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剣対槍、水対土

 広い草原を貫く街道。沢山の人が行き交うその街道は、王都ミルディアへと続く道。流石に王都へ続くだけあり、街道はしっかりと石で舗装されている。

 心地よい風が吹くその街道を、ガリアと呼ばれる八足歩行の生物に引かれた荷車が沢山の荷物を乗せて王都に向かう。そして、その荷車の荷物に紛れて黒と青がいた。


「今日もいい天気ですね」


「だな」


 本当にこれが世界を救うために動いている二人なのか。そう問いたくなる程に、閑な雰囲気を醸し出す二人、クレスとシェリス。

 青い空には、その二人の雰囲気を手助けするように、白い雲が一つ揺ったりと漂っている。


「ミルディアに着いたらどうするんだ?」


「先ずは国王に謁見します」


 二人の間に流れていた空気に、ほんの少し緊張感が走る。


「国王か……」


「はい。これでも賢者です。それくらいは出来ますよ」


 ハルメリア国王、ヴァルゼルフ=ハルムは、二十歳になる頃に王位を継承した。それより三十年余り、民の事、国の事を考える良き国王と言われ国民に慕われている。

 戦士としても有名で、その剣と魔術の実力から、老いた今でも敬われている。


「その後は?」


「まだ考えていませんが、とりあえず、土の賢者を止めるために動く事になると思います」


「だよな」


 クレスはそう言って、荷車を引くガリアを見つめた。ふさふさの毛に覆われた体と、頭に生えた二本の角が特徴的な八本足の生き物。ガリアは、ゆっくりとではあるが確実に荷車を引く。


