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110.臙脂色表紙の半分の本

「えっ……?」


 あの『王女の白ばら』の王女様が……錬金術師!?


「私も初耳だ。レグ、ラス、それは本当に?」

「おいおい、クレメンテくん疑うのか? 王女と契約したおれたちの婆ちゃんから聞いた話だから確かだぜ!」

「まあまあ、クレメンテくんは失礼ね。みんな、まずはその本と手帳を読んでみるといいわ」


 私たちはレグとラスに言われ、臙脂色の表紙の本と書き付けの束、それから手帳を順番に回し読むことにした。


「……あれ? この紙束って、本の続きじゃないですか?」

「えっ? アイリス、ちょっと見せてくれるかな」


 レッテリオさんは紙束の一枚に目を通す。


「本当だ。これ、続きだ。俺も読んだことのない部分だ……!」

「なんだ、レッテリオ。残りの半分に気付かなかったのか」

「兄上、幼い子供の頃ですよ? お伽噺の本なら読みますが、封筒に入った紙束にまで興味は持ちませんよ」

「そうか……?」


 首をかしげている筆頭はきっと、子供の頃でも錬金術の匂いを感じたら、なんでも読んでいた種類の人間なのだろう。

 うん。やっぱり筆頭も――いや、錬金術研究院の筆頭術師なだけあって、立派な錬金術馬鹿なんだね……。



 さあ、まずは本と紙束から読もう。手帳は後回し。


「挿絵もあって、絵本を卒業した子供向けのような感じですね」

「そうだね。だから子供だった俺も手に取ったんだと思う」


 私はこれ以上破損しないよう注意をしてページをめくった。


 ――それにしても、レグとラスのお婆ちゃんが二百年前の王女様の契約精霊だったなんて! もう、驚きがいくつもあって脳が追い付かない!



 ◆



「なあなあ、そろそろ読み終わったか?」

「はいはい、皆さま読み終えたお顔ですわね」


 ハリネズミたちに掃き清められた屋根裏部屋で、床や古い椅子、踏み台に腰掛けた私たちは顔を上げた。

 回し読みだから多少時間がかかったけど、本は厚くなく、子供だったレッテリオさんも読めた易しい内容だし、手帳も箇条書きで簡素な内容だったので読むには苦労しなかった。


 だけど、静まり返ったこの空気はどうだろう。

 困惑、思案、逡巡。そういった複雑で難しい感情が滲み出ているようで、壁際のハリネズミ隊が身の置き所がないとソワソワしている。


「読み終わったけど……ちょっとびっくりすることが多くて……」


 私のその言葉に、皆も一様に頷いた。

 確かに迷宮の異変の鍵を求めてこの部屋に入ったけど、私たちにもたらされたのはそれ以上の情報と真実。


 この部屋に仕舞いこまれていた『臙脂色表紙の半分の本』と『手帳』には、迷宮の異変だけでなく、『王女の白ばら』の本当のお話、それから異変の原因と思われる事柄が書かれていた。

