商業都市レディス
太陽が真上より少し西に傾いた頃。黒と青は肩を並べて、広い通りを歩いていた。
セレッソを出てから三日、クレスとシェリスの二人がいるのは商業都市レディス。
赤褐色のレンガが敷き詰められて整った通りは、沢山の人間が闊歩している。その通りの周りには、道に沿うように沢山の出店が並び、賑わいを見せていた。
「凄い人の数ですね」
「そうだな」
このレディスは、王都を目指す者達が絶対に通る都市。謂わば王都への門。したがって、必然的にここを通る人間が多くなる。
「あっ!! クレスさん、あの時計台凄いですよ!!」
シェリスが指差す先には、空まで届くような高さの時計台。まるで空を支えるかの如く立ったそれは、レディスのシンボルである。
「確かに凄いな」
クレスはそう言いながら、一度周りを確かめる様に視線を走らせた。
赤い剣士との闘いから三日、クレスは常に周りへの注意を怠らなかった。殺気を感じる事は無かったが、それでもあの女性が諦めたとは考えにくい。ギルドの依頼とはそういう物だからだ。
「少し位はくつろいで下さいよ」
そんなクレスを見つめながら、シェリスは綺麗な顔を歪めた。
「こないだみたいに危険な人は近くにいませんから」
シェリスの言葉に、クレスは目を見開く。それと共にその足が思わず止まる。それに続く様に、シェリスの足も止まった。
「気づいてたのか?」
「精霊達が教えてくれました。相手まではわかりませんでしたけどね。クレスさんが何も言わなかったから、聞きませんでした」
シェリスはそう言ってから足を動かし始める。クレスもそれに続く様に、再び足を動かし始めた。
「それに、随分前から自分が狙われているのも知っていました」
シェリスは眉間に皺を寄せながら、時計塔を見上げる。青い瞳が、天まで届くであろう高い時計塔を映す。その瞳には、いつもの様な力は宿っていなかった。
僅かにシェリスの後ろを歩くクレスには、そんなシェリスの表情は窺えない。
「だから野宿は避けたかったのか?」
クレスは旅立ちの朝を思い出しながら、シェリスに尋ねた。
「はい。今まで黙っててすいませんでした」
シェリスはまた立ち止まり振り向くと、頭を下げた。クレスからは頭を下げたシェリスの表情は窺えないが、その声は僅かに震えていた。
只でさえ、その容姿で視線を集めるクレス。そのクレスに頭を下げるのは、違った意味で視線を集めるシェリス。
周りからの視線は畏怖や嫌悪から、次第に殺気に変わり始める。
「や、止めろよ、シェリス!!」
さすがのクレスも、そんな視線に耐えられなくなり、シェリスの肩を掴んで顔を上げさせた。
「はっ?」
シェリスの顔を見たクレスは、思わず自分の目を擦る。
声からはシェリスが泣いているとも感じたクレスは、シェリスの顔に浮かんだ表情を信じられなかった。
「エへへ……」
満面の笑みを浮かべながら、声を出して笑うシェリス。対称的に、クレスの顔に浮かぶのは明らかな怒りの表情。眉を吊り上げ目を細めるクレス。
「おま」
「初めて……」
怒りに満ちたクレスの声を遮るのは、嬉しさに満ちたシェリスの声。そのシェリスの声に、クレスは思わず押し黙った。
「……初めて名前で呼んでくれましたね」
シェリスがそう言った瞬間に、時計塔の頂上に着いた鐘が大きな音を立てる。レディス中に響くその音はしばらく鳴り響き、大通りを行き交う人々の足を止めさせていた。
「さすがは商業都市だな」
「そうですね。他では見られないものが沢山あります」
クレスとシェリスは、宿屋を探して歩いていた。まだ時刻は早いが、今日はレディスで宿を取ることにしたのだ。
レディスから王都までは、早くとも半日はかかる。今出れば間違いなく野宿は免れないのだ。
「それに色んな人がいますね」
「だな」
クレスが周りを見れば、大きな荷物を背負った商人の様な人物や、筋骨隆々の逞しい人物等と様々な人間が歩いている。
「さすがは王都の門って呼ばれるだけある」
「そう呼ばれているんですか?」
首をかしげながら口を開くシェリス。首をかしげた瞬間、シェリスの綺麗な青い髪が揺れた。
「知らなかったのか?」
「はい」
幼い頃から水の賢者の弟子として源域で生活をしていたシェリスは、源域の外の世界をあまり知らない。所謂、世間知らずと言うやつだ。
「この街レディスは、王都の門って言われてる。これは、王都に行くために絶対に通る街だからだ」
魔術の事を教わった時とは逆に、クレスが教える立場になりながら歩き続ける。
「ちなみに、商業都市って言われる様になった所以だが……」
クレスはそこまで言って口を閉じた。隣にいるはずのシェリスが消えていたのだ。
クレスが慌てて周りを見回せば、シェリスは近くの屋台に首を突っ込んでいた。
「おい」
「クレスさん、この食べ物は何ですか?」
シェリスが見つめる先には、三角形をした薄茶色の食べ物。屋台の周辺には、甘い匂いが漂っている。
「そいつはマルシュだ。食べるか?」
マルシュとは、小麦粉や砂糖等を混ぜて焼き上げた食べ物である。その甘さから、特に幼い子供達に好まれる。
「はい!!」
そう言って満面の笑みを浮かべたシェリスを見て、クレスは自分の顔が熱くなるのを感じた。実際に、クレスの顔はほんのり赤くなっている。
(態度が余所余所しくなくなったな……)
隣でマルシュを頬張るシェリスを見ながら、クレスは思わず微笑んでいた。
「クレスさんも食べますか?」
「俺は甘い物は嫌いでな」
クレスがそう言うと、シェリスは残念そうな表情を浮かべながら手に持つマルシュを見つめた。
「美味しいのに……」
この数日で、シェリスのクレスに対する態度が変わった。それはクレスの考えの通りである。
一番の変化が見られたのは今日であるが、クレスはその理由がよくわからない。
理由は実に簡単なものだが、女性の扱いに慣れてはいないクレスにはその簡単な理由さえわからなかったのだ。
更に、クレスはこの数日で、青い賢者様は年齢にそぐわず以外に子供っぽい一面があるという事に気づいた。
そこでクレスの目に、宿屋の看板が飛び込んだ。
「あそこにするか」
クレスはそれだけを言うと、宿屋に向かい足を進める。シェリスはマルシュを頬張りながら、その後に続いた。
暮れ始めた日は、商人の街レディスを黄昏に染める。
レディスのシンボルである時計塔の鐘は、日を反射して黄金に輝いた。
シェリスが予想外に乙女になってしまいました(笑)
このまま乙女ロードをぶっちぎらせますかね。
さてさて、次は戦闘入りまーす。
戦闘描写は楽しいから好きですね。