119.迷宮の精霊
◆7/10発売の『見習い錬金術師はパンを焼く~のんびり採取と森の工房生活』2巻書影が公開されました!
あとがきに書影を貼りましたので、ぜひご覧になってください!かわいいよー!(活動報告にて詳細をお知らせしています)
◇区切りの都合で今回はちょっと短めです
「カーラ! 大丈夫か!? アイリス、ルルススくんも……!」
「バルド!」
駆け寄ってきたバルドさんの胸には、ルルススくんのピンで白ばらが飾られていた。そして私たちと同じように、その体にも赤い火花がきらめいている。
よく見れば、レッテリオさんやランベルトさんの周囲にも赤い光がチラチラと舞っていた。
ああ、ルルススくんとイグニスのおかげで、バルドさんたちも眠らされずに済んだんだ。
「何があったんだ。何なんだ? アイツは」
「バルドさん! あの人、私が迷宮であった男の人です」
「はぁ!? アイリスに白ばらくれた無礼な男か!」
その声が聞こえたのか、男はバルドさん、レッテリオさん、ランベルトさんをゆっくりと見回した。
「無礼? 欲しい子に白ばらを渡すのがお前たちの流儀なんだろう? 僕はそれに従ってやっただけだよ。――迷宮にはうんざりするほど咲いていたしね」
ちょっと顔を歪ませて『うんざり』という言葉を口にした。
迷宮……そうだ、この男の人は『迷宮に閉じ込められていた』と話していた。それに白ばらを渡したい人がいるとも言っていたはず。
「……あなた、外に待っている人がいたんじゃないの?」
せっかく迷宮から脱出できたのに、何故ここにいるのだろう?
何故、私を探して迎えにきたなんて言っているのだろう?
「あ、うん。いるかと思ったんだけど……随分時間が経っていたみたいでいなかったんだよね。薄々そうかなと思ってはいたけど、まさかこーんなに時間が経ってたなんてね。僕もちょっと驚いたよ」
この男は一体何を言っているのだろう。
シンと静まり返る広場には、ブスブスと燻る煙と男が喋る声だけが聞こえている。
いつも活気にあふれているヴェネトスとは思えない異様な空気。男から発されている圧迫感、緊張感に支配され、私たちはじっと見つめるだけ。
今のうちに皆を避難させるなり、広場以外にいるだろう警備の騎士たちに知らせを飛ばすなりすればいいとは思うのだけど、何故かそうできないままでいた。
「……騎士かぁ」
スタスタと歩を進め、対峙していたレッテリオさんに男が歩み寄った。
「でも二人だけか。うんうん、相手にならないね……あれ? 君、面白いことしてるね?」
「何のことかな」
レッテリオさんは睨みつけながら答えるが、男は微笑んだまま。
「で、君は黒髪の騎士の水の精霊かぁ。この辺りの水の精霊は昔からこんな感じだよね」
「どういう意味だヨ! 感じ悪いナ! オマエ!」
「そういうとこだよ。そっちの男は……――あれっ? お前、会ったことあるよね?」
「……俺に覚えはないが」
突然目を向けられたバルドさんが抑えた声で答えた。背にカーラさんと私を隠し、右手は斧の柄を掴んでいる。
「嘘うそ! だってその顔の傷! 竜に付けられたものだろう? それにその斧、振るうと黄金色になるだろう? 美しかったから憶えているよ」
「何だって……?」
フフ、と小さく声を漏らし笑ったのは薔薇色の髪の男。今、この場を支配しているのは彼だ。動くのも、喋るのも彼だけ。
誰かが一歩動いたら、この奇妙な均衡に保たれた空気は一気に崩れるだろう。
私たちの誰もがそう思っていたそのとき、「きゃっ!?」と小さな悲鳴が聞こえた。
「えっ……な、なに……!?」
「おい! どうした!」
広場の向こうから来た人だ。一人や二人じゃない、数十人の人々が集まってきている。
ああ、迂闊だった! 広場以外の場所は無事だったんだ! よく耳を澄ませば、かすかに音楽や楽しそうな声が聞こえてきているじゃないか!
