127.一人ぼっちと仲間
「それで、術師ペネロープ。封印は簡単にはいかないその理由を教えていただけますか?」
テーブルを挟んで向かい側のレッテリオさんが訊ねた。
「……その前に、あなたにクレメンテからの伝言を。『騎士レッテリオの顔と役目を立て、手出しはしない』だそうです。ただ、保険はかけてあるそうです」
「保険? ……兄上は街で何をやっていったんだ?」
「さあ。あの人のやることはよく分かりませんから。さて、封印が困難な理由ですが……まず膨大な魔力量が必要になります。動かすのは迷宮の最下層の封印の陣、それと連動している転送陣、それからその二つを同時に動かすための魔力。必要な魔力量はざっと見積もっても高位魔術師三人分。私とアイリスが頑張ったとしても、あと一人分足りません」
やっぱりか。迷宮で見たあの錬成陣……それから王女の手帳にあった陣も、それもこれも手が込んでいて動かすのが大変そうだとは思っていた。
「はいはい! それならあてがありましてよ!」
レグがパンパン! と手を叩いた。するとハリネズミ隊が箱を持って現れる。
「これこれ! 迷宮から送ってきた『望月草の実』だぜ!」
「あらあらっ! 精製して魔石にしたのねっ! 良い魔石じゃないのっ!」
覗いてみると、ポッレンの言う通り、そこには透き通った紅色の大きな魔石が三つ収められていた。
「すごい……これ、高位魔術師三人分はありますよね! 先生!」
「ありますね。あの迷宮で長年どれだけの魔力を吸い取っていたのか……腹立たしいわね」
「むぅ~……本当ならママが目覚めるための魔力だったのに~……ママ……」
「イグニス……」
しょんぼりとするイグニスをそっと撫で慰める。
そうだ、この騒ぎを納めたら何とかイグニスのママを起こすことはできないか、先生たちに相談してみよう。
こんな悲しそうな顔のイグニスを放ってなんておけない。
「それでは、転送陣と封印の陣についてはこれで問題はなさそうかな? まあ、問題はそこだけじゃないとは思うけど……」
レッテリオさんは目線をバルドさん、ランベルトさんに向け、そして三人が頷き合う。
「そうだな。迷宮の魔力を根こそぎ奪い、更に満月を待ってアイリスを迎えにくると言ったんだから……大人しく封印とはいかないだろう」
「それこそ炎竜も出てくるだろうなぁ。街を焼くなんて脅しも言っていたし、物騒な精霊だなまったく! 月の精霊ってこんな奴ばかりなのか?」
「分からにゃいにゃ。月の精霊にゃんて、ルルススだって初めて会ったんにゃよ! ルルススのおばあからもおじいからも聞いたことにゃいし……珍しい精霊にゃんにゃ! にゃから、一人ぼっちにゃのかもしれにゃいにゃね」
「ぼくだって~! アイリスに会うまでは~一人だったもん~!」
――ああ、一人ぼっち。
確かにクピドは二百年前も今も、ずっと一人だ。
やってることは物騒だし目的のためには容赦をしなそうだけど、でもその反面、ただ美しいものが好きで遊び心もあって、クピドは良くも悪くも無邪気で純粋だと思う。
悪い精霊じゃない……とも思う。結果的に悪いことをしてはいるんだけど、あれは人の善悪じゃ測れない気がする。
一人が嫌なら……そんなに銀の髪が好きなら――。
「クピドと取り引きができたらいいのに」
「取り引き? あなた何を言ってるの。既に『アイリスを差し出せば街を焼かない』っていう取り引きを持ち掛けられているわ。その上で、クピドにとってそれ以上の価値がある取り引きができるというの?」
先生の眉間にまた皺が寄っている。これは怒っているのと心配しているの複雑な表情なのだと分かったけど、それでもやっぱり迫力がある。
「いえ、言ってみただけです……。ごめんなさい先生」
銀の髪は探せばいないことはない。例えば契約精霊として一緒にいられたら……と思ったのだけど、クピドは迷宮の核となっているから、せっかく契約しても一緒にはいられない。
クピドにしてみたら、私を連れて行くのが最良の取り引きだろう。
どうすればいいのだろう……とちょっと俯くと、向かい側に座ったレッテリオさんが銀時計を取り出すのが見えた。
「アイリス、手を出して」
銀時計が私の掌に置かれ、チャリ、と鎖が音を立てた。
「えっ、レッテリオさん、これ!」
「アイリスが持っていてくれるかな。迷宮で転送陣を動かしたのは炎の魔力だっただろう? 俺は風の加護しか持っていないから、陣を動かすことができない。だけどその時計は迷宮の陣の鍵になっていただろう? それなら、陣を動かすことのできる人物が持っていたほうがいい」
確かにそうだった。
でも……番人が持つ『鍵』なのに、レッテリオさんには使えないなんて。
「副長たちと作戦を立ててみたんだけど、その作戦を成功させるにはアイリスとイグニス、それから術師ペネロープ、ルルススくんにレグとラス、ポッレンさんも協力してもらえるでしょうか? あとカーラさんにも、万が一のときの伝令役をお願いしたいんです。皆さん、力を貸してください」
そう言ったレッテリオさんは、銀時計を手放しても立派な迷宮の番人に見える。
一人で何でもできるだけが才能じゃない。さっきルルススくんが言っていた、『周りの人に頼るのも、力を貸してって言えるのも才能』という言葉そのままだ。
私は、私にできることをしよう。
私には魔力が沢山ある。使い方はきっとペネロープ先生が教えてくれる。レグとラスが精製した魔石もある。
「はい! 私、危険な役目でもやります!」
「ぼ~くも~! ママの魔力~もう使わせたくないもんねぇ~!」
きっと、クピドの封印はなんとかなる!
「アイリスを守って、街も守る。それからクピドを封印して核と成し、迷宮の崩壊も防ごう」
レッテリオさんの言葉に全員で頷いた。そして作戦会議は――。
カーラさんのスイーツと先生の紅茶をいただきながら、やっぱり賑やかに進められたのでした!
◆
そして月が輝き昇り始めた頃――。
私たちはヴェネトス正門前に集まっていた。