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128.望月の城門前にて

◆お知らせ◆

8/12に書籍版『見習い錬金術師はパンを焼く』2巻の【電子版】が発売になります!こちらには【電子限定特典SS】が付きますー!書き下ろしエピソードの隙間のお話です。

今回、紙書籍版に特典を付けれず電子版のみで申し訳ないのですが、少しでも楽しんで頂ければ嬉しく思います。


紙版もまだまだありますので、どうぞよろしくお願いいたします!!感想やレビューや、巻末にあるアンケなんかも頂けましたら幸いです。よろしくお願いいたします!



 月が輝き昇り始めた頃、私たちはヴェネトスの城門前に来ていた。


 まだ月は上り始めだけど、工房で立てた作戦を実行するため早速準備に取り掛かる。

 まず、クピドを迎えるのは城門前だ。屋根裏部屋で見つけた王女の手帳によれば、ここには『封印の転送陣』が描かれているはず。


「――確かに、何かが仕込まれていますね。クレメンテから聞いた通りならば、この門の右側の壁、そこにあるヴェネスティ家の紋章に魔力を流すと、番人の銀時計を嵌め込む場所が現れるようです」

「なるほど。これじゃあ気付かないはずだ」

「仕組みは迷宮と同じっぽいかな……」


 ランベルトさんとレッテリオさんが紋章をなぞり、先生も交えて試しに魔力を流してみている。ランベルトさんは水、レッテリオさんは風、先生は大地の魔力だ。


「アイリス、ちょっと炎の魔力を流してみてくれない?」

「はい」


 私が恐る恐る魔力を流してみると……紋章の端、目立たない場所にぼんやりと『円』が現れた。


「これ……」


 私はレッテリオさんから渡されていた銀時計を取り出し、そっと円の前に掲げてみる。


「ああ、ぴったりだね。やっぱり迷宮と同じか」

「ですね。ここに銀時計を嵌め込んでもう一度魔力を流せば、多分この門の前に『封印の転送陣』が現れ起動するんだと思います」


 迷宮にあった『祭壇』の部屋、あの壁にあった仕掛けと同じならばそうだろう。でも問題は……クピドをどう上手く『封印の転送陣(ここ)』に誘導するかだ。


「アイリス、その陣の大きさは分かりますか?」

「あ、はい! 迷宮と同じなら……あ、この門の幅と同じくらいの正円です!」

「なるほど。それではポッレン、あなたはここへ【誘導】の魔術をお願いできる?」

「はいはいっ! 勿論よっ! ここは工房の森とも近くていい大地の魔素が流れているから……」


 ポッレンがフルフルっと体を揺らすと、背中の針がキラキラと輝き城門前の草花に降り注がれる。


植物(この子)たちに協力してもらいましょっ! 【誘導】は大地の精霊(ノーム)の得意技だものねっ」

「んにゃっ? やっぱり『迷いの森』って大地の精霊(ノーム)のせいにゃったにゃか……!」


 ルルススくんの呟きに、ポッレンはじめハリネズミたちは「ふっふっふ」「きゅっきゅっきゅ」と体を揺らし笑っている。


『迷いの森』とは、何故か迷ってしまい森を抜けれなかったり、必ず入口に戻ってしまうという森のことをいう。精霊も多い豊かな森で多く報告されている現象なのだけど……。


「森に立ち入ってほしくない大地の精霊(ノーム)がやってたのかぁ」


 思わぬところで謎現象の謎が解けてしまった。


「まあ、それはいいわ。任せたわよ? ポッレン。アイリス、これでクピドは知らず知らずのうちにここへ足を向けるはずです。彼がここへ来たら、私は『金縛りの陣』を発動させます」

「はい! 先生が足止めをしたら、私が紋章の『封印の転送陣』を起動して……」


「はいはい! そうしたら、わたしたちが『望月草の実』から作った魔石を陣に埋め込みますわ!」

「おうおう! 任せてくれよな! ちゃーんと魔力効率のイイとこに置くからな!」


「うん! レグ、ラス、よろしくね」


 魔力の流れが見える精霊さんに任せておけばその辺は安心だ。だって万が一、私が陣を起動させても魔力不足で正確に動かない……なんてことになったら大変だもんね。


 正しく魔石の魔力を借り、陣が発動すれば――クピドを迷宮に転送させることができるはず!


