44.ヴェネトスの迷宮・第3層 白い小石道とスライム
「それじゃ行こうか」
「はい!」
ここは迷宮だけど、人が定期的に入っているので獣道のような道がある。私たちはそのうちのひとつ、白い石で『作られた』道を歩いていた。
「ね、ね〜〜この道ほんとにスライムがよってこないんだね〜?」
道の周りには、鼠ほどの大きさのスライムがポヨ、ポヨヨンと跳ね草花を揺らしている。
「この白い石は軽い魔物除け効果があるからね」
そう。この道を作っている白い石――通称『結界石』は、ほんの少しだが魔物除けの効果があるのだ。
だから石がただ並べられているだけでも、スライムに壊されることもなく道として維持されている。それからこの『白い小石道』の一番の利点は、無用な戦闘を避けられるので、消耗せずに目的地まで行けるということだろう。
ここに来る人間は採狩人。そしてその目的は素材としてのスライムだ。
浅層で捕れるスライムは深層に比べれば品質は劣る。だけど地上のスライムよりは高品質だし、日用品や消耗品の原料としては十分な品質だ。それにここは『スライムの王国』と言われるくらいの群生地。数が多いだけでなく、普通なら探すのに手間取るサイズや珍しい特徴を持ったものも生息しているので、確実かつ比較的安全な狩場なのだ。
「あ、イグニス、まだスライムに触っちゃダメだよ? 目的の泉に着いてからにしないとバテちゃうからね」
「ごめ〜〜ん。ね、アイリス……ぼくレッくんの肩に行ってもい〜い?」
ちょっと恥ずかしそうにもじもじしつつ、イグニスの視線は落ち着かず周囲をチラチラ。
「いいよ。でもスライムはまだ見るだけね」
「わかった〜〜!」
イグニスは返事と共に、スイーっとレッテリオさんの肩へ。後ろから見える尻尾はブンブン振られていてご機嫌の様子だ。
「イグニス、そんなにスライムが気になるの? 珍しくはないだろ?」
「だってレッく〜ん! ぼくこんなにいっぱいのスライムはじめて見たし〜! ここの子たち楽しそうなんだもん〜!」
だからぼくもなんだか楽しいんだぁ! と、イグニスはレッテリオさんの肩から周囲を見回し、スライムたちの跳び真似をしてはしゃいでいる。
ぽよ、ぽよよん、と跳ねるスライムは確かに楽しそうに見え、迷宮内だというのに妙になごんでしまう。
咲き乱れる花々の中、戯れるように跳ねている大小色とりどりのスライムたち……。うん。なんてメルヘンチックな光景なのだろう!
これを捕獲するというのは……なんだか少々胸が痛い。
そもそもスライムは、基本的にこちらから攻撃したり彼らの機嫌を損ねない限りは無害なのだ。もちろん魔物に分類されている以上、魔力を持ち人に危害を加える力を持っている。それに種類や個体によっては、毒を持っていたり攻撃的なものもいる。
「アイリス、あと五分刻くらいでひとつ目の泉に着くよ。最初は『星空の泉』だね。用意はいい?」
「はい!」
私は大きな袋を掲げてみせた。標準的な三十セッチ〜四十セッチサイズの乾燥スライムが五十匹は入る大きさだ。リュックには予備を含めてあと三個、同じ物が詰め込まれている。
勿論、これにも重量軽減の魔術が施してあるので、両腕に一つずつ、リュックに一つの計三個のスライムの袋詰を持ち帰る予定だ。
「レッテリオさん、泉の中にも採取したい素材があると思うので、できるだけスライムを外に出してもらえると助かります!」
「了解。じゃあ俺がスライムを倒すより、おびき出してイグニスにやってもらう方が良いかな?」
「いいよ〜〜! ぼくがずばずばっとカッコよく倒してあげる〜!」
楽しげにスライムを眺めていたイグニスだけど、どうやら私のような複雑な気持ちは持っていないみたいだ。むしろヤル気満々?
「ここって魔素が濃くて澄んでるから〜ぼくの力もたくさん出せそう〜!」
「そうなの?」
「うん! きっと良いスライムがとれるよ〜!」
魔素が濃い……か。
迷宮はそういうものだけど、イグニスが特にこの三層でそう感じるということは、スライムの影響だったりするのだろうか?