「クレスさん……」


 クレスはゆったりと動くガリアから、空にも負けない青さを持つシェリスへと視線を移す。

 そこには初めて会った時の様な表情を浮かべるシェリス。


「王都に着いた後も」


「協力するに決まってるだろが」


 シェリスが言い切る前に、クレスは言葉を被せた。

 そんなクレスの言葉に、シェリスが目を見開く。普段から大きな目が更に大きくなり、クレスを見つめる。


「……いいんですか?」


 恐る恐るそう言ったシェリスに、クレスは全く反応しなかった。


「……乗りかけた船から降りるような男になるな!! 乗りかけた船には最後まで乗り続けろ!!」


 急に叫ぶクレスと、目を見開いたままのシェリスの間を、緩やかな風が流れる。その風はクレスの黒い髪と、シェリスの青い髪を揺らす。


「って、アレンがよく言ってた」


 クレスがそう言って微笑むと、シェリスは見開いていた目を細める。そしてクレスの微笑みに返すように、笑顔を浮かべた。


「最後まで一緒に闘ってやるよ」


 それはクレスの精一杯、まるで誓いの様な言葉だった。


「それに、シェリスなら舵を任せるには充分だ」


 そこで、荷車を引くガリアが低い声でゆったりと鳴く。ガリアの性格を表す様な鳴き方。


「水の賢者が舵を取る船だぜ。沈む筈がないしな」


 クレスがそこまで言ったところで、街道に響いていたガリアの鳴き声が変わる。その鳴き声は、まるで威嚇の様な声。


 二人を揺らしていた荷車が止まった。


「どうかしたのか?」


 クレスは身を乗り出すと、荷車の座席に乗る白髪の老人に話しかける。街道を歩いていたクレスとシェリスを、荷車に乗せてくれた親切な老人だ。

 老人はガリアを叩くための鞭を持ったまま、クレスに振り向いた。


「ガリアが急に座り込んでしまってのぉ。ちょっとばかし待っててくれな」


 そう言って老人が鞭を振り上げた瞬間に、周りの空気が一変する。クレスは肌でそれを感じ取ると、老人の頭に手をかけていた。


「伏せろ!!」


 クレスと老人が座席に伏せた瞬間、頭の上を高速で飛んできた岩が通過する。伏せていなければ、間違いなく頭が弾き飛ばされていただろう。


「シェリス!!」


 クレスは後ろにいるシェリスの名を叫ぶと、荷車から飛び降りた。


「爺さん、ここまでありがと!! 早いとこここから離れるんだ!!」


 クレスは慌てながらもそう言うと、先に飛び降りたシェリスの隣に走る。


「敵は?」


 クレスが焦りながら出した声に、シェリスは無言で草原の先を指差した。

 指の先にいたのは、緑の草原には不釣り合いな茶色のローブを纏った人物と、長い槍を携えた大柄な男。


 ローブを着た人物は、フードを深く被っているため、どんな人物か判断が出来ない。逆に槍を持った男は、隠れるのは不可能と言わんばかりの真っ赤な服に身を包んでいた。


「どうする?」


「逃げるのは無理でしょうね」


 冷静なまでのシェリスの言葉。だがその顔には緊張が浮かんでいた。


「だよな」


 クレスが剣に手をかけると、シェリスが隣でシンクロに入る。

 すると、槍を持った大柄な男が動き出した。

 槍を持った男とクレス達との距離はまだかなり離れている。更に、茶色のローブを着た人物は全く動かない。


「シェリス、援護頼んだ!!」


 クレスは剣を引き抜くと、それを右手に持ち駆け出した。槍の男をシェリスに近づけないために。


 槍の男とクレスの距離が一気に縮まる。男が携えるのは槍、クレスの持つ剣とはリーチの差が大きい。つまり、ほぼ間違いなく先制攻撃は槍の男。


(先制攻撃はくれてやる……)


 二人の距離が、大人二人分程になった瞬間、男が右手一本で槍を突き出した。その突きは、空気を切り裂く凄まじい音と共に、クレスの頭を狙う。

 だが、それはクレスに当たらない。初撃を的確に見極めたクレスは、首を捻るだけで槍をかわす。かわす際に頬が切れたが、そんな事は気にしない。


 男の懐に入ったクレスは、男の左肩から袈裟に剣を振るう。


 筈だった。


 男の懐に入った瞬間、頭の中で何かが警鐘を鳴らす。男が繰り出した突きへの違和感がそれをさせたのだ。


(何故コイツは、右腕一本で突きを出した?)


 普通槍を突き出す時は、両手で構えて突き出す。片手では槍を扱うのが困難だからだ。だが例外もあり、もう片方の腕に盾等を持っていたり、余程力に自信があるなら片手で扱う場合もある。力に自信があっても、基本は両手持ちだが。


 振り上げられた男の左手を見た瞬間、クレスは弾ける様に真横に跳んだ。

 クレスが跳んだ瞬間、男の左腕が大上段から振り下ろされる。左腕が振り下ろされた先の草は、綺麗に刈り取られていた。

 クレスは草の上を二回転程すると、回転の勢いで跳ぶように立ち上がる。そして直ぐに身構えた。だが、男からの追撃は無い。


 そんな男の様子を見つつ、男が左手に持った『武器』を確かめる。無色透明なそれは、間違いなく武器だった。

 男が左手に持つのは、近くで見なければ絶対に気づかない魔術で作った風の刃。刃のある部分だけ、空気が歪んでいた。


 クレスはそれを見抜いて回避したのだ。もしクレスが並の動体視力ならば、草原にはクレスの首が転がっていただろう。


「やるな小僧」


 顔に似合った渋い声で、大柄な男が喋り始めた。

 顔から見て三十代半ばであろう白髪の男が身に纏う衣服は、派手な赤。そのデザインは、まるで国軍が着るような制服に近い。右手に持った長い槍は鉄製なのか、鈍く輝いている。そして、一番目を惹くのが左の頬にある大きな傷。


