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114.イグニスはおっきな竜の子

◇今回はちょっと長めです

「カストラ子爵としての領地はこの森と迷宮の他にもう一つあるんだ。そこが――アイリスの故郷、ドルミーレなんだ」

「えっ!?」


 うちの村も、レッテリオさん……カストラ子爵の領地だったの? そんなの全然知らなかったし、ええ……!? じゃあレッテリオさんが故郷(うち)の領主様なの? 


「アイリス、アイリス、にゃんか領主様ってとこに驚いてるけど、公爵家の方がもっと近付き難いと思うんにゃけど?」

「えっ……? うん、そうだけど……公爵って遠すぎて、少しは身近な領主様の方がなんか……現実味があって」


 私、ヴェネスティ侯爵に手作りパンを献上するのも緊張したのに、故郷の領主様にはスライムも食べさせてたんだね……。


「と言っても、今の俺はドルミーレで何もしてないけどね。実質的にはヴェネスティ領みたいなものだし。多分、カストラ領は番人が守るべき場所なんだと思う。だからきっとドルミーレ火山も……」

「ああ。そっか、揺り籠ってそういう意味……」


 王女の炎の精霊(サラマンダー)は、封印で力を使いすぎて火山で療養……眠ったのかもしれない。


「それじゃあ、イグニスはその炎竜の……子孫?」


 私はイグニスを見た。レッテリオさんの腕に乗っかって、嬉しそうに尻尾を振っている、円らな瞳の、この小さなイグニスが……? 炎竜の子孫……本当に?


「も~アイリスってばぁ~。ぼくのママは~竜だって言ったでしょ~?」

「い、言ってたけど……!」


 確かにこの前そんなことを言っていた! でも待って、それってもしかして……?


「イグニス、まさか王女様の炎竜って……」

「ママだよ~! たぶん~! だから~炎竜は悪い子じゃなくってよかった~って言ったんだよ~くふふ~」


 ああ、そうか。

 イグニスにしてみれば、王女様の炎竜=ママで、バルドさんを攻撃したのも炎竜と言われたら……それは傷付くことだろう。


「にゃにゃ!? 本当にママにゃか! すごいにゃ。ルルスス、イグニスのママに会いたいにゃ!」

「むりだよ~」


「え? どうして? イグニス」

「ママはまだ眠ってるにゃか? イグニスだけ先に目覚めたんにゃか?」

「ん~……わからない~……?」


 分からない……? どういうことだろう。イグニスはママと一緒にいたんじゃないの? ああでも、ドルミーレ火山に炎竜がいるなんて話は聞いたことはなかったし……炎の精霊(サラマンダー)をお祀りする祠はあったけど……?


 イグニスが「わからない」と言っているのは、精霊としての秘密だからとぼけているのか、それとも本当に分からないのか……。その可愛らしい黒い瞳から窺い知ることはどうにも難しい。


「でも~ふくちょ~が戦った炎竜はなんだったんだろうねぇ~?」

「さあなぁ。それは俺にもよく分からんな。ただ……あれは精霊というより魔物のような禍々しい気配だったな」

「竜の魔物もいるにゃ。そっちにゃったんにゃにゃい? 炎竜は珍しいにゃけど……」


 美しい物や珍しいものを好む『月の精霊』が核の迷宮だと考えれば、無きにしも非ずかもしれない。第三層の玻璃立羽(ハリタテハ)だって随分珍しい蝶だし。


「それにもし、封印できる程大きな力を持った炎の精霊(サラマンダー)だったのなら、俺だけでなく隊は全滅していただろう。きっと一瞬で消し炭だったろうな」


 ハハハ! とバルドさんは笑うが全く笑えない。消し炭だなんてゾッとする。

 だけど――確かにそうだ。


 迷宮の異変を鎮めるには、どこかへ逃げた月の精霊()を探して、再び迷宮核として封印するしかない。

 きっと物凄く大きな魔力が必要だ。月の精霊は、王女様の契約精霊となるほど力があった炎の精霊(サラマンダー)も、力を使い果たし眠ったような相手。


「月の精霊を早く探さなきゃ……」

「銀髪なんて珍しいからすぐに見つかると思うんだけどね。アイリスも銀髪だけど、さすがに違うしね」

「も、勿論です! ちゃんと人間ですよ!? わたし!」


 故郷(いなか)には両親と年の離れた兄がいる。カンパネッラ家は親戚も沢山いる、ドルミーレ村にしっかり根付いた人間だ。でも、確かにこの髪は目立つ。親戚内でも村でもこんな銀の髪は私だけだし、そもそも銀髪は、王族の特徴でもある数が少ない髪の色だ。


