8章 ラスボスのイデオロギー
冬彦三が捜査している間にもパラノーマル事件による殺人は続いた。
しかし、独自捜査開始から10週間を過ぎたころから、パラノーマル事件はぴたりと止まってしまった。
独自捜査開始から4ヶ月半という時が経とうとする時、 冬彦三はついに犯人を突き止めた。
「帆磁市令和。いや、帆磁市ヨタと呼んだ方が良いのかな。お前が連続殺人事件の犯人だな」
冬彦三は、木々の生い茂った山奥の自宅の帰路に着いているヨタという男に後ろから話しかけた。
ヨタは振り返った。
「なんのことだ」
「とぼけるか。そりゃそうだよな。超越能力を使った完全犯罪だもんな
だが、同じ超越能力者である俺は真実を突き止めた」
「……」
「警察の間ではパラノーマル事件と呼ばれている。その犯人がお前だ」
「面白ーい!
なぜそう思ったんだ?」
ヨタはおどけて見せた。冬彦三は怒りを抑えながら説明に応じた。
「俺の親友の黒鈴という女の子も被害者だった。被害者の一部にはある高校の卒業者という点で共通していた。その高校の教師もいた
しかし、黒鈴はその高校の出身者ではなかった。では、黒鈴はなぜ殺されたのか
ふと黒鈴の小学校時代の話を思い出した。黒鈴の出身小学校で働いていた事のある教師も殺されていたのだ
警察は被害者の在学校・在職地や出身高校までは調べがついていたが、出身中学校や出身小学校までは調べて居なかった
そこで僕は全ての被害者の出身中学や出身小学校を調べる事にした
気の遠くなるような作業だった…しかし、絶対に諦めなかった!お前を見つけ出すために!」
「ほじっしっしっしっし!」
ヨタはへんな笑い声を挙げた。ヨタは近くにあった漬物石くらいの大きさの石に腰を掛けた。話が長くなりそうだからである。冬彦三は構わず続けた。
「すると、面白い事が分かった。若者の被害者は全員、小西高校の出身者・松倉中学校の出身者・高松小学校の出身者のいずれかである事が判明した
また、中高年の被害者は現在、または過去に、それら三校で働いていた教師だったことも調べ上げた!」
冬彦三はヨタを睨みつけた。しかし、ヨタは冬彦三に目を合わせない。しかし、ちゃんと聞き耳を立てていた。
「あとは簡単だ。小西高校・松倉中学校・高松小学校の三校の中から共通の人物を割り出せばいい
多くの被害者と同じ年齢の20歳で、この三校に在籍していた人物…
そんな人物は3人しかいなかった」
「それでなぜ僕に絞り込んだんだ?」
ヨタが目を合わせずに聞いた。ヨタは寛いでいるような表情である。冬彦三は一瞬無言になる。
「…………
警察が弾頭の施条痕を調べ上げても犯人を特定できなかった
という事はその銃は非合法な手段で入手したものだ
絞り込んだ三人には海外渡航歴もなく、銃を密輸するルートや組織との関連性も見受けられなかった
ならば容疑者はどうやって銃を手に入れたのか…
それは、超越能力を駆使して暴力団関係者から盗んだのではないかという考えに行きついた
暴力団が非合法に得た銃が窃盗されても、事件が明るみになる事はない。だから警察も掴めなかった
しかし、俺は違う。暴力団関係者に接触し、不可思議な盗難事件が起こっていないか聞き込みしたんだ
俺にも超越能力があるとはいえ、暴力団との接触には勇気がいった
だが、俺は犯人が絶対に許せなかった。だから危険を顧みず、暴力団に直接聞き込みをした」
冬彦三は拳を握りしめながら話を続けた。ヨタは黙って聞いている。
「『人知を超えるような、不思議な窃盗事件がありませんでしたか?』と訊いた
最初は怒鳴られたが、俺が戦闘形態に変身して見せると態度が変わった
『僕は超越能力者です。あなた方から窃盗した犯人も超越能力者の可能性が高いです。あなた方も窃盗犯を捕まえて欲しくはないですか?』
と再び訊いたら、事務所に連れていってくれたよ。そして教えてくれた
拳銃2丁とライフル1丁及びその弾が監視カメラを掻い潜って目の前で盗まれた、とね。監視カメラにも何も映っていないのに銃と弾が突如無くなっていた。監視カメラだけではなく、銃がしまってあるロッカーから少し離れた場所には数人の人が居たにも関わらず、誰の目に触れる事無く銃と弾が忽然と盗まれた
そして、弾の窃盗はその後も別の事務所も含めて4回に渡ってあったそうだ。だが、誰も犯人を目撃していなかったし、勿論監視カメラにも何も映っていなかった
