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魔術講座


「なぁ、涎賢者」


「なっ!? さっきから謝ってるじゃないですか!!」


 セレッソについた二人は、宿屋で騒いでいた。と言っても、シェリスが一方的に騒いでいるのだが。


「ホントに一部屋でよかったのか?」


「大丈夫です」


 シェリスは不貞腐れながらもそう言うと、深く頷きおもむろにローブを脱ぎだした。ただローブを脱ぐだけなのだが、何故か恥ずかしくなったクレスは視線を窓へと移す。

 外はすでに闇に染まっており、空には沢山の星が輝いていた。しかし、沢山の星が輝こうとも大地を照らすことは出来ない。夜は闇こそが主役の時。


「クレスさん」


「ん? どうした?」


「今日は本当にありがとうございました」


 ローブを脱いで、ベッドの上で畏まるシェリス。その右足首には包帯が巻かれていた。クレスが巻いてやった物だ。


「んな事は気にするな」


 クレスはそう言って、シェリスに占領されているベッドの隣にあるソファに腰かけた。今日はここがクレスの寝床である。

 セレッソに着いた時刻が遅かった事もあり、部屋が一つしか空いていなかったのだ。しかも一人部屋だったためベッドが一つ。必然的に、クレスがソファで寝ることとなった。それでもまだ、地べたよりはましである。


「なぁ、シェリス」


「何でしょうか?」


「そのペンダントに着いてる石って魔石なのか?」


 クレスが言ったのは、シェリスが首から下げているペンダントに着いた菱形をした水色の石。普段はローブを着ているため見えないが、今は露になっている。


「これですか?」


 シェリスが首から下げたペンダントを持ち上げるのを見て、クレスは無言で首を縦に振る。

 持ち上げられた石は、光を反射して一瞬鈍く光った。


「これは水の魔石です。これに宿った魔力自体は微かなものですが、これは着けなくてはならないんです」


 シェリスが言ったその言葉に、クレスは何か違和感を覚えた。何故ペンダントを『着けなくてはならない』のか。魔石などとは全く縁の無いクレスには、その理由が全くわからない。

 そんなクレスの考えを察してか、シェリスは一度微笑むと口を開く。


「コレは魔術師であることの証明なんですよ」


「証明……あぁ、なるほどな」


 クレスもそこまで馬鹿ではない、むしろ頭の回転はいい方だ。


 魔術師とは国から認められなくては、名乗ることが出来ない。だが、もし国から魔術師であると認められても、それを証明出来なければ意味が無い。そこで、ペンダント型の『証明書』が、認められた魔術師達に配られるのだ。


