135.祭りのあと
その晩は、クピドを連れて皆が待つ工房へ戻った。
封印したはずのクピドを見たら大騒ぎになるんじゃ……と思ったけど、そこはレッテリオさんだ。ちゃんと転送便を飛ばして連絡してくれていた。
連絡入れることくらい気が付かないのか? と思われるかもしれないけど……私は私で忙しかったのだ!
「ねえ、アイリス~? 僕また君の手料理が食べたいなあ~?」
「ちょっとぉ~! クピドぉ~? それぼくのマネぇ~? さいご伸ばさないでふつうにしゃべりなよぉ~!」
「ええ~別に真似はしてないけど~? アイリスはこのほうが好きかな~って思っただけだよ~?」
「んん~! やっぱりマネしてるぅ~! レッく~ん!」
はぁ。と、私とレッテリオさんは顔を見合わせ溜息を吐いた。
「ずっとこの調子なんだ……」
「はい……。レッテリオさん、クピドのことずっと顕現させておくんですか……?」
普通の精霊は、普段は人の目には見えない世界に身を置いている。だけど契約前のレグとラスのように、彼らの意思で姿を見せてくれる精霊もいる。そして契約精霊は、イグニスのように希望して常の顕現を選ぶ者もいる。
「本人がこのままがいいって言ってるし……実際、目に見えないと何かやらかしてるんじゃないかって不安な気もするんだよね? 契約したとはいえ、クピドは迷宮と繋がってるから……」
「ああ、フラッと遊びに行ってしまいそうですよねぇ」
また好き勝手に迷宮を広げられても面倒なのだろう。だって、迷宮探索隊はその名の通り、迷宮を探索し管理する部隊だもの。
「またクピドの好きなように拡大されたら俺の仕事が終わらない……」
「ですよねぇ」
だけどこのまま工房に帰ったら、この賑やかなイグニスとクピドにレグとラスが加わって、ルルススくんだっている。更にランベルトさんのコルヌとペネロープ先生のポッレンもいたら――。
これは、皆を静かにさせるにはアレしかない。
「……レッテリオさん、帰ったら私、すぐにごはんを作ります!」
「え?」
「精霊たちはみんな食いしん坊ですし! 時間的にはお夜食ですからスープかな? 冷製スープと平パンとかいいかも……?」
いや、今夜は魔力を沢山使ったから、森のお野菜たっぷりピザのほうがいいかもしれない。
「そうだね。クピドはクセがあるけど……存外、悪い奴ではなさそうだし、一緒に食卓を囲めば少しは仲が良くなるかもしれないね」
◆
結局、満月の夜のお夜食は、見習いハリネズミたちのリクエストもあり『森のゴロゴロ野菜のピザ』になった。お好みで生ハムを乗せたり追いチーズをしたりして、ルルススくんはあの真っ赤な『特製スパイス』を掛けて美味しそうに食べていた。
イグニスに炙ってもらってトロットロになった追いチーズ……堪らなかったです……!
