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85.第三十五層・白の神殿

◆活動報告にて、11/12発売の『見習い錬金術師はパンを焼く』1巻の書影を公開しました。すごく可愛いのでぜひ見に行ってみてください…!(ページ上の作者名から飛べます)

 転送陣に踏み入って、私たちは三十五層へと飛んだ。


「わ……」


 降り立ったそこは、ほんのり明るい真っ白な世界だった。


「ちょっとびっくりするよね。三十五層は通称『白の神殿』っていうんだ」

「神殿……」


 普通に話しかけてくれたレッテリオさんに何となくホッとしつつ、私は改めて辺りを見回した。


 目に入る限り白い石――結界石と薄ぼんやり光る発光石だろう――で造られた円柱、高い天井、それに床……。神殿と呼ばれるのも納得だ。


「奥の方もしばらくは白い結界石でできていて、深層だけど中級以下の魔物は出てこないんだ」

「へぇ! じゃあ私も採取に――」


 深層、それも奥の方で採取ができるなら! と私が喜びを露わにした瞬間、ポンと頭に掌が乗せられた。


「迷路になってるからアイリスは行かない方が無難だ」

「えっ」


 バルドさんだ。今日のバルドさんの装いは黒一色。背中に背負った斧さえもだ。カバーがかかってるからだけど……やっぱり金色なんだろうか? それとも『金の戦斧鬼』っていうのはその瞳の色からついた呼び名なのかな?


「それに小物は出なくても大物が出る。安全地帯で大人しくしてろよ?」

「え。は、はい……」


 バルドさんはニヤッと笑い、頭を二、三回ポムポム撫で……いや、叩いて? 私よりもだいぶ大きいバルドさんのポムポム……重い……っ!


「縮む……」

「副長のポン! は重量があるからなぁ」

「ランベルトさんもされたことあります?」

「あるある。騎士団に入りたての頃はまぁよく……多分そのせいで副長の背を越せなかったんだな」


 そして今度はランベルトさんが私の頭をポン、と一つ。


「安全な採取場所はあとで教えるから、まずは拠点の準備をしようか」

「はい!」


 ◆  



 今回の迷宮探索は二泊三日の予定。

 下の階層にも足を延ばすには相当な駆け足になるけど、「祭り直前の迷宮は混む」というランベルトさんの言葉に従ってのこの日程だ。


 とはいえ、入り口前は混んでたけど深層は関係ないのでは? ……と思っていたのだけど、しかし今、転送陣からは次々と採狩人の姿が! さすがに観光の人はいなそうだけど、その人数は十人ほど。それに意外と軽装だ。

 こんな風に天幕(テント)を張って拠点を作っているのも、私たちの他にはいない。あの人たちは日帰りなのかな。


「アイリス、防水布の敷き布持ってきてくれた?」

「あ、はい! えっと……急ごしらえなので刺繍はできなかったんですけど」


 私はリュックから自分用のいつもの敷き布と、新しく作った大判の二枚をレッテリオさんに手渡した。前に頼まれていた『迷宮探索隊』の分を作ってはみたけど……。

 ああっ! そんなすぐに広げて見ないでくださいレッテリオさん……!


「あの、この探索が終わったら描いてある陣の上から刺繍するので、一度持ち帰りますね!」

「え? いや、これで十分だよ? だってこれ、あの虹色の【玻璃縦羽(ハリタテハ)の羽根の粉】を使ったんだろう?」

「そうですけど……やっぱりお仕事として納品するならもっと長持ちする刺繍の方が……」


 布に錬成陣を施すには刺繍が一番適している。先生からそう習った。だから見習いだからって……――いや、見習いだからこそキチンとした物を渡したい。


「そっか。でもこれは十分な品質があると思う。だから今回の依頼品はこれでいい」

「でも」

「それにあの虹色の粉を使ったならインクとしても最上級じゃない?」

「それは……そうです、ね」


 でも、できるだけの工夫はしたけど……。本当に、これで大丈夫なのだろうか?

 私はちょっとの不安と確認を込めてレッテリオさんを見上げる。


「ね。それならやっぱり問題ない。これで納品完了、受け取らせていただくよ。あ~これで尻が冷たいって騒ぐ奴らがいなくなる」

「……ふふっ、はい。使っていただければ嬉しいです」

「うん」


 きっと私の顔は今、ちょっと曖昧な笑みになってしまっているだろう。中途半端な物を納品してしまったんじゃないかって、まだちょっとどこか不安で顔を俯かせてしまう。


 すると。

 ポンポン、と下を向きかけた私の頭に優しい掌が触れた。


「アイリス、良い品をありがとう」


 その柔らかく落ち着いた声の一言が、私の顔をそろりと上げさせる。


 ――これは、どういう気持ちなんだろう?


 よく分からないけど、モヤモヤとした重苦しい気持ちが浄化されてしまったよう。そう、重かった胸と頭がこんなにも軽くて、目の前のレッテリオさんを自然と真っすぐ見上げてしまう。


「おーい、レッテリオ! 布~!」


 ランベルトさんの声が飛んできてハッとした。

 私の後ろではあっという間に天幕が組み上がっていて、イグニスがその頂きに立ち風見鶏のようになってるし、ルルススくんはハンモックに身を預けご機嫌で揺られている。


「ああ、いま行く」


 そう言って、レッテリオさんは擦れ違いざま指先で、私の髪をひと撫でして行った。


「……」


 ――なんで今日はみんな頭撫でてくの?


