惑星訪問
「こちらスペースシップ256、目標の惑星を確認。繰り返す、目標の惑星を確認。応答せよ、応答せよ!……」
広い宇宙空間の中で、ポツンと漂っているひとつの小さな船があった。
その中には二人の男女が乗っている。
「繋がった?」
「ダメだ、繋がらない……」
二人はここよりもずっと遠くの惑星で生まれた人間だ。
言ってしまえば『宇宙人』だが、見た目は皆が思い浮かべる人間となんら変わりはない。
二人について説明すると、
二人の住む惑星は、第7次人口爆発が起こり、星に人で溢れかえってしまった。
食糧がなくなることを恐れ、人が住める可能性がある惑星を見つけて、はるばるやってきた訳である。
「さっきから通信しているんだが、繋がりそうにないな……」
「通信機器は異常無いのに……」
そう順調に思われていた長旅もつかの間、問題が起きたようだ。
「少しオートパイロットに頼り過ぎたか?」
「他にもコンパスやジャイロも狂ってるわ。何が起きたのかしら……」
目標にしていた星が目の前にあるのにいち早く報告ができず、なんだかもどかしい。
「どうしたものかねぇ……先に調査済ませておくか?」
男性の調査員が後頭部で腕を組み、背もたれにおっかかりながらもうひとりの調査員に話しかけた。
「いや、機器の故障ではないし、通信ができるまで待ったほうがいいんじゃない?」
とメガネをあげながら女性の調査員が返す。
「そうは言ってもねぇマユミ、俺たちの星は一刻を争う緊急事態なんだぜ?」
「確かにそうだけど、もし何かあったら……って、前から思ってたけど、なんで呼び捨てなのよ。ちゃんと『さん』をつけなさいよ。私はあなたより先輩なんだからね。リク。」
「二人しかいないのに上下関係もないだろ。」
この二人は、住んでいた星でこの惑星に選ばれた調査員だ。
というのも、候補の惑星はそれこそ星の数ほどあるので、この二人がたどり着いた惑星もそのごく一部なのだ。
マユミがふと窓の外を見ながら言った。
「……それにしてもこの星、なんだかさみしい色してるわね。」
「ん?あぁ、確かにそうだな。」
その惑星は、少し赤みがかっているものの、確かに『海』はある。
だが、『緑』が全くと言っていいほど見当たらないのだ。
陸らしきところも茶色や黄土色が無く、黒一色だ。
「俺たちの星も、一部は車の色で埋め尽くされている地帯もあるが、ここまで黒一色なのも不気味なもんだな……」
「生物はまだ誕生していないのかしら?」
「う〜む……やっぱり、今すぐ調査しに行った方がいいんじゃないか?」
短気なリクは早く調査を終わらせたいようだ。
「だから、まずは通信できるまで待たないと。行くとしてもこの惑星を観察して十分理解してから……」
「あ〜!もうそうゆうの何回も聞いたから!もういい!」
彼女の説教じみた説明と通信ができないことで痺れを切らし、リクは椅子に座り直すと赤いボタンを押した。
「エンジンスタート!目標!……え〜っと、まぁいいや。目の前の惑星!」
「え?ちょ、ちょっとまって!」
「ゴーーーーー!!!」
宇宙船は勢いよくジェットを鳴らし、惑星へ着陸に向かうのだった。
***
宇宙船はものがよく見えるくらいまで惑星に近づいた。
「し、死ぬかと思ったわ……」
マユミは機器や柱に掴まってひどい運転に耐えていた。
リクは平然としてハンドルを見つめている。
「え〜っと、そろそろ見えてきたかな?」
「いや、あなたが運転しているんだからあなたは分かるでしょ。」
「いや〜俺ハンドル見ながら運転してるから」
マユミは驚いて顔を上げた。
「はぁ!?あなたはゲームをするとき、コントローラーを見ながらプレイするの!?」
「あぁ、そうだな。」
「バカなのあなた!?」
「まぁ、安心しろってまだ30回くらいしか事故ったことないから。」
「逆に30回もあるの!?それとっくに免許なくなってるわよね!?」
マユミが呆れはてていると、窓の外を見ていたリクが、
「なんだ……これ……」
と疑問に思うような、恐怖するような声をあげた。
「もう、リクは安全運転ってできないのかしら……」
「おいマユミ、見ろよこれ……」
「え?」
そう言われて立ち上がり、マユミは窓の外を見て一瞬にして青ざめた。
「……!?なによ、これ……!?」
ビルのような高い建物が建っている。
都会ではなんの違和感もない光景だが、それが一面に、果てしなく続いている、と言ったらどうだろうか?
