パワハラ幼馴染がツンデレであることを世界で僕だけが知っている。
最近幼馴染ざまぁが増えてますね。
これは一つ乗っかるかと執筆しました。
「弱い! 弱い弱い弱い弱いーー弱い!」
剣同士がぶつかる金属音に紛れて発せられる罵倒。
漆黒の剣を携えし『聖剣の使い手』と称されるリーズロッテ・フュルスティンは言葉を続ける。
「なんですか、そのへっぴり腰の剣は!? 鋭さもない、速さもない、力もない! そんなので私の側にいられるとでも!? 増長もいい加減にしなさい、このクズッ!」
「ぐっ」
罵倒し、リーズロッテは鋭い剣戟で僕の剣を弾いた。
「貴方、女である私に負けるだなんて、男として恥ずかしいと思わないの!?」
リーズロッテの言葉を僕は当然だと受け止める。
当然だ。僕は彼女より弱いのだから。
「はぁ、もういいわ。アンタなんかに時間を割くんじゃなかった。精々その鈍な剣を後生大事に抱え無駄な努力をしてなさい」
最後に侮蔑した視線を向けてリーズロッテはこの場から去っていった。
「容赦ないな」
「あぁ、おまけに高飛車だ。性格最悪にも程があるぜ」
「貴族達にも誰これ構わず噛み付いているらしいぜ。だからか、貴族達の評判も良くない」
「おれ達兵士ですら近付きたくないからな。当たり前だろ」
「あいつも災難だな」
今までの流れを見ていた兵士達が囁く。
「あ、あの大丈夫ですか?」
リーズロッテの仲間、魔法使いのフィーナ・ヘイル・リアスピリアが声をかけてくる。
栗色の髪に黄色の瞳の庇護欲をまくし立てる彼女は倒れこむ僕を心配する。
「あぁ、申し訳ありません。フィーナ様。お見苦しいところを」
「いえいえ! ひたむきに頑張るナズナさんの姿は見苦しくなんかはないですよ! ただ、リーズロッテさんの稽古は本当に過酷で更にはあんな罵倒まで……」
「事実だから仕方ないよ」
「その、辛くないんですか?」
「彼女は僕に発破をかけてくれたんだ。これくらいなら出来ると信頼してくれたんだ。ならば僕はそれに応えないと」
そう、僕は知っている。
彼女が僕にこのようなパワハラをするのは僕を守る為だって。
僕の名はナズナ・カヴァリエーレ。
このローランド王国の辺境の村出身だ。
今は王都で見習い騎士として鍛錬を積んでいる。
『聖剣の使い手』と称されるリーズロッテ・フュルスティンは僕の幼馴染だ。
リーズロッテは何かとつけて僕に厳しかった。
それこそ、かなり酷い罵倒に訓練と称したいたぶりも日常茶飯事だった。
だが僕は知っている。
本当のリーズロッテは他人を傷つけるのなんかより花が大好きな女の子だって。
それはもう八年も前の事だ。彼女は幼い頃に聖剣に選ばれたとかで親御さんから離される事が決まった。国からの決定だ。逆らう事など出来ない。
『やだよぉ……パパとママと離れ離れになるだなんてやだぁ』
当時二人だけの秘密の場所でリーズロッテは泣きじゃくっていた。
当然だ。
如何に聖剣に選ばれた名誉だとか何だと言っても当時の彼女はまだまだ親離れの出来ない女の子なんだ。
『泣かないで僕はリーゼから離れないよ。ずっと側にいる』
『ほんとう? ナズナはいなくならない? わたしを置いていかない?』
泣いている姿を見て、僕だけが彼女を守ると誓ったのだ。
『約束するよ、僕は必ず君の所に行く。僕が『騎士』となってリーゼを守るから」
『うん、約束!』
こうして僕達は一度別れを告げた。
