103.大豊作
「くふふ~ハリネズミたちの畑は~アイリスにとっての工房だからねぇ~」
「あ、そっか。そういえば畑は大地の精霊たちの学校でもあるんだっけ」
確か初対面の時にそんなことを言っていた。二人は後進を育てる役目も担っているのだとも。
「そうだぜ!」
「でも工房の畑は今は特別でしてよ? 契約者であるアイリスのために精鋭でお世話してますの! 森で一番美味しい作物を作って差し上げますわ。さあさあ、それではお披露目を――」
「お披露目?」
一体何だろう? そう思っていると、見習いさんのハリネズミたちがパタタタと駆け回り、いくつかの瓶と籠を持ってきた。
「新しい酵母を作っておいたんだぜ! 王様葡萄の酵母は舌がとろける爽やかな甘み! 甜瓜の酵母はもっと甘~くて、きっと甘い甘いパンが焼けるぜ!」
「そしてこちら、干し葡萄も作ろうと思ってますの。イグニス、あとでお手伝いをお願いできまして?」
「いいよ~!」
「それから果物とお野菜が沢山採れすぎましたの。果物はいつもの玉檸檬、橙、蜜柑に王様葡萄と甜瓜ですわね」
「野菜はこんな感じだ! 長茄子、白茄子、赤茄子、蔓無南瓜、赤と黄色の甘唐辛子 と緑甘唐辛子、それから玉蜀桼だ!」
バタバタバタバタと見習いさんたちが山盛りの籠を持ち上げ見せてくれる。ああ、腕がプルプルしてる……!
「すっごい豊作だね!? あの、皆もういいよ! 重そうだからほら、床に置いて……!」
見習いさんたちからの『たすかったよ! ありがとう! みならいなかま!』のキラキラの視線が眩しい。うん……仲間です……私たち……。
「そうなんですの。豊作すぎますの。保管庫の果実置き場も野菜置き場もいっぱいですので、何か作ってしまってくださいね」
「おっと、乱獲はしてないぜ? な~んだか妙な魔素が流れ込んできててな! それで森の恵みが溢れかえってるんだ」
「んん~……やっぱりぃ~?」
「んにゃにゃ……もしかして、こんな感じの魔素にゃにゃい?」
顔を見合わせたイグニスとルルススくんが鞄から花束を取り出した。迷宮で採取してきた『待宵草』と、『望月草』だ。
「っあー! それだ! その匂い!」
「濃厚すぎる炎の魔素ですわね。大地の魔素と高め合って成長が促進されましたのね」
「えっ……これ!? イグニスも気付いてたの?」
「うん~帰ってきてからすっごかった~。迷宮に行く前はなんとな~くおかしいな~? ってくらいだったんだけどぉ~」
――どうして? ここは迷宮じゃないのに、どうしてここでまで、迷宮に満ちていた魔素が感じられるの?
「そういえばこの森もレッテリオさん――カルスト子爵の領地だったっけ。何か関係あるのかな……」
森の現状をレッテリオさんに話してみた方がいいかも? まだ私には秘密にしている何かがこの森にあるのかもしれないし……。
「なあなあ、アイリス。その待宵草と望月草って、花のまま置いておくつもりなのか?」
「ええ、ええ、できればそれ、わたしたちに任せてくれませんこと? 魔素が臭すぎて敵いませんの。素材として使える形に処理しては駄目かしら?」
レグとラスが鼻を摘まみつつ、ルルススくんが出した花束を指さし言った。
「えっ、それは構わないっていうか有難いけど……」
「レグ、ラス、採取してきた花はこんなもんじゃにゃいのにゃ。ルルススの鞄もびっくりするくらいこちらも豊作にゃ」
それでも大丈夫? と問いかけると、二人はお口をニンマリ。
「全員で取り掛かってぜーんぶ素材にしてやるぜ!」
「お任せくださいませ! そういう人の手では面倒なことをやって差し上げるのも楽しくってよ!」
ドンドン! とレグが短く可愛らしい足で床を鳴らすと、ハリネズミ隊と見習いさんたちが一斉に集まって、ルルススくんに「さあ出せ」「花を出せ」と迫った。
「にゃにゃ~! 針が痛いにゃよ!? ちょっと落ち着くにゃ~!」
◆
「って、おっきい……!」
私の目の前に並ぶのは、巨大な王様葡萄に橙、蜜柑、甜瓜。不可解な魔素の影響とはいえ、こんなに美味しそうで大きな果実が食べれるのは、嬉しい以外の何物でもない!