 そしてそれには炎の精霊(サラマンダー)と……多分、イグニスも関わっているだろう記述があった。


『臙脂色表紙の半分の本』の内容はこう。お伽話のようなふしぎなお話――。


 ◇◇◇


『あるところに、白い壁に囲まれた大きな街がありました。

 ここは国境の街で、長いこと隣国の街といさかいを繰り返していました。


 そんなある日、白い壁の街と国境を挟んだ隣の街との間に婚約がととのいます。花嫁は白い壁の街の領主の娘。銀の髪が美しい娘です。花婿は隣国の街の領主の息子でした。


 これで長年続いた争いもおさまるだろう。街には花が飾られて、毎日お祭りのような賑わいです。』


『婚礼が迫ったある日、街には王都から王女様が到着しました。いとこ同士である領主の娘の結婚式に参列するためです。


 王女様は、それはそれは見事な銀髪と紫の瞳をしています。領主の娘と並ぶと姉妹のようでした。

 美しい二人の噂は近隣の街にも広がります。婚礼のお祭りには見物客がたくさん訪れました。


 そんな祭りの中、街にふしぎな男が現れます。噂の娘たちとよく似た銀色の長い髪をもち、真白の服をまとった男でした。


 その男はお出ましになった王女様と領主の娘を見て、こう言いました。


「なんて美しい銀の髪だろう! 二人の乙女を僕の妻にしよう」


 その言葉を聞いた街の住人たちは男を非難します。


「なんてばちあたりな!」「勝手なことを言いやがって!」「お前などに嫁ぐわけがない!」


 老若男女からばせいを浴びせられた男が、あはは! と笑うと、街に甘い香りがただよいました。

 そして男は、辺りを囲った人々を見回して言いました。


「男と老人は眠れ。若い女は婚礼の歌を歌え。残りの女は、銀の髪の乙女たちを連れてきなさい」


 すると、どうしたことでしょう! 

 男たちと老人はその場に倒れ、若い女たちは婚礼の歌を歌い、残った女たちは、王女様と領主の娘を力ずくで連れてきました。』


『王女様は男をにらみつけ、領主の娘は青ざめています。

 しかし男が乙女たち見つめ手を差し出すと、領主の娘は男の手を取り幸せそうにほほえみました。


 だけど王女様は違います。とつぜん現れた大きな竜に乗りどこかへ逃げてしまいました。』


『王女様が竜と降り立ったのは、岩山の神殿でした。何か考えがあるようです。


 王女様はまず、神官に命じて魔石を集めさせました。それから竜にお願いして大きな鳥かごを作ってもらいました。置いたのは、神殿の地下にある小さな部屋です。


「王女様、鳥がおりませんがどこからか捕まえてきましょうか」


 たずねる神官に王女様は言いました。


「すぐに銀の鳥が入ります。さあ、鳥のためにもうひと働きしましょうか」


 王女様は神殿の中庭に白いばらを植えました。竜も神官も一緒にです。

 月の光を浴びせると、たくさん植えた白ばらはあっという間に神殿中に広がりました。』


『いよいよ婚礼の日です。迎えに来た隣国の花婿は、街のようすを見ておどろきました。街にはあやしい甘い香りが立ち込めていて、女たちが途切れ途切れに歌を歌い、そこいらじゅうに人が倒れ眠っていたのですから! 


 そこへ銀の髪の男が姿を見せます。そのかたわらには銀の髪の花嫁が寄りそっていました。


「のろまな花婿、花嫁は僕がいただいたよ。帰りなさい」


 花婿は激怒し国へ戻ります。そして兵を起こし、白い壁の街に向かって進撃をはじめました。白い壁の街には一人の兵も、魔術師も、騎士もいません。このままでは街は滅びてしまいます。


 だけどそんな時、隣国の兵の前に竜を連れた王女様が降り立ち言いました。


「隣国の街の兵たちよ、あの男はわたくしが取りのぞきます。婚礼準備をしてお国でお待ちなさい」』


『王女様には考えがありました。

 あの男はふしぎな術を使っているに違いない。それならその魔力を奪い、封印していまいましょう! と。


 そして王女様は、一番の騎士にお守りと白いばらを手渡し「男を捕まえてきなさい」と命令しました。竜も一緒です。


 騎士と竜は一昼夜戦い続け、みごと男を捕えます。

 王女様は、騎士から真っ赤に染まったばらを受け取ると、岩山の神殿へ向かいました。


 用意していた隠し部屋の鳥かごに男を押し込めて、竜に炎を吹き付けてもらいました。するとどうでしょう、鳥かごも男も黒く固まってしまったのです!