その後、僕は12歳となり王都へとやってきた。久方振りかに見るリーズロッテは変わっていた。
性格には綺麗になっていた。王都では栄養満点の料理や綺麗な衣服で着飾れるのだから当たり前かもしれないが、僕は思わず見ほれてしまった。
リーズロッテは僕に気付き、微かに目を見開くと
『あら、誰かと思えばナズナじゃない。貴方、なんでこんな所にいるの? そんな貧相な剣なんて身につけて。は? 騎士見習い? 私を守る為? 貴方、あんな子どもの頃の話をまともに受けたの? ほんと、ばかね』
……あの時は驚いたなぁ。
昔とは似ても似つかない性格だったから。
実際兵士達に話を聞くにリーズロッテは誰に対してもあの態度だった。唯一敬うのは王様と王子だけらしいが、それでも不敬だという者は沢山いるらしい。
以来、彼女は何かとつけて僕に当てつけのようにパワハラを繰り返した。
それは長いもので既に六年経過している。
『あぁ、また聖剣使いのワガママか』
『難儀なものだな。あの男も災難な事だ』
『しかしどの道平民の出。我々に矛先が向かないように精々役だってもらわねば』
周囲の貴族や兵士達は僕の事を嘲るような憐れむような目を向ける。
彼らからすれば彼女が理不尽に僕に当たっているようにみえるのだろう。
だけど本当は彼女が僕に辛く当たる理由もわかっていた。
平民である僕が聖剣に選ばれたリーズロッテの側にいることは許されない。
そこで彼女は態と僕をいじめて、罵倒して、雑に扱う。
そうすることで他の者達はあんな目にあうのは当たり前。軽蔑も、蔑みもするが自分がなりたいとは思わないと刷り込ませる。
そうすると不思議な事に僕をいじめるような奴はいなくなる。
当たり前だ。
誰だってリーズロッテの癇癪を見てそれに成り代わりたいとは思わない。それによって僕はいじめられる事も何もなく過ごす事が出来ている。
リーズロッテのパワハラは止まないけど。
「全く、君にあんな演技は似合わないのにね」
「え? どうしたんですか?」
「あぁ、いや。なんでもないよ」
一人で訓練した後の休憩中、フィーナさんがひょっこりと現れた。
本来フィーナさんはお貴族様で僕なんかが会話していい相手ではないのだが、今では普通に話せる程度には仲良くなった。
「ナズナさんはいつもリーズロッテさんに無茶振りをされてますね」
「まぁね。幼馴染だからかなぁ。彼女のわがまま……というか、無理難題は今に始まった事じゃないよ」
実際ワガママかはわからないが優しくも意外とお転婆だったリーズロッテに付き合うのは中々に大変だった。
嫌ではなかったけど。
もじもじとした様子でフィーナさんがバスケットを取り出した。
「あの、わたしお菓子の方を作ってみたんです。よろしければ食べてくれませんか? 紅茶も、用意しました」
「本当か? 嬉しいよ、ありがとう。……うん! 美味しい」
「本当ですか!? よかったぁ」
安堵するように息を吐くフィーナさん。
その後も僕達は会話で盛り上がる。
「何を楽しそうに話しているの?」
その時不機嫌そうに眉尻をあげたリーズロッテがやってきた。
「あ、リ、リーズロッテさん」
「フィーナ。こんな所に態々来るだなんて随分と暇なのね。確か貴方の師匠の講義の時間が近付いているんじゃないの? こんな貧相な男の元に来るだなんて何を考えているの?」
「そ、それは」
「早く行きなさいよ。弛んでいるのは許さないわ」
