5章 超越能力者 VS 超越能力者
龍壱は呼び出されて、空き家の邸宅の人気のない裏庭にいた。
ラブレターを貰ったのである。
「くっそっそっそっそ!」
変な笑い声に龍壱は振り向いた。
覆面を被った男が大きな岩を拾って立っていた。偽のラブレターで龍壱をおびき出したのはこの男である。
「誰?」
男は答えず、龍壱の頭に目掛けてその岩を投げつけた!
「そこまでだ!!!!」
男の跡をこっそりつけていた冬彦三が龍壱を押し倒した。
岩は後ろの木をへし折った。
(しまった!誰も見ていないと思って、堂々と殺そうとしたのが裏目に出たか…)
冬彦三は立ち上がった。冬彦三と一緒に後をつけていた黒鈴は龍壱を逃がした。
龍壱は一目散に逃げて行った。
「やはりお前が連続殺人犯だったか、ミッキー!」
「まさか尾行されていたとはね。なぜ僕だと分かったんだい?」
ミッキーは覆面を外した。そう、ミッキーこそがこの連続殺人事件を引き起こした張本人だったのである!
ミッキーはにやけた表情をしていた。犯行を暴かれたのに、まるで焦っていない。
「お前だけだったんだよ。被害者全員の顔と名前を知っていたのは」
冬彦三は自分の推理の解説を始めた。ミッキーは動揺した様子も逃げ出す素振りもなく落ち着いて聞いている。
「他の人に聞き込みをしても全員の顔をと名前を知っている人は居なかった
当然だよな。被害者同士はなんの交友関係も繋がりもないんだから
被害者同士の横繋がりが無いから被害者を一人知っていても他の被害者までは全く知らない
被害者は顔も名前も報道されていないから、よほどの理由がない限り全員の名前と顔なんて知らない
俺や黒鈴のように親友を殺されて調べでもしなきゃな!」
ミッキーは動じない。ミッキーはずっと真顔で聞いている。どうぞ話を続けて下さいと言わんばかりの顔だ。
冬彦三は大人しく聞いているミッキーを強く威圧しながら話を続けた。
「お前は被害者の顔と名前しか知らず被害者たちとは一切交友関係がなくて、親友を殺されたわけでもないのに全員の名前を挙げた
しかも、お前は殺された順に正確に名前を挙げていた!
俺と黒鈴でさえも正確に覚えていなかった順番通りにな」
「私と委員長も最初は気が付かなかったわ。でも録音してた聞き込みを何度も聞く内にそれが被害者の順番と完全に一致してる事に気が付いたの」
黒鈴が冬彦三の説明に付け加えるように呟いた。それまで大人しく聞いて居たミッキーだったが、ここで不思議そうな顔をし、口を開いた。
「それだけか?
それだけで僕を犯人だと疑ったのかい?
被害者の顔と名前は調べていたのかも知れないし、その時順番も覚えたのかも知れない。そもそも偶然順番通りに名前が挙がっただけかもしれない」
ミッキーはきょとんとした顔で訊ねた。深い意味はない素朴な疑問を投げかけるような表情だ。
ミッキーの指摘は的確で、それだけで犯人だと断定するには決め手が乏しかった。冬彦三はその質問に形式的に応える。
「たしかにな。それだけでは確信は持てなかった
だがそれだけでも疑う理由としては十分だった。他に容疑者が浮上しない以上マークするには十分な嫌疑だ
嫌疑はあるが証拠はない。ならば現行犯を押さえるしかない!」
「くっそっそっそっそ!!