スライムの持つ力は浄化。
綺麗にするという意味合いだけに取っていたけど、もしかしたら彼らはフィルターの役目をしているのかもしれない? 魔素に含まれる雑味を濾して純度を高めているとしたら……。
「スライムの研究をしたら面白そうかも……」
スライムには目も口も手足も、脳も内臓もない。それから雌雄もなく、繁殖は分裂して増えていくので、有機物だけど植物に近いとされている。それらの事から、感情などもなく本能のようなものに則って行動しているのだろうと言われているのだけど……。
「レッテリオさん……」
「ん?」
「スライムを倒すの……ちょっと躊躇したりしません? なんかこの子たち楽しそうに跳ねてるだけだし……」
スライムは近くの仲間を攻撃されると皆で反撃してくる性質がある。それはやっぱり、何かを感じているのではないだろうか……?
「あー……確かにね。見てる分には可愛いかもしれないけど、増えすぎても困るしね。増えすぎたスライムは合体してシャレにならない強さになった事もあるし、過去には飲み込まれた人や街もあるの知ってる?」
「えっ……街も、ですか?」
それは知らなかった。
「うん。まぁ……お伽話に近い記録だけどね。でも建国神話なんかにも真実は含まれているし、馬鹿にはできないと思うんだ。それにね、結局はスライムもパンと一緒じゃないかな」
「……パン?」
「ちょっと乱暴かもしれないけど、小麦もスライムも生活に必要な素材じゃないかなーって。スライムも何かを糧にして生きていて、だから俺たちも必要な分だけを有難く頂く……で、どうかな」
「そう……ですよね」
なんだろう。あんなに狩る気満々で乗り込んできたのに、スライム王国に足を踏み入れた途端、スライムに情が移ってしまっただなんて。
私は今だってスライム素材の保存紙を便利に使っているのに、動く姿が可愛いからって何を言っているんだか。
私は目を閉じ、深呼吸をして息を吐く。
『星空の泉』はボートで一周十分刻ほどの大きさ。水深は浅いが今はスライムで底は見えない。
「よし! スライム狩らせていただきましょう! この泉での目標は五十匹です!」
「それじゃ、始めるね。――風よ!」
レッテリオさんが左腕の腕輪を突き出して、ことばと共に風を立たせると、ザババッと泉の水が波立った。
「イグニス!」
「はいは〜〜い!」
泉の中にふよふよと浮いていた青いスライムが津波のように立ち上がり、その周りでぽよぽよ佇んでいた薄緑色のスライムはベタァっと地面に広がり警戒を露わにしている。
「ン〜……プププッ! プププププ〜!!」
イグニスの口から『火の礫』が吐き出され、青スライムの核を貫いた。
「ウェントゥス! 地面を撫ぜろ」
今度は伏せていたスライムが草花と共に飛ばされて、
緑スライムは慌てたように『ぶるん、ぶるるん! 』と震え風の中で右往左往。そして――。
「プップププーーーー!」
ズバズバッとイグニスの火礫がまた核を貫きスライムたちを仕留めていった。
「アイリス! そろそろよろしくー!」
「はいっ!」
次々泉から湧いてくるスライムを相手にしているレッテリオさんからの声を受け、私は『白い粉』が入った袋を傾け泉の周囲に撒いていく。
そして一周したところで『魔物除け』の錬成陣を描き、白い粉に魔力を流す。すると白い粉は光の輪となり、泉と私たちの周りを柔らかく囲んだ。
これで採取が終わるまで邪魔は入らない。
「よし、簡易結界完了! レッテリオさーん、魔物除け出来ましたー!」
「了解! こっちも……もう少しかな、イグニス!」
「プププーーーー! は〜い! そろそろせんめつだよ〜!」
うわ……殲滅って……イグニス楽しそう……。
「やっぱりイグニスも血の気が多い『炎の精霊』なんだね……」
なんか……普段はお料理ばかりでごめんね、イグニス。私もうちょっと戦(って採る)う錬金術師にもなるからね!