手厳しいがリーズロッテの言う事も一理あるのだろう。
フィーナさんは謝罪した後、この場から去っていった。僕は手を振り見送った後、ポツリとリーズロッテが呟いた。
「……何を話していたのよ?」
「おや、嫉妬かい?」
「なっ! 違うわ!! フィーナはかの公爵家の娘でもあるのよ! そんな人と会話をするだなんて恐れ多いと思わないの!? 本当、ばかね! ばかで……えっと、ばかね! 大ばか! ばーかっ!」
懸命に僕を罵倒するリーズロッテに微笑ましさを感じながら僕は、手を振って否定する。
「なんでもないさ、ただのたわいのない会話だよ」
「うそ、絶対何か隠しているわ。貴方はわたしに全て話す義務があるんだからっ! アンタは私のものなんだから! 逆らうのも許さない!」
「本当に? 全て話して良いのか?」
僕の君への想いを。
近付き、僕は彼女の瞳を覗き見る。絹のような金色の髪の奥にある淡い藍色の綺麗な瞳を。
「えっ、えっ!? ちょっ、ちょっとナズナ近いわよ!」
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくて、恥ずかしっ。ちがっ、誰かに見られたらどうするのよ!!」
強気な態度は何処へやらリーズロッテは狼狽えている。そこに王都では『無敗』と言われた聖剣の使い手の姿はなく、ただただ可愛い女の子がそこにいた。
あぁ、本当にリーズロッテは可愛いなぁ。
「リーズロッテ殿」
「!!」
「うわっ」
近衛兵を引き連れ、声をかけて来たのはこの国の王子パトリック殿下だ。
リーズロッテは僕を突き飛ばす。
「あ……。んんっ、あははははっ! 調子に乗らないでよね! アンタは私のおもちゃなんだから! 私の機嫌一つでどうとでもなるのよ! 私と貴方じゃもう立場が違うのよ!」
一瞬突き飛ばした事への罪悪感の表情が見えたが、王子が側に居ることを思い出したのかすぐにリーズロッテは傲慢な態度に早変わりした。
「それで王子、何の用ですか?」
「我が父が話をしたいと言っている。会って来てくれるか?」
「国王様が? すぐに行きます。じゃあね、精々一人で無駄な剣の修行でもしてなさい。あはははは!」
高尚な笑い声をあげてリーズロッテは去っていく。
王子はその背を呆れたような、そんな目で見ていた。
「ナズナ君、君も大変だな」
「は?」
「貴様殿下の御前だぞっ」
頭を上げようとして近衛兵の人に咎められる。
王子は何処か不憫そうに僕を見てその場から去っていった。
後日。
「絶縁よ、ナズナ。今すぐ荷物をまとめて故郷に帰りなさい」
突然、神妙な顔でリーズロッテが言ってきた。場所は鍛錬場だ。近くには訓練中だった兵士達もいる。
彼女の近くには王子もいた。
「それはまた、急な話だね。どうしてだい?」
「足手纏いなのよ。アンタ。剣の腕も私よりも弱いし、なんの取り柄もない。アンタが居たら気が散って仕方がないわ」
周りの兵達が囁く。
またワガママか、と。最早呆れを隠そうともしていない。
「わかったらさっさと出て行きなさい。視界に入るだけで不愉快だわ。故郷に戻って平穏にでも過ごすといいわ」
それだけ言ってリーズロッテはこの場から去っていった。
僕は唖然とその後ろ姿を見つめる。
何処か頭を痛めたような表情の王子が目の前に来る。
「というわけらしい。すまないが君も、もう帰りたまえ。無論、見習いだったがこれまでの給金も出す。もう彼女のわがままに付き合う事はない」