 王女様は竜にお願いをして部屋ごと封印すると、銀の時計を使って固い鍵をかけました。そして一番の騎士に銀時計をさずけ言いました。


「こたびのほうびです。大切に守り通すように」


 騎士は銀時計を胸にしまうと、王女様の隣に並びました。』



『さて。その後、王女が街に戻ると街は元通りになっていました。


 領主の娘は隣国の街へと嫁ぎ、しあわせに暮らしました。』


 ◇◇◇


「……。なんて言うか、強い王女様です……ね?」


 私が思わずそう呟くと、皆も同じように思ったのだろう。うんうんと頷きが返ってきた。


「この竜をつかう物騒な王女が錬金術師かー……」


 バルドさんは私と筆頭を順々に見て、スッと目線を逸らした。


 ――バルドさん、それはどういう意味ですか!?


「この、騎士に白ばら――『待宵草』を渡した場面が『王女の白ばら』のお話になったんだね。それにしても、俺が覚えていたのは本当に断片的だったんだなぁ……」


 レッテリオさんが懐かしそうにページをそうっとめくっていた。


「そうにゃね。聞いてたお伽噺とは随分違ってたけど、この王女様の作戦は分かったにゃ。白い『待宵草』を使い銀髪の男の魔力を吸い取って、赤く『望月草』になったその魔力を使って封印したんにゃね。無駄にゃく頭もいいにゃ!」

「竜も~! 強いんだね~! くふふ~」


「そうそう! 格好いいよな!」

「まあまあ、皆さんそのような感想ですの? ちゃーんとロマンティックな部分もありましてよ?」


「え? ラス、どの辺に?」


 私にはよく分からない変な男と、可憐な領主の娘、それから剛腕王女のお話にしか思えなかったんだけど……?


「まあまあ! アイリスったら分かりませんの? 一番の騎士ですのよ? 王女のお気に入りですわ! お婆様からも仲睦まじい二人の様子を聞いてましたの。でも二人の結末は聞いてませんでしたの。それが……ほら! 最後の部分ですわ」


 プリプリしつつラスが示したのはこの部分だ。



『そして一番の騎士に銀時計をさずけ言いました。


「こたびのほうびです。大切に守り通すように」


 騎士は銀時計を胸にしまうと、王女様の隣に並びました。』



「……ご褒美を渡したところだよね?」


 ラスは信じられない! という顔をして「アイリスは勉強不足でしてよ!」と言って背中の針をちょっと逆立てる。


「アイリス、王女からの『褒美』はきっと銀時計だけじゃないんだよ」

「え? そうなんですか?」


「まあ、騎士だの貴族だのに関わったことがなければピンとこないかもしれないな」


 私は苦笑して言うバルドさんと、この文章の意味を教えてくれそうなレッテリオさんを見上げた。


「銀時計は俺が受け継いだものだと思う。ということは、一緒に役目と爵位も貰っているということ。それから『大切に守り通すように』の王女の言葉は、その後ろの文章にも掛かっているみたいだね。この『王女の隣に並びました』は普通、臣下の立場では有り得ないんだ。きっとこの騎士は王女の夫になったんだと思うよ」


「ああ! じゃあ、この『大切に守り通すように』って、もしかして王女様からのプロポーズ……!?」


 王女様ってば格好いい……!

 それにやっぱり『王女の白ばら』のお話とは随分印象が違う!


「錬金術師って~昔からおもしろい子ばっかりなんだねぇ~。くふふ~!」



【お知らせ】

『見習い錬金術師はパンを焼く』の2巻が出ます!これも1巻をご購入いただいた皆様のおかげです。ありがとうございます!


発売時期などはまた後日お知らせしますが、2巻は1巻以上の改稿に、書き下ろしもたくさんあります!

外出自粛が続く中ですが、楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。


web版のみでお楽しみいただいている方も、このおこもり期間に1巻を手にとっていただけたら嬉しいです!書籍版はweb版に楽しさと読みやすさをプラスできてるはず…!


まだ紙書籍もあるし、電子版もありますのでお好きな方でよろしくお願いしますー!


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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなく予想ができるとこまで、ヒントが出されてきましたが、面白い展開ですね。先が楽しみなので、更新よろしくお願いしますw(無理はしないで) 2巻目、おめでとうございます。楽しみです。 書き…
[良い点] 楽しみです!
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