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20/22

最悪、再会、相対

 闇よりも黒い瞳と、血よりも赤い瞳が交差する。その視線と同じ様に、交差する二本の剣。

 その一本は途中から引きちぎられた様に折れ、日の光に当たったそれらは白銀に輝いている。


 刀芯に映る黒き剣士の顔には緊張、赤き剣士の顔には狂気が映し出されていた。


「悪いが、殺らせない」


 クレスが力任せに剣を弾く。剣を弾かれた赤き剣士は、そのまま距離を取ると妖艶な笑みを浮かべた。


「久しぶりね。黒き剣士」


「助けてもらって以来だな」


 クレスは確信していた。オルグ達との闘いで自分達を助けたのが、目の前にいる赤き剣士だと。


「フフッ……気づいてたの?」


「あんた以外に考えつかなくてな。だが分からない、何故助けた?」


 あの場でクレス達が死んでいれば、赤き剣士には何一つ不都合になる点は無かった。ギルドの依頼はある意味達成されるのだから。


「楽しくないじゃない……」


 クレスは驚きはしない、平然とした表情で赤き剣士の話に聞きいる。


「……獲物を取られるのは」


 そう言った瞬間、赤き剣士から凄まじい殺気が放たれた。それを肌で感じ取るクレス、だがその表情に変わりはない。

 少し前のクレスなら恐怖に震えていたかもしれない。だが、オルグやヴァルゼルフとの闘いがクレスを変えた。今のクレスには赤き剣士の殺気を受け流す位は容易い事。


「成長したみたいね。黒き剣士」


「……クレスだ。クレス=バーキンスだ」


 黒き剣士という呼び名に少しイラッときたクレスは、ボソリと言い放つ。その言葉に、赤き剣士は満面の笑みを浮かべた。


「私はマチルダ、マチルダ=クリシーズ……」


 折れた剣を構えたマチルダの表情が、明らかに憂いを帯びた。その表情を見たクレスは小さく身震いする。何がそうさせたのかは、クレス自身にもわからない。


「覚えておきなさい、貴方を殺す名よ」


 マチルダは折れた剣を構えたまま地を蹴った。クレスもその動きに合わせて剣を構える。

 クレスはその場を動くことが出来ない。後ろに倒れたセヴァーンを庇う状態でマチルダを迎え撃つ。


 マチルダが間合いに入った瞬間、クレスは目を見開いた。マチルダの初撃は、クレスが最も予想していなかったものだったのだ。


 それは突き。折れた剣からは無いと思っていた攻撃。クレスは驚きながらも、構えた剣でその突きを弾いた。静かな林に、鋼のぶつかり合う音が響く。


 マチルダは剣を弾かれても下がる事はしない。それどころか更に一歩踏み出し、クレスに近づいた。

 その間合いは格闘家のセヴァーンが得意とする間合い、そして剣士のクレスが苦手とする間合い。


 超接近戦。


 それがマチルダの狙いだった。折れた剣は、言うならば短剣に近い。その短さを活かすのが超接近戦という間合い。

 クレスがそれに気づいた時には、マチルダはクレスの懐に踏み込んでいた。


「……さよなら」


「殺らせるかよ」


 マチルダが呟くのと、クレスが決断をするのはほぼ同時だった。

 マチルダが折れた剣をクレスの胸に突き付ける。その瞬間、クレスは剣を一瞬手放すと、手首を返し剣を逆手に持ち変えた。

 クレスが空いた左手でマチルダの服を掴んだ瞬間、マチルダは眼球が落ちるのではないかと言うほど目を見開いた。その顔に浮かぶのは明らかな驚愕。


「逃がさないぜ」


 クレスの決断は、マチルダを驚かせるだけの威力は有していた。


 クレスは逆手に持った剣をマチルダの背中めがけて、全力で突き立てる。一瞬早くそれを感じたマチルダが、クレスの左手を斬りつけた。

 痛みにクレスの左手が開く、マチルダはそれと同時に身体を翻すと、背中に迫る剣を避けバックステップでクレスとの距離を空けた。


 クレスの決断は賭けだった。マチルダが自分の命を優先するかクレスの命を先に摘み採ることを優先するかで、結果は変わっていたのだから。


「死ぬよりはましだな。それに、痛みわけだったみたいだし」


 クレスはそう言って斬られた左手を舐めた。同時に右手に持った剣を持ち直し小さく振るう。剣先に付いた赤い液体が、地面に舞い散った。


「私が避けなかったらどうしてたの?」


 マチルダは、身体を翻した瞬間に剣先が掠めた左肩を押さえつつクレスを見つめる。

 マチルダの白い左腕を、自分の髪や瞳と同じ真っ赤な色をした液体が伝う。


「良いとこ相討ちかな」


「やっぱり、貴方は面白いわ」


 マチルダは笑みを浮かべながら、右手の指先に付いた液体を舐めた。


「……本気で行くわよ」


 マチルダがそう言うと、周りの木々がざわめく。まるで木々がマチルダを恐れている、クレスの瞳にはそう映った。


「集中しろ……」


 クレスは呟くと、魔術を使おうとしているマチルダを見つめながら集中力を練り上げる。クレスは感じた、今からマチルダが使う魔術が自分への攻撃の魔術でないことを。


