136.赤ばらの約束
「あ、そういえばクピドはどこに?」
「兄上に預けてきた。あいつとずっと一緒なのは振り回されて疲れるからね……」
「ふふっ、それはレッテリオさんが優しいからですよ? きっと筆頭は、クピドの甘えや我儘を許さなそうだから……今頃クピドは帰りたがってるんじゃないですか?」
その気になれば、迷宮かレッテリオさんの元に転移してきてしまいそうだけど。
「いや、しばらくは研究院で働くように言ってあるからね。大丈夫だよ。ところで……イグニスは?」
「ルルススくんとカーラさんのところです。昼間に手に入れた新しい食材でスイーツを作る! って張り切っちゃってて」
東の通りで白ばらの花吹雪が舞い上がっている。キラキラした光と共に浮かびそして、ワッという歓声と共にその花びらが赤く変わった。
「へえ。昼間はどうだった? 祭りを楽しめた?」
「はい! でもちょっと、ルルススくんと古書店や骨董店で買い物しすぎましたけど……」
歩き回った西の広場に目をやった。昼は古いものや舶来の変わったものが並んでいて、ちょっと独特だったその場所も、夜は炎を使った大道芸で盛り上がっているようだ。
「あはは! それは仕方ないね。珍しい物が集まるからこの祭りで散財する術師は多いんだよ。うちの兄とかもね」
「ああ、分かります……!」
と、ドーン! と、西の広場で火柱が上がり、大歓声が上がっている。
「陽気だなぁ……昨日燃えそうになった街だっていうのにね」
「ふふっ。でもみんな眠らされてたから実感はないんじゃないですか?」
確かにそうかも。そう言って、レッテリオさんは私のほうをジッと見た。
「白ばら、なくなっちゃったんだね」
「クピドに燃やされちゃいましたね」
せっかく赤く染まりかけていたのに、白ばらを挿していた場所には今、ルルススくんの髪留めがあるだけだ。
「アイリス」
「はい?」
「えっと……俺は赤ばらをもらえるのかな?」
その言葉に、私は目をまたたき、そしてハッとした。
そうか……! レッテリオさんから貰った白ばら――待宵草は燃やされちゃったけど、赤くなった望月草を別に用意しておいても良かったのか……! と。
「あっ……あの、どうしよ、手持ちの望月草はぜんぶ魔石に変えちゃったし、あっ、今から採りに……!」
「あはは! いいよ。アイリスらしいなあ」
「でも、また来年、白ばらを贈ってもいいかな」
「……あ、はい! 勿論! あの、私も……白ばらを贈りますね! 来年こそ一緒にお祭り楽しみましょうね!」
「うん。そうだね、また来年」
また、来年。
そう約束をして、少し欠けた満月の下、少しの間二人で街を眺めた。
来年――。私は来年、どの色のローブを着て、どこにいるんだろう?
レッテリオさんも、来年はどこにいるのだろう?
迷宮が鎮まった今、王都に戻ってしまうのだろうか。
「どうしたの? アイリス」
「いえ、あの……来年、どこにいるのかなぁ~……なんて思っちゃって」
「そうだね。でも……自分の居場所なんて、意外とすぐに変わってしまうものかもしれないよ?」
「え? そ、そうですか……?」
それはどういう意味だろう。レッテリオさんはすぐに王都に戻るってことなのかな? それとも私……あっ、そうか。また落第の可能性もあるから、そしたら私は故郷に戻るしかないかもしれない……って!?
