69.ツィツィ工房の主はスライムがお好き
◇ツィツィさんの名前を変更しました。(2020/7)
カルミネ・ツィツィ・ジッリ→ミケーレ・ツィツィ・ジッリです
後々出てくる他人物の爵位名と似ていたので、ほとんど出てこないツィツィの本名を変更させていただきました。
「やあ、初めまして。ツィツィ工房のミケーレ・ツィツィ・ジッリです。いやぁ、この度は興味深いご依頼を頂いて……! すごく面白い実験が出来ました! カンパネッラさんはいつもこんな自由な発想を? 私としてはスライムの――」
「工房長、一旦お待ちください。彼女が面食らってます」
招き入れたその人の後ろから制止が飛んで、ツィツィ工房の彼はピタと言葉を止めた。
「あ……、初めまして。アイリス・カンパネッラです。どうぞアイリスと呼んでください。えっと……工房長さん」
ちょっとびっくりしたけど、私は何とか挨拶をして笑顔をひねり出す。
この人……この雰囲気に夜色のローブ姿。もしかしなくても錬金術師なんじゃない?
「ああ! 僕のこともどうぞミケーレでもツィツィでもお好きな方で気軽に――」
ツィツィ工房長さんが握手の手を差し出し喋り始めたその時、後ろから再び、光沢ある藍色のローブの手が割り込んだ。
「失礼をしまして申し訳ございません。私はツィツィ工房の製造部門責任者のフィオレ・トゥリッリと申します。フィオレと呼んでください、カンパネッラさん」
深い藍色の短い髪と瞳で、話し方もその雰囲気もとても知的な女性……この人も錬金術師さんだろう。まだ若そうに見えるのに、有名なツィツィ工房の製造責任者だなんてすごい。
「よろしくお願いいたします、フィオレさん。どうぞアイリスとお呼びください」
「……フィオレ、もう僕も口を開いて良いかな?」
「若ツィツィ。お若いお嬢さんを怯えさせないよう、年相応に落ち着いた工房長らしい雰囲気でお願いしますね?」
いや、フィオレさん……それはもう――。
「もう手遅れにゃよね」
「錬金術師ってみんなおもしろいよねぇ~」
「わ、ルルススくん、イグニス……! しぃー!」
私の陰からヒョコっと顔を覗かせた二人はそんな素直な言葉を口にする。うん、ほんと、確かにそうだよね!
「ケッ……トシー……!」
「こちらは……炎の精霊ですか……!」
二人の目がキラッキラに輝いている。ああもう、これは錬金術師――それも研究馬鹿に入る部類だと思う。多分絶対だ!
「失礼しました」
「ごめんね、ケットシーに会うのなんて久し振りだったからついつい! ああ、ルルススくん、是非あとで商品を見せてください! 実は僕いま欲しい物がありまして……」
「ツィツィさん! えっと、お仕事のお話を進めましょう! あの、まだ外に工房の方と品物がありますよね?」
また喋り出したツィツィさん――フワッフワの亜麻色の髪と灰色の瞳の男性だけど、工房の名前でもある『ツィツィ』という女性の愛称で呼ばせてもらうことにした。『ツィツィ』は元々、工房の創設者である彼の曾祖母の愛称らしいのだけど、代々工房を受け継ぐ者にその名前も受け継がれているらしい。
あ、うん。自己紹介でここまで聞きました。
そんなツィツィさんのお口を縫い留めて、やっとか……という顔をした男性に外から荷物を運び入れてもらう。
「……えっと、ちょっと多くないです……か?」
テーブルの上に積まれた袋は五つ。多分、一袋五キログじゃないかと思う。
それから標準サイズの木箱が三つ。と保存紙の大きな巻きが二巻き、見たところ二種類だ。
でも、私の依頼は『スライムを砕く』だけだったはず。この大荷物はどういうこと……!?
「はい。それにつきましては私から――」
キラリ。フィオレさんの藍色が煌めいた。
ああこれ、研究馬鹿の錬金術師……!