「――ッ、ダメ! 逃げて!」
「来るな!」
「うるさいなぁ」
私とレッテリオさん、そして男の声が重なった。男が手を振り上げると、その周囲に高濃度の魔素が滲むのが分かった。
「だめにゃ!」
「アイリス~!」
「警備隊! コルヌ結界を!!」
「おウ!」
ランベルトさんの声で広場の周囲に水の結界が出現した。まるで水のカーテンだ! 魔術師ではないランベルトさんだけど、その契約精霊の力の大きさには驚かされてしまう。
「わぁ~コルヌかっこいい~!」
「あっ、騎士たちもいるにゃ!」
小さな声でそう言ったルルススくんに倣い遠くを見てみると、確かに騎士たちが結界の内と外で広場を囲んでいた。少しずつだけど、どうやら眠ったままの人々を救出しているようだ。
「あ~やっぱり君、隊長か何かだったんだ。まあ、いいけどね」
発動されず霧散された男の魔力が再びその手に集まっていく。
「……アイリス!」
「えっ」
突然大きな声を出したレッテリオさんが私の元へ駆け寄った。そして私を庇うように抱き締めたその瞬間、私の髪を飾っていた白ばらが炎に包まれた。
「ッえ!?」
花弁は一瞬で燃え落ちて、黒焦げになった実だけが地面にコロリと転がった。
「あっ、アイリス~!! もぉ~おまえ~! 何するんだよぉ~!」
イグニスが炎を飛ばし男を攻撃するが、男はにこやかに微笑みながら炎を溶かしてしまう。
「ごめんね、イグニス。その騎士様のせいだよ? 本当はその騎士を燃やしてしまおうと思ってたのに……それじゃあアイリスが巻き込まれてしまう」
「なに言ってるのぉ~!?」
再び怒りで夢中になったイグニスが次々と炎を飛ばす。が、その炎はやはり溶けるように消えてしまう。
そう。何故か消えてしまうのだ。あの男が消したではなく、かざした手で吸収するように溶かしてしまう。
「……おかしいにゃ。イグニスの炎は強いはずにゃのに……アイツ、本当ににゃんにゃの?」
いつも陽気なルルススくんが珍しく耳と尻尾を下げ、少し震えている。カーラさんは小刀を握ったまま、そんなルルススくんを抱き締め私まで庇っている。バルドさんはレッテリオさんと頷き合うと、ランベルトさんと警備隊に合流した。
「アイリス、大丈夫? 髪燃えてない? どこか火傷していない?」
「あっ、はい。大丈夫です」
ルルススくんとは対照的に怒りで震えているイグニスの後ろで、レッテリオさんは私の顔をグイっと上向かせ、灰になった白ばらを掃って頬やらあちこちを確認する。
「……ん? アイリスここ、耳の後ろに小さな傷がある」
「えっ、あ、それ前からです、多分。あの男の人が何かチリって……」
「あいつが?」
後ろを振り返ったレッテリオさんから、チッという小さな舌打ちが聞こえた。
「お前。それ以上アイリスに近付くな」
イグニスと炎の応酬をしていた男に切っ先を向け、レッテリオさんが言った。
「ハハ! たかが番人が偉そうに……!」
――えっ。
今この人……レッテリオさんを番人って呼んだ? なんで? どうしてレッテリオさんが『迷宮の番人』だって知ってるの!?
そんな気はしていたけど、どこかでまだ、アレはお伽噺だと思っていた部分があった。『半分の本』は物語になっていたし、きっと誇張された部分があったはず。それに『王女の手帳』だって、断片的な情報しかなかった。だから――。
「それからイグニス。君、いい加減に気付いてよ」
「な~にを~?」
「小さな小さな君の炎じゃ僕には敵わない」
「むぅ~~!」
だから、この奇妙な男の人がまさか――。
「だってほら、じき満月が昇ってくる。迷宮に植えた『待宵草』なんてもう意味はない。今夜、僕の魔力は満ちる」
その言葉で銀時計を確認したレッテリオさんが、サッと顔色を悪くした。
「もう眠り過ぎたし迷宮も飽きた。そんな時に見つけた美しい銀の髪の子なんて……運命だろう? 僕に優しくしてくれたし、あの王女とは大違いだ!」
――まさか、月の精霊だったなんて!
◇2巻書影です!
少し成長した雰囲気のアイリスや、可愛いイグニスとルルスス、レッテリオも格好良く描いていただいて…!そして海!
web版からの収録部分は55話~74話ですが、2巻では構成を大幅に見直し組み直しています。なので、今回は一部未収録となった部分もあります。
それから今回は、web版を読んだ方にもより楽しんでいただけるよう書き下ろしたっぷりです!!ページで100P超、文字数では7万程度の分量がまるっと書き下ろしとなっております。
書き下ろし内容やあらすじなど、詳細は活動報告でお知らせしていますので、ご覧になってみてください。(活動報告へは上↑の作者名から見に行けます)
◇7月・発売前後は少し更新頻度を増やす予定です。やっと迷宮のお話も佳境に入ってきましたので、続きも楽しんでいただければ幸いです!
◆ブクマ、★ポイント、感想をありがとうございます!いつも力をいただいています。嬉しいです。ありがとう!