「うーん……?」
「アイリス、もしかして、かなりあさっての方向に考えてない?」
「え? ああ、まあ……でも私、最悪パン屋さんになれそうですしね! 問題はヴェネトスでパン屋さんを開くにはお金が必要ってとこですよね」
あれこれ考えそう言った私を見て、レッテリオさんは目を丸くし、そして笑った。
◆
「それじゃあアイリス、明日の朝また迎えにくるから。おやすみ」
「は、はい!」
パタン。と大きくて立派な扉が閉められた。
足下はフカフカの絨毯、高い天井に植物の模様が素敵な壁紙。華奢で流れるような曲線が美しいソファーとローテーブル。
そう、ここは森の工房ではない。
今日はもう遅い時間だし、明日はまた朝から領主様との会談があるとのことで……お城に泊めてもらうことになったのだ。イグニスには心の中で呼び掛けたんだけど、どうやらお腹いっぱいで寝てしまったようで、ルルススくんから『カーラのとこにお泊りするにゃ! 明日工房に帰るにゃね!』とレッテリオさんに転送便が飛んできた。
ほら、私の転送便の受信箱は工房にあるから……。
「私も早く自分の『ふしぎ鞄』を作って、転送便の受信箱を持ち歩けるようにしたいなぁ」
まあ、大体工房にいるし、滅多に急ぎの用事なんてないんだけど……。
「ふふ、でもイグニスったら、なんだかはしゃいじゃって……可愛い」
きっとママのこと、自分のことが分かってスッキリしたのだろう。
イグニスも私と一緒で、なかなか大きく成長できない自分を悔しく思っていた子だから……。
「ふぅ。なんか、レッテリオさんと来年の話なんかしたから考えちゃうよね」
私は高価そうなソファーにゴロンと転がった。
すると目に入るのは薄紫色の見習い錬金術師のローブだ。
「……来年かぁ」
と、呟いたときだった。扉がノックされ、私は驚いて飛び起きた。
「え、誰……?」
え? だって私がここに泊まってることを知っているのは……ランベルトさんとレッテリオさんくらいだ。あとは領主様にも報告はいってるだろうけど……。
もしかしてレッテリオさんだったらどうしよう。そんな風にちょっとドキドキしながら扉を開けると――。
そこにいたのは予想外の、イリーナ先生だった。
「え……せ、先生!? あれっ、王都に戻ったんじゃ……?」
「ええ。ですが明日の会談の前にあなたに話しておきたいことがあるの。遅い時刻に申し訳ないけど、少しよくって? アイリス」
「あ、はい。どうぞ……!」
先生にソファーを勧め、何かお茶でも……と辺りを見回すと、やはりお城の客間だ。しっかりワゴンにお茶の用意がしてあった。【保温】と【固定】の効果付きらしいティーポットから紅茶を入れると、とても良い香りでこんなところでも再びさすが……! と思ってしまった。
「さて。それでは単刀直入にお話しますね。アイリス、あなた王都へ来る気はありませんか?」
「……え?」
――王都へ? 何故? どうして?
「あの、先生……王都へ来る気って……私、行く資格も伝手も理由も見つからないのですが……?」
先生は少し困ったような顔をして、ハァと溜息を吐いた。
「正直、あなたに箔を付けすぎました」
「……はぁ」
箔? 箔って……そんなの付くようなこと……したっけ?
「ああ、分かっていませんね。よいですか、アイリス。まずあなたの『レシピ』量と魔力、それを持っているだけであなたには術師としての価値があります。それから『ポーション効果のあるパン』新しく開発した『保存紙の製作手順』と新たな『保存紙と保存紙容器』の特許、その柔軟な発想力、そして全く足りていなかった実力と、契約精霊、そして考える力や慎重さも身に付きました」
価値……? 特許は確かに……先生に勧められて手続きをした。契約精霊は増えたし、イグニスも大きく成長した。でも――。
「でも、私まだそんな実力なんて――」
「あら。昔の王女が遺した陣を描いたのでしょう? 迷宮の核を作るなんてなかなかの腕ですよ。アイリス、あなたはもう、見習いでいるべきではない実力を備えているのですよ」
思いもよらない先生の言葉に、私は首を傾げぽかんとするしかできなかった。
◆迷宮のお話はこれで完結です!思ったより長くなりましたが、お付き合いありがとうございました!
ここで『見習い錬金術師はパンを焼く』はちょっとお休みをいただきます。期間は1ヶ月程度の予定です。
『見習い〜』は以前にも数回お休み期間をいただきましたが、こうして続けておりますので、のんびり再開をお待ちいただけたら嬉しいです。
お休み中は書籍版や、↓の新作なんかを読んでお待ちいただければ…!
『前世がスライムでした。~伝説の錬金王の製薬スライムだった僕、転生したら【製薬】スキルに目覚めたので、迷宮都市で可愛い仲間とポーション作って楽しく暮らして成り上がります!〜」
https://ncode.syosetu.com/n8333gm/
魔法薬師を目指す男の子の成長物語です!迷宮都市でほのぼの見守られながら頑張る、ちょっと変わった前世持ちの子のほのぼのな日常と冒険のお話はなし。ごはんと可愛い仲間も出てくるよ!
パンもスライムくんもどうぞよろしくー!!
★や感想もありがとうー!!