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黒と青

 薄暗い大きな部屋、漂うのは様々な酒の匂い。その中で沢山のいかつい男や、まるで男の様な女達が酒を飲み交わしている。


「お願いです。私に力を貸して下さい!!」


 そんな場所の一つのテーブルに座る二十代前半の顔つきをした青年に、青い髪を腰の辺りまで伸ばした人物が、必死の形相でそう言った。


 二十代前半であろう、整った顔をした青い瞳の女性。だが、薄めのローブの下に見えるのは、女性と呼ぶには物足りないスタイル。

 出るべき場所が全く出ていない、更に引っ込むべき場所は引っ込んで、正に理想的なまな板を作り上げている。スタイルだけなら少女だ。


(面倒なのが来た……)


 そんな女性に、テーブルに座る青年は素直にそう考えた。

 闇の様な黒い髪をした青年には、ある持論があった。『美人は面倒事を背負ってやって来る』、そんな持論である。


「悪いが力を貸してくれと言わ」


「お願いします!!」


 青年が最後まで言い切る前に、女性の声が遮った。青年は思わず頭を掻く。

 そんな光景を見てか、周りのテーブルからは、協力してやれよ、何なら俺が、等と聞こえてくる。

 周りからの声を聞き流しながら、青年はある疑問を口にすることにした。


「何で俺なんだ?」


 素朴な疑問。急に見知らぬ人間に助けを求められたら、きっと誰しもが疑問に思うだろう。

 正義感の塊の様な人間ならば何も聞かずに協力するかもしれないが、生憎、青年はその様な正義感の塊ではない。


「だって貴方は、あのクレス=バーキンスさんですよね?」


 女性が口にしたのは、青年の名。

 それは最近巷を騒がせている名であった。


「確かに俺はクレス=バーキンスだ。けど、何で知ってるんだ?」


「黒髪に黒い瞳、そんなの貴方以外にいませんから」


 そこでクレスは周りを見回した。見回す必要など全くなかったのだが、クレスは何となくそうしようと思ったのだ。

 黒髪に黒い瞳、そんな人物はクレス以外にその場にはいない。世界中を探しても、クレス以外にいるのかさえ謎である。

 だが、そんな珍しい容姿がクレスを有名にしているわけではない。


「お願いです、力を貸して下さい。最強の剣士!!」


 訴えかける様な女性の表情。そんな表情を浮かべながら女性がテーブルを力強く叩いた瞬間に、周りのテーブル、いや、酒場中から笑いが起きる。


「な、何が可笑しいんです!?」


 女性は笑われた事が余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして叫ぶ。その顔はまるで熟れた林檎に近い。


