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134.迷宮の核

 レッテリオさんとの契約が成立したクピドは微笑み、なんだか嬉しそうだ。

 その身は変わらず檻の中ではあるけど、契約者という、半身にも等しい存在を得たことで心が満たされたのかもしれない。


「あの、レッテリオさん。思ったんですけど、クピドをここから出しちゃいませんか?」

「え? アイリス、それは……」


「だって、街の皆さんを早く目覚めさせてあげなくちゃ。筆頭やイリーナ先生の力で目覚めさせることができるかもしれないけど、すぐには難しいだろうし……【眠り】が切れるのを待ってたら数年が過ぎちゃいます。それじゃ皆さんの体がもちません」


 眠ったままのヴェネトスの住人を、健康なまま何年も安全な場所で保護するなんて無理がある。


「確かにそうだな。でもクピドを迷宮から出してしまったら『核』はどうしたら……? それにクピドは【眠り】を掛けた時と今では魔力の質が変質してしているんだろう? それでも【眠り】を解除できるのか……。どうなのかな? クピド」


「うーん……『核』としての封印がなければ問題ないと思うよ。それなら【眠り】を掛けたときと同じ条件だからね。ただ、炎の魔力が足りなそうだけど……」


 クピドは檻の中で手をかざし炎を呼ぼうとして見せる。だがやはり、炎竜とも切り離された今のクピドでは、炎を呼ぶことはできないみたいだ。


「大きな炎の魔石でもあれば……なんとかなるかもしれないけど」

「はいは~い! それなら~ぼくが協力してあげるよ~!」


 私の頭の上で話を聞いていたイグニスがぴょこん! と手を上げ言った。


「だって~クピドが使ってた炎は~元々は()()の魔力だもん~! ぼくの中にあるこの魔力を~クピドに貸したら~きっとみんな目覚めるよ~!」


 確かにそうだ。イグニスが魔力を貸してくれるなら、クピドが【眠り】を掛けたときの魔力とほぼ同じ条件になる。


「イグニス! 良い子だね。仲良くしようよ」

「それはいや~! クピドと仲良くはしたくない~!! レッくんの契約精霊だから手を貸してやるんだからねぇ~」


 イグニスはベーッと舌を出して、レッテリオさんの肩に座った。


「ふふっ、【眠り】のほうは大丈夫そうだね! あと、核なんですけど……『レシピ』――『迷宮の核』」


 私は頭の中の『レシピ』を呼び出し、気になっていたレシピを確認する。


「アイリス?」

「アイリスぅ~?」


 突然『レシピ』の展開を始めた私を、レッテリオさんとイグニスが訝しげに覗き込む。まあ、覗き込んでも『レシピ』は私の頭の中だから見えないんだけどね。


「――あ、やっぱりあった! レッテリオさん、クピドの代わりになる『迷宮の核』作れそうです」

「え?」


 核とは、要は大きな魔力の固まりだ。今、核となっているクピドと同等程度の虹色魔石を使えばいい。


「あ、でもクピドは既に『核』になってるから、完全に迷宮から解放することはできないと思うけど……。でも今よりは自由にさせてあげられるはず、かな? えっと……新しく作るものは『核』。で、クピドは第二の核で、迷宮を守る『番人』ってところかな……?」


「へぇ。『番人』か……面白いね。どうかな、クピド?」

「あはは! 僕が『番人』だなんて皮肉だね。でも――自由に動けるのは嬉しいな。僕、また色んな場所を覗きに行って、この迷宮に持ってきたいし」

「……それは程々で」


 レッテリオさんは「またここ広がるのか……」とちょっと複雑な顔をしている。

 そうか。クピドが自由に動き回れるようになったから、この迷宮はこんなに広がったんだっけ。


「ふふ。では早速『核』を作ります……!」


 私は頭の中の『王女の手帳』をパラパラめくった。


 ――そう。

『核』のレシピは、ここに描いてあった幾つかの習作のうちの一つ。


 二百年前の王女様は、本当に錬金術師として優秀だったのだと思う。この錬成陣は色々なものの応用であり進化系だ。まあ……ただ、採算度外視なところはあるし、魔力量的にもちょっと非現実的でもあるけど。


「さすがは王族ってところかな?」


 お金も魔力もなんとでもできるもんね。私だったらこんな錬成陣を描くことは無理かもしれない。きっと途中で「色んな意味で無理だな」と諦めてしまうだろう。


 それにしてもこの陣が存在しているということは、王女様はここを迷宮に仕立てる気が元々あった……? 封印されたクピドが核になってしまったのは偶然かと思っていたけど――。