「ちなみに水色の石は、水の魔術師を表しています。他に赤は炎、緑は風、黄は土を表しています」


「へぇ……勉強になった」


 クレスはそこまで聞いてから、ブーツに手をかけた。スルリとブーツを脱ぐと、寝床代わりのソファに横になる。


「寝るんですか?」


「いや、まだ寝ない。聞きたい事もあるしな……」


 枕代わりに頭の後ろで腕を組み、天井を見上げるクレス。シェリスはベッドの上で足を崩し、その光景を眺めていた。


「聞きたい事って?」


「魔術ってどうやって使ってんだ?」


「エッ?」


 シェリスは若干目を見開いてクレスを見つめた。今まで一度たりとも、そんな質問をされた事がなかったためだ。


 この世界エルディアに住む人々は、成長するに従い自然と魔術が使える様になっていく。つまり魔術を使うのも成長の過程であり、本能として扱えるのだ。


 今まで他の人間が魔術を使う場面を日常的に見てきたクレスだが、自分から魔術について聞こうと思った事は無かった。クレスには縁がないものだからだ。

 クレスにそれを聞きたいと思わせたのは、シェリス、正しく言えば『水の賢者』と言う名であった。


「よく精霊とのシンクロが大切とかは聞くんだが、実際にやった事ないからよくわからなくてな」


 クレスは鼻の頭を掻きながらシェリスを見つめる。シェリスはシェリスで、クレスに何と言っていいかわからず、何とも微妙な表情を浮かべていた。


「簡単でいいですか?」


 何とか頭の中で話すことを纏めたシェリスが口を開くと、クレスは満足気な表情で頷いた。


「先ず魔術を使うには、精霊との『契約』が第一条件です」


「契約?」


「あっ、すいません。精霊に愛される事です」


 生まれた瞬間に精霊達に愛される事は、魔術師の中では『契約』と呼ばれる。一般的には呼ばれていないため、クレスの様に反応したというわけだ。


「そして次に大切なのが精霊とのシンクロです。このシンクロと言うのは、簡単に言うと精霊と心を合わせると言ったところです」


「精霊と心を? 精霊には自我があるのか?」


「勿論です。精霊も私たち人間と何ら変わりはありません」


 シェリスはそう言って窓から外を眺める。クレスも釣られる様に外を眺めた。


「ただ、精霊達は眠ったりはしませんけど」


「そうなのか?」


 シェリスは子供の様な表情を見せるクレスを見て、柔らかな微笑みを浮かべる。


「精霊達が寝てしまうと、世界の均衡が保てませんから」


「そりゃ困る」


 クレスは一度欠伸をすると、未だに夜の闇を見つめるシェリスに目をやった。


 ローブに包まれていないためか、シェリスの体のラインがよくわかる。

 全体的に細いシェリス。その中で一番際立つのは、細く引き締まったウェスト。綺麗なクビレを作っている。そのクビレの上には、理想的なまな板が置かれていた。


「そして精霊とシンクロを果たす事で、自分の中に精霊の力を取り入れます」


 急に話を戻した、シェリス。クレスは欠伸をした事により、目に溜まった涙を指で拭いながら耳を傾ける。


「この精霊の力を取り入れると言うのは、説明すると難しいんですが……」


 頬に手を当てながら、悩む素振りを見せるシェリス。その青い瞳にも悩ましげな色が浮かぶ。


「簡単で大丈夫だ」


「では……」


 シェリスは一度考える様な表情を浮かべると、クレスを見つめて喋り始める。その瞳は、ちゃんと聞いといて下さいね。とクレスに語りかけているようだった。


「精霊の力を取り入れると言うのは、精霊を体内に取り入れると言った方が正しいです」


「精霊を?」


「はい。一度人を愛した精霊は、その人間が死ぬまで絶対に側を離れる事がありません。その精霊を体内に入れるんです」


 そこまで聞いたクレスは一度起き上がり、ソファの上で胡座をかくとシェリスに向き直る。そしてシェリスの真っ青な瞳を、自分の真っ黒な瞳で覗き込んだ。


「ちょっと待ってくれ。今の話だと、人を愛した精霊は常にすぐ側にいるのか?」


 手を挙げながら質問をするクレス。その顔には興味津々な表情が浮かんでいた。


「はい」


「って事はだ。大精霊がこの部屋にいるわけか?」


 クレスはそう言って、部屋中に視線を巡らせる。だがそれらしき者は全く見つからない。

 そんなクレスを見つめるシェリスの口許には、自然と笑みが浮かんでいた。


「無理ですよ、クレスさん。精霊は人の目には映りませんから」


「そうなのか?」


「高位の魔術師や、シンクロの才能が高い人なら可能ですけどね」


 シェリスの話からすると、クレスの目に精霊が映らないのは当たり前である。


 精霊は基本的に契約主の目以外には映らない。精霊とシンクロをする才能が高い魔術師なら、集中力を高めれば自分に付いた以外の精霊も見える事はあるが、精霊に愛されていないクレスではそれは不可能である。


