23.ヴェネトスの街 ⑩ 〜精霊の仲立ち契約〜
「……バルドさんを信用しない訳ではないのですが……返事は少し待っていただ――」
「ねぇ? その契約~ぼくが取り持とうか〜?」
クリームを口の端につけたイグニスが、ふよふよと私の側へ飛んできた。
「イグニス」
「『精霊の仲立ち契約』だよ〜。もし~やぶったり~不正をしたら~ぼくの力が罰を与えちゃうやつだよ~!」
エヘン! と顎を上げ、少しキリッとした目でレッテリオさんとバルドさんを見つめる。
精霊が取り持ってくれる契約ほど心強いものはない。
しかも私の契約精霊が取り持ってくれるのだ。イグニスは絶対的な私の味方。私の不利になることはしない。
「如何ですか、バルドさん、レッテリオさん」
もし何かやましいことがあるなら契約はしないと言うだろう。
「うん、それでお願いするよ。イグニスにお願いできればアイリスは安心だろう?」
「精霊の仲立ち契約か……久しぶりだな」
レッテリオさんは「これは仮契約ね」と言い、紙に契約内容を書いていく。そしてイグニスがそこに足を置き、ジュッと焼印を施した。
仮とはいえ、これは立派な『精霊の仲立ち契約』だ!
「それじゃこれでせいりつ〜!」
「よろしく、アイリス」
「はい! よろしくお願いします、レッテリオさん」
見習い錬金術師の私、初めて契約を結びました! 見習いだけど、錬金術師としての初仕事です!
――まぁ、契約の品は食べ物だけどね。
◆
「じゃあ、早速あさってはどう?」
金の斧亭を出て商業ギルドへの道すがら。レッテリオさんは『迷宮探索』の提案をする。
「スライム、早めに欲しいんだよね? 俺としても良い携帯食は早めに欲しいし……とりあえず明後日、お試しで行ってみない?」
「行く! 行きます! えっと、人数と日程は……?」
「人数は俺とアイリスの二人。目的地はスライム群生地で一番浅い三階だから、早朝に発てば閉門までの日帰りで大丈夫」
あ、その言い方ってことはもうちょっと深い所にも群生地があるんだ。浅層と深層で品質や特性も違うかもしれないし、次回は深いほうにも行ってみたい。
「まずは一度お試しで潜ってみよう。アイリスがどのくらい体力あるのか、どこまで連れて行けるのか俺も把握しておきたいからね」
「はい! よろしくお願いします!」
ああ、楽しみ! 早く用事を済ませて迷宮探索の準備をしたい!
「お弁当は二食とあと非常食にもなる携帯食を作っていきますね! 何か迷宮内での食料ルールはありますか?」
「ルールはないけど……お弁当じゃなくて携帯食でいいよ? 納品してもらう携帯食のテストでもあるし荷物は軽い方が……ってそうか。アイリスは大丈夫だっけ」
「はい! リス仕様で行きます! あとお弁当も大丈夫ですよ。ちゃんと迷宮探索に持って行けるような物を考えてみたいと思ってるので」
その辺は安心してもらいたい。私だって考えているのです!
さて、そうとなれば急いで買い出し――と行きたいとこだけど、その前に商業ギルドに行かなくては。
買取査定もそろそろ終わってると思う。たぶん。リュックに入るだけ詰めてきたから結構な量があったはずだけど……。
◆
「お待たせしました。査定の結果はこちらです。今回は全部で17,200ルカになります」
――17,200ルカ!? えっ、安い……!! もしかして品質不足で買取不可が多かったとか!?
「あの、買取可能の数量を確認したいのですが……」
少し人が引いた商業ギルドのカウンター。蜂蜜ダイスを渡したお姉さんの顔色は少し良かったのだが、私がそう言うと少し顔を曇らせた。
「ああ、買取は全数です。ただ……ごめんなさいね、今日は開門のせいで人が多くて……一気に品が入ってきてしまって……。あとあなたはまだ見習いさんだから余計に安くなってしまって……申し訳ないのだけど」
「そうですか……」
私は手渡された査定結果を確認する。持ち込んだ品はこんな感じ。
・日輪ポーション(体力のみ回復)×100
・月読ポーション(病気を回復)×100
・不忍ポーション(体力と怪我を回復)×100
・魔力回復ポーション×60
・湿布薬(10枚セット)×40
買取金額を見ると、日輪ポーションと月読ポーションが20ルカ。『日輪ポーション』は怪我も回復できる『不忍ポーション』より人気もなくて安いからまだ分かる。それでも安いし容器代としてギリギリだけど。
『月読ポーション』はちょっと安すぎる。どこか薬種専門の問屋さんからの買取があったのかもしれない。病気に効く『月読ポーション』は錬金術師よりも薬師がよく作るし、品質も効果も見習いの私より高い。
そして『不忍ポーション』も人気の『湿布薬』も安い。見習いとはいえこの金額は辛い。
「う〜〜ん……」
「ごめんなさいね。気持ち的にはもうちょっと出してあげたいんだけど……こっちも状態保持の倉庫がいっぱいで、見習いさんのお品は早めにね、こう……」
ああ、なるほど。元から安くしか売れない見習い品の保管にさく倉庫が惜しいのか。――分かる。
となると、私のポーションたちは商業ギルドから採取人ギルドへ格安品として卸されるのだな。きっと。
「……仕方ないですね。分かりました、これで買取お願いします」
予定の半分くらいだけど、売らない訳にはいかない。だって、ごはんが無いのだから!!!!!
「はぁ……」
「……ごめんなさいね。一週間もすれば需要と供給のバランスも落ち着くと思うから、そしたらまた……ね?」
「はい……。次はもう少しよろしくお願いします」
「任せといて! ……あなたがくれた携帯食すっごく美味しかったし助かったし、次も私を指名してくれればちょっと色つけちゃうから! 私はエマ。よろしくね、アイリスさん」
ああ、お姉さんの白い頰がほんのり薔薇色だ。そして元気そうな笑顔……。
さっきあげた『蜂蜜ダイス』が普通の『蜂蜜ダイス』でありますように……!
まぁ、もし『ポーション蜂蜜ダイス』だったとしても気づかれなければね……それで良いのだけれど。
不安……。
♦︎見習いMEMO♦︎
♢ポーションの種類…効果の種類によって、主に錬金術師・薬師の間で素材の名前で呼ばれている。
・日輪ポーション(体力のみ回復)
・月読ポーション(病気を回復)
・不忍ポーション(体力と怪我を回復)*これが『ポーション』と呼ばれている
♦︎魔力回復ポーション…これは複数の薬草、ハーブと細かくした魔石などを混ぜ合わせて作る