「嬢ちゃんよ」


 そう言って口を開いたのは、スキンヘッドの大男。全身が筋肉で覆われているためか、まるで筋肉の鎧を纏っているようだ。


「クレスは確かに剣の腕は超一流だ。だが、クレスはな、魔術が使えねぇんだよ」


「……魔術……が?」


 女性が大男の言葉に目を丸くしてクレスを見つめると、クレスは目を瞑ったまま首を縦に振った。

 そのクレスの行動に、女性は更に目を見開く。今にも眼球が飛び出してしまいそうだ。


「あ、あり得ません!! 魔術が使えないなんて!! ……皆でグルになって私を騙す気なんですね!?」


 女性が目を見開き整った眉を吊り上げながらそう言った瞬間、酒場中に響いていた笑いがピタリと止む。そして酒場にいた全ての人間の視線が女性を射ぬいた。


「なっ……」


 肌に刺さる様な視線を受けて、女性はたじろいだ。

 そして気づいた、酒場中から向けられる視線に、怒りも混じっている事に。


「行くぞ」


 クレスは立ち上がってそう言うと、女性の手を掴む。そして酒場の入口に向かい、女性を引きずって行く。


 先に女性を酒場の外に出すと、クレスはくるりと振り返った。


「ちょっと出てくる」


 クレスが笑顔でそう告げると、殺伐とした酒場の雰囲気が一気に和む。酒場にいた人間達は、皆笑顔を浮かべてクレスを見送った。




 街の中心にある広場。広場の真ん中には、女神を象った石造りの噴水が建てられている。その周りに置かれたベンチでは、家族連れや若い男女が思い思いに過ごしている。

 女神像の真っ正面に置かれたベンチに、クレスと女性が隣り合わせに座っていた。


「俺は魔術が使えない」


 まるで子供に教え事をする様に、クレスが言った。

 それを聞いた女性は、今度は目を見開くのではなく眉間に皺を寄せて反応する。


「そんなのあり得ないです」


 流石に広場と言うこともあってか声量を落とした女性は、酒場で発した言葉をまた口にする。


「魔術が使えないなんてあり得ません!!」


 だが、やはりと言うべきか。女性の声は段々と大きくなり、最後には叫びへと変わっていた。ほんの少し怒りを含んだ様な叫び。

 言い終わって周りからの視線に気付いてか、女性はまた顔を真っ赤にする。そんな女性を見ながら、クレスは溜め息を吐いた。


(信じられないのも無理ないか……)


 実際に、女性が言うことは正しかった。


 この世界『エルディア』において、魔術は生活に欠かせない物となっている。そして、全ての人間が絶対に使える物とされている。

 エルディアに生まれた者は皆、生まれた瞬間に、火・水・風・土の精霊、何れかに必ず愛される。それが普遍的な物とされている。

 そして精霊に愛された事で、四精霊が司る属性の何れかから派生した魔術を使う事が出来る様になるのだ。


「俺は精霊に愛されなかった……」


 クレスはそう言って空を見上げた。空は青く澄み切っている。所々にゆったりと浮かぶ白い雲が、穏やかさを漂わせていた。


「本当に使えないんですか?」


 女性は眉を寄せながら、恐る恐ると言った感じで口を開く。

 クレスが魔術を使えない事を知った人間はいつもこうだ。まるで捨てられた子犬を見る様な眼差しか、軽蔑をする様な眼差しを浮かべる。


「あぁ」


 クレスはその眼差しを感じてか、ぶっきらぼうにそれだけを告げた。

 女性は前者だった、軽蔑されないだけまだましだったろう。

 酷い者ではクレスを鼻で笑い罵る様な人間もいた。だが、クレスはあまり気にしない様にしている。一々気にしていたら身がもたないのだ。


 クレスがそんな風に考える様になったのは、所属しているギルドのおかげだ。

 先程クレスがいた酒場こそが、ギルド『フォーセリア』である。つまり酒を飲んでいた人々は皆、クレスのギルド仲間なのだ。

 あのギルド仲間達こそが、クレスを初めて真っ当な人間として扱ってくれた。クレスにとって、初めての家族なのだ。

 今ではクレスが魔術を使えない事も、酒の肴程度にしか考えていない。


「あんたがどんな噂を聞いたか知らんが、俺の噂と言えば魔術が使えない出来損ない程度だぞ」


 クレスが言ったのは本当の事だ。『黒髪、黒目の、魔術が使えない出来損ない』。それがクレスに立った噂だった。


 人間と言う生き物は恐ろしく残酷である。自分達と違った外見で魔術が使えない、それだけでクレスを、まるで化け物の様に扱うのだから。


「ってわけで、俺じゃあんたの力にはなれない。他をあたってくれ」


 クレスはそれだけ言うと、ベンチを立ち上がろうとする。が、それは出来なかった。

 クレスの左腕を、女性が掴んでいたのだ。振り払おうと思えば簡単な事だが、それをするのも気が引ける。


「……いで下さい」


「はっ?」


 顔をうつ向かせた女性が何か呟くが、クレスにはよく聞き取れない。

 次の瞬間、女性が勢いよく顔を上げる。その表情からは、明らかな怒りが感じ取れる。


「ふざけないで下さい!! 遠路遥々、噂を頼りに来てみれば、魔術が使えない駄目剣士ですって!? ふざけないで下さい!!」


 女性が一気に捲し立てる。その大声は、広場にいる全員の時を止めるのに、充分な威力を持っていた。


(また叫ぶとは……)


 クレスは耳を押さえながら、肩で息をする女性を見つめる。


(……学習能力はゼロだな)


