実力
長い街道を歩き続ける二人。背後には既にザナリアは見えなくなっていた。
ザナリアを出た時には長かった影も、真上からの日差しを受ける事でいつの間にか短くなっている。
黙々と歩き続ける二人の前方には、木々が生い茂る森が見え始めていた。
「あの森さえ越えればセレッソだ」
「は、はい」
肩で息をしながら口を開くシェリス。
休みを取らず歩き続けた二人だ、クレスはいいとしても女性であるシェリスには体力的にキツい。賢者と言えど、体力的には普通の女性と変わりないのだ。
「休むか?」
「いえ、大丈夫です。進みましょう」
明らかに強がりと分かるシェリスの発言に、クレスは眉根を寄せた。
「強がるな、森に入ったら少し休もう」
「大丈夫ですから!!」
シェリスは足に力を入れると、少しペースを上げる。クレスは、溜め息を吐きながらそんなシェリスの後を追った。
森からは、風に揺られた葉の擦れ合う音が響いていた。
「転んで足を挫くなんて、あんたは本当に賢者か?」
「なっ、疲れてたんです。それでちょっと周りが」
さっきの言い合いから数分後。二人はまたもや言い合いを開始していた。
「やっぱり疲れてたんじゃないか、だから休めって言ったんだ」
シェリスが言い終わる前に、クレスの声が森に響く。
「す、すいません」
怒るクレスと落ち込むシェリス、対称的なまでの二人だが、今の二人の距離はゼロに近い。否、ゼロだった。
クレスが背中に背負っていた剣は腰に下げられ、剣の代わりに背中にはシェリスが背負われている。
「あ、あの、クレスさん」
「どうかしたのか?」
何とも言えない空気を嫌ってか、シェリスはクレスの耳元で呟く様に話しかけた。
「そのペンダントって……」
何とか空気を変えるためにシェリスが必死で考えた話題の矛先は、クレスが首から下げたペンダント。盾を貫く剣の装飾がされたペンダントは、クレスが歩くのに合わせる様に揺れていた。
「……こいつはアレンが作ってくれたんだ」
シェリスを支えているため腕が使えないクレスは、視線だけを下にやり呟く。
「アレンさんが?」
「あぁ、俺が小さかった時にな」
クレスがそこまで言ったところで、二人の間に流れる空気が変わる。
「クレスさん」
少しの緊張を含んだシェリスの声に、クレスは小さく首を縦に振る。そして、ゆっくりとシェリスを降ろすと、一度辺りを見回した。シェリスも直ぐにでも動ける様に、挫いた足にも力を込める。
クレスは目を細めると二人の間の空気が、否、二人の周りの空気が変わった原因を探す。
すると草むらや木の影から、五つの影が飛び出した。飛び出した影は、二人を囲むようにして位置を取る。
現れたのは五人の男。短剣や斧を手にした男達は、下品な笑みを浮かべて二人を見つめていた。
「山賊か……」
「わかってるなら話が早い。女と持ち物置いてきな」
クレスの正面に立った髭面の男は、顔に似合った低い声を出した。いかつい身体付きをした男は、肩に斧を背負って気持悪い笑みを浮かべる。
「嫌だと言ったら?」
クレスは至って冷静だった。日の光が当たらない場所にはどうしてもこういう輩が現れる、それは周知の事実である。
クレスは横目で隣のシェリスを見る。シェリスも慌てた様子は無く、平然としていた。
男は肩に背負った斧を地に降ろす。そして、男がクレスの問いに答えるために口を開こうとした瞬間、クレスが剣を抜き走り出した。
クレスは自分二人分はあろうかという距離を一瞬でゼロにすると、驚いた表情を浮かべている男の左肩から袈裟に剣を振るう。
斧を地に降ろしてしまった事で防御が遅れた男は、クレスの剣をまともに受けて血を吹き出しながら仰向けに倒れた。
その光景を見ていた『四人』の時が止まる。自分達の仲間が一瞬にしてやられた事に、恐怖を覚えたのだ。
偉大なる水の賢者は、その隙を逃さなかった。
「水の精霊よ、我に助力を……」
シェリスが目を閉じて呟くと、周りの空気が一変する。するとシェリスの頭の中に、精霊の声が響く。
頭に響く言葉をなぞるようにして、シェリスの口が動き始めた。
「ラ・フェルト・リ・セルク……」
