間抜けな守護者
「さて、どうするか?」
商業都市レディスに入った二人は悩んでいた。太陽はあと少しで沈み始めるが、シロをとばせば次の街に夜には着ける。
だが、シェリスを狙う者たちからすればそれは好都合な展開。流石の二人も夜襲されるのは避けたかった。
「今日はレディスで宿を取りましょう」
「いいのか?」
「土の賢者に辿り着く前にやられてしまっては、意味がありませんから」
「だな」
その時だ。シロの手綱を引きながら歩くクレスの目に、路地裏にうずくまるあるモノが飛び込んだのは。
「……人?」
クレスの呟きを聞いて、シェリスもその者に目をやる。そこには茶色いマントに身をくるんだ人間が横たわっていた。
瞬間的にシェリスが走る。その人物の元まで走ると、細い手で自分よりも大きな人物を抱え上げた。
「クレスさん!! まだ息があります!!」
路地裏にシェリスの声が響く。
それを聞いたクレスはシロをその場に残し、シェリスと茶色いマントの人物の元に走る。頭のいいシロはその場でじっとしていた。
「大丈夫か!?」
クレスがシェリスに抱えられた人物に大きな声をかける。
するとその人物が口を動かす。あまりに小さくて今にも消えそうな声に、二人は耳を傾けた。
「何か、食い物……」
そう言ってその人物が手を伸ばす。言葉に気が抜けた二人は、その行動を気にしていなかった。
虚空を掴むように伸ばされた手が、シェリスの無い胸に辿り着く。
「……い、いやぁぁぁああ!!」
絶叫と共に、激しい炸裂音が路地裏に響いた。
「いやー、ホント助かったぜ」
そう言って食べ物を次々に口に運ぶ金髪の男。その頬には真っ赤に浮かぶ手の跡。シェリスにビンタされた跡がくっきりと残っていた。
「……」
「……」
クレスとシェリスは黙ってその男を見つめる。シェリスは若干頬が膨らんでいるが。
短い金髪に緑色の瞳をした男の体格は、明らかに戦士のそれだった。動くためだけに洗練された、膨らみ過ぎていない筋肉が付いた身体。
その身体を包むのは、黒のジャケットに藍色のズボンという、至ってシンプルな服装。そしていかつめのブーツと、腕にはめた革製のグローブ。動き易さを全面に押し出した格好であった。
食べ物にがっつく男を見ながら、クレスはある疑問を口にする事にした。
「お前名前は? 何であんな所で倒れてたんだ?」
「おいおい、質問は一つずつ頼むぜ」
一瞬だが、クレスのこめかみがピクリと動く。だが、クレスは両手を握り締める事で我慢に成功した。
「まぁ、とりあえず。俺の名前はセヴァーン、セヴァーン=マクレイだ」
そう言って金髪をかきあげるセヴァーンを見て、二人は同時に溜め息を吐いた。
そんなことに構わずセヴァーンは続ける。
「んで二つ目だが、コレが重要なんだ……」
セヴァーンが真剣な目付きになったのを見て、クレスとシェリスは思わず息を飲む。
「金をすられちまってな、腹が減りすぎて倒れてたってわけだぜ」
真剣な目付きのセヴァーンから放たれた言葉に、二人は思わずテーブルに突っ伏してしまいそうになる。
(変なのと関わってしまった……)
クレスの心のぼやきは誰にも聞こえない。
「ところでよ、人を探してんだが知らねぇか?」
テーブルの上にあった物を全てたいらげたセヴァーンが腹を擦りながら口を開く。
自分の食事をたいらげたクレスと、まだ食べ掛けのシェリスはセヴァーンへと視線を移す。
「どんなやつ何だ?」
「ギルドの依頼だからあんまり言えねえんだが、黙っててもらえるか?」
「お前ギルドの人間だったのか……」
クレスは瞬間的に身構えた。もしかすると、自分達を狙っている可能性が考えられたからだ。
だが、クレスは小さくかぶりを振って考えを打ち消す。もしセヴァーンが自分達を狙っているとしたら、既に襲われているはずだったからだ。
「おぅ!! 王都のギルド『メリーバル』の『金色の風』とは俺の事だぜ!!」