「それに、今私を見守ってくれているのは、大精霊の思念体でしかありません」


「思念体?」


「簡単に言うと大精霊の分身です。大精霊は源域を出る事ができませんから。……あっ、源域げんいきはわかりますか?」


「大丈夫だ」


 源域とは大精霊達の住まう場所を示す。大精霊が世界の源であることから、こう呼ばれる様になった。

 源域はそこに住まう大精霊の力の象徴とも言われている。例えば水の大精霊が住まう場所は、世界で最も綺麗な湖と称されている。


「源域を出れない大精霊は、思念体を作り私を見守ってくれているんです」


「その思念体ってのも凄い力を持ってるのか?」


 クレスの言葉に、シェリスは虚空に目をやりながら、何か考えている素振りを見せた。


「……そうですね。大体、大精霊の五分の一程度ですが、それでもかなりの力です」


「五分の一でアレかよ……」


 クレスは森で出会った哀れな山賊達に、心の中で手を合わせる。


「本当なら、賢者である私も長い時間源域を出ることは好ましい事ではありません。しかし、今はそうも言っていられないので」


「……世界の危機だからな」


「はい……」


 そう言ったシェリスの哀しげな瞳。それを見たクレスは、自然と顔を逸らしていた。


「……話を戻しますね」


「あぁ」


 シェリスはいつもの瞳でクレスを見つめ口を開く。顔を逸らしたクレスはその雰囲気を察すると、また青い瞳を見つめる。


「精霊を体内に取り入れる時に大切なのが、心の波長を合わせる事。つまりシンクロですね」


 右手の人差し指を立てながら、子供にものを教える様にして喋るシェリス。それを頷きながら聞くクレス。

 その光景は、まるで師匠と弟子の様である。


「そして体内に入った精霊は、術者の心を読み取ります」


 精霊と術者は心で会話をすることが出来る。この段階までは、全ての人間が出来るとされている。


「例えば私が『水の球を打ちたい』と考えると、精霊がそれに見合った魔術を選択してくれます。そして、その魔術を放つための詠唱を教えてくれるんです。それをシンクロしながら口ずさめば魔術の完成です」


 だが、シンクロの素質が無い者は心の中で精霊との会話が上手く出来ない。そのため魔術を放つ段階に行く前に、精霊が体外に出てしまったりして魔術を失敗する事があるのだ。

 また、きちんと詠唱が出来ていても、詠唱中にシンクロが乱れたりする事で魔術が失敗に終わる事もある。つまり精霊といかに心の波長を合わせるか、シンクロ出来るかで魔術を上手く使えるかどうかが決まるのだ。だからこそ、シンクロの素質は魔術師にとって重要なものとされている。


