109.魔窟の宝箱
少し更新間隔が空いてしまい失礼しました…!
ここからまた毎週更新を頑張っていきたいと思います。
それと、実は4/13で連載開始から2周年でした!のんびり更新ではありますが、3年目も楽しんでいただければ幸いです。そして書籍版もどうぞよろしくお願いいたします!
【前回までのあらすじ】
レッテリオが幼い頃に読んだ『本』を探すため、皆で工房の屋根裏部屋へ行くことに。迷宮の異変をおさめる鍵は見つかるのか……?
全員で屋根裏部屋へ上がり扉を開けると、ガンッ! と何かにぶつかった。
「ええ!? 何か引っかかってる……!?」
三分の一だけ開いた扉の隙間から中を覗くと、そこは何がどうなっているのか分からない『魔窟』が広がっていた。
「アイリス、開かないの?」
「あー……前に見た時は一応開いたんですけど……」
私はしゃがんで後ろのレッテリオさんに中を見せた。
「うわぁ……」
「ひどいな。アイリスが魔窟と言っていただけはあるが……ああ、無理だな」
バルドさんも覗き込み、そして後ろから手を伸ばし扉を押してみるが開く気配はない。
「ははは! みんな適当に色々放り込んでたからな」
「うふうふ。悪い子たちの後片付けがひどかったせいもありますのよ? クレメンテくん」
「耳が痛いですね、ラス」
やっぱりそうだったのか。
実は、私はこの部屋に入ったことがない。ここへ来た頃にみんなで工房中を見て回ったのだけど、その時から屋根裏部屋は酷い有様で、イリーナ先生も「危ないから触らないほうがよくってよ」と言い何とも言えない笑顔を浮かべていた。
そんなこともあり、何があるのかもよく分からないこの部屋を、私たち見習いは『魔窟』と呼び……以来三年。お掃除も片付けも一切やっていない。
たまに何かが崩れる音がしていたけど、聞こえないふりを決め込んでいた。しかし、こんな場面でそのツケがくるなんて……!
「んんん……どうしようこれ……」
「アイリス、思い切りやっていいのなら開けられるぞ?」
「バルドさんの思い切り……ですか?」
それならきっと開くだろうけど……でも、扉は壊れるだろう。もしかしたら扉を塞いでいる何かも。
どうしよう……とちょっと迷っていると、バルドさんの向こう側で筆頭が大きく頷く。
――うん! お許しが出たのなら私は構わない。修理やお叱りはきっと、筆頭が何とかしてくれるのだろう!
「バルドさん、どうぞ開けちゃってください!」
◆
思い切りの体当たりで開いた代償は扉の大破だった。
そして扉を塞いでいたのはその陰にあった柱時計。見た目にはシンプルな木製の時計だが、これが驚きの曲者で【強化】や【停滞】【重量加算】など、数えきれない程の効果が付与されていたのだ。
「うわぁ……実験でもしたのかな? それとも練習……?」
「なんだ、、意外と片付いているじゃないか。もっと倒れていたように見えたんだが……」
「いえ、副長。これ今の一押しで元通りになったんじゃないですか?」
レッテリオさんの目線の先には数々の本棚が。壁際から部屋中へ蛇行しながら並んでいる本棚を辿って行くと、ほぼ直立しているが本は床に落ちていた。
きっと本棚がドミノ倒しのようになり、柱時計までをも倒し扉を塞いでいたのだろう。そしてバルドさんの一押しで大破した扉の陰で、無傷の柱時計は押されて直立し、折り重なっていた本棚も元に戻ったのだ。
「あらあら、片付けの手間が少しはぶけたようですわね」
「まだまだ! 落ちてる本を元に戻さないとな!」
レグとラスは見習いハリネズミたちに片付けを命じ、ふわ~っと本棚を飛び越えると窓を開けた。
「レッテリオさん、その『本』ってどんな感じのものでした? 色とか大きさとか……」
「確か大きくて……でも本が破損していて後ろ半分がなかったんだ。うーん……表紙は臙脂色だったと思う。多分」
「破損か……」
筆頭は、ひとまず積み上げられた本と本棚を見回して僅かに首を傾け呟いた。
「兄上、何か?」
「いや、お前たちが散らかした後始末をしたとき、そんな本は見当たらなかったと思ってな。面白そうなものや貴重な本もあったから、一通り確認してめぼしいものは私が保護したんだが、もし破損している本があったなら修復をしたし、覚えているはずなのだが……」
――えっ、こんなに沢山の本があるのに筆頭は全部に目を通したの?