見事だよ!ファンタスティック!」
「ふざけるな!!!」
ミッキーは馬鹿笑いした。人を馬鹿にしたような態度に冬彦三は激怒した。しかし、ミッキーは冬彦三の怒りを全く気にも留めない。
「やれやれ、完全犯罪だと思ったのに見つかってしまうとはね
完全犯罪があまりにも簡単すぎるから、バカバカしくなって覆面姿に犯行スタイルを変えた途端見つかるとは、僕は運が悪すぎる」
ミッキーの反省の無い態度に冬彦三の怒りは頂点に達した。そして、堂々と宣言した。
「オメーを警察には突き出さねえ。テメーは俺が直接片付けて、仇を討ってやる!!」
「どっちにしろ警察になんか捕まらないよ。超越能力を使えばね
でも警察から逃走したら、この東大ライフを棒に振る事になるからその方が僕としても都合がいいけどね」
冬彦三の宣言を受けてもミッキーは全く物怖じせず、むしろ、その宣告は好都合言ってのけた。
冬彦三は一息ついて冷静にミッキーに訊ねた。
「テメーを殺す前に一つだけ聞きたい事がある」
「何だい?」
「なぜ微笑み…いや、なぜ庭塚を殺した!?」
ミッキーは真顔で答えた。
「キモいから」
冬彦三は耳を疑った。
「なに?」
「顔がキモいから」
冬彦三は混乱した。
「何をいっているんだ?」
「だから!毎日あんな不細工な顔を見るのが気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がないから、殺したんだ」
冬彦三はようやく状況を飲み込み、それと同時に激しい怒りが込み上げてきた。
「そんな理由で殺したのか?!」
「うん。キモいから」
「ふざけるな!そんな下らない理由で人一人の命を奪って良いと思っているのか!?」
「うん
ただ、人一人と言うのは違うよ
僕が殺してきた人物たちは皆か顔がキモイから殺したんだ」
「なん…だと…」
冬彦三は驚愕した。と、同時に激しい憎悪を覚えた。しかし、冬彦三の憎悪に満ちた怒顔より、さらに激しい憎しみに満ち溢れた顔でミッキーが答えた。
「あいつらの、あの気持ちが悪い顔……
毎日見るたびにイライラさせられた
講義で見かけるたびに…廊下ですれ違う度に…食堂で見かける度に…トイレで隣り合わせになる度に…
あいつらの不細工な顔が目に入るだけでストレスだった…歯を食いしばるくらい苦痛だった…
あいつらの不器量な顔を見ていると飯が不味くなる…歯を食いしばりすぎて歯が全て抜け落ちてしまいそうな毎日だった
声を聞くのも嫌で嫌で仕方がなかった」
ミッキーは、普段の甘いマスクからは想像できないような悍ましい表情に豹変していた。冬彦三はその表情に恐怖を感じながらも、怒りで恐怖を握りつぶし、ミッキーを問い詰めた。
「だから殺したっていうのか?」
「うん」
ミッキーは再び真顔に戻り、天真爛漫に返事をした。
「こ、このヤロー!」
軽い返事に、冬彦三は大激怒した。しかし、ミッキーは全く真顔である。ミッキーは普通の表情でとんでもない計画を口に出した。
「僕より不細工な奴は全員殺す。不細工絶滅計画だ」
「なに勝手な事言ってやがる!お前より不細工な人間を殺そうとしたら人類の半数は居なくなるも同然じゃないか!」
ミッキーは学年一の美形である。ミッキーより不細工な人間を全員殺そうとしたら、人類は壊滅的な減少を遂げるであろう。冬彦三はミッキーのイデオロギーに人類滅亡の危機を感じた。
しかし、ミッキー自身は自分の事をたいして美形だとは思っておらず、ミッキーの計画では、ジェノサイドほどの大ごとを起こす気はなかった。そこに冬彦三とミッキーとの温度差が生じていた。
「不細工な奴が悪い。殺されたくなかったら整形しろ。不細工なくせに整形もしない方が悪い」
ミッキーは全人類を壊滅させるようなジェノサイドは計画していなかった…、そもそも不細工絶滅計画と仰々しく言ってみたくなっただけで、実現する気はさらさらなかった。ただ自分の視界から不細工な人間を消したい…、せいぜい東大内だけでも不細工を滅ぼしたい程度の考えであった。しかし、ミッキーはあえて冬彦三の発言を否定はしなかった。仰々しく掲げた計画を大げさにウケてとてくれたのが嬉しかったからである。
一方で、不細工整形しろという発言は本心で、ミッキー自身も高校卒業から大学入学までの間に目のプチ整形をしていたのだった。ミッキー自身は自分を美形だとは思っていないが故のプチ整形であった。
ミッキーのふざけた発言に冬彦三の怒りは頂点に達した。
「いい加減にしろ!!!
微笑……庭塚は確かに不細工だった…。お世辞にも美形とは言えなかった…
しかし、心は美形だった!少なくともお前よりは!」
「ふん」
ミッキーは自分が性格が悪いとは微塵も思っていなかったが、性格が良いとも思っていなかったので、反論はできなかった。
「庭塚は確かに不細工だったが、とても良い人だった
明るくて、面白くて、優しくて、思いやりのある極善人だった
頭もお前よりずっと良かったぞ!」
「黙れ。成績の良さが頭の良さではない」
ミッキーは成績はあまり良い方ではなかった。中の中くらいの成績である。ミッキーは頭の回転は速かったが、「アリとキリギリス」で例えるならキリギリスタイプ、「ウサギとカメ」で例えるならウサギタイプなのである。
頭はキレるが、努力を怠っているため、成績には振るわないのである。ミッキーの性格は童話で例えるとウサギとキリギリスなのだ。ミッキーもそれを自負しており、「僕の本気はこんなもんじゃないんだ。僕はまだ本気出していないだけ」と口癖のようによく口にしていた。しかし、ウサギとキリギリスな彼が本気を出す事は決してなかった。
だが、彼は勉強に関しては怠けている一方で、自分の頭の良さには絶対の自信があった。勉強の出来と頭の良さは関係ない。それが彼のポリシーだ。
「成績も人間としての頭の良さもさ!