 女性は言い切ると肩で息をしながら、またやってしまったという様な表情を浮かべる。そしてまた、顔を真っ赤にした。

 時が止まっていた周りの人々も、次第に動き始める。小さな子供に至っては、学習能力ゼロの女性を指差して笑っていた。


「こ、こうなったら、駄目剣士でもいいです。協力して下さい」


 その言葉にクレスの眉毛がピクリと反応した。


「あんたな、さっきから人を駄目剣士呼ばわりしやがって、一体何なんだ!?」


「魔術も使えない駄目剣士に、駄目剣士って言って何が悪いんですか?」


 謝る気などさらさら無いと言った風な女性の言葉が、クレスの苛つきを加速させる。


「ふざけんな!! 大体自分の名前も名乗らない様な奴に、ろくな奴がいるわけねぇ!!」


 二人の言い合いが始まった事で、平穏を取り戻しつつあった広場の時が再び止まる、かに見えた。だが、言い返すかと思われた女性は、急に平然とした表情を浮かべる。


「確かに名前を名乗っていないのは、失礼でしたね。私はシェリス、シェリス=ミアルタです。シェリスと呼んで下さい」


「あ、あぁ」


 肩透かしをくらったクレスは、気の抜けた返事しか出来なかった。すると、さっきまで怒っていた事が、酷く間抜けな事に思えてくる。


(俺もまだまだガキって事かな……)


「それに少し訂正します。貴方はれっきとした剣士ですね」


 急に百八十度方向転換したシェリスの言葉に、クレスは目を丸くした。


「ただし……世界に一人だけの」


「世界に一人だけ?」


 シェリスの独特な言い回しに、クレスは思わず聞き返していた。そんなクレスを見て、シェリスが微笑む。


「そうです。貴方を剣士と分類するならば、世界にただ一人の剣士です」


 クレスにはシェリスの言いたいことが全くわからない。


「普通の剣士は魔術と剣を使って闘いますが、貴方は剣だけ」


 クレスは当たり前だと頷く。自分の事は自分が一番分かっている、と言いたげな表情。

 そこでクレスは、シェリスから目を逸らしたくなった。シェリスが言いたい言葉が分かり始めてしまったからだ。


「つまり貴方を剣士と分類するならば、他の剣士は『魔剣士』と言ったところです」


『魔剣士』、そんな言葉はこの世界エルディアには存在しない。剣士は剣士である。魔剣士とはシェリスが作り上げた造語にすぎない。

 だが、クレスはその言葉に納得がいった。それと同時に、自分は『ただの』剣士でしかないと痛感させられる。


「つまり貴方は……」


 シェリスがそこまで言った所で、クレスは遂に目を逸らした。逸らさないでいようと思っていた筈が、自然に逸れていた。

 クレスはまるで胸に剣を突き付けられた様な気がしていたのだ。


「欠陥品でしかない」


 その言葉により、クレスの胸に突き付けられた剣は、グサリと音を立てながら深く深くまで突き刺さる。

 突き刺さった剣は、新しい傷を付けるだけでなく、クレスの古傷を抉っていく。


「悔しくはないんですか?」


(悔しいに決まってる!!)


 敢えて口にはしないクレスと、そんなクレスを見つめるシェリス。その光景は、人々で賑わう中央広場には不釣り合いなものだった。


 そしてそれは、シェリスの狙い通りの形。


「悔しいなら私を助けて下さい」


「はっ?」


 クレスは思わず間抜けな声を出した。話の繋がりが余りにも見えなかったのだ。

 間抜けな表情を浮かべるクレスとは違い、シェリスは至って真剣な表情を浮かべている。


「お願いです!!」


 最初にあった時の様に、必死の形相でそう言うシェリス。変わった事があるとすれば、シェリスがクレスの事をちゃんと知ったという事。


「……俺でいいのか?」


 今までクレスは人に『必要』とされた事がなかった。

 ギルドの仲間達は『認め』てはくれたが、必要としてくれていたとは少し違う。ただ、彼らはクレスに居場所を与えてくれた。


「貴方が必要なんです」


 シェリスは初めてクレスを必要と言い、クレス自身に居場所を作らせようとしている。


「だって魔術も使え」


「けれど、剣術は超一流なんですよね?」


 クレスが言い終わる前に、シェリスの透き通った声が割って入る。まるで楽しむような表情を浮かべるシェリス。


「お願いします」


 そう言って目を伏せ頭を下げるシェリスを見た時、クレスはあるイメージが頭に浮かんだ。

 そのイメージは、顔を上げたシェリスを見た瞬間に確かなものとなる。


 顔を上げたシェリスと、その後ろにある噴水の女神像は瓜二つだった。


「イーユデッサ……」


 クレスが呟いたのは、最も有名な水の大精霊の名であった。


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