王子は最後に「これまでご苦労だった」と肩を叩いた後、彼女の後を追った。
「……嘘が下手だな、リーゼ」
僕が唖然としていたのは彼女の表情から本心ではないと悟ったからだ。
僕に出て行けと。
君が言ったのに。
そんな泣きそうな顔をしないでくれリーゼ。
「故郷には帰らないよ、僕は君の泣き顔をもう見たくないんだ」
王子が語った通り、彼女達は遂にとある目的の為に王都を出た。
黒焔竜エンド。
災厄の化身とまで言われる竜だ。
一定の周期ごとに目覚めるこの災害の竜は、その度に凄惨な被害を与えてきた。目覚める前にローランド王国の占い師によって『聖剣の使い手』を判別し、鍛え、戦わせるのがこの国の歴史だった。
これまでの聖剣の使い手達は黒焔竜エンドを撃退する事は出来ても、完全に倒す事は出来なかった。
しかし、リーゼは違った。
後をつけた僕が見たのは黒い光が黒焔竜を包み込み、完全にその姿を崩壊させていく所だった。
「本当にやったんだね、リーゼ」
何かあれば介入する気満々だったがそれは杞憂だったようだ。
最早黒焔竜エンドの亡骸は消滅した。これなら復活する事はもうない。
黒焔竜エンドが完全に倒された事よりも、僕はリーズロッテが大きな怪我をしなかった事に安堵した。
その時視界に捕らえたのだ。一部の崖が崩れてきたのを。
落石するその先にいるのは。
「リーゼ!!」
気付けば駆け出した。
人生で最も全力で駆けたと思う。
間に合い、彼女を突き飛ばした。
「ナズナッ!?」
最後に見たのは驚いたリーズロッテの表情だった。
僕の意識は轟音の渦の中に消えた。
「ここは……」
「目が覚めたんですか!?」
目が覚めた僕の目に飛び込んだのは夜空に浮かぶ月と、その月光に照らされながら此方を覗き込むフィーナさんだった。
「よかった、一命を取り留めることは出来たんですね。本当は直ぐにでも街に行ってもっとちゃんとした治療をしたかったのですけど街から遠くて」
「リーズロッテは無事か!?」
「え? あ、は、はい。随分と取り乱していましたが王子が少し離れた所に連れて行きました。おかげでわたしも貴方の治療に専念できました」
「そうか、よかった」
僕は何よりもリーズロッテを心配した。
無事だと聞いて安堵する。
「黒焔竜エンドは完全に倒された。なら、リーズロッテはもう戦う必要はないんだよね? 僕はそれが嬉しいんだ」
「そう、ですか……」
「?」
フィーナさんの様子がおかしかった。
何故だろうか。
嫌な予感がする。
僕が問い詰めるとフィーナは諦めたように話し始めた。
「王子は、リーズロッテさんを亡き者にするつもりです」
「なっ、そんなどうして!?」
「あのお方は聖剣に選ばれました。元々この国には並々ならぬ武功を挙げた者は王族と結婚する習わしがありました。まず間違いなく、王子が結婚相手になるでしょう。しかし、彼女は普段の態度から貴族達への受けも悪く、兵士達とも折り合いが悪かったです。そんな彼女が功績を認められ、パトリック王子と婚約し、王妃となればまず間違いなく不満が燻ります」
貴族や兵士があまり良い感情を持っていないのはわかっている。だからリーズロッテを殺すと?
「誰かに嗾かされて反乱でも起こされたら国が割れるかもしれない。王子はそれを危惧したのです」
「そんな、彼女がそんな事をするものか!!」
今まで無いほど僕は張り詰めた怒声をあげる。
ふざけるな。
ふざけるな!