「今のを避けるとはな。大抵の奴は今ので終わってる」


 男はそう言って槍を地面に突き刺すと、空いた右手で顎に生える真っ白な無精髭を撫でた。


「俺はオルグ、オルグ=ゼルデルハ。お前の名は?」


 急に名を聞かれたクレスは一瞬戸惑うが、剣を構えたまま口を開く。


「敵に名乗る名はない」


「つれないねぇ。せっかく今から……」


 オルグはそこまで言うと一度言葉を切る。そして、不敵な笑みを浮かべた。


「……殺し合いをするのによ」


 その瞬間、クレスは凄まじいまでの殺気を感じた。発信源は、間違いなく目の前にいるオルグ。

 オルグは地面に突き刺さった槍を引き抜くと、力任せに水平に振るう。


 凄まじい殺気に充てられた事で、クレスの判断が一瞬遅れる。

 いつもならバックステップで距離を取り、かわす一撃。だが、それが間に合わない。


 クレスは剣の腹に左手を当て、オルグが繰り出した槍を受け止める。

 だが、そこには明らかな力の差が存在した。槍を受け止めたクレスが、次の瞬間吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされたクレスは背中を地面に打ち付けると、小さな呻き声をあげた。

 その間にも、オルグは追撃の手を休めない。左手に持った、風の刃を振り上げる。


「イウ・フレチュ!!」


 オルグが風の刃を振り下ろそうとした瞬間、澄んだ声が草原に響く。

 それを聞いたオルグは、体格に似合わない機敏な動きでバックステップをすると、倒れたクレスと距離を取る。


 次の瞬間、オルグが立っていた場所に、数本の水の矢が突き刺さった。


「クレスさん!! 大丈夫ですか!?」


 そう言ってクレスに手を差し出すのは、偉大なる水の賢者だった。


「なんとかな」


 クレスはシェリスの手を掴み起き上がる。オルグはその光景を見つめて、舌打ちをしていた。


「すまない、助かった。……ローブの奴は?」


 クレスはオルグを警戒しながらも、シェリスを見つめる。


「あそこです」


 シェリスが指を差したのは、オルグの後方。そこに茶色のローブの人物が立っていた。

 茶色のローブを着た人物はゆっくりと歩いてオルグの隣まで来ると、深く被っていたフードを外した。

 フードの下から現れたのは、幼さが残る顔。恐らく十代半ばであろう少女は、短く切り揃えられた茶髪から大きな目を覗かせている。茶色の瞳を携えた少々吊り上がった大きな目は、少女の気の強さを表していた。