「……おかしいな」


 呟き、私は床に置いたリュックの前にしゃがみ込む。慌てて布を引っ張り出したからまたちょっと散らかしてしまっていたのだ。


「……おかしい」


 心臓あたりを覆ったあの重苦しいモヤモヤは、今はすっかり、早鐘が追い立てるソワソワにすり替わっていた。





「……ランベルトさん? あの、それは?」


 荷物を仕舞い直しテントに向かうと、その前でランベルトさんが似合わない物を担いでいた。


「ん? 樽」

「たる」


 それは分かる。よく見る木の樽だ。あ、蛇口が付いてる。


「ここには水場がないからな。水を確保しないと――コルヌ!」


 ランベルトさんが澄んだ青色の魔石を投げ名を呼ぶと、水しぶき状の光と共に彼が現れた。


「あ~! コ~ルヌ~!」

「オう! オ、イグニスいーマントしてるじゃン! お前たちと揃いカ」

「まあな。コルヌにも作ろうか?」


 今日のランベルトさんとレッテリオさんはいつもの騎士服で、マントはないけど色的には勿論イグニスとお揃いだ。


「……いらないナ! 波のマントの方が気持ちいイ!」


 そう言いニシシっと笑うと、コルヌはさざ波を出してその背にマントを纏う。イグニスはもう大はしゃぎ。


「か、かっこい~! ええ~ぼくも炎のマント……あ~だめだ~アイリス燃えちゃうぅ~」

「イグニスはこのマントが似合ってるよ!」


「イグニス、それいらにゃいにゃらルルススに頂戴にゃ」

「え、ルルススくんには小さすぎるけど……」

「コレクションにゃ! 騎士団のマントにゃんて普通は手に入らにゃいにゃ」


 なるほど、コレクション。分かる。


「んん~……だめ~! あげないよ~! ぼくのマントだもんねぇ!」



 そしてコルヌは、例の樽に水を満たし「美味しい軟水だゼ!」と言い姿を消した。探索の時までは力を温存するのがコルヌとランベルトさん流らしい。



 ◆



「さて。それじゃこの階層のことをアイリスにも説明しておこうか」


 安全地帯に張った天幕内。ランベルトさんは地図を広げた。

 この地図は迷宮探索隊独自の地図だから、機密保持も兼ねての天幕なのだ。ちなみに私は部外者だけど、同行を求められたイグニスの契約者ってことで閲覧可なんだそう。


「この三十五層は迷宮探索隊(我々)が攻略済みだ。『白の神殿』から出ない限り基本的に安全。ここは転送陣を囲む安全地帯も広く強力なものだから、アイリスたちに危険はまずない。それにアイリスには術師イリーナの指輪もあるし、万が一魔物に遭遇したとしても結界が護ってくれるはずだ」


「指輪はあるよね? アイリス」

「はい、あります!」


 レッテリオさんが指輪のない私の指を窺い言った。


「なくさないようにと思って……」


 私はちょっと胸元を覗き込み、首に下げていた小袋を引っ張り出した。


「ここに! こんな大きい石の指輪してたら色んな意味でヒヤヒヤしちゃいそうだったんで!」


 防水布の端切れで作った小袋に入れて首に下げてきたのだ。これで前みたいに泥沼にはまっても汚れないし落とすこともない!


「うん、分かった。しまって……」

「はい」


「……まあ、あるならいい。ルルススくんは大丈夫かな」

「大丈夫にゃ。大ケットシーと森の加護が付いてるし、これでもルルススは一人旅ができる腕前にゃ」


 心配にゃいにゃ! と髭をそよがせる。


「そうだった。それなら採取場でも心配いらないな」

「にゃ! それにゃ! どこで採取できるにゃっ?」

「採取場はこことここ、あとは奥に数ヶ所だな」


 苦笑するランベルトが指さしたのは、安全地帯からそう離れていない場所。そこは神殿の回廊の中央、中庭の様だ。そして地図には迷宮内には似つかわしくない名称が書き込まれていた。


「にゃ? 『お花畑』ってにゃんにゃ?」

「この採取場は一面花しか生えていない場所だからそう呼ばれている。そこ、今が一番混みあう時期なんだよな」


「こっちは『薬草園』ですね?」

「うん、そこには薬草だけが生えてるんだ。そっちの方がアイリスが喜びそうな素材が多いかな」


「んん~? じゃあこっちは~? ばってん付いてるけどぉ……」

「ああ、そこは『泉』だったんだが……干上がっちまってな」


「干上がった?」


 私は不思議に思いバルドさんの言葉を繰り返し、見上げた。

 だってここは『神殿』だ。天井があって薄明りだけ。空はない。いや、もしかしたらその上にあるのかもしれないけど……太陽がある暖かさはなく、空気はひんやりとしている。


 バルドさんはチラリと、レッテリオさんとランベルトさんに視線をくれ、そして頷き合ってから言葉を続けた。


「――隠すことじゃあないから言うが、ここは俺が騎士として最後に戦った場所でな。泉はその時に枯れたんだ」


 静かな声でそう言った。



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