勝手に都合でリーゼを故郷から連れ出して、また勝手な都合で彼女の人生を狂わせるのか。
こんな事、許されるものか。
僕は起き上がり、剣を腰に携える。
「いかないと」
「ど、どうしてですか!?」
「王子がリーズロッテを殺そうとするならば僕は止めないといけない」
「待ってください! そんな事をすれば間違いなく貴方も殺されてしまいます! あの人は貴方のこといつもいじめていたじゃないですかっ! なのにどうして……ッ!」
「構うものか。彼女を見捨てるくらいなら死んだ方がマシだ」
「ーーわたしは貴方が好きです!」
その言葉に一瞬僕は固まった。
「馬鹿にされようと、コケにされようとただただひたすらに努力を重ね、前に進もうとする、そんな姿に私は惚れたんです。……わたしじゃ駄目なんですか? わたしが側にいます。貴方を支えます。それでも駄目なんですか?」
彼女は縋るような顔で僕を見る。だけど僕の心は決まっている。
「あぁ、駄目なんだ。僕はどうしようもないほど、リーゼに惚れている」
その言葉を聞いてフィーナさんは泣きそうな、それでいて納得したような笑みを浮かべた。
「そう、なんですね……。わたしに付け入る隙は初めからなかったって事ですね。わかりました、行ってください。貴方ならきっとリーズロッテさんを助けられると信じています。さようなら、わたしの初恋の人」
彼女の言葉を背に僕は駆け出した。
すすり泣くような音が背後から聞こえたが、振り返る訳にはいかない。
「待っていて、リーズロッテッ!」
幼い頃の約束を果たすため。
僕は駆け出した。
「いつまでここにいれば良いのよ!」
森の中で甲高い女の声が響く。
リーズロッテの声だ。パトリックは何度目かわからない溜息を吐く。
「あまり喚き立てないでくれ、リーズロッテ殿。フィーナも君が騒いでは集中して治療が中々うまくいかないと言っていただろう」
「死なないわ! ナズナは死なない! あれくらいで死ぬもんかっ!」
「かもしれないな。なら少しは落ち着きたまえ」
「落ち着いてなんていられないわ! だって、私にはもうナズナだけが……」
消え入りそうな声でリーズロッテが呟く。
「……やっぱり私が街に連れて行くわ。聖剣の加護がある今ならすぐに街に着ける!」
「正気か? 怪我人を動かすのは感心しない」
「だってナズナが今も意識が戻らないのにッ! 私がここでただ待つことなんて出来ない!」
「そうかもしれないな。しかし、君が彼の事を心配する必要は、もうない」
「えっ? 何を」
王子が手を挙げると、周囲から武装した近衛兵が現れた。
「リーズロッテ殿、お覚悟を」
「誰よ貴方達!?」
「私の身を守る近衛兵だ。隠れて来て貰っていた。リーズロッテ、君にはこの場で果てて貰う」
「ど、どうしてわたしをっ」
「我が父が言っていた。『君は黒焔竜を倒せるほどに歴代で最も優れた武人だと。しかし、施政者としては最悪だ』、と。私も同意しよう。君の態度は普段から見ていた。君のような者を上にたたせる訳にはいかない」
「何の話よ!」
王子の話の意味が分からずリーズロッテは苛立ちを含んだ声で怒鳴る。
「君は内々だが私との結婚が決まっていた。これはある意味我が国の伝統だ。『聖剣の使い手』との婚約は。しかし、だが、君の存在は貴族社会にいらぬ混乱をもたらすとこれまで接してきてわかった。王妃とは国を導く者。ただただ強いだけでは務まらない。私は何度か言っていたはずだ、もう少し他者に歩み寄りを見てた方が良いと。しかし君は態度を改めることもなかった」
咎めるような口調でパトリックは続ける。
「我が国の伝統と君の功績を顧みるになかった事にはできない。どうすれば良いかと考えた結果、君には亡き者になってもらうことにした」
「そんなの貴方達が勝手に決めた事じゃない!」
「あぁ、そうだ。これが我々の勝手な言い草だとはわかっている。だが上に立つ者は上に立つ為の責任がある。しかし、君はその責任を放棄した。そんな君を、我が国は迎合する訳にはいかない」
