露呈
「それってテロなの?」
突然の声にぼくたちはフリーズして顔を見合わせた。
直後、飛び跳ねるように周りをキョロキョロと見渡す。
「誰だ! 出てこい!」クーが叫ぶ。こういうときに頼れるのはいつもクーだ。
「別に隠れてないよ」
制服姿の女の子が物陰からひょっこり現れた。堂々とした足取りからは悪気がまったく感じられなかった。
「ど、どこから聞いてたの?」ぼくは声が裏返ってしまう。
「どこからって、最初からだよ。さ、い、しょ」女の子はおどけて指を左右に振る。「てゆうかあんたら、私が同じクラスってわかってる?」
「神村……神村あや」クーが答える。言われてみれば神村あやだ。動揺して気づかなかった自分に驚く。
「モル! 一回戻ろう。同じクラスは厄介だ」クーが腕をぼくの前に差し出す。夏服から伸びる日焼けしていない白い腕がまぶしい。
ここに来てまだ一時間も経っていない。ぼくとクーだけで足りるはずだ。
「クー、いつもごめんね」
ぼくは腕に噛みついた。
「ちょっと! なにしてるの!」神村あやが駆け寄ってくる。
「来るな!」クーが恫喝する。苦痛に顔がゆがんでいる。
その怒りはほんとうは痛みに向けられたものだ。それくらいわかる。
口の中に鉄臭い血の味が広がる。
「クー、もうだいじょうぶ」殴って。さあ早く。
獣のような叫び声とともにクーが拳を引く。
鋭い痛みが走った。
不安そうなクーの顔と神村あやの驚いた顔の残像が消え、視界が明滅しはじめる。赤。黒。白。赤。黒。規則のない色の変化にクラクラして嘔吐を催す。
何度経験しても慣れることはない、不快さを凝縮した時間。
失われていた平衡感覚が徐々に戻ってくる。椅子に座っているのがわかる。
ゆっくり、ゆっくりと目を開けた。
授業中か。教室の時計は二時四十二分を示している。ちょうど二時間、遡った。
後ろを振り返り、クーの様子を窺うと、そっとこちらに頷いた後、目線を横に走らせた。
まだなにも知らない二時間前の神村あやと目線が交錯する。知らないままでいい。
授業が終わり、クーがぼくの席に来た。
「今日あそこはやめて俺の家にしよう」あそこは神村あやに見つかるかもしれないから。言外の意味を感じ取る。
「そうだね。いつもごめんね」
「謝るなよ」クーがあきれるように笑った。
「ねえ、あんたたち何の悪巧みしてるわけ?」
クーの後ろに神村あやがいた。
「なんかやってんでしょ? 知ってるよ。あたしも混ぜて」
クーと顔を見合わせて硬直した。
二時間では足りなかったのだ。