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113.核と月の精霊

「え? あっ、本当だ!」


 最後のページの後ろにもう一ページ、ピッタリとくっ付いていたページが隠れていた。

 何度も斜線が引かれ書き直されているので、もしかしたらこれは報告書か何かの下書きかもしれない。


『鳥籠の檻に捕らわれた月の精霊は、白ばらによって次第に力を吸い取られ、人々にかけられていた【魅了】も解けた。私は再び、騎士に「赤ばらを持って隣国との調停の場へ行け」と命じた』


『隣国の街との停戦は、婚姻をもって無事に締結。魅了(チャーム)に捕らわれたソフィアの状態も心身共に良好』


『神殿中庭だけでなく、周囲の岩にまでおびただしい数の赤ばら『望月草』が繁殖中。騎士たちが刈り取ったが現在も繁殖は止まらず』


『望月草から収穫した魔力と炎竜の力と併せ、神殿の奥深くに月の精霊を封印した』


「にゃっ、月の精霊にゃって!」

「へえ~ぼく~会ったことないなぁ~?」


 ――なるほど。

 封印された銀の髪の男は、魅了を使い美しいものを好み悪戯好きな月の精霊……か。


「それらしい記述はあったが……まさか、としか言えんな」

「そうですね。月の精霊なんて本当にいたんですね……兄上も詳しくは知らないんでしょう?」

「少なくとも、錬金術研究院に月の精霊についての資料はない」


 そうなのだ。月の精霊なんて、それこそお伽話にしか出てこない幻の存在。伝えられている『悪戯好き』『気紛れ』『美しいものが好き』――そんな性質のせいだろうか、精霊といえども契約精霊になることはないようで、詳しい記録は残っていない。


「……それにやっぱり、あの岩山にあったのは神殿だけで、この時には迷宮はまだなかったんですね」


 一体、迷宮はいつできたのだろう? あの岩山は、どうして迷宮になってしまったんだろう?


「確かあの場所に迷宮ができたのは約百年前だよ、アイリス」

「そうそう、その頃だな! レッくんよく知ってるなあ」

「まあまあ、アイリス、迷宮の成り立ちを考えてごらんなさい? 迷宮は魔素が濃い場所にできますでしょう?」


 微笑み言うラスに筆頭が頷いた。


「そうだな。炎竜――炎の精霊(サラマンダー)の力か。王女の契約精霊ならば、相当に力のある精霊だったのだろう」

「あ、そっか。それで神殿の魔素が濃くなりすぎて……」


 徐々に炎の魔力が満ちていって……。


「にゃ? まだもう一ページあるにゃ。台紙にくっついて……」


 も~この王女様ちょっと色々と雑すぎるにゃ。ルルススくんはそうぼやきつつ、爪で紙をカリカリ引っ掻き台紙からそっと剥がした。すると現れた最後のページには小さく一言。こう書かれていた。


『最愛の炎の精霊(サラマンダー)は炎のゆりかごで眠る』


「……どういう意味だろう?」


 最愛の……って、王女様の契約精霊だった炎竜のことだろうか?


 隣のレッテリオさんを見上げると、なんだか妙な顔をしていた。少し眉間に皺を寄せ、焦っているような気まずそうな……複雑で、そして良い表情でないのは確かだ。


「炎のゆりかご……? 迷宮を指しているとは思えんな。炎の魔力を感じるようになったのは最近だろう」

「そうです。それに筆頭、迷宮の核って動いていて……あっ」


 そうか。迷宮が『炎のゆりかご』でないのなら、核は炎竜じゃない。

 私、もしかしたら炎竜が核になってしまったのかなと思ったけど……そうじゃないとしたら? 