「……フラム・ソルディア」


 その時だった、マチルダの手に握られた折れた剣に炎が宿る。激しい音を立てながら燃え盛る炎が、一瞬で剣の姿を型どった。

 炎の剣を携えたマチルダが、クレスに向かって走り出す。


 クレスは迷っていた。それは魔術を使うことが出来ないクレスだからこその悩み。


 その間にもマチルダがクレスに迫る。そして、クレスの右脇腹めがけて炎の剣を横一文字に振るう。


 クレスにはわからなかった。その剣が受け止める事が出来るのか、出来ないのか。悩むクレスは剣を防ごうと動き出す。


「避けて!!」


 澄んだ声が響いた瞬間、クレスは身を捩っていた。炎の剣がクレスの腹を掠める。肉が焼ける様な小さな音が、クレスの耳に確かに聞こえた。


 瞬間、クレスは腹部に今まで感じた事のない痛みを覚え、呻き声を漏らす。

 クレスの服は焼き斬られ、その下の肌には横一文字に焼き斬られた跡が走っていた。その傷口からは、血が流れていない。


 クレスは呻き声を漏らしながらも、追撃を意識してバックステップで距離を取る。

 マチルダはそれを追わなかった。否、追うことができなかった。その原因はマチルダの足元に刺さる水の矢。


「大丈夫ですか!?」


 そう言ってクレスに駆け寄ったのは、身体中草だらけの賢者。シェリス=ミアルタであった。


「悪いな、助かった」


 クレスはそう言って腹部を押さえる。ジンジンと痛む傷口からは、やはり血が流れていなかった。


「アレは剣じゃ受け止められないのか?」


 マチルダを目の端に置きながら、隣に立つ草だらけのシェリスに尋ねる。

 余程急いで来たのだろう、シェリスの綺麗な髪はボサボサになり、真っ青なローブも所々汚れていた。


「炎を剣で受け止められますか?」


「無理だな」


 シェリスの言うことは最もである。ただの鉄の塊では、炎と打ち合うなど不可能だ。


「普通の剣では無理です。魔力を帯びている剣なら可能ですが……」


「なるほどな。それじゃ、頼む」


 クレスはそう言いながら、シェリスの前に剣をかざす。

 まだ出会って一ヶ月も経たない二人だが、それだけで充分だった。


「あの人見といてくださいね」


「当然」


 クレスがマチルダに視線を向ければ、マチルダは腰に手を当て笑みを浮かべていた。まるで楽しむ様なその表情は、クレスを待ちわびている様にも見える。

 クレスがマチルダを見つめていると、隣にいたシェリスの空気が変わり始めた。それはシンクロに入った報せ、そしてシェリスが詠唱を始める。


 シェリスはクレスに分からない単語をズラズラと並べると、最後の締めである魔術の名を呟く。


「……イウ・ソルディア」


 言葉と共に、クレスが持った剣を水が覆い始めた。


「水の剣か……」


 水により完璧にコーティングされた剣を見ながら、クレスが満足気な表情を浮かべる。


「シェリスはセヴァーンを頼む」


 未だ草の上で伸びているセヴァーンを目だけで捉えながら、クレスは水の剣を構えた。


「奴は俺が叩く」


「援護は?」


「ヤバそうな時は頼んだ」


 それで話は終わりだという様な空気を出すと、クレスは無骨なブーツで地を蹴った。

 地を蹴ったクレスを待っていたかの様に、マチルダが動き出す。その手には炎の剣、そしてクレスの手には水の剣。


 クレスが選択した一撃は、マチルダの左脇腹めがけた横一線。

 マチルダが自分の間合いに入った瞬間、クレスは自分の選択した行動に移る。


 左足を踏み込み腰の回転を利用。全ての関節を有効に利用する事で、身体全体の力を水の剣へと乗せる。

 その一撃は、当たりさえすればマチルダの上半身と下半身に別れを告げさせるだけの威力は充分に有していた。


 だが、クレスの正直過ぎる一撃がマチルダに届く事はない。マチルダが炎の剣を、クレスの一撃に合わせる様に振るう。

 水と炎がぶつかり合った瞬間、水が蒸発する音と、炎が消される音が同時に起きる。


 弾かれなかった剣を互いに交差させたまま、クレスとマチルダが鍔迫り合いを始める。その二人の距離はゼロに近い。


「黒き剣士……」


「クレスだ」


 鍔迫り合いをしながらも、口を開く二人。

 その間では、水の剣が炎の剣をどんどん小さくしている。水の魔術は炎の魔術に強い、尚且つ水の剣を作ったのは賢者シェリス、威力の差は歴然としていた。


「クレス、貴方は本当に面白いわ。以前も言ったけど、殺してしまうのが本当に惜しい」


「そいつはどうも。だったら退いてくれないか?」


 クレスは口元だけに笑みを作り、分かりきった返事を待つ。


「それは無理」


 マチルダが口角を吊り上げた瞬間、クレスは水の剣を力任せに振るう。それに合わせ、マチルダが後ろに跳んだ。

 一瞬にして、二人の間に大人三人分程の距離が出来る。 水の剣を振り切ったクレスはある事に気づく。


(アイツ……)