それだけじゃなく、他の組の暴力団の事務所でも同じ手口の武器や弾の窃盗が何回かあった。他の組の暴力団にも電話で話を聞かせて貰った
最初はお互い相手の組の仕業じゃないかと疑い抗争にもなりかけたが、どうやっても不可能な手口な事からその件についてはお互いに手を組もうと協定を結んだそうだ
いつも盗まれる時は手品のように目の前から突然消える。だから、その犯人を捕まえて欲しいと頼まれた。他の組の暴力団たちにもな
これ以上同じ手口の窃盗が起こらないようにな」
ヨタはようやく冬彦三の方を見た。そして呆れたような顔をした。
「ふん、暴力団がよく協力してくれたものだな」
「任侠ドラマじゃないが、暴力団には暴力団なりの美学と正義があるらしい」
ヨタは伸びをした。長話に飽きてきたと言わんばかりである。だが、冬彦三はさらに話を進めた。
「そこで俺は他の組を含めた窃盗があった全ての事務所の銃や弾がしまってあったロッカーやケースから、指紋を採取した
幸い暴力団たちはあまり掃除が好きじゃないみたいでね。残っていたよ。指紋
全ての窃盗があった事務所から共通の指紋が検出された
あとは、容疑者3人を尾行して隙を見て指紋を採取し、現場で得られた指紋と照らし合わせるだけだった
警察ならこんな勝手な捜査はできないんだがな。だが俺は違う!」
「それで僕にたどり着いたわけか」
「容疑者の中で一人だけ改名していた者がいたから、その段階で臭いとは思っていたが、指紋照合の結果、化学的にもお前が犯人だと確信ができた」
そう。ヨタとは高校卒業後に改名した名前だったのだ。ヨタは就職活動に失敗し、高校卒業後は暫くニートだった。その間に改名したのだった。
「暴力団どもも馬鹿だな。もうこれ以上、武器や弾を盗むつもりは無かったのに」
ヨタは済ました顔をして、開き直った。反省の色がないヨタに立腹しながらも、冬彦三はヨタを追及する。
「犯行を認めるのだな?」
「認めるも何も決定的な証拠が出てきているのにどうとぼけろと?」
「はん!
どうせ被害届も出せず、警察にも調べられることはないだろうと高を括っていたんだろうが、手袋もせずに犯行に及んだことが仇となったな!」
冬彦三は勝ち誇ったようにそう豪語した。しかし、ヨタは全く堪えた様子がない。ヨタは冬彦三の話を無視して、別の話を始めた。
「僕もお前の事を知っているぞ。お前はミッキーを倒した委員長だろ?」
「俺は冬彦三だ。お前にそのあだ名で呼ばれる筋合いはない!」
今度はヨタが説明をしだした。冬彦三は怒りながらもヨタの話に耳を傾けた。
ヨタはテレビのMCのように、はきはきとした元気な声で解説する。
「僕ではない他の超越能力者が東大で殺人事件を起こしていた事は知っていた
だから、黒裂木を殺すついでに、他の超越能力者に繋がる情報がないかどうかちょっくら持ち物を拝借した
そしたら、日記に色々書いてあったぜ。ミッキーの事や委員長の事。つまり冬彦三。お前の事だ!」
「お前に聞きたいのはそんな事じゃない!」
「全ての殺人計画が終了したから、大人しく第二の人生を満喫しようとしていた矢先お前が現れた
できれば他の超越能力者とも争いがしたくなかったし、平穏な日常に戻りたかった……」
改名したヨタと言う名前は与太話から来ている。与太話のような他愛もない人生を送りたいという願いを込めて変えた名前だったのだ。
ヨタは改名後無事「カードエンパイア」と言うフランチャイズのカードショップの店長に就職し、表面上は平穏に暮らしていたのである。ヨタはアルバイトをした事もなく収入はお小遣いとお年玉だけであったが、貯金だけはこつこつ貯めていたのでカードショップの開店資金は十分あったのだ。
ヨタは表向きはカードショップの店長として新たな人生を平穏に送っていたのだった。
「人を100人以上も殺害しておいてなにが平穏だ!!!」
「殺人も窃盗も2カ月前に足を洗った。これからは真っ当な人生を歩んでいくつもりだったのに…」
ヨタは落胆したような様子でそう言った。余りにも身勝手な発言である。
それを聞いて冬彦三は頭に来てヨタに詰め寄った!
「なぜ、黒鈴を殺したんだ!!!」
「なぜって…
過去の僕を知っているから」
「は?」
「僕は過去捨てた!生まれ変わったんだ!
