116.カーラさんの『冷たい玉檸檬チーズケーキ』と『ワインと桃のタルト』
「にゃ~! もう人がいっぱいにゃ!」
広場を見渡すと、まだ早い時間だというのに出店準備をする人で溢れていた。中には日除けのテントを張ったりパラソルを広げている店もあって、色とりどりで賑やかな雰囲気だ。
「あ~あそこ~! カ~ラ~!」
カーラさんの姿を見つけたイグニスがスイーッと飛び寄っていく。どこだろう? と目を凝らすと、一際目立つ赤色のテントの前に、同じく赤い髪の後ろ姿があった。
「カ~ラ~! おはよ~!」
「ああ、イグニス! アイリスもルルススくんも、おはよう!」
「おはようございます。カーラさん、今日はよろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそよろしく。それじゃ早速準備を始めましょっか」
「はい!」
今日、私たちが半分間借りする『金の斧亭』のブースは、広場に作られた大きな通路に面していた。十字路にも近いので人通りも多そうだ。
「いい場所にゃ~! たっくさん売って、たっくさん面白いもの買うにゃ! ニャシシッ……!」
「アハハ! ルルススくんらしいね。あ、そういえば向こうの通りに舶来品を扱う店があったのよ。珍しい香辛料とか、あと硝子製品を売る店もあったかな」
「香辛料! ルルスス特製スパイスの新作が作れるかもにゃ! 行かにゃきゃ!」
「出店してるのって、地元のお店だけじゃなんですね」
それに食べ物が多いと聞いていたけど、思っていた以上に色々なお店がありそうだ。いくつか小さなステージもあって、広場のあちこちで音楽も奏でられるらしい。
――もしかしたら、私が小さな頃に故郷で見た旅芸人の出し物も見れるかもしれない。私が錬金術師を志すきっかけになった、あの錬金術師さんにまた会えたりしないかなー……なんて、ちょっと思ってしまう。
「そりゃあね! ヴェネトスは西方最大の街。そこの年に一度のお祭りだよ? 人出だって普段の何倍もあるんだから、商人たちが見逃すはずはないでしょ? あ、アイリス好みかは分からないけど、錬金術師のお店もあるのよ? 薬師とか採狩人の店もあるから見に行ってみたら?」
「え! 行きたいです!」
「ルルススのライバルににゃりそうにゃアクセサリーのお店も結構あるにゃね。にゃっ、アイリス、あっちに古書店もあるにゃよ!」
「えっ! 見に行く!」
「あとで~下見にいこうよ~! みんな見て回ってるし~!」
イグニスの言う通り、まだ準備中の広場には一般の人の姿もあった。
なるほど下見だったのかと注視してみると、大人もいるけど子供が多い。もしかしたら出店者たちの子供なのかもしれない。それから広場には入らず、ちょっと遠巻きに見ている子たちは観光に来た子かな? きっと待ち切れずに宿から出てきてしまったのだろう。大人に引っ張って連れていかれている子もいて、なんだか微笑ましい。
「フフッ、ほんと賑やかなお祭りになりそうですね!」
「そう! だから店舗のアピールにはもってこいなの! 金の斧亭にはスイーツもありますよ! って周知してやらないとね! アイリスとルルススくんにも期待してるから、今日はよろしくね!」
カーラさんはそう意気込むと、日除けのテントに『金の斧亭と森の工房』と書かれた看板を取り付けた。
◆
カーラさんが用意したスイーツは二種類。氷魔石を使った保冷庫で冷やした『冷たい玉檸檬チーズケーキ』と、甘く煮詰めた桃のコンポートと、白とロゼワインのゼリーを乗せた『ワインと桃のタルト』
「うわぁあ! どっちも美味しそうですね! それに……きれい!」
玉檸檬チーズケーキの表面は鮮やかな檸檬色。細かく擦り下ろした檸檬皮がまぶされていて、スッキリとした檸檬の香りが堪らない。桃のタルトのほうは、とろりとしたシロップ透明と薄桃色のゼリーがきらめいていて、乗せられている薄荷の緑が爽やかさを添えている。
「ありがと。アイリスが柑橘ゼリーのソーダ水を売るって言ってたから、それに合いそうなものにしたの。よかったら味見してみない?」
「ぼ~くも~! たべる~!」
「ルルススも食べたいにゃ! あるにゃか!?」
「もっちろん!」
