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89.商人と錬金術師は似た者同士かもしれない




「次は向こう側の薬草園に行こうか」


 私は一番大きい筒状の【スライム容器】に待宵草を入れリュックに仕舞う。ルルススくんはふしぎ鞄に入れているので手ぶらだ。


「そうにゃね。薬草園は特にルールはにゃいみたいにゃ」

「むしろ沢山採ってくれ! って言ってたね、あの採狩人の人」


 今の時期は本当に『王女の白ばら』で稼ぐ時期なんだなあ……と、次々採取を終え帰って行く採狩人たちを見て思う。


「……お祭り、何が売れるんだろうね? 見習い錬金術師のポーション……売れるのかなぁ」

「そうにゃねぇ~まぁまぁ売れるんにゃにゃい? ルルススはにゃ、プレゼントによさそうな髪飾りにしようかと思ってるのにゃ」

「髪飾り?」

「そうにゃ! アイリスのおかげでいい物ができたのにゃ」


 口元を押さえ「ニャシシ」と笑う。これは商人・ルルススの笑い方……一体どんな物を作ったのだろう?


「アイリスには一番にプレゼントするにゃ! もうちょっと待っててにゃ?」

「え、ほんと? 貰っちゃっていいの?」

「勿論にゃ! アイリスの一言と【高脚蜘蛛の糸】のおかげで、夢中になり過ぎてたっくさん集めちゃった貝殻やキラキラの海硝子(シーグラス)をやっと活用できるのにゃ! お祭りでは白ばらを髪に飾るんにゃし、一緒に使えてその後も使える髪飾り……しかも材料費も開発費も安いから、売値も抑えられてお手頃お値段! きっと売れると思うのにゃ!」

海硝子(シーグラス)か~……私も採りに行きたいな~!」


 海硝子(シーグラス)は浜辺で採取できる魔石の欠片のことだ。いつかどこかで落ちた魔石が、川や海を旅して砕け角が取れ、独特の風合いを醸し出している素材。魔石としての力はあまりないのだけど、色とりどりで綺麗だし、細工専門の錬金術師が加工したものは護符としても人気だ。


 ああ、それにしてもルルススくんの目がキラキラしている。本当に旅と商人の仕事が好きなのだろうなぁ。

 旅で集めた素材と、それを使い作った物を売り対価を得る。それは錬金術師とも似ている気がし共感してしまう。


「花と一緒に使えるならプレゼントにもしやすいよね。普段使いできるのも嬉しいし……お客さんに喜んでもらえそうだね!」

「そうにゃ! そこが大事にゃ! 髪飾りにゃんてルルススは使わにゃいけど、売った物を喜んでもらえるとにゃんでかルルススも嬉しくて楽しくなるのにゃ!」


 ――あ、そうか。

 私はずっと錬金術で何かを作ることが好きなんだと思ってたけど、そうじゃなかったのかも。ううん、それだけじゃないが正しいかな?


「……私も、それ分かる気がする」


 レッテリオさんに認められて作り始めた携帯食も、結界付きの敷き布もスライム容器も。作る過程や作り上げた時の喜びは確かにあった。でも、使う人のことを考えて作り、出来上がった品物を渡した時、喜んでもらえたことが凄く嬉しかった。


 あの満足感は、難しい錬成調合を何とか成功させた時と同じくらいか……もしかしたらそれ以上? こんなに嬉しいことはない! って思っていたけど、同じくらい嬉しいことがあったのだ。