「丁度祭りの時期でよかったかもしれないな。街の出入りは厳しくチェックしてるし、周辺の警備に騎士団も出張ってる。銀髪もそうだが、精霊なんて魔力の塊だ。違和感ですぐに気付くだろう」

「そうですね。まだ『手帳』に書いてあったような噂は上がってきていないし、近くに潜んでいそうですしね。ランベルト経由で騎士団で探してもらいましょう」


 手帳には『数日前に南の海の街・ペルラにて男の目撃アリ』『銀髪に染めていた娘が傷害の被害』なんてことが書いてあったっけ。どうやって探せばいいのかと思ったけど、王女様がやったように調べていけばいいのかもしれない。


 それに、昔より今の方が情報網は発達しているはずだし、騎士団の連携も取れてるみたいだし……月の精霊、意外とすぐに見つかるかも?


「うふうふ! それにしても銀の髪の乙女に炎の精霊(サラマンダー)に騎士まで! 王女がいた二百年前と同じ顔触れですのね!」

「そうだな。心配はいらないかもしれんな」


 筆頭がクスリと笑いそう言うと、皆も同じく頷く。が、私は何のことだろう? と一人首を傾げる。


「え? 心配って……?」


 月の精霊探しと封印の他に……まだ何か? と、私は隣のレッテリオさんを見上げた。するとレッテリオさんは、目をまたたき私から一瞬目を逸らし口を濁す。


「チッチッ! アイリス。しっかりしてくれよ?」

「クスクス! あなたはイグニスの契約者ですのよ? 今迷宮で起こっている異変には、イグニスが一番関わっていましたでしょう?」


 ラスのその言葉に、私は未だレッテリオさんの腕に乗るイグニスを見つめた。


「そうだけど……でも、同じ炎の精霊(サラマンダー)って言っても、イグニスと王女様の炎竜とは魔力が違いすぎるでしょう?」


 炎竜がイグニスのママだったとしても、だ。

 そりゃ魔力の質や基本的な能力は引き継いでいるかもしれないけど、王女様の炎竜とイグニスは同じじゃない。


「――もしかして、レグとラスも、レッテリオさんもバルドさんも筆頭も、イグニスが封印をするべきだって思ってるんです……か?」


 まさか。

 一度成功している炎の精霊(サラマンダー)が封印を施せば成功率が高いことは分かる。


「でもイグニスはまだこんなに小さいし、魔力だってきっと――」

「本当にそうだろうか?」


 筆頭が言葉を挟んだ。


「アイリス。君が持つ杖は、その小さなイグニスが魔力を叩きつけた結果出来たのだろう? 三年も前の新米見習い錬金術師と、契約したての精霊だというのに、杖の木を魔石のように結晶化させたんだ。イグニスの魔力量はきっと、君が思っているよりも遥かに多く、大きい」


 ――まさか。

 私はこちらを向いたイグニスをじっと見つめた。


 イグニスは、そんなにも大きな力を持った精霊だったの……?


 でもイグニスは、いつも私と一緒に簡単な調合やその下ごしらえばかりしていて、びっくりするくらい器用なことだとか、変わった魔力の使い方もするけど……そんなことをし始めたのだって最近だ。


「アイリス~?」

「もしかして……見習いの私が契約者だったから、だからイグニスは力を発揮できていなかった? 私が――」


 ――半人前だから、だからイグニスは本来の力を発揮できていなかったの?