どっちも庭塚の方がずっと上だった!」
冬彦三は庭塚の人間性のすばらしさを知っていた。冬彦三にとって庭塚は良き友であり良き兄弟のような関係であったのだ。
ミッキーは話しても無駄だと悟った。ミッキーは勉強の出来が良くなくとも、頭の出来には絶対的なプライドがあった。そんなミッキーは冬彦三が勉強はできるが、頭の回転は遅く勉強以外に取り柄がない人間だと悟ったのだ。
確かに冬彦三は勉強はできたが、頭の回転は遅く、口下手であった。だから友達も少ない。黒鈴と庭塚以外には友達が居ないのだ。ミッキーはそれを見透かした。
一方で、ミッキーは冬彦三の勉強以外の取り柄も見つけていた。
「君は美しい。僕の美的センスに合致する君はできれば殺したくない」
ミッキーは冬彦三が美形だと感じたのである。ミッキーの犯行動機は狂人的だが、ミッキーなりにもルールを守った上で、犯行に及んでいた。それはブサイク以外は傷つけない事だ。
「黙れ!貴様がなんと思おうと、僕は庭塚の仇を討つ!」
冬彦三は黄金に光り、戦闘形態に変身した。
「む!?まるで別人のように!?」
(しかし、この顔もやはり美しい。殺すのは惜しいな…)
そう思いながらも、ミッキーは超越能力を使い殴りかかった。
冬彦三はすかさず後ろに避けた。
「む!?はやい!?」
「死ねえええええええ!!!!」
冬彦三は超越能力を使い飛び蹴りした。
ミッキーはかわしきれずに腹に一撃を受けた。
「そうか。君も禁呪の飴の能力を得た超越能力者なのか」
「今更気が付いたか!」
「ミッキーは能力を発動しても全く人格が変わった様子がないわ…
ミッキーは能力を使っても人格が変わらないって言うの?!」
「そうか、やはり君は別人格か。それも君が禁呪の飴で得た能力なのか?」
「やっぱり銀の飴は外れだったのね。それで別人格と入れ替わるって言う余計なデメリットがついてたのね…」
それを聞いたミッキーはにやりとした。仏様のような満面の笑みである。
「くっそっそっそっそ!君は最弱の銀の飴の超越能力者だったのか!!」
「余計な事を!」
「ごめんなさい!」
口を滑らせた黒鈴は平謝りする。しかし、もう後の祭りである。
冬彦三が最弱の能力者である事がバレてしまった。冬彦三は開き直った。
「そうだ!僕が食べたのは最弱の銀の飴だ!」
「ならば僕も冥土の土産に教えてあげよう。僕が食べたのは金の飴だ!!!」
冬彦三とミッキーは取っ組み合いになった。
お互いに超越能力で強化した肉体を使い、常識を超えた強さの格闘を繰り広げた。冬彦三もミッキーもノミの様に邸宅の周りを跳び回った。跳び回りながら隙をみて相手の懐に忍び込もうとする。しかし、お互い全く隙が無い。
お互いに一歩も引かない全く互角の勝負が繰り広げられた。
ミッキーは一旦距離をとった。
「そろそろ僕の飴の能力の真価をお見せしよう」
フッ!
「き、消えた!?」
ミッキーは手品のようにパッと姿を消した。
「くそ!?どこだ!?」
冬彦三は辺りを見回した。しかし、ミッキーの姿は何処にもない。
「ちきしょう!どこへ隠れやがった!?」
「後ろだ!」
バックを取ったミッキーは超越能力を使って回し蹴りした。
「ぐはっ!!!