「――と言うわけです。この五日間……とても充実しました」
「そう、ですか。よかったです、はは……」
並んだ袋と箱の中身はこうだった。
まず袋は砕いたスライム――を、五種類。砕いただけのもの、砕いて挽いたもの、更に粗さを三段階に変え、粉状にしたもの。
棒に巻かれた保存紙は普通の保存紙と上保存紙。でも私が小さく切って使っていると手紙で伝えていたので、適当な大きさに断裁して箱詰めにしたものと、横幅のみ短くし、今までと同じく巻いたものを(これは好きな長さに切れて便利そう!)作ってくれた。
それから実は、ツィツィさんからの最初の手紙に「乾燥スライムでどんな品質のものが出来るかの実験をしたい」と書かれていたので、返信には私が作りたいと思っていたもののアイデアも書き添えていたのだ。
具体的には、特に効果付与のない気軽に使える『失敗上保存紙』と柔らかいが耐久性のある『スライム容器』の二つだ。
見習いとしては自分で作るのが正しいのだろうけど、残念ながら生活の為に私は携帯食を作って納品しなければならない。だから携帯食の容器に使いたいと思っていた『スライム容器』は、一刻も早く欲しかったのだ。
それには今の私では力不足。レシピを考えるだけであっという間に五日が過ぎるだろう。
「うわぁ~! さすがプロですね……!! こんな短期間で作っちゃうなんて……!」
そう。パンはパン屋、スライムはスライム専門のツィツィ工房!
「いやぁ~『失敗上保存紙』――ああ、仮で『簡易保存紙』と呼んでるんですが、これは本当に衝撃でした。錬金術師が作るものなのだから何かしらの効果付与をするべき……と、固定観念に囚われていました。いやいやお恥ずかしい……ねえ! フィオレ!」
「はい。わざと失敗する事により厚みを出して丈夫さを上げたり、付与効果なしにすることで安価に出来ましたし、更に工房としては、今まで品質的に使えなかった廃棄スライムも破砕し混ぜ合わせることにより素材として使用する道も出来ました。本当に有難い限りです……!」
「いや、そんな……」
二人の勢いに気圧され気味ではあるけど、こんな風に正面から褒めてもらえて……嬉しい。
だって二人とも、本当に楽しそうに、嬉しそうに、ニコニコしながら今回の実験を語るんだもの。その切っ掛けが私のアイデアで、それを保存紙加工の老舗でスライムのプロに「面白い」と評価してもらえるだなんて……嬉しくないはずがない。
「それから『スライム容器』! 軽さと丈夫さの二つ、更に効果付与もすれば三つ、四つと……ああ、今回はとりあえず二種類だけ試作をしましたが、これは欲張りな容器ですね。可能性が広がります……ああ、私は保存紙を改良する事ばかりに固執してしまっていたことに気付きました。我々もスライムの様な柔軟な思考を身に付けなければと思い知らされました。ねぇ、若ツィツィ」
「そう! スライムの様な!! 柔軟で可能性に満ちた素材……スライム!! ねえ、アイリスさんもそう思うよね!」
「は、はい。スライムって面白いですね」
この『スライム容器』は、チョコの型に使ったあの柔らかい素材と同じもの。でもこれは厚みは五ミリメ程度まで薄くされているのに、ふにゃふにゃしていない。何かを混ぜて硬度を高めたんだ。でも指で触って少し曲げてみると――うん、受け止めてくれる柔軟さもある。
「これ、温かいものを入れても大丈夫ですか? あ、あと逆に冷たいものとか、寒冷地でも割れたりしないかな……あ、逆に熱で溶けたりは?」
私が携帯食の容器として使うなら……と、気になったことを質問すると、二人は一瞬目を見開いて、そしてニチャァ……と、心底嬉しそうな笑みを浮かべ口を開いた。
「ふふっ……スライム界に将来有望な見習いさんが……!」
「目の付け所が良いです。そこをこの先もっと研究したく思っていて……そうだ、アイリスさんも共同研究……ああ、まだ見習いさんでしたね、じゃあお師匠に……」
「あっ! はい! 私に製品のお試し使用をさせてくれませんか!?」
「試作品のモニターってやつにゃね」
「熱々にするのは任せてねぇ~」
そう言ったルルススくんとイグニスは、スライム試作品の山を除けたテーブルの端っこで、錬金術師たちをよそにお茶会を楽しんでいた。
……わ、私もスライムより……そっちに混ざりたい……かもしれない……!