 クレスは離れたマチルダを見つめる。マチルダは肩の上下が激しく、口がしまっていない。更にさっきの鍔迫り合い、マチルダの炎の剣は軽すぎた。


「……限界みたいだな」


 クレスはマチルダの疲れの理由を知らないが、何となく予想は出来ていた。おそらく理由はセヴァーンにあると。


 セヴァーンとの第一戦、そして今の二戦目。魔術を駆使しながらの闘いは、マチルダの体力を奪うのに充分な物だった。

 そしてマチルダの体力を一番奪う原因は、痛み。マチルダが顔に出すことはないが、背中に走る痛みが彼女を襲っていた。


 セヴァーンがマチルダに放った必殺の一撃。マチルダはあれを完璧には受け流せていなかった。

 その証拠が木にぶつかった事にある。後ろに跳んで威力を最小限に抑えたマチルダだが、あそこまで跳ぶ予定はなかった。


 体力も限界、そしてシェリスが手を出さないと言えど、実質一対二の状況。それでも彼女は退かない、それをさせないのは依頼達成への執念と、クレスとの闘いからの楽しさ。

 マチルダのふっくらとした赤い唇が緩む。


 そんなマチルダを見つめながら、クレスは決めた。


「次で、決める」


 呟くよりも早く、クレスは地を蹴っていた。

 それに合わせる様にマチルダが動き出す。魔術の詠唱を行いながら。


 マチルダが魔術を放とうとしている事は、クレスにはわかっていた。空気が変わるのを肌で感じていたのだ。

 魔術発動前に叩く。それがクレスの考えだった。


 間合いに入った瞬間、クレスは大上段から水の剣を振り下ろす。動きに合わせ真っ黒な髪が揺れる。


 その剣を、マチルダが右手に持った炎の剣で受け止めた。余程力を入れているのか、剣を持つマチルダの腕が震えている。


 押し切る。


 クレスにその考えは無かった。それどころか、クレスは剣の柄を手放した。


 剣の柄を手放す。その行為はあまりにも無謀。剣士の武器であり、命。それを戦闘中に手放す。

 クレスはそれを躊躇わなかった。


「……フラム・ソルディア」


 クレスが剣を手放した瞬間、マチルダの左手に炎が宿る。その炎は、一瞬で剣を構成。

 マチルダが『二本目』の炎の剣を横に振るう。


 クレスが剣を手放した理由はそれだった。

 クレスはその攻撃を読んでいた。否、予感していた。それをしたのは目でも肌でも、頭でもない。それはさせたのは、つい先日まで黒き剣士の中に眠っていた、本能。


 目で相手の動きを見、肌で武器に宿る殺気を感じる。その闘い方が出来る様になったクレスが、長い眠りから揺り起こした感覚。

 ヴァルゼルフとの闘いでも活かされたそれは、言うならば第六感。名を付けるならば『超直感』、それがクレスを動かした。


 剣を手放したクレスは身体を沈める。上半身が地面に着くのではないかと言う程沈められたクレスの上を、マチルダの炎の剣が空気を切り裂く音と共に横切る。炎に暖められた空気が、クレスの頬を撫でた。

 髪の毛が焼ける音と共に、何とも言えない匂いが漂う。だが、クレスとマチルダがそれを気に掛ける事はない。