 シンクロで始まり、シンクロで終わる。それが魔術なのだ。


「詠唱ってのは何となくわかる。ただ、あれは一体何て言ってるんだ?」


 クレスは山賊達がやられた場面を思い出しながら口を動かす。

 あの時シェリスは確かに何か呟いていた。だがそれを見ていたクレスには、言葉の意味が全くわからなかったのだ。


「あれは精霊達の言葉ですので、私達人間にはわからなくても仕方ありませんよ」


「ん? って事は自分が何を言ってるのか分からずにやってんのか?」


 クレスの言葉を聞いたシェリスは、口許に手をやるとクスッと微笑んだ。


「いえ。シンクロをしている時には自分が何を言ってるのか頭ではわかってるんですよ」


「ヘェー、そういうもんなのか」


「はい」


 何となくだがシェリスの言っている事を頭で理解したクレスは、ソファに横になる。

 横になったクレスの目に映るのは、白い天井。その白を見つめながらシェリスの言葉を頭の中で整理する。


「つまりは魔術を使うにはシンクロが全てで、必然的に魔術師にはシンクロの才能が必要なわけか……」


 頭の中で整理した情報を自然と口にするクレス。呟き終わると、眠りに就くために静かに瞼を閉じた。


「それだけではありませんよ」


 その言葉に、クレスは閉じた瞳を再び開きベッドに座る青を見つめた。眠りに就こうとしたクレスを現実に引き留めるのは、シェリスからの否定の言葉。


「確かに魔術師にはシンクロの才能が必要です。しかし、それだけでは魔術師にはなれません」


 楽し気に口許を綻ばすシェリス。クレスはその微笑みに見入った。


「そうなのか? それじゃあ後は何が必要なんだ?」


 シェリスが青い瞳を細める。細められた瞳に映るのは、シェリスの言葉を待ちわびるクレスの顔。その顔はまるで、知識を獲ることを楽しむ子供。

 シェリスはその顔を見つめながら、勿体振るようにして口を開く。


「簡単に言うならば……」


 シェリスの勿体振る様な話し方に、クレスは息を呑む。そして偉大なる水の賢者の言葉を、一言一句聞き逃さぬ様に聞き耳を立てた。


「運ですね」


「はっ?」


 勿体振った割にあっさりとした一言に、クレスは思わず我が耳を疑った。


「運です」


 偉大なる水の賢者から発せられたのは、一番予想外の言葉。


『運』。それが魔術師に成るために必要だと言う言葉に、クレスは目を見開いた。


「運って一体どう」


「精霊は、大まかに言うなら四つの種族に別れています」


 クレスの言葉を遮る様にして、シェリスが喋り始める。その言葉は『運』についての説明とは程遠い。

 しかし、シェリスの声からはふざけた様子が感じとれないクレスは、大人しくその言葉に耳を傾ける。


「これは属性で別けられていると考えて下さい」


 精霊の種族はそれぞれの持つ力によって別けられている。

 炎の種族『ラムレス』、水の種族『クラムレス』、風の種族『ヴェニレス』、土の種族『テラデレス』、この四つが精霊の種族である。


「そしてその種族には、私達人間と同じ様に地位があります」


「精霊に地位が?」


「私達人間がそういう風に言っているだけで、精霊達はそうは思っていないでしょうけど……」


 そう言って哀しげな表情を浮かべるシェリス。クレスにはその表情の真意がわからなかった。


 人間は地位に執着する生き物である。その執着心は時に人を愚かにし、狂わせる。

 クレスはその執着心の恐さを知らない。しかし、シェリスは知っている。自分自身が水の賢者と言う地位にあり、国の『象徴』であるが故に。


「人間で言う国王、これが大精霊です。そして、その下には大きくわけて三つ」


 そこまで聞いて、クレスは体を起こし、また胡座をかいた。真っ正面から、黒い瞳で青を見つめる。


「先ずは大精霊に次ぐ上位精霊、その下に中位精霊、下位精霊と続きます」


「簡単なんだな。それはどうやって別けてんだ?」


「簡単に言えば、その精霊が持つ魔力で別けられます」


 人間にも強い者と弱い者がいるように、精霊達にも力の差は存在する。それが保有する魔力の差である。

 そしてこの魔力の差が、術者にも影響を及ぼす。


「それじゃ、魔力の差があるとどんな事が起きるんだ?」


「例えば私のように大精霊と契約した者ならば、水を自在に操る事も可能です。しかし、魔力の少ない下位精霊と契約した者だと、いくらシンクロの素質が高かろうと、水を生み出す程度の魔術しか使えない者もいるんです」


「……なるほど。だから魔術師に成るには『運』が必要なわけか」


 クレスはそう言って頷くと、またソファに横になる。


「はい。結局は魔術師になるには、自分を愛してくれた精霊の力によるところが大きいんです」


 シェリスの言葉に、クレスは瞼を閉じた状態で頷いた。瞼を閉じたクレスには、天井の白も映らなければ、綺麗な青も映らない。映るのは夜の闇よりも深い闇。

 そして、耳からは澄んだ声が聞こえていた。


「そのため、いくらシンクロの素質があろうと、魔術師に成れない人々は沢山い……」


 シェリスは指を振るいながら続けていた熱弁を止める。規則的に聞こえる寝息がシェリスを止めたのだ。


「……寝ちゃいましたか」


 シェリスは独り言の様に呟きながら、クレスの寝顔を眺める。安らかなクレスの寝顔はまるで少年の様で、シェリスは口の端をほんの少し吊り上げた。


「明日からもよろしくお願いしますね」


 今日の事を振り返りつつそう言ったシェリスは、ベッドに横になる。ふかふかではないが固すぎない布団が、優しくシェリスを受け止めた。




「おやすみなさい。……『予言の人』」

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