クレスはその名に目を見開いた。
『金色の風』。その名はハルメリア内にあるギルドでは有名な名。風の様なスピードで標的を刈る事からそう呼ばれる様になった、ハルメリアでも一流の戦士。
クレスの隣に座るシェリスは、未だ食事を続けている。
「やっぱり驚きやがったな。サイン欲しいか?」
「いるか。それで、黙っておいてやるから依頼の内容を教えろ」
セヴァーンはクレスの言葉にちょっと残念そうな表情を浮かべると、声量を抑えて口を開く。
その瞳には真剣な色が浮かび、ギルドの人間の目になっていた。
「国王直々の依頼で、昨日の夜に急に入ってな」
「内容は?」
クレスも声をひそめながらそう言うと、隣にいたシェリスが食事を中断して二人の話に耳を傾けた。
「何でも、水の賢者様と黒い剣士を秘密裏に護衛することらしいんだ。んで先行してレディスに来た」
瞬間的に、クレスとシェリスが顔を見合わせた。二人の目は真ん丸と見開いている。
「なのに見つからないんだよなぁ……」
「プッ……」
「フフッ……」
その言葉に、クレスとシェリスは笑いを耐える事ができなかった。二人の笑い声が宿の食堂に響く。
その二人を見て、対面に座るセヴァーンが目を見開いた。その目に宿るのは明らかな驚き。
「い、一体何だ!?」
「いや、お前の探してる二人の特徴は?」
腹を抱えながら何とか言葉にするクレス。シェリスは笑いすぎて目がうるみ始めていた。
「確か、水の賢者は青いローブに青い髪。黒い剣士はまんま黒らしい……」
セヴァーンはそう言いながら、自分の想像した人間達と、自分の前に座るクレスとシェリスを照らし合わせる。
セヴァーンはようやく気づく。クレスとシェリスの容姿が、明らかに自分の探していた二人だと。
普通の人間ならば間違いなく最初に気づいただろう事だが、セヴァーンは今だった。
「お、お前らか!?」
クレスとシェリスは否定する理由も見つからず、同時に首を縦に振った。顔には笑みを貼り付けたまま。
「……なかった事にしてくれねぇか?」
秘密裏という事を気にしてか、セヴァーンは明らかに無理な頼みをする。だが、二人はその頼みに同時に首を横に振った。
「た、頼む!!」
「どうせですし、一緒に行きましょうよ。クレスさんはいいですか?」
シェリスの言葉に、セヴァーンは驚愕の表情を浮かべ口を開けていた。
「国軍ってわけでもないし、実力は周知の事実だ。シェリスが良ければいいぞ?」
実力よりも、国軍の関係ではない。クレスとしてはそれが一番ありがたかった。実際に、シェリスもそのため一緒に行くことを提案したのだ。
国軍の関係者は、絶対に体の何処かに国のシンボルマークが入れられている。そのため、クレスとシェリスは軍の関係者だけは連れて行きたくなかったのだ。
「じゃあそういう事で、よろしくお願いしますセヴァーンさん」
シェリスはそう言って手を差し出した。
だが、セヴァーンはその手をすんなりと取らない。迷っていると言うのが一番ぴったりな表情を浮かべている。
「だが、依頼は……」
「今更秘密裏にも出来ないだろうが」
クレスは呆れた表情を浮かべながら、悩むセヴァーンを見つめた。
確かにギルドの依頼は大切だが、今更セヴァーンがそれを遂行するのは無理がある。それに護衛をするならば、一緒にいた方が楽だ。
「……確かに」
そう言いつつもまだ悩むセヴァーン。
そんなセヴァーンに、シェリスは手を突き出した。早く握れと言っているような動作。
「……じゃあ、よろしく頼むわ」
そしてセヴァーンは、シェリスの白く細い手を取った。
握られた手を見ながら笑顔を浮かべるシェリス、そしてその光景を見つめるクレス。
セヴァーンが着いてくる事はいいが、クレスにはある心配が浮かんだ。
それは世界を救うために動く者とは思えない様な悩み。
(金どうするかな……)
「よろしくな!!」
クレスの悩みなど知らず、金髪の守護者は明るい声を響かせた。