いつのまに!?」
「まさか瞬間移動!?」
ミッキーはまた忽然と消えてしまった。
冬彦三はまた周りをキョロキョロと見回すがミッキーの姿は何処にも見つからなかった。
「またまた後ろだ!」
ミッキーはまた超越能力を使った回し蹴りをするが、冬彦三はなんとか回避した。
(いや、瞬間移動にしては間がありすぎる…。これは…)
「ふん。どうやら逃げ足だけは速いようだ」
「生憎この僕の逃げ足の速さは宇宙一でな」
「次はどうかな!?」
ミッキーの姿がまた忽然と消滅した。
「いまだ!!!!」
冬彦三はミッキーの居た所一帯に向け砂埃を巻き上げた!
「やはりな!」
砂埃の中には人が走る形の空洞ができた。
「お前の超越能力は姿を消す事だ!!!」
冬彦三はミッキーの超越能力を見破った!
しかし、砂埃は直ぐに散ってしまい、またミッキーの姿を見失った。
だが、長めに距離を置いた位置にミッキーが再び姿を現した。
「ご名答。肉体を強化させるだけが超越能力ではない」
「こんな便利な超越能力も使えるなんて、流石金の飴の能力者だわ!」
「簡単な殺害方法さ。姿を消し岩をそのまま持って頭を殴るだけ
目撃者が居ても犯人は分からない。どうだ簡単だろう?」
「タネさえわかればいくらでも対策できる!」
「僕の能力を一つ見破ったぐらいでぬか喜びするなよ」
ミッキーは姿を再び消した。
冬彦三は超越能力で強化した爪で自分の両手を切り裂いた。そして、ミッキーのいた方一帯に血のしぶきを飛ばした。
ビチャ!
血に染まった地面には人型の跡ができた。
「なに!?」
「どうやら目論見は外れたようだな」
透明になったミッキーにかかった血しぶきは、ミッキーの身体に触れた途端透明になってしまったのだ。
地面の血だまりを移動するのが見えたが、血だまりを抜け出すと再びミッキーの姿を見失ってしまった。
「苦肉の作戦…まさに身を切る作戦だったのに残念だったな」
「っく!」
「手負いのお前を倒すなど意図もたやすい!」
「うおおおおおおおおおお!!!」
冬彦三は雄叫びを上げた!
「僕の逃げ足はー宇宙一だあああああああああああ!!!!!!」
冬彦三は逃げ出した。同時に黒鈴もその場から逃げ出した。
「『三十六計逃げるに如かず』だ
うーん、いい言葉だ。座右の銘にしよう」
ミッキーは姿を現し、冬彦三を追ってきた。
冬彦三は入り組んだ住宅街に逃げ込み、複雑に逃げおおせた。
「えへへへへ
逃げ足の速さとは単に足が速い事ではない
ようは『捕まらない』事こそ逃げ足の速さなのだ!」
禁呪の飴の探索で自分よりも足の速いトレジャーハンターを捲けたのは、この捕まらない能力を活かしたおかげである。
冬彦三はさらに奥へ逃走し、建物の陰に隠れ一息着いた。
「今の僕には相手が悪すぎるぜ
捲土重来の機会を狙って万全を期すぜ。これぞ戦略的撤退だ。次こそは必ず勝つ!」
「次などない!」
背後にはミッキーが居た。あまりの出来事に、冬彦三は血の気が引いた。
「ばかな!?お前は確かに撒いたはず!?」
ミッキーは超越能力で強化した肉体で冬彦三を締め上げた。冬彦三は悲痛な叫び声をあげた。
「くそぉ…くそおおおおおおおおおおおおお!!!!」
冬彦三は戦闘形態が解除されて元の人格に戻ってしまった。すかさずミッキーはトドメを刺そうとする。
冬彦三はとっさに喚いた。
「うぐう…
助けてくれ…!」
「?」
「参った。降参だ。お手上げだ。頼む。どうか命だけは助けてくれ」
「うん」
冬彦三が命乞いすると、ミッキーは意外にもあっさり手を離してしまった。
あまりの歴然な力の差に冬彦三は、完全に戦意喪失していた。諦め顔の冬彦三は無力にも両手を上げた。
「本当にお手上げ。降参って事らしいな」
「見逃してくれるのか?」
「うん。君はハンサムだし、僕の美的センスに合致する。殺すには惜しい二枚目だ」
「……」
「君は不細工じゃないから殺さない
それに…」
「あん?」
ミッキーはニヤリとした。対照的に冬彦三は苦虫を噛み潰したような顔だ。
「100回戦っても100回とも君に負ける気がしない
君を見逃しても脅威ではない」
「くっ!」
「どうした?見逃してやるといっているんだ
さっさと失せろ」
「くそ!
覚えていやがれ~!」
冬彦三は捨て台詞を吐いてその場を後にした。