赤い髪
灯りを付けた医務室。その真っ白な医務室の真っ白なベッドに、対称的なまでの真っ黒な剣士と、白に映える青い賢者が座っていた。
「とりあえず聞きたいんだが……」
服を着たクレスは隣に座るシェリスに声をかけた。クレスの着ていた服はボロボロだったため、シェリスが持ってきてくれた代えの服を着ている。
シェリスが持ってきた服は、クレスが今まで着ていた物と大して変わらない。黒いジャケットに赤のインナー。少し変わった所があるとすれば、クレスの胸元から覗く白い包帯ぐらいだ。
「ここは何処だ?」
クレスの疑問は当然のものだった。
クレスの記憶の中には、草原でオルグ達と闘った時の物までしかない。自分が何故医務室にいるか分からないのだ。
「王都ミルディアです」
クレスの問いを予想していた様に、シェリスがサラリと言葉を紡ぐ。その言葉に、クレスは頭を掻く。
クレス達がいるのは、王都ミルディアにある病院の医務室。小さな病院のため病室が無い。そのため、クレスは医務室のベッドに寝させられていたのだ。
「何故ミルディアにいるのかはいいとして……」
クレスは次の疑問を聞くのを躊躇った。さっきのシェリスの涙が頭から離れない。
だが、クレスはそれを聞かずにいられなかった。
「……じゃあ、俺たちは何で生きてる?」
クレスがそう言った瞬間、二人の間を流れる空気が変わる。張りつめた空気は、少しの緊張を含んでいた。
「実は……」
シェリスの青い瞳が、クレスの黒い瞳を捉える。シェリスは後に続けるべき言葉を探すが、それがわからなかった。
「……私にもわからないんです」
だからこそ、シェリスは正直に事実を口にした。形のいい眉を下げ、申し訳なさそうな顔をするシェリス。
クレスは全く予想していなかったその言葉に目を見開く。
「何だそりゃ……」
クレスの一言で、二人の間に張りつめていた空気が変わる。そこに緊張は無い。
そしてクレスは、思わず笑みを浮かべたた。
「命が助かったのに、その理由を知らない二人ってどうなんだ?」
「それもそうですね」
シェリスはクレスに釣られる様に笑顔を浮かべる。だが、直ぐに何かを思い出した様な表情を浮かべた。
シェリスが思い出したのは、自分が気を失う前に見た色。
「クレスさん」
「どうかしたか?」
クレスは笑顔を浮かべながらシェリスを見つめる。
しかしそのクレスの表情は、次のシェリスの一言で一気に強ばる事になる。
「赤です」
「……赤?」
「私が意識を失う直前に見たのは、赤でした」
キアラにナイフを突き付けられたシェリスが、最後に見たのは『赤』。燃える様な赤が、自分とキアラの間に滑り込んだ姿だった。
『赤』その色をした人物をクレスは知っていた。クレスの知る赤ならばあの草原に現れる事も可能だろう。だが、クレスはその考えを打ち消す。
あり得るはずが無いからだ、クレスの知る赤の目的はオルグ達と同じ目的。その赤が自分達を救った。クレスはその考えを、頭を振って再度打ち消した。
「きっと私たちを王都まで運んでくれたのも、あの『赤』だと思います」
シェリスはそう言って立ち上がる。立ち上がった瞬間、シェリスの青い髪が揺れた。
「お医者様に、クレスさんが起きた事伝えて来ますね」
そう言ってシェリスが部屋を出ていく。その時、シェリスの真っ青なローブからある物が落ちた。
二人はその落ちた物に気づかない。気づくはずがない物だから。
木の床に音もなく落ちたのは髪。それは、まるで燃える様に赤い髪だった。
◇
「退けるだけでこれとは、流石は『帝槍』オルグね」
月の光も届かない路地を、赤い剣士が歩く。闇の中でも映える白、二の腕に巻かれたそれには真っ赤な液体が滲んでいた。
「姉ちゃんお暇かい?」
赤い剣士の前に二人の男が飛び出した。明らかに柄の悪い二人は、赤い剣士を見てニタニタと下品な笑みを浮かべる。
「暇なんだろ?」
「暇なら酒の」
そこまで言って二人の男は目を見開いた。その目に映るのは、レンガで舗装された道。
「悪いけど、忙しいのよ」
赤い剣士の口調は大人の色気を感じさせる。だがその声には、圧倒的なまでの狂気が含まれていた。
「死んでは駄目よ。黒の剣士と青き賢者……」
暗い路地に四つの音が響く。人が二人倒れる音と、二つの首が落ちる音。
「あなた達を殺すのは私なんだから」
赤い剣士は自分を倒す奇跡を起こした黒い剣士と、剣士の護る青い賢者を想い浮かべる。
そして剣士は口角を吊り上げた。妖艶な笑みを浮かべた赤き剣士は、幻想的な白い月を見上げる。