「悪い。邪魔したわね」


「全くだ!! 殺し損ねた!! 自分の担当くらい、ちゃんと抑えときやがれ!!」


 オルグは少女に罵声を浴びせるが、少女は全く意に介した様子はなく、ただただクレスとシェリスを見つめている。


「おい!! 聞いてんのかキアラ!?」


「水の賢者、死んでもらうわよ」


 キアラと呼ばれた女がそう言うと、纏う空気が変わる。シンクロを始めたのだ。

 それに負けじと、シェリスもシンクロに入る。


「我に助力を……」


 クレスはシェリスの隣でその言葉を聞きながら、オルグを見つめた。オルグは動く気は無いらしく、キアラの隣で直立不動を保っている。


 クレス達とオルグ達の間には、大体大人三人分の距離。これは大した距離ではない。

 クレスならこの距離を一瞬で詰め、詠唱中のキアラに攻撃を加える事は出来る。だが、それをすればオルグが動く。つまり、両者動かないのが得策。


「レ・シェルド・リ・ハレイド・シル・セイド……」


 シェリスの詠唱が、こないだの山賊の一軒の時よりも長い。それに連れて、シェリスの周りの空気が鋭くなっていく。


「……ソル・パイン」


 先に詠唱を終えたのはキアラだった。キアラが魔術の名を叫んだ瞬間、キアラ達の前の地面から土で出来た棘の様な物が生える。

 その棘はクレス達に迫る様にして次々と地面を埋め尽くす。しかもクレス達に迫るにつれて、棘が段々と大きくなっていく。


「シェリス!!」


 高速で迫る棘。それを見ていたクレスは、シェリスを棘から遠ざけようと華奢な肩に手を掛けた。


「ディラク・バッディ!!」


 その瞬間、シェリスが魔術の名を叫ぶ。すると高速で迫る棘の前に、大量の水が現れた。

 現れた大量の水は、まるで全てを飲み込む津波の様に、土で出来た棘を飲み込む。


 そのままの勢いでオルグとキアラを襲った。




「やったのか?」


 クレスは、シェリスが起こした津波が通った後を見ながら呟いた。津波の通った場所は地面が抉られ、見るも無惨な光景になっている。そこに白髪と茶髪の姿は無い。


「わからない……です」


 そう言って倒れそうになったシェリスを、クレスが支えた。シェリスはかなり疲れた様子で、クレスに体を預けている。


「大丈夫か?」


「ちょっと大技でしたから……」


 肩で息をするシェリスは明らかに衰弱していた。


 魔術を使用するには、精霊が所有する魔力の他に、術者本人の体力を消費する。

 シェリスが先程放った魔術は、水の魔術の中でも上位に位置する威力を持っている。そのため体力の消費が激しかったのだ。


 大精霊本来の魔力を借りれば容易い魔術だが、生憎と今シェリスの側にいるのは大精霊の思念体にすぎない。そのため、シェリス本人の消費が激しかったのだ。


 シェリスはそれをわかっていながら、大技を放った。これは、四大属性の関係に起因する。

 四大属性には優劣が存在する。例えば炎、炎は水に弱く、風に強い。この様な優劣である。


 水は炎に強く、土に弱い。この優劣の関係から、シェリスは大技を使うしかなかったのだ。

 更に言えば、キアラが使った土の魔術も、上位魔術であった。

 クレスは、シェリスを支えたまま周りを見回す。広い草原には何の影も捉えることは出来ない、更に言えば、後ろの街道を通る影も無かった。

 クレスはそれを確認すると、疲れきったシェリスに口を開く。


「奴等は退けたみたいだし、少しや」


 少し休め。そう言おうとしたクレスは口を閉じた。自分に向けられる凄まじい殺気を感じたのだ。その殺気は、先程感じたものと同じ。

 瞬間的に周囲に視線を走らせる。だがそれらしき人物は見当たらない。


 クレスの隣にいるシェリスも、その殺気を感じていた。だが、体が言うことを聞かない。


「クレスさん……」


「任せて休んでろ」


 クレスはそう言ってシェリスを草の上に座らせてから、ある影に気づいた。

 出来るはずのない影が、確かにそこに存在する。


「上か!!」


 クレスが影の正体を確かめる様に空を見れば、そこにはオルグと、肩に担がれたキアラ。


 オルグが凄まじい音と共に草原に着地すると、一瞬小さな地震の様な揺れが起こる。


「流石は賢者様だな。魔術で空に逃げるのが一歩遅れてたら、間違いなくやられてたぜ」


 オルグは肩に担いだキアラを、ゆっくりと地面に降ろす。降ろされたキアラはぐったりとしていて、意識が無い様子だった。


「キアラが気を失う程の魔術放って、それに撃ち勝ってもまだ、意識を保つだけの力があるとはな」


 オルグは笑みを湛えながらそう言うと、シェリスを見つめる。そして、左手に持った槍を両手で構えた。


「敵ながら天晴れだぜ。まぁ、死んでもらうがな!!」


 オルグが動くよりも速く、クレスが動く。オルグをシェリスに近づけない様に、剣を構えて立ち塞がった。


 そのクレスに、オルグが神速とも呼べる突きを繰り出す。両手で持った事により、突き自体さっきよりも速い。クレスはギリギリでその突きをかわすが、かわしきれずに服が切られる。

 クレスはそれを気にせず、槍の引き際を狙い懐に飛び込もうとした。


 だが、それはできない。


(速すぎる!!)