「やっぱり、さすが王族だ」


 利用できるものはなんでも利用する。偶然のようで計算していた事実を感じ、私はちょっとゾッとした。


「アイリス~?」

「ううん、なんでもない」


 私はちょっと乱れた気持ちをイグニスを撫でることで慰めて、気分を切り替え『迷宮の核』の錬成準備を進めた。


 必要な材料は多くない。まずは迷宮の魔力……これは迷宮内で作製すれば問題ない。それから『番人』と繋がりを作るための『銀時計の欠片』と『番人の魔力』、核の『安置場所』、それからクピドの代わりになる『虹色魔石』だ。


「ペネロープ先生に持たされた魔石が役に立っちゃった」


 私はポーチから大きな『虹色魔石』を取り出した。これはレグとラスが迷宮の『望月草』から生成した魔石だ。迷宮との親和性が更に上がるから凄く有難い。


「レッテリオさん、銀時計の鎖を一つください。あと、この空魔石(からませき)にレッテリオさんの魔力を籠めてください」

「分かった」

「それ~ぼくが切ってあげるよ~!」


 レッテリオさんが空魔石に魔力を注いでいる間に、イグニスが銀時計の鎖を焼き切ってくれた。これで素材の準備ができた。


「それでは、錬成陣を描きます!」


 私は腰のポーチから『魔筆(コンテ)』を取り出した。

 これはどこでも錬成陣を描けるように、錬金術師や魔術師なら皆が持ち歩いているものだ。古くは木炭を使っていたけど、魔石粉と顔料を混ぜて固めたこの魔筆(コンテ)の方が描きやすく、魔力効率もいいので現在はこちらが主流だ。


 私は王女の手帳を片手に持って床に這いつくばる。


「えっと……あ、これはこっちか」


 ちょっと複雑な陣だし手帳を見ながら描くのはちょっと難しい。それから肩も凝る。


「アイリス~手帳ぼくがもってあげるよ~!」


 イグニスは小さな体で手帳を抱える様にして持ち、私の顔の前で浮き見せてくれる。


「わ、イグニスありがとう! 最初からお願いすればよかった~」

「くふ~」



 そして、なんとか陣を描き終え、誤りはないか何度も何度も確かめる。レッテリオさんにも確認をお願いした。

 素材はシンプルだけど、肝となる虹色魔石はここにあるだけだ。やり直しができない訳じゃないけど、街の人のことを思えば早くクピドの代わりとなる『核』を作ってあげたい。


「よし。それでは……魔力を流します!」


 私は杖を陣の一端に突き刺して、じわりと魔力を注ぎ始めた。大量の魔力が持っていかれることを覚悟していたのだけど、意外なことに私の魔力はそれほど持っていかれていない。大量の魔力が取られているのは――この、迷宮だ。


「すごい……」


 音や光が見える訳ではない。だけどこの錬成陣目掛けて魔力が集まってきているのが分かる。多分だけど、この感じは炎の魔力だ。まだ迷宮に残っていた()()()()()()の魔力の名残がどんどんと集まり、虹色魔石を染めていっている。


「アイリス! 檻が……!」

「えっ? わっ!?」


 レッテリオさんが私を引っ張り抱き込んだ。私の目の前、クピドが入っている鳥籠のような檻がザラザラと崩れ始め、陣に吸収され、そして――。


 虹色に輝いていた魔石が、こっくりとした紅色の宝玉に変わってた。



 ◆



 出来上がった『核』を檻があった場所に安置すると、迷宮がそれを『核』と認識したのか、じんわりと光り出し、そして淡い輝きを湛えた。



「じゃ、早速街の人間を目覚めさせに――」

「いや、待って。クピド」


 トトトン、トン! と軽い足取りで檻の跡から飛び出したクピドがそう言うと、ちょっと考えた風のレッテリオさんが制した。


「何? 心配はいらないよ? 僕はもうレッテリオの契約精霊だから、悪させずにちゃんと目覚めさせるよ?」

「いや、そうじゃなくて……もう夜だし時刻も遅い。今、街中の人間を目覚めさせても暗いってだけで混乱が高まるだろうし、収拾も付けにくい」


 確かにそうだ。お祭りを楽しんでいる最中の昼間だったはずなのに、目が覚めたら真っ暗な中で雑魚寝させられているなんて……混乱しないわけがない。


「うん。やっぱり目覚めさせるのは明朝にしよう。それならランベルトも各所に連絡して、事態収拾の準備もできるだろうし……」

「ま、契約者がそう言うなら僕はそれで構わないよ」


 さて、それじゃ朝まで何をしていようかな! と、クピドは美しい銀の髪をなびかせ笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。イメージ通りの錬金術を行使したので、おお〜なんて思っちゃいましたwでも間違えないように何度もチェックしちゃうとこを想像して笑えました。 アイリス、成長したな〜。
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