ゆえに過去の自分を知る者は生まれ変わった人生の邪魔になる
だから殺したんだ」
「どういう事だ?」
冬彦三は話が全く理解できなかった。
「僕は整形して顔を変え、名前も変え、新たな人物に生まれ変わったんだ
残念ながら名字までは変えられなかったが、下の名前は改名できた
顔を変え、名前を変え、性格までもを変えた」
ヨタは高校卒業後のニート期間中に顔を整形し、名前も改名したのだ。別人に生まれ変わるために。
「しかし、それでも過去までは変えられない
過去は消せない
だから、僕の過去を知る者全ての抹殺を考えたんだ
小中高のクラスメイト・部活動の先輩後輩・担任の先生…全てを消すのには苦労したぜ
現在の所在を調べて一人ずつ消していかなければならなかったから気の遠くなるような作業だった
だが、僕はその作業を完遂した。昔の僕を知る者を全員殲滅できたのだ」
「作業だと…!?」
冬彦三は怒りのあまり頭が真っ白になった。ヨタは少し黙り込んでから話を続けた。
「………………
話すつもりはないが、僕の過去は非情にみじめで辛いものだった
そんな過去を知っている者が一人でも居るのは許せない
一人でも僕の過去を知っている者が居る限り僕は生まれ変われない
僕が完全に別人として生まれ変わるためには僕を知る人物全員の根絶が必要だったのだ」
「イジメられでもしたのか?」
「………………
なんと思ってくれても構わない。もうそれを知る者は誰も居ないのだから
僕がいじめられていたのか、それとも誰かをいじめていたのか、それを知っている者はもはや僕以外にはいない」
「お前がどんな過去を送ってきたのかは知らないが、そんな身勝手な動機で罪のない人びとを殺しても良いというのか!?」
「偉そうなことを言いやがって、罪のある人間ならば殺しても良いというのか?」
「そ、それは…」
冬彦三は言葉に詰まった。「罪のない人々を~」とは、よく聞く言い回しだが、罪のある人間ならば犠牲にしても良いという訳ではない。ヨタの正論に冬彦三は反論できなかった。
「それに…
過去の僕を知っている事。それだけで罪なのだ」
「勝手な事言うな!!!黒鈴がお前に何をしたというんだ!?」
「………………
彼女は僕に何もしなかった。しかし、彼女は僕の事も知っていた。だから殺した。」
ヨタは少し躊躇する様子を見せながら話を続けた。冬彦三は言い返そうとしたが、その前にヨタが話を進める。
「彼女は何もしなかった。彼女は傍観者だった。何もしなかったのが同罪なのだ。」
「やはりいじめられていたのか?そうなんだな!?」
「………………
………………」
「図星か!」
「これ以上せっかく消した過去の話をするつもりはない。僕の過去をほじくり返そうとする君にも消えて貰う」
「イジメられていたのには同情する。それを助けようとしない傍観者も加害者だという考えも理解できる
だが、だからって殺す事はないだろ!あきらかにやり過ぎだ」
「勘違いするな。僕の目的はイジメの復讐ではなく過去の清算だ」
ヨタは確かに虐められていた。ヨタは典型的ないじめられっ子だったのだ。しかし、一方でヨタは他の人をイジメる事もあった。いじめられっ子は何も一人しかいないわけじゃない。いじめられっ子はヨタの他にも複数居たのだ。ヨタは、自分がいじめられないように矛先をそらすために他のいじめられっ子をイジメる事もあった。一方で他のいじめられっ子もヨタをイジメる事があった。つまりお互い様だったのである。
ヨタはいじめられっ子のグループでそのグループはよく先輩やクラスメイトに虐められていた。一方でそのグループ内でもイジメは勃発していたのだ。グループのボス以外の誰かを仲間外れにしてイジメる、と言うのをずっと繰り返してたのだ。ヨタ自身も仲間外れにされて虐められる事もあれば、誰かを仲間外れにしてイジメる事も平然としていたのである。グループのボスのご機嫌を窺うために。
ヨタは虐め虐められの関係で一方的な加害者ではなかった。しかし、ヨタは自分が虐められていたのと同じくらい自分が他人をイジメていたのが許せなかったのだ。
ヨタの「いじめられていたのか、それとも誰かをいじめていたのか」と言う言葉はそういう意味である。虐められていた屈辱とイジメてしまっていた罪悪感。それらの両方から逃れる為に、自分の過去を知る者全ての抹殺を目論んだのだ。
「イジメられて歪んだのか、元から歪んでいたのか知らないが、俺はお前を倒す!」
ヨタが歪んだのは、高校卒業直後、たった二人の肉親である両親を交通事故で亡くしたのが切っ掛けである。しかし、冬彦三はそんなことを知る由もない。
ヨタは最初は両親の死に酷くショックを受けたが、両親の死を別人に生まれ変わり、人生をやり直す絶好のチャンスだと考えるようになったのだ。
「僕の過去を知る者。僕の過去を知ろうとする者。皆罪であり、すなわち悪だ
生まれ変わった僕は悪を葬らんとする!」
「悪なのは貴様の方だ!」
冬彦三は金色に輝き、戦闘形態に変身した。ヨタは黒鈴の日記で変身の事も知っていたため驚かない。
ヨタは平穏で居たいという願いに反し、冬彦三と戦わなければならなくなったのをしみじみと実感した。
「こうして盗んだ武器を捨てずに持ち続けていたのも、こうなる事を心のどこかで予想していたからかもしれないな」
ヨタは独り言を呟いた。冬彦三には聞こえていない。
冬彦三は本気で大激怒しヨタに怒りをぶつけた。
「覚悟しろ!ヨターーー!!!」
「僕は生まれ変わった!昔とは違う!昔のようにはいかんぞ!」