 契約者と契約精霊はお互いに魔力の干渉を受ける。

 干渉を受け合わなければ、その力を借りて一緒に魔力を行使することなどできないからだ。


「一般的に契約者と契約精霊は同等の魔力を有している。君とイグニスがそうなのか、違うのかは分からないが、その杖やポーション効果の付いたパンを考えれば……イグニスが規格外の精霊なのは確かだ」


 確かに、確かにそれはそうだけど……。


「アイリス」


 イグニスの小さな頭を見つめ、俯きかけた私の肩をレッテリオさんがポンと叩く。

 一言名前を呼ばれただけだけど、その声からは「大丈夫? そんなに心配することはないよ」と、そう言ってくれているように感じた。


 するとイグニスも、私の顔の前にスイーッと飛んできて、お口をにぱーっと開いて笑いかける。


「アイリス~? ぼく~すごいって褒められてるんでしょう~? どうしてそんな顔してるのぉ~?」


 そんな顔、とイグニスは、その小さな手で私の頬をぺたぺた撫でる。


「だって、イグニスが心配で……」


 イグニスがすごい精霊なのは知っている。

 魔力が高いのも、量が多いのも、確かにそんな気はしていた。私の技量じゃ確信を持てなかっただけだ。


「だって、相手は悪い精霊なんだよ? それによく分からない炎竜だっているかもしれない。そんなのとイグニスが対峙しなきゃいけないなんて……危ないよ!」

「そうだけどぉ~……ぼく~レッくんたちに協力できるなら~やってあげたいよぉ~?」


「アイリス、俺からもお願いしたい。動く核を追跡できたイグニスに力を貸してもらえたら、封印とまではいかなくとも、何か対抗できるんじゃないかと思うんだ」

「レッテリオさん……」


 それは――。

 うん、それも分かる。


 だって元々、月の精霊を封印したのは炎の精霊(サラマンダー)の炎竜だったんだもの。


 迷宮深層に炎の魔力が満ちていたのも、最奥にあった檻がイグニスと作った私の杖と似ていたのも、イグニスが深層に行けば行くほど「炎の魔力が強すぎて~よく分からないんだよぉ~」と言っていたのも、真実を知った今になれば、全てが当然のことだ。


 だって、そこに満ちていた魔力がイグニスのママのものだったのなら、それはイグニスとほぼ同質のものだ。


 ――魔力の質というものは、水に溶かしたインクによく例えられている。

 似たような色を水に落としても、混ざってしまえばそれはほぼ同じ一つの色になってしまう。確かに違う色ではあるけれど、とてもとても似て見えるのだ。


 だから深層で、とてもよく似た魔力に包まれてしまったイグニスは、自らの魔力の境界がぼやけてしまい、他の魔力を探知する能力が麻痺してしまったのだろう。


「イグニス、心配なの。無理はしないで。お願いだから……」


 この手記にあった炎竜のように、体を休めるために眠ったりしないでほしい。

 そんな風になるほど消耗なんてしないでほしい。絶対にそんなこと、私はさせたくない。


「アイリス~ぼくは大丈夫だよぉ~? だって、ぼくはやっぱり、強くておっきな竜のママの子だって分かったもん~!」


 そう言いイグニスは、胸を張って口から小さな炎を出しておどけて見せる。


 だけど私はその笑顔に応えることができない。

 だって、だって。イグニスのママは故郷の山にはいなかった。私は会ったことがないし、イグニスの「ぼくはやっぱり、強くておっきな竜のママの子だって分かったもん~!」という口振りを思えば、イグニスのママが今はもういないんじゃないかって想像してしまう。眠ったままなのかもしれない。二百年も経つのにだ。


 ママは……炎竜の彼女は、こんなに小さなイグニスを残してどこへ行ってしまったの? もしかして消えてしまったのではないか、再びの深い眠りについてしまったのではないか。そんな風に思うと胸が張り裂けそうになる。


 だってそれは、迷宮のために力を貸したイグニスの未来の姿かもしれないでしょう? こんなに小さい、こんなに可愛いイグニスに、契約者()の都合でそんなことは絶対にさせたくない。


 ううん、させない。


「――レッテリオさん。迷宮探索へのイグニスの参加は見合わせさせてください」

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