「そうそう! クレメンテくん、ここに籠ってなかなか片付けてくれなかったんだよなあ!」
「ええ、ええ。三日は待ちましたけど、いい加減になさって! って叱ったら、クレメンテくんったら適当に本棚に押し込むんですもの!」
「急かされなかったら本だけでなく魔道具やその他も分類までしたけどね」
アハハ、と筆頭は笑うけど、それにしたって適当にやりすぎだと思う。
本棚は辛うじて列になっているけど、大小の魔道具はその隙間でいくつかの山になっているだけだし、壁際には古そうな家具が押し込められているだけだ。
「いやいや、適当に片付けすぎだろう……」
「ですよね……」
バルドさんは半ば呆れつつ本棚を動かし並べ直す。キチンと並べるだけで部屋にいくらかのスペースが生まれ、私たちはやっと部屋の奥へと足を踏み入れた。
「こっちに本はありませんね」
本棚に隠れていたのは古い家具だった。ドレッサーや背の低い棚、それから掃除道具も発見した。
「こんにゃ奥にあったんじゃ意味がにゃいのにゃ。もうルルススたちホコリまみれにゃ」
「そうだねぇ……」
私のローブも真っ白だ。ここを出たらすぐに脱いで洗濯もしないと!
◇
「ないかぁ~」
部屋を見回していたレッテリオさんが溜息まじりに呟いた。
皆で『破損した本』がないか一冊一冊探してみたが、やっぱり見つからない。
「おかしいなぁ。確かに途中で破れていて読めなかったはずなんだけど……俺の記憶違いかな……」
「レッテリオさん、逆に筆頭の記憶違いってことはないですか? 実は補修したとか、家に持って帰っちゃったとか」
いくら筆頭でも勘違いはあると思う。昔の話だし、こんな大量の本を全て確認して片付けただなんて、ちょっと信じられないじゃない?
「いや、兄上はあんな感じだけど、錬金術の本のこととなれば信用できる。兄は錬金術の研究だけは真剣だからね」
レッテリオさんはちょっと照れ臭そうにはにかみ言う。
自由なお兄さんに振り回されているだけに見えていたけど、筆頭錬金術師の弟として複雑な気持ちがあるのかもしれない。
「ね~ね~! アイリス~見て見てぇ~! かっこいい箱だよ~!」
「え? わ、何これ!」
イグニスが見つけたのは、本棚の陰に隠れていたいかにも『宝箱』という見た目をした革張りの箱だった。ドレッサーの下に収納された椅子のそのまた下に隠すように置かれていて、本当に何か宝物が入ってそうな雰囲気だ。
「宝箱にゃ! 何か面白い物が入ってるかもしれにゃいにゃ!」
「アイリス~レッくん~開けようよ~!」
「――そこだ」
宝箱を引っ張り出すルルススくんの背中越しでレッテリオさんが呟いた。
「え?」
「にゃんにゃ?」
「その宝箱――その中に本をしまったんだ……!」
◆
「あとでまた読もうと思ってここに仕舞ったんだ……すっかり忘れてた……」
床に屈んだレッテリオさんが宝箱を開けると、中には臙脂色の表紙をした本が入っていた。こちらは記憶通り、半分だけに破損している。
それと封筒に入った紙束と小さな手帳、何故か上質な生地のリボンも一緒に入っていた。
「ああ! そうだこれ、本と一緒にこのリボンで括ってあったんだ」
「この封筒と手帳が?」
筆頭がひょいと手を伸ばし、封筒の中身を改める。
書き付けの束の何枚かに目を通し、手帳をパラパラとめくり……そして最後のページを見て目を丸くした。
「兄上?」
「何故こんなところにこの紋章が……」
筆頭が見つめる先を、私は背伸びをして覗き込んだ。
そこにあったのは鮮やかな紫色の封蝋印。手帳の最後のページの隣、台紙の裏側に押されていた。
「兄上、それは……」
「にゃっ? それ、王家の紋章にゃにゃいの?」
「えっ!?」
――王家の紋章!?
同じく覗き込んでいたルルススくんのその言葉に、私はもう一度その紫色の印を見た。細部は分かり難いけど、王国の紋章である双頭の獅子はハッキリと見て取れた。それにこの鮮やかな紫色は王家の色だ。
「おいおい、知らないのか? この工房には王族もいたんだぜ?」
「まあまあ! この本のお話って、あの王女のお話ね!」
レグとラスが筆頭の肩越しにひょっこり顔を出し、手帳や本を覗き込んで楽しそうに話し始めた。
「どういうことですか? レグ、ラス」
「なになに、おれたちの婆ちゃんから聞いた話だぜ!」
「ほらほら、こちらの本と手帳を読めば分かりますわ。『王女の白ばら』の本当の物語でしてよ?」
「王女の白ばら? でも、俺が読んだこの本は迷宮の話だったはず……」
迷宮の異変の鍵を探しに来たのに、どうしてヴェネトスのお祭りの元になった『王女の白ばら』の話が……?
「だってだって、あの王女がいたのがこの工房だからだぜ!」
「うふうふ、お伽話に仕立てたほうはみーんな燃えてしまったから、全く知られてませんのよね」
レグとラスは臙脂色の本と紙束、それから手帳を指さし言った。
「王女は錬金術師だったんだぜ」
「王女は錬金術師でしたのよ」