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月下の邂逅


「いっつぅ……」


 焼き付く様な肩の痛みに、黒き剣士が目を覚ます。

 クレスが目を覚ましたのは、ふかふかのベッドの上だった。上半身だけを起こし周りを見回す。周りには沢山の家具が溢れている。しかも、その全てが高級品の雰囲気を漂わせていた。


 そこでクレスは気づいた、自分が上半身裸であることに。身体には昨日よりも包帯が巻かれている。


「死んではないな……」


 クレスの呟きは部屋を包む闇の中に消え入る。部屋を包む闇を和らげるのは、窓から差し込む月明かりだけだった。

 そこでクレスは気が付いた。月明かりが無ければ多分気づかなかっただろう。


「シェリス……」


 ベッドの隣に置かれた椅子に座り、上半身をベッドに突っ伏して眠る賢者。月明かりに照らされた横顔は、幻想的な美しさを醸し出していた。


 クレスはシェリスを起こさない様にベッドから抜け出すと、ベッドの脇に置かれていたブーツと自分の服を見つける。それを手早く身に纏い、寝ているシェリスに手をかけた。

 ベッドに突っ伏したシェリスの上半身を自分の方に寄せ、膝の裏に手を通し静かに持ち上げる。その姿は、所謂、お姫様抱っこである。


 初めて会った日を思い出し、クレスは一度微笑んだ。


「今回は酒を飲んでないけどな」


 クレスは静かに呟くと、シェリスをふかふかのベッドに横たえる。シェリスの軽い体は、ふかふかのベッドに優しく包まれた。


 クレスはベッドの脇に置かれていた剣を背負うと、扉に向かって歩き始めた。目的はないがとりあえず歩いてみようと思ったのだ。


 扉を開けてから、チラリと後ろを振り返る。

 ベッドに横たわる青は、月明かりに照らされ神秘的な雰囲気を醸し出していた。




 月明かりだけが照らす中庭の脇を通る道。ほぼ闇に包まれたその道に、一定の感覚で高めの音が響く。音の発信源は、クレスの履いた無骨なブーツ。


「誰かいないもんかね……」


 その呟きが聞こえたと言うわけではないだろうが、クレスの前から足音が聞こえてくる。その軽い足音から、クレスは近づいてくるのが女性だと気づいた。


 闇の中に白いシルエットが浮かび上がる。クレスの目に映るのは、白いローブを身に纏う細身の女性。クレスはその姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。


 真っ白なローブに映える、流れる様な緑の髪。ローブの上からでもわかる整った体のライン。月明かりに照らされたその女性は、クレスが見てきた女性の中でも五指には入る美貌を携えていた。


「あら?」


 月明かりに照らされた女性から発せられたのは、透き通る様な声。そこでクレスはあることに気づく。


(目が……)


 暗闇を歩いているにも関わらず、女性は目を閉じていた。にも関わらずクレスに近づいて来る女性の足には迷いがない。


「どちら様ですか?」


 女性の言葉にクレスは顔をしかめた。そして確かめる、女性が本当に目を閉じているのかを。


「私の目は見えていませんよ」


 クレスがその言葉に目を見開いた瞬間、女性は閉じていた目を開けた。

 開かれた大きな目にあるのは、真っ白く濁った瞳。その瞳は焦点が定まっていない。

「この瞳には何も映りません」


 女性はそれだけ言うと瞼を下ろした。瞼を下ろしただけなのに、女性の行為からは気品が漂っている。


「見えてないのにわかるのか?」


 クレスは首をかしげながら、とりあえず聞いておきたい事を口にした。


「はい」


 女性はクレスの言葉に微笑みを浮かべながら、左手で胸元にあるペンダントを持ち上げた。そのペンダントに付いているのは、水色をした菱形の石。

 クレスはそれに見覚えがある。それは水の賢者が首から下げているのと同じ物。


「目が見えなくても、精霊が教えてくれますから」


 穏やかな口調でそう言う女性。クレスはその言葉にとりあえず納得して、何度か首を縦に振った。


「貴方のお名前は?」


「あぁ、クレスだ。クレス=バーキンス」


 クレスが名を名乗ると、女性は何やら思案する様な表情を浮かべた。


「……もしや、シェリスが連れてきた黒髪の剣士様ですか?」


「そうだけど……」


 クレスは二つの事に気づく。一つは、いつの間にか自分がちょっとした有名人になってしまっていること。

『戦神』とまで呼ばれる国王と闘ったのだから、当たり前と言われればそれまでだが。


 そしてもう一つは、目の前にいる女性とシェリスの関係。賢者を呼び捨てにするという事は、間違いなく親密な仲であることを表していた。


「あっ、私はサーシャ、サーシャ=ライズディングと申します」


「ライズディング……」


 クレスは女性サーシャの姓を聞いた瞬間に、眉間に皺を寄せた。明らかに最近何処かで聞いた名前だったのだ。

 だがまだ寝起きという事もあってか、クレスはそれが誰の名であったか思い出せない。


 そんなクレスの雰囲気を肌で感じたのか、サーシャは微笑みながら口を開く。


「近衛師団団長、ギルバート=ライズディングの娘です」


 その言葉にクレスの時が止まる。時が止まったクレスの頭に浮かぶのは、沢山の深い皺が走る顔。

 クレスは自分の頭に浮かぶ顔と、自分の前にいるサーシャの顔を頭の中で比較する。


「……冗談だろ」


 クレスの口からは、自然とそんな言葉が漏れていた。

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