「にゃ? さすが見習い錬金術師にゃね。それが分かればアイリスも立派な錬金術師ににゃれるはずにゃ!」

「……そうかな?」

「そうにゃ! お祭りのお店楽しみにゃ~売り物も決まったし絶対出店するのにゃ!」


 最近は素材集めと工房のお手伝いばかりで、商人のお仕事はあまりできていなかったからかな? ルルススくんの意気込みが半端ない。


「……そうだね。お店、出してみよう!」

「にゃー!」


 ルルススくんのトタタン! の足音が、今日は尻尾のパタタタン! まで付いて、いつも以上に軽快で力強かった。



 ◆



 その後向かった『薬草園』には特に珍しい薬草はなかったけど、使い勝手のいいものが沢山生えていた。それに、どれも驚くほどの高品質で採取する手が震えてしまったが、根も使える物は傷を付けないように慎重に、使うだけの数を頂戴してきた。


「アイリス、それはにゃんの(はにゃ)にゃ?」


 採取で汚れた手を洗ったルルススくんが、手を小刻みにピピッと振って私を覗き込む。


「あ、これ? これは茴香(フェンネル)だよ」

「ああ、お(さかにゃ)料理にゃんかに使うやつにゃね! お花咲いちゃっても食べれるにゃ?」

「勿論! よく見るのは葉と茎……膨らんだ根の部分だけど、黄色の花は鮮やかでしょう? だから飾り付けに丁度いいんだよ。美味しいしね」


「へぇ~ルルススは初めてにゃ。どんなお料理にするにゃか?」

「今日はスープ! 携帯食セットのコンソメキューブを使ってみようと思って。溶かして飲むだけじゃなくって、現地で調達した食材を入れて色々アレンジしてくださいね、っていうプレゼンをしようかなって」


 今まで携帯食として使っていた、お肉やお魚の燻製を具として入れてもいいし、パスタを入れて腹持ちをよくするのもアリだと思う。

 ……まあ、まずはお鍋を持ち込んで欲しいんだけどね! 迷宮探索隊には!


「レッくんたち夜には帰ってくると良いにゃね~」

「そうだね~」


 ここはちょっと寒いし、何時に帰ってきてもスープなら温めればすぐ食べられる。


「怪我なんかしないで帰ってきてほしいね……」


 私とルルススくんだけの天幕(テント)。三十五層は怖いくらいに静穏だ。



 ◇



「さて。スープ作っちゃおうかな」


 私は手早く茴香(フェンネル)を花、葉、茎と根に分け、それぞれ刻む。葉と小さな小花が集まっている花の部分だけは、そのまま手で小分けにしてスライム容器に入れておく。花は後でスープを食べる直前に彩りとして散らそうと思っている。葉っぱもだ。


「……野菜だけじゃ物足りないかな?」


 レッテリオさんの顔が浮かんだ。一見細身だけど意外と食べるし……ああ、バルドさんなんてガッツリ肉食だ! そうなるときっとランベルトさんも結構食べるんだろうなぁ……。うーん……。


「アイリス、アイリス、これ使わにゃい? ルルスス沢山持ってるんにゃ」


 そう言って鞄から出して見せてくれたのは、綺麗なピンク色をした『燻製鮭(スモークサーモン)』!


「わ、美味しそう!」

「旅の途中で美味しかったから、ルルススの持ってた素材と交換したんにゃ! ルルススこれでスープが食べたいのにゃ」

「うん! 使っても構わないなら喜んで!」


 燻製鮭(スモークサーモン)なら携帯食セットのお試しとしても丁度いい。バルドさんには悪いけど、今日はお肉じゃなくてお魚だ!



 私は天幕の前を竈とすることにした。天幕内でも良いけど、匂いが籠るし空気が悪くなっても困るので、野外で調理する。――まぁ、『神殿』だけどね。


 そう。ここは『神殿』と呼ばれるだけあって、自然の地面ではなく『白の結界石』製のタイルだ。だから竃は前回のような自然石で作ることはしない。今日は持ち込んだ五徳(ごとく)を使うのだ! 高さは十五セッチ程で、錬金術師が作った軽量金属製。三本の脚を広げて使う折り畳み式の携帯用だ。更に乗せる面には【固定】効果の応用が付いていて、大きな鍋でも安定する優れもの。


 今までは工房の年に一度の野営研修でしか使わなかったんだけど、お泊りでの探索にはピッタリじゃないかな? と思って倉庫から出してきたのだ。


 錬金術師製でなくても、折り畳み五徳は採狩人や旅人は必ず持っている物だ。だから騎士団もこのくらい標準装備だと思うのだけど……?