「何よそれ……何よそれっ! 私だって、私だってなりたくてなった訳じゃない!」
リーズロッテの本心の言葉に、パトリックは少し驚いた表情を浮かべるも直ぐに気を引き締める。
「ここまで語った以上、今更弓を引かぬ訳にはいかない。リーズロッテ殿、抵抗しなければ、楽にーー」
パトリックが語り終えるよりも早くリーズロッテは剣を抜き、数人の近衛兵を一蹴した後、パトリックに迫る。
「殿下!」
「問題ない! それに、すぐに終わる」
何か確信めいた声色。
(とにかく、早くこの場から逃げ出さないと! その為にはパトリック王子を無効化して、その後ナズナもっ)
思考するリーズロッテ。
しかし、王子が剣を抜き互いに数度撃ち合うと黒焔竜の鱗すら斬り裂いたはずの聖剣がポッキリと折れてしまった。
「そんなっ、どうして!?」
「聖剣とは、かつて黒焔竜エンドを倒す為に、多大な犠牲を払って得たエンド自身の鱗を使って作り上げたものだ。奴との魔力が繋がっており、それ故に常人並ならぬ力を得る事が出来た。とはいえ、聖剣を扱うには適応性があり誰でも扱えた訳ではないが。どの道黒焔竜自体が倒された今、その剣も力を失い唯の剣に過ぎない」
折れた聖剣を唖然と見つめる。
いつのまにかリーズロッテの周りは近衛兵に囲まれていた。
逃げ場はない。
「然らばだ、リーズロッテ殿。君の事は私なりの贖罪として未来永劫、国から黒焔竜エンドの脅威を祓った英雄として語り継がせる。……やってくれ」
王子の声を号令にリーズロッテに近衛兵の剣が迫る。
「いや、いやぁっ、助けてナズナァ……」
この場に居るはずのない幼馴染に助けを求める。
心の底では無理だとわかっていながら。
「ーーうん、助けるよ」
しかし、その助けに僕は応えた。
近衛兵とリーズロッテの間に着地すると同時に斬りかかったはずの近衛兵が倒れ伏した。
「何が起きた!?」
叫ぶパトリック。
僕はリーズロッテへと振り返る。彼女は目を見開き、驚いていた。
「ナ、ナズナッ!? そんな、何で来たの!?」
「そんなの、君を助けに来たに決まっているじゃないか」
「馬鹿じゃないの!? わたしはアンタに守られる程弱くないわ!!」
先程助けを求めた事を棚にあげ、リーズロッテは罵倒する。
「本当かい? 聖剣は折れている。今の君は唯の女の子だ」
「そんな事ない! 私は強いの! 黒焔竜すら倒したんだから! 私は強い、強いのよっ。じゃなきゃ、お父さんもお母さんも、ナズナも守れない! だから、わたしは強くなって王都の人達に弱い所を見せないように頑張ってっ」
「リーゼ」
優しい声色で名を呼ぶ。
「だから、だから……わたしは……『聖剣使い』で……強いんだから……アンタに守られる筋合いなんて」
「もういいんだ、もう取り繕う必要なんてないんだ。もう、あの頃のリーゼに戻って良いんだよ」
「ナズナ……」
こちらを見る彼女は本当にただのか弱い女の子だ。今すぐ抱きしめてやりたい。
けど、それはあとだ。
僕は王子と近衛兵に向き直る。
「君は確か。そうか目覚めたのか。その事は喜ばしい。だが、それはどういうつもりだ? 退いてもらいたい。私には責務があるのだ」
「王子、貴方だってリーゼの存在が邪魔なんでしょう? でしたらリーゼは僕が貰います」
「はいそうですかと言う訳にはいかないのだよ。リーズロッテは黒焔竜を倒した。その偉業自体は称えられるべきだ。だが、その偉業の所為で彼女は我が国に混乱を齎す」
「なら違いますね。此処にいるのはリーゼだ」
「そのような屁理屈が通るものか! もういい、手荒な真似はしたくはなかったが仕方ない。すまない。我が国の為、二人揃ってこの場で果ててくれ」
王子が手を挙げると同時に近衛兵が迫ってくる。
それを見たリーゼが僕の前に立つ。
「駄目だよ、逃げてナズナ!」
「いいや、逃げない」
僕は彼女の前へと飛び出し、近衛兵へ向かっていく。
確かに僕は弱い。
でも、それはリーゼに対してだ。
剣を振るう。
銀色の軌跡を描いて僕は近衛兵を圧倒する。