「とはいえ……やはり不安なのはクピドの炎だな」


 ランベルトさんは開け放たれたままの門の向こう側、異様に静かな街に視線を向け呟いた。

 全ての人間が眠らされている街は物音一つしていない。薄闇の大通りに祭りの飾りが揺れている様は、なんとも言えない不気味さと苦さを感じる。

 鎮火はしたけど街は一部が燃やされたばかりだし、風向きによっては多少まだ焦げ臭い。


「マ~そこはオレが頑張るゼ! 水壁の結界を何重か張っておク!」


 イグニスと共に消火で活躍したコルヌは、しっかり休息を取ったようでツヤツヤ魔力がみなぎっている。


「頼むよ、コルヌ。私は副長の援護かな」

「そうだな。さすがに脅しも兼ねて炎竜を出してくるだろうし、俺にとっては雪辱戦だ」


 バルドさんはちょっと楽しそうにニヤリと笑い、斧を担いだ腕を回す。


「アイリス~ぼく~絶対にアイリスを守るからねぇ~!」


 そう言ったイグニスは、お気に入りの騎士団マントをはためかせ、尻尾をビシッビシッと振っている。


「うん。ありがとう、イグニス。でも無理はしないでね? 私もイグニスを守りたいんだから!」

「くふ~! クピドなんて~追っ払っちゃおうねぇ~! ね~レッくん!」

「そうだね。でもアイリス、クピドはどう出てくるか予想ができないから、アイリスは城門前で待機しててね。俺とイグニスが隣で守るから」


 ニコリと微笑みかけられて、そのいつも通りの顔と声になんだかホッとしてしまった。

 緊張して当たり前だけど、ガチガチじゃ足手まといになってしまう。私は、私にできることをしっかりやらなくちゃ!


 ヴェネトスの街を焼かせるわけにはいかないけど、私だってクピドについて行くつもりはない。


「はい! あの、私が変なのに好かれちゃったせいで……ごめんなさい。皆さん、よろしくお願いします……!」

「本当ですよ! だから危ない所には行かないようにって言っていたのに……まったく! あなたは私の生徒ですから、私がキッチリ守ります!」


 先生は何故かちょっと怒ったようにそう言って、私の隣に立つレッテリオさんを軽く睨み付けた。


「……俺、術師ペネロープに嫌われたかな」

「くふ~」

「あれは違うんにゃにゃい?」


 ほら、とルルススくんが指さす方では、ポッレンが「心配症なんだからっ! ペネロープちゃんってば!」と短い尻尾を振って笑っていた。



 ◆



「そろそろ満月が頂点にくるにゃ」


 全員で空を見上げた。

 コルヌは静かに水の結界で街を包み、ルルススくんは門の中へ入り、声の転送便(ツグミ)で工房にいるカーラさんに「そろそろにゃ」と声を飛ばす。カーラさんは見習いハリネズミさんたちと工房で各種ポーションを作ってくれている。

 元採狩人だったカーラさんは薬草素材の下処理が上手なので、街に万が一があった場合を考え備えをしてくれているのだ。あと、もしかしたらイリーナ先生たちから連絡が入るかもしれないから、お留守番もお願いしてある。


 ペネロープ先生は杖を持ち、ポッレンとレグ、ラスは背中の針を逆立て大地の魔素を集めている。ランベルトさんは剣を抜き厳しい表情で街に目を向けて、バルドさんはイグニスと「初手はどうする?」「ぼくが~火を吹く~!」なんて言葉を交わし、レッテリオさんは私の隣で月を見上げている。


 そして私は、ただただ緊張して杖を握り締め、ポケットに手を入れ銀時計があることを何度も確かめていた。


「クピド、早く来てくれないかな……」

「えっ!?」


 レッテリオさんの意外な独り言に、思わず私は声を上げてしまった。


「ああ、違うよ? 待っているこの時間がどうにも嫌だし、さっさとアイツを迷宮にぶち込みたいだけで……」

「ぶち込み……」


 珍しく言葉を乱すレッテリオさんにちょっと驚いたけど、『迷宮の番人』としてはそれだけ腹立たしい存在なのだろう。

 そうだよね。わざわざ王都の騎士団から異動してきたんだもん。一部では左遷だなんて言われていたみたいだし……。


 早く迷宮を鎮めて王都に帰りたいと思うよね。


「アイリス?」

「そうですね。早く決着つけて……お祭り楽しみたいですね!」


 そう、笑顔を作った時だった。

 ブワッと周囲の空気が――ううん、これは魔素だ。魔素濃度が急に高まって、そして私たちの前の空に、真っ赤な髪をなびかせたクピドが現れた。


「アイリス、お待たせ。さ、一緒に行こう」


 ニッコリ華やかなその笑みが、ああ。とても恐ろしい。


 私の隣でレッテリオさんがゾロリと剣を抜き、バルドさんも斧に手を掛けている。ランベルトさんも、コルヌもペネロープ先生もハリネズミたちも、そしてイグニスも。あからさまに敵意を剥き出しにしているというのに、クピドは我関せず。月の光を浴び、楽しそうに私たちを見下ろしている。


「ふ~ん。何か仕掛けてるんだね?」


 おっとりと首を傾げ微笑むと、階段でもあるように悠々と空中を歩き地上へ降りてくる。

 私たちは警戒感を高めるだけで誰も言葉を発しない。何か言ったらその途端、大きな隙を見せてしまいそうだからだ。


「ほんっと……小賢しいなぁ!」


 苛立たし気なクピドの背後にゴォッと炎が上がり、そして徐々に形を変え大きな竜が姿を現した。

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