57.片付けとキッシュと失敗パン
遅ればせながら…2019年最初の更新です!
ちょっと体調が思わしく無く休養をとっていました。予告していた更新もできず申し訳なかったです。
♢前回までのあらすじ→迷宮から工房へ帰宅しお風呂してレッテリオにお弁当を持たせていってらっしゃい…したところ
「アイリス~こっちはおわったよぉ~!」
ちょっと埃をかぶったイグニスが、ふよふよ飛んできた。
「あ、ありがとう! ルルススくんは?」
「ついでにって倉庫を掃除してくれてるよ~。も~……採取してきた素材をしまうだけだったのにぃ~」
レッテリオさんを見送ったあと、イグニスとルルススくんは置きっぱなしだった迷宮素材の片付けを、私は昼食の用意をしていた。
それにしても……ルルススくんはお掃除かぁ……。
「あはは……ごめんね?」
基本的に仕舞い込むだけだった素材の保管庫だ。先生たちの移動のために物は動かしたけど、面倒なので掃除はしなかった。
「ルルススねぇ〜『にゃっ!? 足跡がつくのにゃ!? 掃除と整理整頓は基本にゃよ!?』ってヒゲをたててたよ~」
「あー……」
そこまでひどかったっけ?
いや、あとでやろうとは思っていたのだけど……仕舞うのにも保管しておくにも特に不便を感じなかったので……そりゃちょっと埃っぽいかな? とは思ってたけどまずは生活で……うん! 錬金術師なんてそんなものだ!
「ルルススくんには美味しいお昼ごはんでお詫びをしよう!」
「おいしいごはん~! ね、ね~! はやく作ろう~!」
「これを混ぜてあとは焼くだけだから、ちょっと待っててね」
「は~い!」
私は卵液の入ったボウルに粉チーズを入れ混ぜて、そこにバターで炒めた玉葱、兎花、ベーコン、赤茄子を投入する。そしたら塩胡椒をしてさっと混ぜる。
「よし。そしたらこれを型に……」
「あれ~? アイリスこれパイ生地じゃないけどいいのぉ?」
「うん、今日のキッシュはパイじゃなくてパンを使います!」
そう。丸い型に敷かれているのはパイ生地じゃなく、あまり膨らまずちょっと固めに焼かれたパリパリの皮が香ばしい、パンだ。
「あのね、これルルススくんが焼いたパンなの」
私はぐるりと部屋を見まわして、イグニスに小声で『ルルススくんのパン』のことを話した。
ルルススくんは私たちが迷宮へ行っている間、酵母のお世話をしてくれたり新しく仕込んだり(お願いするのを忘れていたのに色々やってくれて有難すぎる)してくれて、そしてこう思ったそうなのだ。
『そうにゃ! 帰ってきたみんにゃに焼き立てパンを食べさせてあげるのにゃ!』と。
ルルススくんは素材採取と行商をしながらパン工房に酵母も売っていた。パン職人さんの手際もよく見ていたし、私のパン作りのお手伝いもした。だから一人で仕込んでオーブンで焼くこともできると思った。
『だけど……だめだったのにゃ。失敗パンなのにゃ。……アイリスごめんなのにゃ』
出来上がったのは頭に描いていたふわふわホカホカのパンではなくて、ぺたんこカチカチちょい焦げのパン。
レッテリオさんのお弁当に何を作ろう? と考えていた私に、そう、こっそり告白をしにきたのだ。
「材料を無駄にしてごめんにゃさい。焦げ付いたオーブンのお掃除はしたのにゃけど……」としょんぼり耳と髭を下げる姿はあまりにも……あまりにも可愛くて!(とは本人には言わなかったけど)
と、それは置いといて、この固焼きのパン……使えるな。
私はそう思った。
キッチンにあったのは常備してある調味料と、携帯食に使った野菜やハム、ベーコン、チーズの残り。それと定期配達契約をしている牧場から届いた卵と牛乳がどっさり。
大きな状態保持付きの保存庫があって本当に良かった。先生たちが工房を出たので量を減らしてもらわなきゃいけなかったのに、嵐だ盗賊だ携帯食作りだと忙しくてすっかり忘れていた。
『ルルススくん、大丈夫!』
『んにゃ?』
『これ、パイ生地の代わりにしよう!』
保管庫の作り置きパイ生地はもうとっくに無く、作るしかない。でも正直、帰宅したばかりで一からパイ生地を作るのはちょっと面倒だったのだ。
そこにこの、ルルススくんが失敗してしまった大きな田舎風パン(固焦げ)! パイ生地の代わりにすれば、あり合わせの材料でも簡単かつ、十分に美味しいキッシュが作れる。
レッテリオさんのランチにだけでなく、迷宮探索隊の皆さんへの差し入れとしても丁度良い。
二種類のキッシュを焼いて……そうだ、キッシュだけでも満足できるよう一つはパンを厚めに敷き詰めよう。軽いのが良い人はもう一方を摘んでもらえばいい。
