125.甘えと手助け
◇『見習い錬金術師はパンを焼く2巻』発売から本日で2週間です!お手に取っていただけたでしょうか…?感想などお聞かせいただけたら嬉しいです!まだの方もぜひ、この連休中に読んでみてくださいねー!
書き下ろしや修正もたくさんしているので、web既読でも楽しめる内容になっております!どうぞよろしくー!!
「アイリスぅ~~!」
「イグニス! よかった、元気なんだね? 本当によかった……!」
私が目覚めたことを察知して街から転移してきてくれたのだろう。わたわたと慌てて私の頬に触れる手は少し煤けている。
「あはは! イグニスおててもお顔も汚れてるよ? ふふっ」
「あ~ごめ~ん! でもアイリスこそぉ~! 元気そうでよかったよぉ~! ぼくはね~街の炎を食べたから~元気になったんだよぉ~!」
「そっか。みんなは? みんなも怪我はないんだよね?」
「だいじょうぶだよ~! みんなも一度こっちに来るって言ってたぁ~」
そんな風に話していると、今度はトトトトトッと階段を駆け上がる小さな足音がして、部屋の扉がバーン! と開けられた。
「あらあら! やっぱりアイリス目覚めましたのね!」
「おいおい! 心配かけやがって……! 森の守護樹の力まで借りちまったんだぜ!」
「レグ! ラス! ハリネズミさんたちも……!」
そうだった。夢の中でクピドを排除し私を救ってくれたのは、レッテリオさんの風と青々として力強い蔦だった。あれは森の守護樹と森の精霊たちの力だったんだ。
「ありがとう! レグ、ラス、それから……レグとラスのお姉さんも、お力添えをありがとうございました!」
私はそわそわこちらを窺っていた、レグとラスよりも一回り大きい黄金色の針を持ったハリネズミの大地の精霊に向かって頭を下げた。
「やだやだ、いいのよっ! だってペネロープちゃんの可愛い教え子で、私の弟妹の契約者だものっ! よかったねっ、ペネロープちゃん!」
「ポッレン……!! しーっ! 教え子の前で『ちゃん』はやめてって言ったでしょう!?」
「やだやだ、わたしってば! うっふふっ!」
陽気な姉精霊さんは、照れてちょっと慌てているペネロープ先生の腕にストンと収まり笑う。
ペネロープ先生に教わっている一年間で何度かその姿を見たことはあったけど、お話したのはこれが初めてだ。それに先生と話しているところを見たのも初めてなので、こんなに明るい精霊さんだとは知らなかった。
「アイリス、笑っている暇はないのよ? ほ、ほら、ひとまずは食事をしましょう。それから今後――満月が昇り切るまでもう幾ばくも無いけれど、そのふざけた月の精霊対策を考えなければいけませんよ!」
そう言うと、ペネロープ先生はポッレンを抱いたまま、ハリネズミ隊を引きつれて少し速足で階段を下っていった。
「おっとおっと、おれたちも先に下に行ってるぜ!」
「そうそう、あの二人にお料理は絶対に触らせちゃいけませんのよ!」
「あ、そっか、先生はお料理が苦手でポッレンさんは味音痴なんだっけ……」
レグとラスは「洒落にならないくらいにな!」「ですのよ!」と頷きながら、急いで階下へと飛んでいった。作り置きのスープやパンがあるはずだけど、下手にアレンジでもされたらと思うと気が気じゃないのだろう。きっと、彼女の生み出す味をよく知っている家族としては。
「くふふ……なんだか~にぎやかで~元気がでてくるねぇ~!」
「ふふっ、そうだね」
そう笑い合うと、イグニスはチラッと私の隣に視線を向けパチパチっと目をまばたいた。その視線の先は、そこに立ったままのレッテリオさんがいる。
「アイリス~ぼくも~先に下に行ってるねぇ~」
「え?」
「ごはんの用意が~できたら呼ぶから~……レッくんよろしくねぇ~!!」
「えっ?」
イグニスはニィーッと口を横にして笑うと、すいーっと飛んでいってしまった。
◆
二人だけになってしまった部屋は、さっきまでの賑やかさとは打って変わった静けさ。静かというか……ちょっと気まずい沈黙だ。
迷宮探索には直接関わらない、イグニスも参加させないと言った後、数日振りに顔を合わせたのは祭りの広場でだった。
あの時はクピドという脅威がいた状況で、気まずさなんて繊細な気持ちは吹っ飛んでしまっていたし、目を覚ましたばかりのさっきだって似たようなもの。
だからだろう。私は今、急に気まずさを思い出してしまって、何を話したらいいのか……と考えてしまっている。
チラリとレッテリオさんの顔を窺ってみるけど、窓の外を見ていてその表情は分からない。だけど、もしかしたらレッテリオさんも私と同じでちょっと気まずく感じているんじゃないかと、そんな風に思ったら余計に言葉が出てこない。
「アイリス、大丈夫? まだ調子が良くなければ食事はここへ持ってくるよ」
「あ、いえ、もう……多分、大丈夫……」
ちょっと心配そうな顔で顔を覗き込まれ、ああ、そうだった、と思った。
レッテリオさんは別に何とも思っていなくて、気まずく思っていたのは私だけだったんだっけ。イグニスが待宵草の種蒔き協力をすれば、作業はきっと早く進むのに私の気持ちの問題で……。
「あの……レッテリオさん。迷宮での種蒔き、大変でしたよね? イグニスのお手伝い……必要でしたよね。……ごめんなさい」
最後の「ごめんなさい」はひどく小さな声になってしまった。
普通の声で言えなかったのはどうしてか……ううん、ちゃんと謝ることができないのは、私の子供っぽい部分なのだろう。恥ずかしさと、まだイグニスを危険に晒したくなかったという感情を飲み込めていないからだ。
「いや、こちらこそアイリスには申し訳なかった。その……兄にも言われたんだ」
「え……? 筆頭に?」
どういうことだろう? 筆頭はあの時、私に呆れたようにサッサと退出してしまったと記憶しているけど……?