 オルグからの第二射が速い。懐に飛び込むだけの時間が無いのだ。


 オルグの槍は一見力任せだが、突きは的確に最短距離を走り、更には速さがある。そして、それに負けない引きの速さと速射性が備わっていた。


 近づく事も許されないクレス。ギリギリでオルグの槍をかわしているが、段々と生傷が増えていく。


「リ・シュル・ラント……」


 オルグは素早い突きを繰り出しつつも、魔術の詠唱を始める。それは一流の証。


「ヴェン・レイム」


 オルグが呟いた瞬間、クレスを風の刃が襲う。


 空気が歪んでいるので肉眼で捉えられない事はないし、数が多すぎるわけではない。だが、クレスはそれをかわせなかった。

 風の刃に気を逸らせば、オルグの槍に貫かれる。そんなイメージが、クレスの頭にハッキリと浮かんでいたのだ。


 一旦距離を取ろうにも、クレスの後ろにはシェリス。


 風の刃がクレスを斬りつけた。肩や太股から、血が噴き出す。

 クレスは痛みに顔を歪めるが、止まりはしない。止まれば死ぬ。その現実がクレスを止めさせない。

 そんな状況の中で、クレスの頭をよぎるのは自身の幼少時代だった。




 大きくもなく、小さくもない広場。そこに、赤髪と黒髪がいた。


「まだまだだなクレス」


 そう言いながら、小さな木造の剣をかわし、笑顔を浮かべる義父アレン。そして小さな木造の剣を振るうのは、アレンの胸元あたりまでしかない小さなクレス。


「やれやれー!!」


「今日こそ一発かましせよー!!」


 その二人を囲むようにして見つめるのは、アレンが作ったばかりのギルド『フォーセリア』に所属する人間達。どの顔にも、笑顔が張り付いていた。


 幼いクレスは木造の剣を握りしめると、アレンに向かって振り上げる。

 だが、クレスの剣は虚空を斬った。


「こっちだ、こっち」


 アレンはそう言って舌を出し、幼いクレスを挑発する。幼いクレスはそれだけで頭に血が昇り、がむしゃらに斬りかかる。

 すると、アレンが目を閉じた。幼いクレスの剣が、目を閉じたアレンに迫る。


 だが、それはまたしても虚空を斬った。


「エッ!?」


 さすがに目を閉じたアレンには当てる事が出来ると思っていたクレスは、すっとんきょうな声を出していた。


「ハンデだ。早く撃ってこい」


 アレンが目を閉じてそう言った事に対して、クレスは更に頭に血を昇らせる。そして、なりふりかまわず剣を出した。


 大上段からの振り下ろし、そこからの振り上げ。左右からの袈裟斬り、横一線。

 全てがギリギリでかわされる。その間もアレンの目が開く事はない。


 遂には幼いクレスの体力が底を尽き。クレスは地面に倒れた。


「目を、閉じてんのに、何で、当たん、ないんだ……」


 地面に仰向けになったクレスは、肩で息をしながら独り言の様に呟いた。

 目を閉じたアレンにかする事さえ出来ない。その事実が幼いクレスに、悔しさを与えた。


「人が武器を振るう時、その武器には殺気が宿る」


 地面に仰向けになったクレスに聞こえる様にして、アレンが喋り始める。クレスは真っ青な空を見つめながらも、義父の話に耳を傾けた。


「そしてお前の剣にもそれはある。俺はそれを感じ取って動いただけだ」


「殺気を、感じて?」


 息を整えたクレスは、仰向けになりながらアレンを見上げた。


「そうだ。目だけに頼るな、肌で感じ取れ」


 アレンはそう言って、大きな掌を仰向けになっているクレスの頭に置いた。そのゴツゴツの手で、クレスの真っ黒な髪をかき混ぜる。


「アレンさん、クー坊にはまだ無理ですよ」


『クー坊』、それは幼き頃のクレスの呼び名。


「今はな……」


 アレンはクレスの頭をかき混ぜるのを止めると、赤い瞳を細めた。


「だが、クレスならいつかは出来る。なんせ俺の息子だからな!!」


 アレンの言葉に、周りにいた人間達は声を揃えて笑った。




 オルグの槍が頬を掠める。その風圧に、クレスの真っ黒な髪が揺れた。


(……目に頼るな、肌で感じろ!!)