『このパンを使えばお皿がなくても食べやすいし、ルルススくんのお手柄かも!』
『そうにゃか? ほんとにゃ~? 無駄遣いは商人として許せなかったのにゃ~~』
こうして「ああ、良かったにゃ!」とルルススくんのお耳が立ったところで、本日のランチが決まったのだった。
「そういうわけでパンを使ったキッシュにしたの」
「へぇ~レッくんのお弁当かご重たそうだったもんねぇ~パンもずっしり?」
「ずっしり! でも私たち用のはパン薄めにしたからね」
三人……といってもそのうち二人が掌サイズのイグニスと、子供サイズのルルススくんだ。小さめの型で焼いても半分は残るだろうが、それは夜にまた食べればいい。
「……目帚ソースとかチーズをたっぷり乗せて焼き直してもいいかな?」
「アイリス~早く焼こうよ~~! あっほら~お昼の鐘が鳴ってるよぉ~!」
カン、カーン、カン、カーン……と、短い音と長い音の組み合わせで鐘が鳴り始めた。十二回もいつまでも鐘が鳴るのはうるさいからか、六回以上になる鐘はこの単音と長音で鳴らされるのだ。
街の広場や時計が必要な職業、そこそこのお店には置時計があるので鐘はなくても時間はわかる。だから夜には鳴らさない。こっちは単純にうるさいからだろう。
ちなみに鐘が鳴るのは開門から日没の閉門まで、今の時期なら朝六刻~夜七刻だ。
「それじゃイグニス、焼いてください!」
「はいは~い! こんがりいくよぉ~!」
キラキララと赤い光が舞ってキッシュを包む。そしてボゥッ! と熱が起きると共に一度集まった光がパーンと弾けキラリと散った。
「んわ~! 美味しそうに焼けたよぉ~!!」
「最高! イグニスまた腕が上がったんじゃない?」
少し焦げ目の付いた黄色いキッシュに赤茄子の赤と兎花の緑が映えてきれいで美味しそう! 混ぜ込んだチーズの匂いもふんわり香っているし、これは兎花だろうか? ほんのり甘い匂いもしてる。
「イグニス、ルルススくん呼んできてくれる? 温かいうちに食べよ!」
「おっけ~!」
◆
「んんん、おいし~い!」
まだ熱い一口目は三角のはじっこを小さく切り取ってパクリ。
途端、鼻に抜けるチーズの香りと濃厚な卵の味が舌に堪らない!
ああもう、これ二口目は欲張って大き目にしてしまおう。だってトロッと熱で蕩けた赤茄子が私を誘ってる! 濃厚卵にちょっとの酸味が絶対に美味しいはずだ!
「にゃっ、これ、ルルススのパンにゃか? 美味しいにゃあ!」
フォークを突き刺すルルススくんは、取り分けられたキッシュを半分にして少し冷ましているようだ。そうか猫舌だ。猫じゃなくてケットシーなんだけど。
「ほんとだね、ルルススくん! これ側面はパリッと焼けてるのに下面は生地が染み込んで……うん! ふわもちっとしてて美味しい~。ね、イグニス、もしかして場所によって火力を調節したりした?」
「ふふ~ん! そ~だよ~~!」
ペロリ。
口元についたキッシュを舐め、平たいお口で大きくニンマリ。
「イグニスすごい! 本当にお料理スキルが上がってるんだね……!」
「すごいのにゃ! ルルススにゃんて火力の魔石調節すら難しかったにゃ」
「うん! ぼくすごいでしょぉ~!」
ものすごく得意げなイグニスはご機嫌で尻尾を振っている。
本当に……こんな細かい調節までしてしまうなんて……。
「お料理特化の炎の精霊……」
いいのか、な? なんて思ったりもするけど、本人は嬉しそうだし私も嬉しいから……問題はない! だろう!
「そうにゃ、アイリス、あの大量のスライムどうするにゃ?」
ルルススくんの視線は保管庫に仕舞えなかった乾燥スライムへ。
そうなのだ。保管庫に押し込むことは出来るけど、あんな大袋を三袋も床に置いては邪魔になる。あと整理整頓が基本のルルススくん的に、床に積むのは許せなかったらしい。
「う~ん……乾燥させたけど品質の問題もあるからさっさと処理した方が良いんだけど……」
「……いっぱいすぎないぃ~?」
「保存紙にするんにゃよね?」
「うん。大部分はそのつもり」
迷宮産だから品質は高いはず。きっと保存期間の長い高品質な上保存紙を作れるだろう。
それから中程度の品質の保存紙、ルルススくんと話していて思いついた失敗上保存紙……これ何て呼ぼう? 失敗上保存紙はちょっとない。
「う~~ん……とりあえず処理に取り掛かるしかないよね。二人とも手伝ってくれる?」
「仕方ないのにゃ~」
「ぼく火しか出せないからねぇ~?」
さあ午後からは、スライムまみれのスライム祭りだ!!