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第一印象


「なぁ、シェリス」


 王都を出て少し経った時、クレスが自分の後ろにいるシェリスに向かい口を開いた。


 二人が乗る真っ白なチェバリスは、商業都市レディスに向かいゆったりと足を運ぶ。

 街道を流れる風は、クレス達とオルグ達が闘った日と変わりなかった。


「何ですか?」


 風に煽られ顔にまとわり付いた青い髪を指で摘まみながら、シェリスが返事をする。もう片方の手は、しっかりとクレスの腰に置かれていた。

 馬などに乗った事がないシェリスは、クレスの後ろに乗っているのだ。


「なんか視線感じるな……」


 時折、街道を行き交う人々から向けられる視線は、まるで珍しい物を見るような視線。クレスはそんな視線には慣れているが、やはり居心地が悪い。


「私が逆の立場なら見ますね……」


 シェリスは苦笑いを浮かべながら、風に煽られる髪を押さえる。


 街道を行く二人と一匹。真っ白なチェバリスと真っ黒な剣士、そこに真っ青な賢者、目立たないわけがない。否、目立つなと言うのが無理だった。

 それでもまだ、チェバリスの角がシェリスの魔術により消されているだけましである。


「それもそうだな」


 クレスは諦めた様な溜め息を吐くと、自分が乗るチェバリスを見つめた。

 本当に野生で育ったのかと言いたくなる程美しい毛並みと、気品のある鬣。どれを取っても最高級なチェバリスには、一つだけ欠点があった。


「……お前は平気か? シロ?」


 黒き剣士がつけた名前である。


「その名前やめませんか?」


 シェリスが引き吊った笑みを浮かべながらそう言うと、クレスの顔に疑問の表情が浮かぶ。


「シロも気にいってるんだし、いいじゃないか。なぁ、シロ」


 クレスが名を呼ぶと、チェバリスの耳が動く。それを了承のサインと読んだクレスは満面の笑みを浮かべた。


 そんなクレスの表情は、後ろに乗っているシェリスからは全く見えない。

 シェリスは一つ溜め息を吐くと、クレスのネーミングセンスの無さに苦笑いを浮かべた。


「それに第一印象は大切だぞ」


「それはわかりますよ。ただ、単純過ぎると言うか……」


 シェリスはこれ以上何を言っても無駄だと気付くと、自然と優しげな笑みを浮かべた。

 その笑みは、クレスの意外な一面を見れた嬉しさからくる物。ただ、シェリス自身はそれに気づいていない。


「なぁ、シェリス」


 クレスはシロを一撫でしてやると、昨日サーシャと話をしてからずっと疑問に思っていたことを聞くために口を開く。街道の先を見つめる黒い瞳には、草原の緑と空の青が映る。


「はい」


「何で最初に、本当の事言わなかったんだ?」


 瞬間、少し強めの風が吹く。その風が黒い髪と青い髪を弄ぶ。


 クレスからはシェリスの表情は見えない。ただ、シェリスから感じる空気が明らかに変わった事に気づく。

 腰に巻かれた腕が、ほんの少し震えていた。


「……すみませんでした」


 何とか絞り出せされたそれは、謝罪の言葉。


「謝る様な事じゃないだろ」


 クレスは思わず振り向きそうになるのを堪えた。流石に、振り向いたら落馬する可能性があったからだ。

 そんなクレスの気持ちを察してか、シロが速度を落とす。その頭の良さにクレスは少し驚きながら、肩越しにシェリスを見つめた。

 うつ向いているため、シェリスがどんな表情をしているか窺えない。


「……だって、結果的にはクレスさんを騙して……」


「そうかもしれないけど、俺は別に気にしてない」


 シェリスの手がクレスの服を握りしめる。一体どんな気持ちで自分の服を握っているのか、クレスは知りたくて仕方なかった。


「……くれないと思ったんです」


「えっ?」


 風にさらわれてしまいそうなシェリスのか細い声に、クレスは思わず聞き返していた。


「本当の事を言ったら、着いて来てくれないと思ったんです……」


「……かもな」


 クレスは正義感の塊の様な出来た人間ではない。どちらかと言えば、今が楽しければいい、そんな考えを持っている。

 そんなクレスが初対面のシェリスに、貴方は選ばれた人なんです。と言われても、間違いなく断っていただろう。


「嘘ついて良かったじゃないか」


『嘘をついて良かった』。クレスの言葉に、シェリスはうつ向いていた顔を上げた。


「必要な嘘だってあるんだよ。それが許される事もある」


「クレスさん……」


 肩越しに見つめていたシェリスの瞳が、段々とうるみだす。クレスはそれを見て、前方へと視線を向けた。


「それに、着いてきた理由はちゃんとあるしな」


 クレスはあの日の事を思い出しながら、口角を吊り上げた。勿論、その笑みはシェリスには見えていない。


「初対面であれだけ言われれば、見返したくもなる」


 クレスがそう言ってまた振り向くと、シェリスは顔を赤く染めていた。いつの間にか、いつものシェリスに戻ったらしい。


「あ、あれは、その……」


「作戦みたいなもんだろ?」


 クレスがそう言って微笑むと、シェリスは目を丸くした。


「わかって?」


「当たり前だ。あんな芝居に誰が引っ掛かるか」


 あの時のクレスは実際には引っ掛かっていた。後々考えて気付いたのだ。


「なら、何で?」


「教えない」


 クレスはそれだけを言うと、また顔を前方へと向ける。


 街道の向こうに商業都市レディスの街並みが見え始めていた。


「教えて下さいよ」


「嫌だ」


 クレスは言わない、『必要としてくれたから』など、恥ずかしくて言えない。


 決定的だったのは、シェリスと水の女神が被って見えた時。クレスはあの時、シェリスに何処までも着いて行く事を誓った。

 だが、本当の理由を聞いたクレスには迷いもあった。自分が創造主に予言された戦士、未だにそれが信じられなかったからだ。


「教えて下さいよ」


「嫌だね。……まぁ、とりあえず一つ教えてやる」


 隔てられる事がない風達が、クレスの真っ黒な髪を弄ぶ。


「シェリスの第一印象は最悪だったな」


 クレスはそう言って、声高らかに笑い始める。


 真っ青な空に向かって放たれるその笑い声は、シェリスの頬を膨らませるには充分なものだった。

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