅子に座った女性がこちらを見て微笑んでいるのが見える。真っ白のワンピースに赤茶色の髪は胸元まで真っ直ぐと伸び、膝には真っ黒な猫が丸くなって寝ている。それはまるで一枚の絵画のような美しさがあった。リヤンは何かをしゃべろうとすることも忘れ、ただ目の前の女性を見つめていた。


 「迎えが来たようです。あなたもそろそろ現実へ帰る頃でしょう。」


 ゆっくりとまぶたが閉じて、見えている世界がぼやけていく。聞きたいことがある。声を出したかった。しかしここでは声を出すことが禁じられているかのように声は出ない。


 頼む!一つだけ!


 リヤンは声が出ない代わりに精一杯願った。


 せめてあなたの名前を!


 もう見える世界は真っ暗になっている。


 「私の名前ですか?」


 ふっと微笑んだ気配がした。


 「私はレジーナ。レジーナ・ロード。」


 リヤンの意識は再び深い闇へと沈んでいった。

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