「でも全員は持ってないんだろうなぁ。部隊でいくつかなのかな? 一人鍋とかしてもよさそうなのに」


「アイリスお水にゃ~」

「ありがとうルルススくん! えっ、大丈夫!?」

「大丈夫にゃ~」


 ルルススくんが抱えているのはランベルトさんが持ってきてくれた騎士団の鍋だ。工房で使っている鍋よりも二回りくらい大きい。私が背中に背負ったら今度は亀と言われるだろう大きさだ。


 そんな大鍋に、ルルススくんは給水サーバーから水を入れ、ヨタヨタとした足取りで運んできてくれた。


「重かったにゃ! でもこのコルヌのお水……美味しいのにゃ。アイリスも飲んでみるといいにゃ」

「ほんと? ……あ、本当だ! なんだろう……柔らかいお水だね。うん、スープも美味しくなりそう」


 五徳に鍋を乗せると、炎の魔石で火を点けた。イグニスが点けてくれた【プロメテウスの火】の炎を種火にしてもよかったけど、『神殿』の造りであるここでは煙が出ない方が好ましいので今日は魔石を使う。


「ほんとは薪もあった方が魔石の節約にはなるんだけど……煙が充満したら大変だしね」


 ケチって命を落としては元も子もない。



 ◆



 具材を軽く煮込んでコンソメキューブを三つ入れた。多分これで丁度いいはず。


「……ん、もう少しかな?」


 こんなに大きな鍋は初めてだからキューブの個数加減がなかなか難しい。探索隊の携帯食セット用にするなら、もう少し大きなキューブにした方がいいかもしれない。要検討だね。


 私は軽く塩胡椒をし、味見をもう一度。


「うん、良い感じ! 燻製鮭(スモークサーモン)がいい味出してくれてるなぁ~……」


 ルルススくんにも味見を……と思ったけど、そうだった。ルルススくんは天幕内で採取してきた素材の分別整理をしているんだった。


「でもお昼にしてもいい頃だし呼んじゃおうか……な」


 そう、顔を上げた時だった。

 転送陣の向こう側、レッテリオさんに「絶対に行くな」と言われた危険な()から、こちらへ歩いてくる人影が姿を現した。


「やあ、いい匂いだね。君は――錬金術師か」


「えっ」


 なんで分かったんだろう? あ、ローブでかな?

 でもこの人の恰好は――採狩人には見えない。勿論、騎士の服装でもないし、魔術師にも見えない。()いて言えば……うーん。お金持ちの人? っぽい。何と言うか、芸術家とか詩人とか、そういう雰囲気だ。


 チラッと、不躾にならない程度に彼を見上げてみた。


 一言で説明すると、何だか綺麗な男の人だ。右肩から前へ垂らされた薔薇色の髪は、緩い三つ編みにされていて顔周りだけ少し短い。白い肌にとても映えている。

 そして服装は、銀糸の刺繍が入った白の揃いの上下。柔らかそうな生地のシャツは胸元まで開いていて、丈の長い上着は夜色だけど、角度によってオーロラのように色が変わって見える。


 ――とてもじゃないけど迷宮に来る服装とは思えない。辛うじてブーツを履いているけど、この人……武器を持っていない?


 この迷宮で、しかも深層の奥から来たのに丸腰なんて有り得ない。


 一瞬で、私の警戒心が跳ね上がった。

 が、それを察したのだろう男は少し困ったような顔で笑い、口を開いた。


「怖がらせたかい? 連れの者とはぐれてしまってねぇ……持っているのはこれだけなんだ」


 ホラ、と差し出されたのは『王女の白ばら』だった。

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