カーラさんはニヤッと笑い、ルルススくんと私、それからイグニスには極小サイズのチーズケーキとタルトを出してくれた。
「わあ~! これ~ぼく用に作ってくれたのぉ~!?」
「そう! いつもお裾分けじゃなんだからね」
「やぁった~! アイリス、ルルスス見て見て~! ぼくの~!」
そうそう。イグニスは小さいから食べれる量も少ない。だからいっつも私がちょっと切って分けてあげてるんだけど……それだとこのケーキのような美しさまでは楽しめない。
「ありがとうございます、カーラさん! あ、じゃあ私の『夏の柑橘ゼリーのソーダ水』も……」
「あら、嬉しい! アハハ、でも先に食べてみて? 両手が塞がってるでしょ?」
お言葉に甘えカーラさんにソーダ水を振る舞うのは後にして、私は早速右手の『冷たい玉檸檬チーズケーキ』からいただくことにした。
チーズケーキはスティック状で紙で包まれているので、お祭りの食べ歩きにもぴったりだ。
「いただきます……わ、檸檬の香り……! ンン~! カーラさん、これすっごい爽やかですね! 美味しい!」
舌触りはまったり重めで、だけど鼻に抜ける香りは軽やかな檸檬の……ああ、この檸檬皮だな。で、次にくるのは濃厚なチーズの味と香り! だけどクドすぎず甘すぎないのは冷やしてあるせいかもしれない。
「あ、ちょっと感じる塩の感じも美味しい……」
「でしょ? 夏だし檸檬でサッパリするけどそれだけだと物足りないから、塩加減をちょっとね」
私の試食感想はまさに狙い通りだったようで、カーラさんは嬉しそうにフフッと微笑む。
「下の~さっくさくの~クッキーもいいねぇ~! おいしい~! でも~カーラ~ぼくもっと甘くしたい~」
「アッハハ、じゃあイグニスにはー……はい、蜂蜜! 少し掛けてみて?」
「とろぉ~ってして~」
「はいはい、トロ~っと! さ、これでどう?」
イグニスはニンマリ笑顔でぱくり。
「さ~いこ~~!」
「それはよかった! んーお店で出すときには何かソースを添えてもいいかもしれないね。好みがあるものねぇ」
「ルルススはこっちの桃からいただくにゃ!」
タルトの方は、掌大に焼いたタルト台に一つ一つカスタードクリームや桃を盛り付けてある。こちらも片手で食べれるし大きすぎないので、沢山は食べられない女性にも喜ばれそうだ。
「ふにゃ~! お酒の香りにゃ! フワって! 面白いにゃ! 桃もシャクシャクでおいしいにゃ!」
「よかった! ルルススくんはお酒も大丈夫だったものね」
「ゼリーにゃから酒飲みには物足りにゃいかもだけど、お酒は苦手にゃアイリスには丁度いいんにゃにゃい?」
「あらら、アイリスは苦手だったの」
「ううん、苦手ってわけじゃないですよ! あんまり飲んだことがないだけで……」
この国ではお酒は成人の十五歳から解禁だけど、未成年も一緒の森の工房ではお酒を飲む機会はほとんどなかった。新年のお祝いでシャンパンを飲んだり、冬にホットワインを作って飲むことはあったけど……それ以外ではお料理に使うくらいだ。
一度、イリーナ先生が飲んでいた高そうなお酒を一口いただいたことはあったけど……なんだかすっごくお酒! という味で、濃くてちょっと苦くて……お酒はまだ早い……のかな? なんて思ったんだけど……。
「……わ!」
ゼリーは細かく砕かれていて、白とロゼのワインの両方が一緒に口に入ってくる。勿論その下の、メインの桃もカスタードクリーム、生クリームも一緒にだ。
「どう?」
「……うん! 美味しいです、カーラさん! お酒のゼリーってこんな感じなんですね! 甘い桃とクリームと一緒に食べると、なんだろう……先にお酒の香りがきて、甘さをほわって包んでくれる感じ! うん、美味しい!」
「薄荷も~! スッキリのアクセントだねぇ~カーラのスイーツはほんとにおいし~ね~!」
「にゃにゃ……これは、今日を境に『金の斧亭』のカフェタイムが混雑するかもしれにゃいにゃね! ルルススはのんびりできる今の感じが好きにゃけど……商売人としては繁盛したほうがいいの分かるから、とっても複雑にゃ!」
「アハハ! 祭りの後の繁盛もいいけど、まずは今日繁盛させないとね」
「はい! がんばります!」