「うん。あの後『見習いの手を借りすぎだ。お前が番人なら自分で何とかしろ』ってね。……確かにそうだよね。アイリスとイグニスの力をあてにして……申し訳ない」
そう言うと、レッテリオさんは私に向かって頭を下げた。金の髪がサラリと揺れて、私も慌てて立ち上がって言った。
「えっ、申し訳なくなんて……! イグニスは行きたがってたのに、私の我儘です!」
そうだ。一人実習になってから、イグニスと離れたことがなかったから……心配もあったけど、単純に寂しかったのかもしれない。
私ってば、自分でも知らないうちにイグニスを頼りにしすぎて甘えていたのだと、今になって気付いた気がする。
「そんなことないよ。イグニスの契約者はアイリスだからね。アイリスの意向が第一でいいんだよ。――これは俺の甘えだ」
「え……?」
私と同じことを……どうしてレッテリオさんが思うの? だって、ちゃんと迷宮の番人としての仕事をやっているのに。
「兄に言われて思い知ったんだ。ああ、俺は未だに自分一人じゃ何もできないんだなって。爵位と役目を継いで、何でも一人でできる兄たちに追いついた気になってたけど……そうじゃなかったんだなぁって」
お兄さんたち? 筆頭の上のお兄さんも、何かすごいお役目を担っている人なんだろうか? 私からすればレッテリオさんも十分ちゃんとお役目を果たしていると思うけど……?
「私はそんなことないと思います……よ? だってレッテリオさん、後輩の騎士さんたちにだって慕われてるし、ランベルトさんだって信頼してるんだなぁって感じるし、私なんて足手まといにしかならないのに迷宮に連れていってくれたし、ちゃんと騎士のお仕事もしてるじゃないですか」
お兄さんたちとのことは分からないけど、少なくとも私から見たレッテリオさんは立派な騎士さんだ。マントを着けてキラキラしてる姿は余計に立派に見えたし!
「そうかな。……そうだね、少なくとも騎士としての仕事はしっかりできるようになれてるかな」
レッテリオさんが少し苦い顔をして微笑んだそのとき、トコトン! という聞きなれた足音が扉の方から聞こえた。
「ルルススも、レッくんはちゃんとお役目を果たしてると思うにゃよ!」
「ルルススくん!」
「ルルススくん」
開けっ放しにしていた扉の前に立っていたのは、街にいるはずのルルススくんだった。ほんの少しだけどヒゲが焦げて縮れている。
「それににゃ、周りの人に頼るのも、力を貸してって言えるのも才能にゃ! 立ってる者は親でも使え、猫の手も借りたいって言うにゃ!」
「あのねぇ~街はもう落ち着いたって~ふくちょ~もたいちょ~も来てるよぉ~。あと~ごはんの用意もできたよ~! くふ~!」
ルルススくんの頭の上に乗ったイグニスがひょこっと顔を出しニコニコ顔でそう告げた。
その笑顔を見て、さっきイグニスが私たちを置いて下へ行ってしまったのは、私とレッテリオさんに話をさせたかったのかもしれない……? と気が付いた。
「イグニス……」
「くふ。アイリス~久しぶりに~レッくんとおはなしできたみたいだねぇ~!」
イグニスは私の耳元で、そう嬉しそうに言った。
「……うん。ありがとう、イグニス」
「くふふ~どういたしましてぇ~! くふ~!」