「すご~いね~! いい香り~~!」
「美味しそうなのにゃ!」
甘い物に然程興味のないルルススくんも、この香りは気になるのか「クン、クンクン」と嗅いでは、舌先で鼻をペロリと舐めている。そしてイグニスも、普段はそんなことしないのに、ルルススくんを真似て同じ仕草を見せている。
ああ、かわいい……。
「さて、何を作ろうかな? ……あ、果物のマリネにしてみようかな?」
マリネとは、レモン汁やお酢、ワインやオリーブオイルなどに調味料や香辛料、香草を入れて作った漬け汁に食材を浸した料理のことだ。これ、簡単だし大量の食材を消費するには向いていると思うのだ。漬けるマリネ液によっては結構日持ちもするからね!
それに果物のマリネはそのまま食べてもいいけど、ヨーグルトに入れても美味しいし、サラダとして食べてもいい。ソースにアレンジするのも良いかもしれない。それに――。
「ね、ルルススくん。お祭りにお店……出したいよね?」
「にゃっ! 勿論にゃ! アイリスはまだ迷ってるにゃ? 出るにゃらそろそろ用意が必要にゃと思うけど?」
「うん。出してみようかな! せっかくこんなに美味しそうな果物があるし!」
「何を売るにゃ?」
「果物とスライムのソーダ水! 錬金術のアイテムと一緒に売ってもあんまり違和感ないと思うんだよね? 綺麗で美味しそうな飲み物が人寄せにならないかな~……って」
ああ、ソーダ水の中で浮き沈みする色とりどりの果物。プルプル半透明のスライムゼリーと一緒に揺れる様は、陽の光の下でキラキラ輝いてきっと綺麗で可愛い……!
「きっとね、ルルススくんが売る予定の、髪留めや髪飾りを見にくる女の子たちにも受けが良いと思うの! どうかなルル――あれ?」
ルルススくんはジトっとした目で私を見上げていた。おかしいな?
「アイリス。スライムゼリーは入ってるって言わないほうがいいのにゃ。特に女の子には伏せておいたほうが無難にゃ」
「そ~だよ~。錬金術師はスライム好きだけど~ふつうの人はあんまり食べたくないんじゃない~?」
「えっ、そ、そうかな? 珍しくって気にならない……?」
「にゃるけど、キラキラ可愛い果物のソーダ水にはいらにゃい要素にゃ」
「くふ~。レッくんも~最初は嫌がってたよねぇ~くふふ~!」
ああ、そういえば……。なるほど参考になります。
私は商業ギルドに転送便でお祭りに出店したい旨を送った。するとすぐにエマさんから返事が届き、明日手続きに行くことになった。
「ルルススくん、売る予定の商品の見本ってあるかな?」
「にゃ? 試作品にゃらあるけど、それにゃら明日ギルドへ行く前に、取引してる工房に寄って出来上がった品を引き取ってくるにゃ」
事前に提出しておけば、当日の審査などが簡単になるそうなのだ。となると、私も明日品物を用意していかなければならない。
「よし、じゃあ今日は採取してきた迷宮素材と保管庫の整理をしちゃって、マリネは明日作ろう……!」
「おっかたづけ~!」
「やるにゃよ~!」
◆
今日は昼二刻にギルドに行く約束だ。私は髪を束ね、ルルススくんは作業用の踏み台を用意し手袋も装備済み。イグニスはレグとラスが仕込んでおいた葡萄の酵母に力を加え、早速新しい酵母液を作ってくれた。
「ありがとう、イグニス。久しぶりに魔石のオヤツはいかがですか?」
「た~べる~! んん~? これおいし~ね~!」
今日の屑魔石はバルドさんがイグニスにと譲ってくれた迷宮産だ。
やっぱり屑とはいえ品質が違うのだろうか? イグニスはご機嫌でレロレロ舐めている。
「それでは……パンを焼きまーす!」
「こねるにゃ~!」
「やった~! レロレロ~!」