 オルグの怒濤の突き、それはまるで槍の雨。その一つ一つが的確に急所を狙い、一つ一つが一撃必殺の威力を持っている。

 クレスはその槍を目で追えているが、時折混ぜるフェイクが読みきれない。


「しぶといな、小僧」


 クレスはその声に耳を傾けない。右耳の直ぐ脇ををオルグの槍が掠め、凄まじい音がクレスの耳にはいるが、クレスはそれも気にしなかった。


 オルグの顔には笑みが浮かぶ、その笑みはクレスにとって死神の笑み。クレスは死神を視界の端に置きながら、繰り出される槍だけに意識を向ける。

 槍だけに意識を向け、他の物は排除する。それを可能にするのは凄まじいまでの集中力。




 クレスは集中力を限界まで研ぎ澄ますと、自ら『視覚』を切り捨てた。


「何だと?」


 オルグは自分の目の前にいる、黒い剣士の行動が信じられなかった。

 闘いの最中に目を閉じる。それは自殺行為に他ならない。


「遂に観念したか」


 オルグはそう言って口角を吊り上げると、今日一番の突きを放つ。

 しかし、その突きがクレスに当たる事はなかった。


 クレスは槍をギリギリでかわすと、弾幕の中に歩を進める。目を閉じた状態のクレスだが、瞼の裏の暗闇には全てが『映って』いた。


 一瞬驚愕の表情を浮かべたオルグだが、直ぐに嵐の様な突きを再開。


 クレスの瞳にそれは映らないが、クレスはそれがわかっていた。次々に自分に迫る槍を、木の葉の様にかわす。

 クレスは肌で感じていた。自分に向けられる殺気と、武器に宿る殺気を。


 クレスは、肌で、耳で、オルグの繰り出す槍の威力を感じていた。

 一発でも当たれば命を刈り取られる。その恐怖が、クレスの背中を流れる冷や汗となる。

 だが、クレスは足を止めず、一歩一歩オルグに近づく。その間にも、轟音は鳴り止まない。槍が起こす風が、クレスの真っ黒な髪を弄ぶ。


 そしてクレスは遂に到達する。難攻不落に思われた、オルグの懐に。

 クレスが目を開けば、真っ黒な瞳に映るのはオルグの驚愕の表情。クレスは剣を両手で構えると、闘いを終わらせるために剣を振るう。




 だが、その剣がオルグに当たる事はなかった。オルグの脇腹から右肩にかけて振りきられる筈だったクレスの剣が、地に落ちる。

 剣に続くようにして、クレスの膝が崩れた。


「なん、だ?」


 自分が斬られると思っていたオルグが目を見開く。

 目の前に横たわるのは、今しがた自分を追い込んだ黒の剣士。


「クレスさん!!」


 状況を理解出来ないオルグと地に伏せるクレスの間に、青が滑り込む。何とか立つ事が出来たシェリスが、飛び込んだのだ。


「危なかったわね」


 黒と青に目を奪われていたオルグは、少し高めの声に振り向いた。


「……キアラ」


 オルグの視線の先に立っていたのは、土の魔術師キアラ。その顔には疲労の色が浮かんでいる。


「お前がやったのか?」


「えぇ、体力的に初歩的な魔術しか使えなかったから、殺せはしなかったけど」


 いつの間にか意識を取り戻したキアラは、クレスがオルグに剣を振り上げる直前に魔術を放っていた。

 キアラがやったのは土の球体を飛ばすという初歩的な魔術だが、それでも後頭部にクリーンヒットすれば意識を飛ばす位は簡単なことだ。


「殺すなら私だけにしなさい!!」


 静かになった草原に響いたのは、シェリスの澄んだ声。シェリスは真っ青な瞳で、オルグとキアラを睨みつける。


「あなた達は私を狙って来たんでしょ? なら、クレスさんは殺さないで!!」


 それは偉大なる水の賢者からの懇願。世界の均衡を支える賢者からの、切なる願い。


「考えといてあげるわ。貴女はとりあえず死んで」


 キアラはそう言ってローブからナイフを取り出すと、そのナイフをシェリスの喉元に突き付ける。


 キアラが白く細い首にナイフを突き刺そうとした瞬間、オルグの大きな手がそれを止めた。


「なっ!? オルグ、裏切るの!?」


「まさか」


 オルグに手を掴まれたキアラは、その大きな目を見開いてオルグを見つめる。

 ほんの少しだけシェリスの首に食い込んだナイフの先からは、青とは対照的なまでの赤が流れた。

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