 クレスは左手を地に着けると、腰の回転を使いながら右足を地面と平行に振るう。

 その足が、剣を避けられ目を見開いたマチルダの足を刈り取った。


 足を刈られた事により、マチルダが仰向けに倒れ始める。クレスの真っ黒な瞳には、その光景がスローモーションの様に映っていた。

 足を振りきったクレスは、空いた右手をしっかりと開き頭上に掲げる。その瞳は、倒れいく赤から離さない。

 クレスが掲げた右手に、重力に逆らう事を知らない剣の柄が落ちる。日を反射するそれは、クレスの黒と対称的な白い輝きを放っていた。


 剣を掴んだ瞬間、クレスは倒れたマチルダに馬乗りになる。そしてマチルダの細い首に、いつの間にか水の魔術が解けた剣を突き付けた。


「俺の勝ちか?」


「あら、私の勝ちじゃない?」


 剣を首に突き付けられたマチルダは、雰囲気関係無しの軽めの口調でそう言う。マチルダの両手に握られた炎の剣は、クレスの首を両脇から挟み込んでいた。炎がクレスの肌を焦がす。


「引き分けにしとかないか?」


「それもありね」


「じゃあ、今日はこれで退いてくれるか?」


 マチルダが仰向けのまま頷くと、握られていた炎の剣が消える。

 それに合わせ、クレスは突き付けた剣をマチルダの首から離した。


「貴方はお人好しね」


 クレスがマチルダの上からどいた瞬間、赤い剣士は微笑んだ。その微笑みを湛えたまま立ち上がる。


「私が剣を消した瞬間に殺れば良かったのに……」


「そんな事出来るか」


 クレスはぶっきらぼうに答えると、マチルダを見つめながら剣を鞘へと戻す。

 そのクレスにマチルダが近づく。顔には妖艶な笑みを貼り付けて。


「本当に面白い人……」


 クレスは自分に近づく赤き剣士を止めなかった。全く殺気を感じなかったからだ。

 マチルダの白い手が、クレスの顔をなぞる。クレスはただただ赤き剣士を見つめた。


 瞬間、赤き剣士の赤い唇がクレスの唇に押し当てられる。


「……また会いましょう、クレス=バーキンス。次は、殺すわ」


 唇を離しそれだけを言い残すと、真っ赤な死神は背の高い草の中に飛び込んだ。




「クレスさんの……」


 呆気に取られたクレスが声に振り向けば、そこには拳を震わせたシェリス。


「……バカー!!」


 死神を退けた真っ黒な剣士は、真っ青な賢者の一撃で夢へといざなわれた。

どうも作者の欠陥人です。

今回の話いかがでしたでしょうか?

欠陥人的にはお気に入りの話であります。(文章は未熟ですが)


なぜかって?


マチルダは欠陥人のお気に入りだからです!!

なんかすいません(笑)


さてさて物語もまだまだ序盤なわけですが、こんなくだらない話を読んで下さっている皆様、今後も何卒よろしくお願いいたします。


次話も今日中に更新予定ですので、よろしかったらお楽しみに。


ではでは、ちょっと位感想とか評価欲しいなー。

なんて思う欠陥人でした。

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