シェリスの周りの空気がどんどん鋭くなる。
呆然としていた山賊達は、それに気づくと走り出した。標的はシェリス。
だが、男達が動き出すのは遅すぎた。
「……イウ・ヴァル!!」
シェリスは叫ぶと同時に目を見開く。するとシェリスの周りに、何処からともなく沢山の水の塊が現れた。一つ一つが小石大のそれは、シェリスに迫る四人に襲いかかる。
山賊達は魔術で作られたそれを避ける事ができなかった。数が多すぎるのだ。
また魔術でそれを防ごうにもそんな時間も無く、次々にそれが山賊達の身体に当たる。
山賊達の身体に水の塊が当たる毎に、身体が破壊される嫌な音が響く。
それと同時に、山賊達の悲鳴と絶叫が静かな森を支配した。
「やり過ぎだろ……」
「ですね……」
山賊との対面から約三分、二人の周りには息も絶え絶えの山賊達が転がっていた。ある者は全身の骨が砕け、またある者は服から除く部分の殆どが腫れ上がっている。
「ただ、クレスさん程じゃありません」
「悪いけどアイツは死んでないからな」
クレスに最初に斬られた山賊は、確かに見た目は死んでいる様だが、気を失っているだけである。斬る際に僅かながら急所を外したのだ。クレスの腕があってこそ成せる技である。
そこで一人の山賊がよろよろと立ち上がる。それを見たシェリスが、再び魔術を唱えようとする。だが、クレスがそれを遮った。
「止めとけ、次は死ぬ」
クレスにそう言われたシェリスは、大人しくそれに従った。流石に人を殺したくないのだ。
それを見たクレスは満足気な表情を浮かべてから、立ち上がった山賊に近づく。
「わ、悪かった、み、見逃してくれ!!」
立っているのもやっとと言った山賊は、近づいて来たクレスを見るなり叫んだ。それは精一杯の命乞い。
「大丈夫だ。殺したりはしない」
クレスの言葉に山賊の目から涙が流れ始める。それは安堵の涙であった。
「仲間を早く手当てしてやれ。それと今後は山賊なんか辞めるんだな」
クレスはそれだけ言うと、後ろを振り返りシェリスの元へと戻る。
「行くか」
「はい」
クレスは剣を背中ではなく、腰に下げる。そして、シェリスに背中を向け屈んだ。
「乗れ」
「いや、もう」
胸の前で手を横に振り、自分の意思を表すシェリス。その意思表示を、クレスは軽く無視した。
「早く乗れ」
有無を言わさぬ言葉に、シェリスは仕方なくクレスの首に腕を回してしがみついた。
「それにしても、魔術はやっぱり凄いな」
「そうですか?」
「あぁ、何度も目にはしてるけど、さっきのは凄かった」
クレスの背にいるシェリスは、誉められた事が嬉しくなって微笑んだ。
「さすが賢者だな」
「大精霊の力ですよ」
少し声のトーンを落とすシェリス。クレスにはその理由がわからない。
「そうなのか?」
「はい。大精霊はこの世界を支える程の力を持っています。その大精霊が力を貸してくれるんですから、あれ位は簡単な事です」
「なるほどな」
クレスはそれだけを答えるとまた黙々と歩き出す。山賊達と遭遇したせいで、少しだが時間をくってしまったため、その分を取り返そうとしているのだ。
周りからは葉の擦れ合う音と、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
クレスから感じる体温と周りからの優しい音が、シェリスを眠りへと誘う。そしてシェリスは、意識を手放した。
自分の背中でそんなことが起きているとは気付かないクレスは、黙々と歩き続ける。日が暮れる前にセレッソに着かなければならないという思いが、クレスを無口にさせ、シェリスの眠りを手助けした。
結局、クレスがシェリスの居眠りに気づいたのは、セレッソに到着する直前。その原因はクレスの首筋を伝う液体だった。
「涎賢者め……」
「い、いや、あ、あの……すみませんでした!!」
世界を支える偉大な賢者は思い知る、『居眠りは大敵だ』と。
初の戦闘描写なんですが、相手がなにぶんあれなため、簡単に終わってしまいました。
とりあえず、次に期待して戴ければありがたいです。
いや、過度の期待は厳禁ですよ(笑)