「何!?」
「コイツ何という動きだ!?」
「僕が何年彼女の側に居たと思っている? 僕が何年彼女の横で剣を見てきたと思っている? そこに想いがあれば僕は無敵だ。最強だ。何故なら僕はリーゼを守る『騎士』だから」
王子の連れた近衛兵は全て斬り伏せた。
無論峰打ちだ。今も苦しそうに足元で唸っている。
「なんだと……? 我が国の誇る近衛兵が」
「王子、貴方の兵士は全て倒しました。引いてください」
「ははははっ! 成る程、驕りがあったのは私か。けれどもナズナ君、私にも意地がある。そして誇りも。一度裏切り、剣を向けた以上その矛を収めるのは都合が良すぎるだろう? ……頼みがある。私と剣を交わして貰いたい」
パトリックが剣を構える。その姿に隙はない。
王子の実力は知っている。
聖剣がリーズロッテを選ばなければ彼が聖剣の使い手となったであろうことも。
「わかりました」
それでも僕は譲れないものの為に剣を構える。
「国を背負う者として負ける訳にはいかぬッ! いざ!」
凄まじい剣戟、斬撃、攻撃。
「リーズロッテ殿にはこの場で果てて貰わねばならぬのだ! 我が国の未来のためにも! そして民の為にも!」
王都でリーズロッテの評判が悪いのは知っている。
王子には重みがある。国を背負うものとしての覚悟の重みが。
「パトリック殿下、貴方は正しいかもしれない。だけど、僕だって負けはしない!!」
しかし譲る気は無い。
守りたいという想いでは僕だって負けてはいない!!
確かに王子は何万何十万の民を導き守るという思いがある。
だが、ただ一人を守りたいという僕の想いが負けているだなんて道理はない!!!
「なに!?」
「これでッ! 終わりだ!!」
僅かな隙をついての一振り。
金属音がなって王子の手元から剣が弾かれた。
「はぁ、はぁ。僕の勝ちですね」
「くっ……! それだけの強さがあれば地位も名誉も得ることが出来ただろうに、何故その女性に執着する!?」
「簡単さ。僕にとって最も価値があるのは彼女と共にいることだからさ」
「な、なんてこと真面で言うのよ!? このばかナズナ!」
リーズロッテは顔を赤らめながら僕を罵倒するも、僕は恥じる事など一切ない。
「王子、もう一度言います。僕は彼女と共にいたい。それだけだ。それだけなんだ。だから僕達の事は放っておいてください。それでも尚、戦いますか?」
正直言って僕は王子に露ほどに恨みを抱いていない。
確かに王子は勝手な都合でリーゼを亡き者にしようとした。その事自体は許せない。
でもそれは見る景色と立場の違いだ。所謂身分の差と言う奴だ。王子が悪い訳ではない。
彼もまた彼自身の譲れないものの為に、リーゼを始末する事を決めたのだろう。
「……やめておこう。此方側には勝ち目はない。素直に引くとする」
王子は諦めたような、それでいてホッとしたような息を吐く。
もしかしたら王子もこんなことはしたくなかったのかもしれない。
安堵した僕だが、頭からどろりとした感触に手をやる。
血だった。
「ははっ、どうやら無理をし過ぎたみたいだ。傷口が開いてしまった」
「ばかぁ!? 何してるのよ! 昔からそうよ! 私についてきて傷ついても大丈夫大丈夫って! それに、そうだ。こんな所まで付いてきて! 岩がぶつかった時死んじゃったかと思って怖かったんだから! 早く包帯を取り替えなさいよ!」
リーゼが慌てて僕の包帯を取り替えようとする。
ふと見れば王子がポカンとした表情で僕達を見ていた。
「そっちが本当の君か、リーズロッテ殿。やれやれ、もっと早く知れば私もこのような事をしなかったのに。そんな可愛らしい女性と知っていれば結婚もやぶさかではなかったのだが」
「王子、それは」
「冗談さ。一度身勝手な都合で殺そうと思った女を、もう一度自らの都合で手元に戻そうとするほど、私は屑ではない」
王子は首を振り、近衛兵達に声をかける。
「で、殿下。申し訳……」