 予想以上に増えすぎた赤ばら。

 大きな魔力を持っていた炎竜と月の精霊。

 どこかで眠った炎竜。


「長い時間が過ぎるうちに……封印された月の精霊が核となってしまい、迷宮が作られたのかもしれないな」


 階層によって全く違うあの迷宮。それは気まぐれとも言える程に様々な特徴を持っていて、遊び心すら感じる場所もある。

 恐ろしい魔物がいる階層もあれば、貴重な素材が採取できる階層もある。昼も夜も、晴れも雨も降る、あの迷宮。


「確かにな。迷宮ってのは、核の特徴がよく出るって言うしなぁ」


 バルドさんが腕組みで何やら頷いていた。


「そうですね。あの迷宮は()()も天候も本当に気まぐれで……ああでも、美しい場所が多いですよね」

「まったくだ。言われてみれば風光明媚な場所ばっかりで……美しいものが好きな月の精霊らしいのか?」

「無駄に魔物の種類も多いですしねぇ……」


 迷宮探索を担っている二人は『月の精霊核説』に納得している。

 そう言われてみれば、私がスライム狩に行った第三層の湿地帯も、泉の周りには玻璃立羽(ハリタテハ)が舞い、色とりどりのスライムが跳ねる綺麗な場所だった。


「ん~……んん〜? 月の精霊が核なのぉ〜? んん〜……」

「にゃんにゃ? イグニス。違いそうにゃか?」

「……ん〜わかんな~い。なんでもないよぉ~」


 イグニスは何かが気になったようだったけど、興味をなくしてしまったよう。……また竜のことでも考えたのかな? 竜は眠ってしまったみたいだし……。


「ともかく。これでやるべきことがはっきりしたな、レッテリオ。迷宮の異変は暴走に近い。核が失われているのなら、核を再び据えればよい。王女がやった方法を踏襲し準備を整え、その間に――」

「鳥籠から逃げた『月の精霊』を見つけ、封印するんですね」

「そうだ。だが、しかし……月の精霊はどこにいるんだろうな? どう探せばよいのか……?」

「えっ!? 兄上、精霊の居場所に心当たりがあったり、探し方をご存知ではないのですか!?」


 そうだ。なんだかなんでも知ってそうな口ぶりだったから、筆頭は何かアテがあるんだと思ってたのだけど……!?


「ハハハ、私は錬金術師であって迷宮の専門家でも精霊の専門家でもないからな。知らん!」


 笑う筆頭の正面では、よく似た顔のレッテリオさんが「どうするんだ……」と項垂れていた。



 ◆



「ところで、そろそろお茶にしないか? 屋根裏部屋はもう十分だろう」


 そう言うと、筆頭は壊れた扉をバルドさんに除けさせ、さっさと階段を降りていってしまった。まったく……本当に自由な人なんだから……!


「イグニス! お茶淹れ直さなきゃ……!」

「はいは〜い!」


 バタバタと階段を下り、私たちは屋根裏部屋を後にした。




 冷たい玉檸檬ソーダで喉を潤すと、皆の口からは無意識のうちに「ハァー……」という溜息がこぼれた。お湯を沸かして紅茶を……と思ったのだけど、筆頭が一言「冷たいものがいい」と言ったので、工房定番の玉檸檬ソーダを出してみた。


 それにしても、なんだかどっと疲れてしまった。でものんびりしている暇はない。これから迷宮に種を蒔いて、レグとラスにはお手伝いを頼んで、ああそうだ。私とルルススくんはお祭りの出店準備もしなくちゃ……!


「一息ついたばかりで申し訳ないんだけど……アイリス。前に俺が『まだ秘密にしていることがある』って言ったの、覚えてるかな」


 レッテリオさんが神妙な面持ちで言った。


「……え?」


 まだ秘密にしていること? なんだっけそれ…………あ! ああ! あの、イグニスを迷宮に連れて行きたいってお願いされて、ぎゅってされた時……!


「あ、はい。一応は……」


 答える言葉がつい尻すぼみになってしまった。

 いけない。ちょっと耳が熱い。


「本と手帳を見て思ったんだけど……やっぱり迷宮を鎮める鍵は、イグニスかもしれない」

「……え? 炎の精霊(サラマンダー)だからですか?」


 そう言われたイグニスは「ええ~?」と言いつつ、何だか誇らしげな顔でレッテリオさんの腕に両手を乗せ、続く答えを期待し見上げている。


「うん。多分イグニスは――王女の炎の精霊(サラマンダー)と関係がある子だと思う」

「えっ」


『最愛の炎の精霊(サラマンダー)は炎のゆりかごで眠る』


「これはきっと、ドルミーレの火山のことだ」

「え?」

「カストラ子爵としての領地はこの森と迷宮の他にもう一つあるんだ。そこが――アイリスの故郷、ドルミーレなんだ」

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