そして翌朝、イグニスの協力を受けたクピドによって、ヴェネトスの街は眠りから目覚めた。
王都から個人的に駆け付けてくれたイリーナ先生も加わって、ペネロープ先生と二人、ほぼ一日その辺で雑魚寝させられていた住人たちの【癒し】をしてくれた。
クピドの炎で燃やされてしまった建物なども、二人の先生の魔術によって応急処置がされた。なので今、ヴェネトスの街の建物には、あちこちで自然の木が生えその穴を塞いでいる。樹木が取り込まれた我が家を見た人の中には「なんだか雰囲気が良くなって、これはこれでいい」なんて言っている人もいた。
そして私は――。
「はい! 『赤茄子とベーコンの平パン』できました! イグニス焼いて~!」
「はいは~い!」
「レグ、ラス、蔓無南瓜がほしいにゃ~!」
「はいはい! ただいま!」
「おいおい! 白茄子も到着したぜ!」
ひらすらルルススくんとパンを捏ねて、イグニスに焼いてもらってハリネズミ隊に運んでもらっていた。レグとラスは材料を切ったりハリネズミ隊の采配をしてくれている。
「アイリス、こちらにも貰えるかな! レッテリオが貰ってこいってさ~精霊使いが荒いよね!」
「クピド! えーっと騎士団用のは……イグニス~! 焼けたかなぁ? 『森の大盤振る舞いピザ』!」
騎士団の人たちはとにかく人数が多いので、一気に焼ける大きな大きなピザにした。イグニスが焼いてくれるので、オーブンの大きさを考えなくて済んで助かる。
「できたよ~! 『赤茄子とトロトロチーズのピザ』と~『ピリ辛ソーセージと目帚のピザ』と~『オリーブとチーズと蜂蜜のピザ』特大みっつ~!」
「わ、美味しそう~! 僕もたべよ」
クピドは嬉しそうにそう言うと、とても持てる大きさじゃないピザをふわふわ魔力で浮かせて、銀の髪をなびかせ持っていった。
「ふぅ。なんだか……私たちだけお祭りの続きやってるみたい……?」
飾りの旗がたなびき天幕が並ぶお祭りの様相の広場。この賑やかな雰囲気の中、慌ただしく動いているのは沢山のハリネズミたちと私、イグニス、ルルススくんだ。
「アイリス! パンが足りにゃいにゃ! あとスープも大体できたって……にゃー! ポッレン! 味見は駄目にゃ! ニャッ、何を持ってるにゃ!? 胡椒はもう入れたにゃ!」
ああ、そうだった。ポッレンも味音痴なんだっけ……。ペネロープ先生は街中でまだ動いてくれているから、ポッレンが食事を取りにきたのだろうけど……。
「よし。私も頑張ってできることをしよう!」
先生たちの【癒し】と私のパンのポーション効果で、クピドから受けた良くない魔力の影響もきっとスッキリなくなるだろう。
そして明日再開されるお祭りでは、もう何もせずにゆっくりお店を回って楽しもう!
私は明日の楽しみを思い、天幕の下で呟き汗を拭った。
◆
翌日、お祭りは再開された。
昼間は出店と楽隊で賑わい、夜にはそこに踊りと『娯楽魔術』……私が幼い頃に見たような錬金術師による花吹雪や、炎の魔術の応用である花火が夜空を彩った。
そして人々は、一日分欠けてしまった月の下で赤く染まった『望月草』を交換する。
ちょっと赤くなりすぎて実が熟していたり、中には花が燃えてしまっていた人もいたようだけど……。
「アイリス」
「あ、おかえりなさい! レッテリオさん」
今日はカッチリとした騎士服姿だ。手には帽子、マントをつけた正式な装いをしたレッテリオさんは、さっきランベルトさんと一緒に『転送陣』の間から出てきたばかりだ。
今回のアレコレを報告しに、領主様のところや王都へと行ったり来たりをしていたらしい。
「ああ、ここからの眺めはいいね」
「本当に。こんな場所から街を見れるなんて……最高ですね!」
そう。このテラスからは街がよく見える。
街には明るいオレンジ色のランタンが灯され飾られて、楽団の音楽があちこちで流れている。そしてたまに大通りで花が舞い、空には花火が上がっている。
ここは領都ヴェネトスの高台にあるお城。今回の顛末を説明するため、私も夕方からお城へ呼ばれたのだ。といっても私はオマケのようなもので、当事者として連れてこられただけ。まだ見習いということもあり、イリーナ先生とペネロープ先生の後ろを付いて回っただけだった。
何かお咎めでもあるのかと心配していたのだけど、『見習いの身分でよく頑張った』と言われてしまい……。ちょっと複雑な気分になってしまった。
もしも私が一人前だったら、責任ある立場だったらきっと何かが違っていたのだろう。
いい事ばかりだとは思わないけど、『見習い』という別枠の扱いがこんなに淋しく、悔しいものだとは今日まで分かっていなかった。
「アイリス? 何か嫌なことでもあった?」
「いえ、ただちょっと……。早く一人前になりたいなぁと改めて思っただけで……」
「……そっか」
レッテリオさんはそれ以上は特に何も言わず、慰めるようにポンと私の頭を軽く撫でた。