「立てるか? ならば行くとしよう。鍛え直しだな、君達も、そして私も。……然らばだ、リーズロッテ殿にナズナ君。君達の事は黒焔竜エンドとの戦いの果て戦死した事にする。遺体も焼却された事にする。遺品はこれがあれば信憑性は増すだろう」
王子は砕けた聖剣を拾う。
「もう君達を狙う事はない。最後にだがこれは王子としてではなく、唯の個人のパトリックとして君達の幸せを願っているよ」
王子は近衛兵を引き連れ、この場から去っていった。
それを見届けた僕は息を吐く。
そんな時、治療をしてくれていたリーゼがポスンと僕の胸に頭を置いた。
「リーゼ?」
「ばか」
「知ってる」
「ばか」
「わかってるよ」
「ばか」
「さ、流石にそこまで言わなくてもいいんじゃないかな?」
傷つくんだけど。
「いいえ、本当にばかよ。王子に逆らうだなんて。そもそも私を追って王都まで来た時もばかだと思った。それどころか、黒焔竜との戦いの側にまで来ていただなんてもっとばかだと思った」
リーゼは僕の服をぎゅっと握る。
「でも、嬉しかった」
ポツリとリーゼは呟いた。
それだけで僕は報われた。これまでの努力は無駄なんかじゃなかった。やっとこの暖かみを手に戻すことが出来たんだ。
でも、それだけじゃ足りない。
長い年月は僕の想いをより大きくしていた。
「ナズナ?」
「リーゼ、僕と結婚して欲しい。聖剣使いでも、世界を救った英雄でもなく、妻として」
リーゼはその言葉に顔を一気に紅潮させる。しかし何かに気付いたように顔を青くし、そして俯く。
「……わたしはもう聖剣の力がないわ」
「知っている。だからこれからは僕が守るよ」
「貴方に酷いこともいっぱいした」
「酷くないさ、君は僕を守ろうとしてくれたんだよね?」
「っ、嫌なっ、言葉も沢山かけたもんっ……!」
「それも僕を守る為だろう?」
「でも、でも、何にもない私が貴方と共にだなんてそんな資格なんてない!」
いつもの態度は何処へやら。潮らしいリーゼに苦笑し、手を握る。
「資格とか、そんなの必要ない。それでも僕は君と居たいんだ。これまでも、そしてこれからも。返事を聞かせてくれないか?」
「〜〜ばかッ! ずっと一緒にいる! 私はナズナの事、他の誰よりも大好きよっ!」
涙を堪えながら満面の笑みで彼女は抱きついてきた。
この日、幼馴染であり聖剣の使い手だった彼女は僕の妻となった。
幸せ満開の生活。これからの人生はきっと花が開くように色鮮やかな日々に違いない。
リーゼだって昔に戻ってあの時みたいに可愛らしくなるはずだ。
「そのはずなんだけもなぁ……」
「何をぶつぶつ言ってるの!? 本当にノロマなんだから! 早く買い物を終えないと洗濯物干せないじゃない! ばかっ!」
そう、リーゼの態度は変わらなかった。事あるごとに僕を罵倒する。勿論その内容は可愛らしい内容ばかりだけど。
どうにも長い間ずっとこうしてきたからどうやって接したら良いのかわからずに、未だにこうして罵倒してしまうらしい。長年の癖とは厄介なものだ。
「早く行くわよ! ……しょ、しょうがないから私が手を握ってあげるわ! うん、仕方ない仕方ない。そうしないとナズナはすぐ迷子になりそうだもの。決して私が繋ぎたい訳じゃないからねっ!」
それでも甘えるように手を握るリーゼを側で見られるのは僕だけの特権だ。
「うん、僕は君についていくよ」
「当然よ、だってナズナは私のものでーー素敵な旦那なんですもの」
彼女は自信満々に、幸せそうに笑みを浮かべた。
ワガママで、パワハラばかりするリーズロッテだけど。
彼女がツンデレであることをこの世で僕だけが知っている。
ナズナ……花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」
カヴァリエーレ……イタリア語で『騎士』の意
リーズロッテ……『神に愛された』の意の名前
フュルスティン……ドイツ語で『お姫様』の意
ここまで読んで頂きありがとうございました。
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