117.ルルススの髪留めとピン
「繁盛はルルススにお任せにゃ! ということで……にゃ! ルルススの髪留め、カーラにもプレゼントにゃ!」
「えっ、いいの? だってこれ、いい値段しそうよ?」
カーラさんに手渡されたのは、私がつけているものと同じ、蕾が一輪あしらわれたデザイン。使われている魔石が少し薄めの桃色なのは、きっとカーラさんの髪色を考えてのことだろう。濃い赤色魔石は品質は高いけど、赤い髪には埋もれてしまうからね。
「いいのにゃ! 今日はいい場所に招待してもらったし、これはルルススとイグニスからのプレゼントにゃ。これからもよろしくの気持ちにゃ!」
「ルルススくんとイグニスからなの?」
「そうにゃ。この魔石はイグニスが作ったんにゃ!」
「くふ〜! いつもおいしいお菓子をありがとう〜て気持ちだよぉ〜! ね、ね〜カーラは~まだ髪に白ばらつけないのぉ~? ほらほら~アイリスの髪も見て~!」
イグニスが私の頭の上をふよふよ飛んで、薄紅になった白ばらをカーラさんに見せようとするけど……私は、その……ちょっと恥ずかしい!
「そうそう、さっきから気になってたの! アイリス、この髪留めどんな風につけてるのかちょっと見せて?」
「あ、はい……」
多分、カーラさんは私の白ばらが誰から贈られたものなのか知ってると思う。それからこの前、迷宮の件でちょっと気まずい感じになってしまったのも聞いているだろう。
だって、バルドさんはレッテリオさんと一緒に迷宮で種蒔き中だ。レッテリオさんからも何か聞いてたりして……。
レッテリオさん……あの後もいつも通りだし、お祭りにも行きたいって言ってたけど……私、この白ばらを付けてきてよかったのかな。今夜、私は赤ばらを返せるのかな……。
「なるほどね、先に髪に挿して茎と一緒に留めてるんだ。じゃあ私も……どう? こんな大きな花なんて……そろそろちょっと恥ずかしいんだけどね」
カーラさんは耳上の髪を少し編み込んで白ばらを挿し、私と同じ様に髪留めをつけた。
「素敵です! ほんと、バルドさんが採ってきた白ばらって凄く大きいけど、カーラさん負けてない……!」
「カーラの赤い髪に緑系の海硝子がすっごく綺麗にゃ! 二人とも似合ってていい宣伝になるにゃ! にゃ~……早くレッくんとバルドも来てほしいのにゃ〜」
ルルススくんはふしぎ鞄に手を突っ込み商品を取り出しながら呟いた。
「え? どうして?」
「これにゃ!」
ルルススくんが自分のマントの襟元を指さした。胸を張るそこには、キラキラと輝く髪留め……じゃなくて、ピン? かな?
「男の人は胸に白ばらを飾るって聞いたから、白ばらを留めるピンにゃ! レッくんとバルドにも転送便で送っておいたのにゃ! それににゃ、これにゃら髪留めを使わない女の人も使えるし、意中の人とお揃いにもできるにゃ! そんにゃ宣伝のために……早く二人にここへ来てほしいのにゃ!」
「くふふ~! 二人のピンにも~ぼくの魔石使ってくれたんでしょう~?」
「勿論にゃ! ランベルトにもあげたのにゃ! 今日は騎士の正装かもしれにゃいし、格好よくて目を引くはずにゃ! 売れる予感にゃ!」
商売上手なルルススくんらしいその言葉に、私とカーラさんは顔を見合わせ笑った。
◆
「アイリス、そろそろ休憩にしましょっか」
昼が過ぎ、食事と一緒にとソーダ水を買い求める人の波もおさまってきた。次に混むのは食後のスイーツが欲しくなる時間かもしれない。となると、今は一時の合間の時間か。
「そうですね、……あれっ、イグニスとルルススくんは?」
「二人は先に休憩。私たちのお昼ご飯も買ってきてくれるって!」
「あ、そうなんですね。丁度お客さんも引いたし……カーラさん、ソーダ水飲みませんか?」
「ありがとう! もう喉がカラカラよね? アイリスも疲れたでしょ」
「ちょっとだけ! でも、こうしてお店をするのって楽しくて……いいですね、お店!」
私たちはテント内のベンチに腰掛けて束の間の休憩だ。この時間はあちこちの舞台で、楽団や旅芸人たちのステージが行われているから、出店広場の人通りも少ない。
ここから一番近い舞台では弦楽の演奏が行われている様で、賑やかな曲に合わせて踊る人の姿も見えている。
「あ、そうだ。この前バルドさんから、ちょっとだけお二人の馴れ初めを聞いたんです! カーラさんって採狩人をしてたんですね」
「やだ、聞いたの? も~……あの人すぐ人に話したがるんだから……恥ずかしいでしょ? もう何十年も前の馴れ初めなんて!」
カーラさんは耳をちょっと赤くして「やだ」なんて言っているけど、その表情は全然嫌そうには見えない。むしろ……嬉しそう? カーラさんって、普段はキビキビとしてて気風のいい女性という感じだけど、今はなんだか、ちょっと可愛らしい。
「……私とバルドは食べることと体を動かすことが得意だったから、私は食材専門の採狩人、あの人は騎士という仕事を選んだのよね。でも実はね、私にもあの人にも志なんてものは特になくて、単に好きなことや、得意なことを仕事にしただけだったの」
「ああ、でも私もそうです。錬金術が好きなだけで……そっかぁ……。志かぁ……」
イリーナ先生やペネロープ先生、筆頭みたいな人はキチンと持っていそうだ。志。
ああ、それからツィツィさんやフィオレさんも! あの人たちは絶対に持っている! 『スライム製品をもっと世に広げる!』とか『もっと良いスライム製品を作る!』とかだと思う。きっと。
「アハハ! まあね、そんな崇高なものはなくてもいいと私は思うのよ。だって、だからこそ、二人とも引退して食堂をやってるのも楽しいもの! それに……今の仕事はあの人と一緒だしね。騎士時代はほとんど家にいなかった人だから……まぁ、だからこそ私も採狩人を続けてたんだけどね」
そっか。二人は元々王都に住んでいたっていうし、王立騎士団にいたバルドさんは物凄く忙しかったのかもしれない。新米騎士さんを育てる仕事だったみたいだし……なんだか色々と大変そうだ。
「ね、アイリスも、好きなことを好きな人と一緒にできたらいいわね?」
「えっ」
カーラさんの目が、チラリと私の髪に挿した白ばらを見ていた。
「えっ、えっと……はぃ……」
「まったく。レッテリオも仕事ばっかりしてないで早く来ればいいのに……――んっ?」
カーラさんは然立ち上がると、店先から体を乗り出して通りに目を走らせた。
「カーラさん? どうかしましたか? ……あれ?」
なんだろう、この匂い。
甘くて、重くて……どこかで嗅いだことのある匂い――。
「ああ、やっと見つけた。探したよ? 銀の髪の錬金術師さん」
ハッと気が付くと、いつの間にか目の前に人が立っていた。
薔薇色の髪と全身真っ白な服。それは、迷宮で出会ったあの奇妙な男の人だった。