そう、つまり地面か何かだと思っていた黒色は、そもそも地面ですらなく、全て建物の色だったのだ。
「人類は誕生していないと高をくくっていたが、それはとんでもない。これは明らかに人工的な物だぜ。」
「あの黒色が全部これだったなんて……」
「とりあえず着陸しよう。陸上はもはや降りれないから……海か?」
「それは着水じゃない?」
「んなことはいいから早くちゃくり……着水だ!」
***
二人は着水に成功し、砂浜かどうかもわからないところに船をつけて上陸した。
緑が全くない星だが、意外にも空気はそこまで汚くはなかった。
二人は透明な金魚鉢のようなヘルメットを被っている。
「海があんな色してる割には有毒な成分はほとんどないとはな。」
「でも一応ヘルメットはしておかないと。」
マユミはメガネをあげようと顔に手を持ってくるが、ヘルメットをしていることを思い出し、ひっこめた。
二人は何も書かれてなく、仕切られてもいない道路のような幅の広いところを歩いている。
材質はコンクリートでもアスファルトでもなく、金属のような、大理石のような不思議な質感だった。
だから、二人は先ほどから「コツコツ」と足音を立てている。
「それにしても、ここまで快適な環境だとは驚いたよな。」
「確かに、重力も気圧も問題ないし、空気も酸素が多少薄いけど、有毒な物質はほとんど無いから、驚いたわ。」
「お、おう……。難しいことはよく分からんが、なんだか、あの訓練は必要だったのか疑問に思えてくるな。」
「あ、あれは結構きつかったわね……。思い出すだけでもクラクラしてくるわ……」
二人がそれぞれの欠点から目をそらしていると、やはりあの真っ黒な建造物が目に入る。
そこで二人はまたゾッとする。
そのビルのような建物は全面がテレビ画面のようで窓がないとも壁がないともいえない。
ここまでいろいろ見てきたが、二人が怯えているのはこれらだけではない。
まだ確認していないものはないだろうか?
そう、
「なぁ、これまで人っ子ひとりいないってのも、さすがにおかしいんじゃないか?」
「薄々気づいていたけど、誰もいないどころか、生活感すら感じられないわ……」
建造物には何も書かれておらず、画面にも何も映っていない。
標識や電柱もなく、生き物の気配すらない。
二人の息づかいまで聞こえそうなくらいの静寂。
まるで、何もかも片付けて、別の星に引っ越してしまったようだ。
リクは「やっぱり戻ろう」とマユミに向き直ろうとして、ふと、周りと輪郭が違う建物が目に入った。
ビルのような細長い建物が隙間なく並んでいる中、そこだけドームのような、少し低く、面積を多く取っている建物があった。
「なぁ、あそこの建物に行ってみようぜ?」
「え?あぁ、あれ?……確かにそこだけ雰囲気が違うわね……行ってみる?」
「よし、ちょっと確認したらさすがにいったん船に戻るとするか。」
二人はそのドームに向かった。
***
ドームの前に着いたものの、やはり一面真っ平らな板に覆われているだけで入り口のような場所はどこにもなかった。
「ここには何かあると思ったんだがなぁ……」
「やっぱり何もないわね。ここだけ違ってるけれど……一度戻ってから考えましょう?」
「そうだな、戻った頃には通信できるようになるかもしれないし。」
二人が宇宙船に戻ろうと振り返ると、
ピーピー、ピーピー
「うおお!?な、なんだ!?」
「やっと繋がったみたいね。通信よ、通信。」
その音はリクのポケットから聞こえる。
リクは通信機を取り出し、ボタンを押した。
『……ちらプラ……団、聞こ……応答せよ……繰り返す、こちらプラネット調査団、聞こえるならば応答せよ。』
「こちらスペースシップ256のリク。俺もマユミも体調不良や負傷もなし。通信可能。どうぞ?」
『やっと繋がったか……二人も死んだかと思ったぞ?心配かけさせやがって……』
「いやぁ、なんか急に通信ができなくなってしまって……ん?二人『も』?」
「まさか……」
『あぁ……残念ながら三隻、小惑星などに衝突して帰らぬ人になってしまった……』
「「…………」」
『……だが、少しいいニュースもある。そちらの位置情報を確認すると、君たちは目的の星に着いたようだな?』
「あぁ、さっき着いたばかりだ。」
『おめでとう。君たちが最初の目標到達者だ。長旅ご苦労だった。』
「おお!俺たちが一番乗りかよ!やったぜ!」
「リク、結構気が短いからね……」
『じゃあ、さっそく調査に取り掛かって……』
「あ、それは今やってます。」
『ん?なんだ、もう始めていたのか?こちらに連絡してからと言っただろ?……まあいい、その星はどんな具合だ?住めそうか?』
そう言われて、二人は周りを見渡す。
どこを見てもあるのは無機質な建造物ばかり。
材質も何でできているのか検討もつかない。
「……環境は十分過ぎるくらい快適で、文明も結構発達しているわ。」
『おお!それはグッドニュースじゃないか!あ、でも知的生命体がいるとなると、ちょっと面倒だな……』
「問題はそこなんです……」
『ん?問題?どうゆうことだ?』
「実は先ほどからビルのような人工物が見えているんですが……」
「全くと言っていいほど、生き物を見かけないんだ……」
『なんだって……?それって、どうゆうことだよ?』
「それが、さっぱりわからないんだよ……だから、どうしようかと……」
リクが言葉を続けようとしたその時、
ピ……ピピ……ピピピピピ……キューーン……
ブーーン……ポーン、ポーン……
グウォォォン……ガシャンガシャン……
静寂をぶち壊すように、けたたましい音が鳴り響いた。